プロミネンス【旅立ちの章】

笹原うずら

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今すぐこの俺の剣の錆びに

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 サンに言葉を聞き返すシェド。しかし、サンはそれ以上返事を返さない。そして彼は穴の横を飛び越えて、レプタリアの城の中へ急いで行った。

 もちろんサンは、自身の恨みを晴らすために、ネクとシェドに罠に嵌ってもらったわけではない。

 昨日じっくり考えた結果、サンがたどり着いた結論は、自分の大事なものを守るには色々な方法があると言うことだ。

 きっとシェドは、自分にとって大切なものを守るために、自分を騙した。ベアリオもこのカニバルの国を守るために、自分を騙した。

 嘘をつくだけで多くの大切なものを守れると言うのなら、自分だってそういう生き方をしたのかもしれない。偶々彼らとは生き方や考え方、そして背負うものの重さが違っただけで、そういう正義は存在するのだ。

 だからサンはもう、昨日の時点でカニバルに騙されたことを決して恨んでなどいなかった。

 だが、サンが自身の決断を果たすためには、どうしてもネクとシェドには何らかの方法で捕まってもらう必要があった。だから彼らに自分達の潜入が警戒されていることを伝えなかったのだ。

 ちなみにこの時サンは、命を奪うような罠をアリゲイトは設置しないだろうと思っていた。理由は二つ。

 一つ目は、それほど大層な罠を仕掛ける時間はなかったからだ。自分がアリゲイトと戦闘したのは昨日の夜のこと。だからこそ、そんな時間で誰かの命を奪えるほどの罠を作れるとは思えなかった。

 そして二つ目は、アリゲイトが、味方がその罠に誤ってかかる可能性を考えないはずがないからである。城に罠を設置したとしても、それを部下全員に伝える充分な時間はない。だからこそ、ある程度部下が誤って罠にかかる可能性を考慮する必要がある。

 そのような理由から即死トラップは仕掛けられないため、サンは捕獲を前提にした罠の可能性だけを考えていればいい。まあ、誰かが待ち伏せしていて、捕まった対象を殺しにくるという可能性はあるだろうが、シェドが誰かに殺されることはないだろう。

 そんなことを考えながら、レプタリア城を罠を警戒し走り回っていると、1人の獣人に見つかった。

「な、何だお前はァァ!!」

慌てて剣を構えるトカゲの獣人。おそらく王の護衛兵とかのうちの1人だろう。

「サン、ライズ」

サンは自身の剣を顕現させて、その兵に突撃する。兵は剣を抜き、サンに向かって構え、舌をチロチロ出しながらサンに向かって言葉を放つ。

「ほう、アリゲイト様が来るかもしれないと言っていた侵入者か。ここにきた度胸は褒めてやるが俺に見つかったのが運の尽きだな。俺は護衛兵の中でも4番目に強く護衛四天王に入る実力を持つ男。この俺の神速の剣技に敗れ、お前は尻尾を切るように逃げ出すんだろう。トカゲだけにな。かかかか。トカゲに対して尻尾を切るように逃げ出すとは、滑稽な話だ。さて、冥土の土産に少しの笑いを与えてやったところで今すぐこの俺の剣の錆に……」
「木洩れ日!!」

サンは、思い切り突きを放ち、トカゲの獣人を吹き飛ばした。

「シンプルにうるさい!!」

 そしてサンは、アリゲイトを目指して走り出した。もちろん場所は彼には検討もつかない。だがとりあえずは、最上階を目指して、走っていこうと思う。

 こうしてサンは、レプタリアに入城し2階への階段を探すのだった。


「くっそ。あの野郎」

暗闇の中、シェドは苛立ちを覚えていた。彼は、自分に対し、ちょっと裏切ると言った。つまり彼の頭の中にはあったのだ。このレプタリア城に罠が仕掛けられている可能性が。

 一体なぜ彼がそれをわかったのかは想像がつかない。だが、きっとカナハが殺害される前に何かがあったのだろう。このような事態を想定できない自分にシェドが引き続き苛立ちを覚えていると、ネクが声をかけてくる。

