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立派な人になろうよ
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トゲに事情を聞かされ、ネクとサン、そしてシェドは一直線にカナハの元へ走った。トゲは、カナハが血を出して倒れているとしか言わなかった。だからもしかしたら、少しでも自分達が早く着けば、カナハは助けられるのかもしれない。そんな希望をサンやネクは抱いた。いや、そんな希望に縋った。
しかし、それはどうあがいても無理な話なのだ。例えばトゲが、カナハが刺された後すぐに助けを呼んでいれば、そして、ミガとメレが子どもにも関わらず止血や応急処置の方法を心得ていれば、そして、サンやネクがもう少し近くにいれば、そんな針に糸を通すほどのたらればが幾つも積み重なったのなら、カナハは戦争の悲劇から逃れられたのかもしれない。
だが、そんな奇跡は、簡単には起きない。
ネクは一通りカナハの様子を見て、目を瞑る。そして静かに涙を流しながら、彼女は左右に首を振った。
「……ダメ。ダメだよ。もう間に合わない」
「なんで! 何でよ、ネク! 今日私のこと治してくれたじゃん! ネクは、ちゃんとしたお医者さんじゃん! ねぇお願いだよ……ネク。嫌だよ……私、そんなの……嫌だ。なんで……」
ネクは、震えるトゲの体を抱きしめる。そして、目に大粒の涙を流しながら、震える声で、呟く。
「……ごめん、ごめんね、トゲ‥‥本当に、ごめん」
サンは、手のひらに炎を灯し、飛び出そうとする。自分の炎ならもしかしたらカナハを助けられるかもしれない。しかし、そんなサンの腕をシェドが掴む。
「やめろよ、サン」
「なんだよ! シェド!!」
「フェニックスの炎の性質は、俺も話に聞いて理解してる。お前の炎は、消えそうな命の炎に火を与えその勢いを取り戻させることはできる。けれど、すでに消えた蝋燭にその火を灯すことはできないはずだ」
そんなことはサンにもよくわかっていた。フェニックスの能力を得てから旅に出るまでに、彼は色々とこの能力の使い道を試したのだ。しかし、どんな生き物でも、一度死んでしばらくたってしまった亡骸に再び命を吹き込むことは不可能だった。
でも、そうだとしても。
「けれど、分からないじゃないか! まだ少しでも命が残っているなら、やってみないと」
「違う! 俺は彼らにもう期待をさせるなといっているんだ! お前もわかっているはずだ。もうカナハの魂は、そこにはない。それにも関わらず、お前が再び蘇生を始め、カナハの傷が塞がれば、この子どもたちは期待する。けれど、そこにカナハはいないんだ。だからこそそれをすればお前はもう一度、この子たちの前で、彼女を死なせることになるんだぞ」
シェドの言うことはもっともだった。確かに、カナハの体の中にもう命の炎は存在しない。それは、この蘇生能力を持つサン自身が把握している。それなのに、彼らに彼女が助かるかもしれないと言う期待を持たせ、それを裏切るのは、彼らにとってなによりも残酷なことに他ならなかった。
「……ねぇ、サンにいちゃん。……先生は死んだの?」
サンにそう声をかけるのは、ミガだった。体が、そして、その両目が、左右にふるふると震えている。彼は続ける。
「……え、だっておかしいよね? ……先生は誰も傷つけてなんかないんだよ。……何にも悪いことなんかしてないよ。……ねぇ、なんで?」
「殺そう」
そう呟いたのは、メレだ。
「トゲに絡んできた厚着していた奴らを殺そうよ! 許せない! なんで俺たちの大事な人を殺すんだよ! 食べ物なんて、持っていったっていい! お腹なんてどれだけ空いたっていい! 先生が一緒にいてくれたら、俺たちはそれだけで、よかったのに……」
「……うっ……えぐっ、ダメだよ、メレ。……それだけは……ダメ」
ネクの体から顔を出し、トゲは顔をぐちゃぐちゃにしながら続ける。
「先生が……教えてくれた。……憎しみからは何も生まれないんだって。……だからこそ……私たちがそんなことを考えちゃダメ。……私たちが先生の思いを継がなきゃ……私たちの中の先生も……本当に死んじゃう」
「じゃあ、どうしたらいいんだよ! トゲ! 憎いよ! どうしようもないぐらい憎い! 俺たちはこの感情をどこにぶつければ……」
「……前を向くしかないんだよ……メレ。私たちは……先生のことを忘れずに、生きていくことしかできないんだ。……だからさ、せめて3人で……先生に誇れるような、立派な人になろうよ」
サンは、ネクは、シェドは、彼らの会話を聞いて、ただ拳を握りしめることしかできなかった。
――なんでだ。
サンは、心の中で疑問を吐き出す。厚着をしていた2人の獣人。なんで彼らにこの場所がバレたのかサンには全く分からなかった。まさかつけられていたのだろうか。いやそんなはずはない。自分はともかくこのネクは、そういった尾行のプロだ。簡単な尾行なら必ず看破することができる。それなのにどうして。
カナハの死体を前にして泣き崩れる子どもたち。サンはそんな彼らのことを見渡す。そんな時、サンの目に、倉庫に横たわっていたあるものが飛び込んできた。
それはナイフだった。
『何が正しくて何が正しくないか。その決定権は、必ず自分が持っていなさい』
