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強く、気高く、幸せで、ありますように
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――なんで彼はわかってくれないんだろ。
アリゲイトと対話をした帰り、カナハは地面を見つめながら、ただ一人歩いていた。
ゲッコウが死んだ。自分の命なんかよりも大切な親友の命がこの戦争によって失われた。それでも彼は、戦争を辞めないという。
一体何がそこまで彼を変えてしまったのか、カナハには分からなかった。だからこそ、ただひたすらに彼の無事を祈ることしか、カナハにはできない。
『……カナハさん。なんで、レプタリアは戦争を始めたんですか』
そこでカナハは、昼間に会話をした少年のことを思い出した。確か年は16だったか。彼はとても純粋な目をしていた。それはまるであの日の自分達のような、人の尊さを信じて疑わない目だった。
――願わくば、彼がこの先もあんな目をできていたらいいな。
様々な思いを巡らせる中でカナハはようやく施設にたどり着いた。まだ子どもたちは寝ているだろう。早く自分も寝床に入らなければ、子どもたちに心配をかけてしまう。
そんな中、ガサゴソガサゴソと、倉庫の中で何かを物色するような音が聞こえる。何だろうか? ミガかメレがお腹でも空かせて倉庫の食べ物を漁っているのだろうか。だとしたらちゃんとつまみ食いはダメだと叱ってあげなければならないな。
そう思いカナハは、倉庫までゆっくりと歩き進め、倉庫の中をそっと照らす。中にいるのは、ミガだろうか、メレだろうか、ひょっとしたらトゲかもしれない。そんなことを考えながらカナハが明かりの照らす先に目を向けると、そこには厚着をした二人の男がいた。
「え?」
目の前では、明らかに子供の背格好ではない獣人たちが、倉庫の中の食料を詰めている。あ、これは盗賊だ。カナハは、思わず声を上げる。
「何してるんですか!? それは子どものための食料です! やめてください!」
すると、二人のうち背の低い方の男が、背の高い漢に声をかける。
「やば、バレちまったよ! おいおいどうする! ラトラ?」
すると背の高い男が、こっちを見てナイフを抜いた。その目は溢れんばかりの殺気に満ち溢れていた。
彼は、低く小さな声で、呟く。
「構わないさ。殺そう」
「な、いいのかよ! だって軍の規則には、民間人の殺しは禁じられてるだろ」
「俺たちが死んだら元も子もないさ。それにこいつらレプタリアは俺の妹を殺した。だから俺もレプタリアのやつなんて何人殺したっていいじゃないか」
ブツブツと会話している2人の声はカナハには届かない。そして取り出したナイフも倉庫の暗闇に隠れて、カナハには、よく分からなかった。
だからだろうか、かつてハクダ団で多少なりとも戦闘経験のあった彼女も、急にナイフをむけて飛び出した男に対し、反応が遅れた。
「――何を!?」
「死ねェェェェェ」
――グッシャァァァァ。
ナイフの刃はカナハの胸を貫き、どくどくと流れる血が、ハクダの地面を真っ赤に濡らす。厚着をした男たちは、食料を持って走り去っていく。
「おいおい、本当にやっちまったじゃねえか! ああ、くそ! お前が急に飛び出すからナイフ置いてきちまった!!」
「そんなの気にするなよ。また別の支給して貰えばいいじゃねえか。とっととここを逃げるぞ」
「……待って……それは、あの子たちの……」
カナハは、胸の傷を抑えながら、這いつくばった。もはや助けを呼ぶ声さえ出ない。真っ赤に染まる地面を見つめながら、カナハは少しずつ遠くなる意識を感じる。
――ほら、アリゲイト。戦争なんて一つもいいことがなかったじゃない。
――憎しみが憎しみを生み更なる悲劇を生む。こんな戦争に何の意味があったの?