「……ごめんね、シェド。もっと私が警戒しておくべきだった。まさかこんな古典的な罠に引っかかるなんて」
「いや、それは俺のセリフだ。しかし、ちょっと裏切るとは。サンの野郎一体何を考えてるんだ。全く予想がつかない」
「……うん、そうだね。サンのことだから、私たちを殺そうなんてことは考えないだろうし、レプタリアに寝返るなんてこともないとは思うけど」
「まあ、そうだと信じたいけどな。とりあえず出口を探すか」

 暗闇の中でそう呟くシェド。すると、部屋中の電気が一斉にぱっとついた。目の前には試験官やフラスコなどどこかの研究室のような光景が広がっている。

「おいおい、僕の研究室から簡単に出られるわけないだろ」

ジメジメした声が部屋の中に響く。コツコツと何者かと足音が迫ってきた。シェドとネクは、戦闘体制をとる。眩い光の中、一つの人影が迫る。

「誰だよ?」

 シェドが、その人影に問いかける。するとまたジメジメとその影が喋り出した。徐々に2人の目も光に慣れ、その男の姿がくっきりと映し出される。

「ああ、名乗るのか。まあでも名乗らないとなぁ。僕のこと知ってる? マムスって言うんだけどさ」
「……マムス」

 ネクが小さく、彼の言葉を繰り返した。よくよく見れば、茶褐色の肌には特徴的な模様がある。そしていくつかのメスと、何かを入れたポーチを腰のベルトにつけていた。それらの特徴からも潜入したときに何度か目撃したマムスの姿に間違いない。

「お、知ってくれてるんだ。あんまり名前が知れ渡るのって好きじゃないんだけどね。まあとりあえず今日は君たちみたいな侵入者を倒すのが仕事なんだ。本当はアリゲイトがいくってうるさかったんだけど、流石にリーダーには王座でどしっと構えてもらわないとだからね」
「ほお、お前が俺たちを殺す気なのか?」

シェドはすくっと立ち上がり、手をグーパーさせながらネクより前に進み出る。そんなシェドに対して、マムスは平然とした調子で言葉を返す。

「そのつもりだよ。でも、別に戦って倒すとはいってない。うん、そろそろかな?」


 するとシェドの体に異変が起き始めた。途端意識が朦朧として目の前がぼやけ、そのまま横たわるように床に倒れる。

 ――バタン。

「シェド! まさか!」

ネクが軽く息を吸い込み、そして吐き出す。そしてシェドが倒れた原因を理解する。そうこれは。

「そう、君の想像の通りだ。無味無色無臭の毒ガスだよ。よくわかったね。君たちが落ちたのを確認して部屋にま散布させてらった。もちろん、バレにくさを追求したものだから威力はそこまででもないし、君には効かないかもだけどね? シェド隊諜報部隊のネクさん」

 ネクは腰のナイフを握りしめる。そして、目の前の男のことをギロリと睨みつける。

「そう怖い顔をするなよ。アマゲからかつてレプタリアにいた君が潜入兵だったと聞いた時は驚いた。まあ、おかしいとは思ってたけどね。新兵にしてはあまりにも毒の知識がありすぎると思ったんだ」
「……シェドの毒を、解いて!」
「その様子だと、やっぱり体に直接毒が入った場合は、ホイホイ動けるわけではないようだね。毒矢に貫かれたときは平気そうだったのに。まあ君たちの鎖烈獣術ってのに秘密があるんだろうけど」

 そんな言葉が終わらないうちに、ネクは立ち上がり、ナイフを取り出してマムスの方へ向ける。本来なら彼女はあまり戦闘の場に立つことはない。しかし彼女は躊躇うことなく今、こうして武器をとった。

「普通に降参してはくれないのか。まあしょうがないか。でもこっちとしては君も捕らえられた方がありがたいんだけどね。ヤマカガシ。マムシやハブよりも強い毒性を持つヘビの獣人。君みたいな毒は、是非とも解剖して研究したいなぁ」

そう言って、指に挟んだメスを取り出し、ニタリと笑うマムス。

 ネクはそんな彼にまっすぐ視線をぶつけて言葉を返す。

「……無理だよ。あなた程度の毒じゃ、私を傷つけられないから」
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