ふいにサンの頭にベアリオの言葉が思い出される。サンはそのナイフに見覚えがあった。南の峠の戦闘の前に彼の訓練する姿を何度も見てきたからわかる。あれはジャカルのナイフ。すなわち、あれは――。
カニバル軍で支給されているナイフと同じものだ。
しかし、それはどうあがいても無理な話なのだ。例えばトゲが、カナハが刺された後すぐに助けを呼んでいれば、そして、ミガとメレが子どもにも関わらず止血や応急処置の方法を心得ていれば、そして、サンやネクがもう少し近くにいれば、そんな針に糸を通すほどのたらればが幾つも積み重なったのなら、カナハは戦争の悲劇から逃れられたのかもしれない。
だが、そんな奇跡は、簡単には起きない。
ネクは一通りカナハの様子を見て、目を瞑る。そして静かに涙を流しながら、彼女は左右に首を振った。
「……ダメ。ダメだよ。もう間に合わない」
「なんで! 何でよ、ネク! 今日私のこと治してくれたじゃん! ネクは、ちゃんとしたお医者さんじゃん! ねぇお願いだよ……ネク。嫌だよ……私、そんなの……嫌だ。なんで……」
ネクは、震えるトゲの体を抱きしめる。そして、目に大粒の涙を流しながら、震える声で、呟く。
「……ごめん、ごめんね、トゲ‥‥本当に、ごめん」
サンは、手のひらに炎を灯し、飛び出そうとする。自分の炎ならもしかしたらカナハを助けられるかもしれない。しかし、そんなサンの腕をシェドが掴む。
「やめろよ、サン」
「なんだよ! シェド!!」
「フェニックスの炎の性質は、俺も話に聞いて理解してる。お前の炎は、消えそうな命の炎に火を与えその勢いを取り戻させることはできる。けれど、すでに消えた蝋燭にその火を灯すことはできないはずだ」
そんなことはサンにもよくわかっていた。フェニックスの能力を得てから旅に出るまでに、彼は色々とこの能力の使い道を試したのだ。しかし、どんな生き物でも、一度死んでしばらくたってしまった亡骸に再び命を吹き込むことは不可能だった。
でも、そうだとしても。
「けれど、分からないじゃないか! まだ少しでも命が残っているなら、やってみないと」
「違う! 俺は彼らにもう期待をさせるなといっているんだ! お前もわかっているはずだ。もうカナハの魂は、そこにはない。それにも関わらず、お前が再び蘇生を始め、カナハの傷が塞がれば、この子どもたちは期待する。けれど、そこにカナハはいないんだ。だからこそそれをすればお前はもう一度、この子たちの前で、彼女を死なせることになるんだぞ」
シェドの言うことはもっともだった。確かに、カナハの体の中にもう命の炎は存在しない。それは、この蘇生能力を持つサン自身が把握している。それなのに、彼らに彼女が助かるかもしれないと言う期待を持たせ、それを裏切るのは、彼らにとってなによりも残酷なことに他ならなかった。
「……ねぇ、サンにいちゃん。……先生は死んだの?」
サンにそう声をかけるのは、ミガだった。体が、そして、その両目が、左右にふるふると震えている。彼は続ける。
「……え、だっておかしいよね? ……先生は誰も傷つけてなんかないんだよ。……何にも悪いことなんかしてないよ。……ねぇ、なんで?」
「殺そう」
そう呟いたのは、メレだ。
「トゲに絡んできた厚着していた奴らを殺そうよ! 許せない! なんで俺たちの大事な人を殺すんだよ! 食べ物なんて、持っていったっていい! お腹なんてどれだけ空いたっていい! 先生が一緒にいてくれたら、俺たちはそれだけで、よかったのに……」
「……うっ……えぐっ、ダメだよ、メレ。……それだけは……ダメ」
ネクの体から顔を出し、トゲは顔をぐちゃぐちゃにしながら続ける。
「先生が……教えてくれた。……憎しみからは何も生まれないんだって。……だからこそ……私たちがそんなことを考えちゃダメ。……私たちが先生の思いを継がなきゃ……私たちの中の先生も……本当に死んじゃう」
「じゃあ、どうしたらいいんだよ! トゲ! 憎いよ! どうしようもないぐらい憎い! 俺たちはこの感情をどこにぶつければ……」
「……前を向くしかないんだよ……メレ。私たちは……先生のことを忘れずに、生きていくことしかできないんだ。……だからさ、せめて3人で……先生に誇れるような、立派な人になろうよ」
サンは、ネクは、シェドは、彼らの会話を聞いて、ただ拳を握りしめることしかできなかった。
――なんでだ。
サンは、心の中で疑問を吐き出す。厚着をしていた2人の獣人。なんで彼らにこの場所がバレたのかサンには全く分からなかった。まさかつけられていたのだろうか。いやそんなはずはない。自分はともかくこのネクは、そういった尾行のプロだ。簡単な尾行なら必ず看破することができる。それなのにどうして。
カナハの死体を前にして泣き崩れる子どもたち。サンはそんな彼らのことを見渡す。そんな時、サンの目に、倉庫に横たわっていたあるものが飛び込んできた。
それはナイフだった。
『何が正しくて何が正しくないか。その決定権は、必ず自分が持っていなさい』
ふいにサンの頭にベアリオの言葉が思い出される。サンはそのナイフに見覚えがあった。南の峠の戦闘の前に彼の訓練する姿を何度も見てきたからわかる。あれはジャカルのナイフ。すなわち、あれは――。
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