――ああ、残酷で理不尽な世界よ。もしこんな私の命と引き換えに何かを願うことが許されるなら。
――せめてあの子たちだけはこの戦争の最中でも、強く、気高く、幸せでありますように。
そしてゆっくりとカナハは、眠るように瞳を閉じた。
このようなことは、この戦争の中でもよくあることだった。治安が悪く補給もままならない兵士は、こうして民間人の家を襲って、食料を奪い取ったのだ。
そう、善良な国民の1人であるカナハは、単にこの戦争に殺された、星の数ほどいる犠牲の一つに過ぎなかった。
彼女の死に、ガサゴソとした音で起き、寝ぼけた目で盗賊の背中を確認したトゲが気づくのは、ここから数分後のことである。
――もう立てるな。
一方その頃サンは、ようやく自身の負った傷の治療を終え、シェド隊の拠点に向かって歩き出していた。
――さて帰ったらシェドとネクには何と言えばいいのかな。
サンは、自分がアリゲイトと遭遇したことをシェドたちに話すかどうか悩んでいた。もちろん話さなければ、どんな悪いことが起こるかぐらいサンにも想像がつく。しかし、もし自分がそれを話してしまったらカナハは今以上の疑いをかけられてしまうのではないか。それで彼女に対する監視の目が増えるのは嫌だった。
そんなことを考えている間に、自分達の拠点が目に入った。そこで、サンはネクやシェドに対して、自分がしなければいけなかったことを思い出す。
――そうだ。そんなことよりも、自分はシェドやネクに聞かなければいけないことがある。
サンは、アリゲイトとの戦闘を通し、自分はやはりこの戦争の真実を知る必要があるということを強く感じた。きっとアリゲイトとカナハのことを話すのはそれからでも遅くはないだろう。
シェドとネクに話を聞くという勇気を持ち、拠点への歩みを一歩一歩進めていく。その時サンの目に、ネクに涙ながらに何かを訴えているトゲの姿が目に入った。
何かあったのだろうか。サンは、2人の間に駆け寄る。するとネクは、サンのことを見つけると、すぐに彼に対して、言葉を放った。
「サン! カナハさんが……!」
その言葉の続きを聞いた時、サンはまるで時が止まったかのような感覚を覚えた。そして自身は停止しているのにも関わらず、過ぎ去る世界が、そして過ぎ去った時間が、どんどん遠くに感じていくのが不思議に思えた。
アリゲイトと対話をした帰り、カナハは地面を見つめながら、ただ一人歩いていた。
ゲッコウが死んだ。自分の命なんかよりも大切な親友の命がこの戦争によって失われた。それでも彼は、戦争を辞めないという。
一体何がそこまで彼を変えてしまったのか、カナハには分からなかった。だからこそ、ただひたすらに彼の無事を祈ることしか、カナハにはできない。
『……カナハさん。なんで、レプタリアは戦争を始めたんですか』
そこでカナハは、昼間に会話をした少年のことを思い出した。確か年は16だったか。彼はとても純粋な目をしていた。それはまるであの日の自分達のような、人の尊さを信じて疑わない目だった。
――願わくば、彼がこの先もあんな目をできていたらいいな。
様々な思いを巡らせる中でカナハはようやく施設にたどり着いた。まだ子どもたちは寝ているだろう。早く自分も寝床に入らなければ、子どもたちに心配をかけてしまう。
そんな中、ガサゴソガサゴソと、倉庫の中で何かを物色するような音が聞こえる。何だろうか? ミガかメレがお腹でも空かせて倉庫の食べ物を漁っているのだろうか。だとしたらちゃんとつまみ食いはダメだと叱ってあげなければならないな。
そう思いカナハは、倉庫までゆっくりと歩き進め、倉庫の中をそっと照らす。中にいるのは、ミガだろうか、メレだろうか、ひょっとしたらトゲかもしれない。そんなことを考えながらカナハが明かりの照らす先に目を向けると、そこには厚着をした二人の男がいた。
「え?」
目の前では、明らかに子供の背格好ではない獣人たちが、倉庫の中の食料を詰めている。あ、これは盗賊だ。カナハは、思わず声を上げる。
「何してるんですか!? それは子どものための食料です! やめてください!」
すると、二人のうち背の低い方の男が、背の高い漢に声をかける。
「やば、バレちまったよ! おいおいどうする! ラトラ?」
すると背の高い男が、こっちを見てナイフを抜いた。その目は溢れんばかりの殺気に満ち溢れていた。
彼は、低く小さな声で、呟く。
「構わないさ。殺そう」
「な、いいのかよ! だって軍の規則には、民間人の殺しは禁じられてるだろ」
「俺たちが死んだら元も子もないさ。それにこいつらレプタリアは俺の妹を殺した。だから俺もレプタリアのやつなんて何人殺したっていいじゃないか」
ブツブツと会話している2人の声はカナハには届かない。そして取り出したナイフも倉庫の暗闇に隠れて、カナハには、よく分からなかった。
だからだろうか、かつてハクダ団で多少なりとも戦闘経験のあった彼女も、急にナイフをむけて飛び出した男に対し、反応が遅れた。
「――何を!?」
「死ねェェェェェ」
――グッシャァァァァ。
ナイフの刃はカナハの胸を貫き、どくどくと流れる血が、ハクダの地面を真っ赤に濡らす。厚着をした男たちは、食料を持って走り去っていく。
「おいおい、本当にやっちまったじゃねえか! ああ、くそ! お前が急に飛び出すからナイフ置いてきちまった!!」
「そんなの気にするなよ。また別の支給して貰えばいいじゃねえか。とっととここを逃げるぞ」
「……待って……それは、あの子たちの……」
カナハは、胸の傷を抑えながら、這いつくばった。もはや助けを呼ぶ声さえ出ない。真っ赤に染まる地面を見つめながら、カナハは少しずつ遠くなる意識を感じる。
――ほら、アリゲイト。戦争なんて一つもいいことがなかったじゃない。
――憎しみが憎しみを生み更なる悲劇を生む。こんな戦争に何の意味があったの?
――ああ、残酷で理不尽な世界よ。もしこんな私の命と引き換えに何かを願うことが許されるなら。
――せめてあの子たちだけはこの戦争の最中でも、強く、気高く、幸せでありますように。
そしてゆっくりとカナハは、眠るように瞳を閉じた。
このようなことは、この戦争の中でもよくあることだった。治安が悪く補給もままならない兵士は、こうして民間人の家を襲って、食料を奪い取ったのだ。
そう、善良な国民の1人であるカナハは、単にこの戦争に殺された、星の数ほどいる犠牲の一つに過ぎなかった。
彼女の死に、ガサゴソとした音で起き、寝ぼけた目で盗賊の背中を確認したトゲが気づくのは、ここから数分後のことである。
――もう立てるな。
一方その頃サンは、ようやく自身の負った傷の治療を終え、シェド隊の拠点に向かって歩き出していた。
――さて帰ったらシェドとネクには何と言えばいいのかな。
サンは、自分がアリゲイトと遭遇したことをシェドたちに話すかどうか悩んでいた。もちろん話さなければ、どんな悪いことが起こるかぐらいサンにも想像がつく。しかし、もし自分がそれを話してしまったらカナハは今以上の疑いをかけられてしまうのではないか。それで彼女に対する監視の目が増えるのは嫌だった。
そんなことを考えている間に、自分達の拠点が目に入った。そこで、サンはネクやシェドに対して、自分がしなければいけなかったことを思い出す。
――そうだ。そんなことよりも、自分はシェドやネクに聞かなければいけないことがある。
サンは、アリゲイトとの戦闘を通し、自分はやはりこの戦争の真実を知る必要があるということを強く感じた。きっとアリゲイトとカナハのことを話すのはそれからでも遅くはないだろう。
シェドとネクに話を聞くという勇気を持ち、拠点への歩みを一歩一歩進めていく。その時サンの目に、ネクに涙ながらに何かを訴えているトゲの姿が目に入った。
何かあったのだろうか。サンは、2人の間に駆け寄る。するとネクは、サンのことを見つけると、すぐに彼に対して、言葉を放った。
「サン! カナハさんが……!」
その言葉の続きを聞いた時、サンはまるで時が止まったかのような感覚を覚えた。そして自身は停止しているのにも関わらず、過ぎ去る世界が、そして過ぎ去った時間が、どんどん遠くに感じていくのが不思議に思えた。
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