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言われなくてもまもってやるよ、お前の分までな
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ジャックを帰らせた後、馬車へ乗り込み、とある荷物を運んでいるサンとベアリオとジャカル。今はジャカルが車内に入って荷物を見ていて、サンとベアリオが前の席に座っている。
ガタガタと揺られながら、ゆっくりと目的地に進んでいく2人。ベアリオは、前方を眺めながらも、サンにのんびりと話しかける。
「いやぁ、ごめんな。サン。急にこんなことお願いしてしまって」
「大丈夫だよ。こちらこそ、王様に運転させちゃって、ごめん」
ちなみにこんなことというのは、ベアリオがレプタリアにあるものを輸送するための護衛のことである。こういう仕事は本来ならネクやシェドに頼むのだが、2人は本日中にはここを去るということなので、彼らには内密に、サンとジャカルにお願いしたのだった。
「構わないさ。君がしてくれたことに比べたら、運転なんて、大したことない。我々は君に嘘もついた。それなのに君は、ここまでの功績を残してくれた。君みたいな人に出会えて、本当に幸運だよ。ありがとう。こんな言葉では足りないくらい、君には感謝している」
サンは静かにその言葉を受け止めた。そして、彼はその言葉を頭の中でゆっくりと噛み締めた後、ベアリオにしっかりと言葉を返す。
「俺がすごい訳じゃないよ。ベアリオとか、ジャカルとか、ネクとか、シェドとか、この国の人たちが本当にいい人だったから、この結論を出せたんだ。だから、ベアリオたちがこの国を守ったんだよ」
「ははは、みんなが言うように、本当に君は優しいんだな。君なら何の不安もなくシェドとネクを預けられるよ。2人のことを頼んだよ」
「ああ、任せてくれ。それよりもさ。レプタリアとカニバルはどうなの? うまくいきそう?」
「そうだなぁ」
ベアリオは手綱を握りながらも、漠然と前を見つめる。そして、静かに、サンに対して想いを述べる。
「もちろん簡単ではないだろうさ。きっと両国が抱えている憎しみは、そう簡単には晴れることはない。すぐに手を取り合うことは難しいよ。けれどそれでもやるしかないんだ。それが、このカニバル国王ベアリオの信念なんだからな」
「そっか、きっと、ベアリオならできるよ」
2人の男が語り合う間にも、馬車は進んでいく。レプタリアまでの道案内も兼ねているサン。そんな彼に、ベアリオは馬を操りながら、尋ねる。
「そろそろハクダか。目的地には、もうすぐ着くのかい」
「ああ、あそこを曲がれば着くと思うよ」
「しっかし本当に道がぬかるんでるんだな。車輪が取られて走りづらい」
――ガン。
グラグラと揺れる車内。そんなベアリオの運転に苛立ちを覚えたのか、馬車の中から壁でも蹴ったかのような音がした。ベアリオは、車内に向かって謝罪する。
「ごめんな! もう少しで着くから、我慢して欲しい」
「相変わらず気性荒いなぁ。この荷物。あ、着いた」
そこは、カナハの墓標の前だった。待ち合わせ場所として、アリゲイトがここを指定したのだ。そしてサンたちが着く前には、すでに、アリゲイトとマムスの2人が待っていた。
「よお、カニバル国王。随分遅かったじゃないか。待ちくたびれたぜ」
「すみませんでした。レプタリア国王。色々作業をしていたら、遅くなってしまった」
「まあいいさ。約束のものを送ってくれたら、こっちからは何も言うことはねえよ。本当にあの馬車の中に、いるんだろうな?」
「ええ、確かに連れてきました。ジャカル。開けてくれ」
「はい! かしこまりました」
馬車の中からはきはきとした返事が響く。そして木が軋むような音を立てて、ゆっくりと扉が開いた。そして、その中から出てきた男は、レプタリアの3人を見て、声を放った。
「よお、アリゲイト。マムス。寂しかったか? 俺様がいなくて」
アリゲイトは、彼を見て表情を晴れやかにする。
「ゲッコウ! ほんとに生きてたんだな」
「勝手に殺すなよ」
アリゲイトがゲッコウに対して煌びやかな表情で迎えると同時に、マムスがベアリオに対しじめじめとした様子で、語りかける。
「しかし、驚いたよ。ベアリオ王。まあ確かにシェドも僕と戦う時はゲッコウを殺したとは言ってなかったけど、こいつが生きてるってことは、本当にレプタリアの兵のほとんどがこいつと同じように良好な待遇で捕虜として扱われてるんだね。」
「そうなんですよ。共に歩むことになった際禍根を残したくないと考え、シェドにわがままを言って彼が手を下す際には、命を奪わないよう頼んでおきました。まあ父の代の時の戦争では、たくさんの命を奪ってしまったことは事実ですが」
「通りで負傷兵が多いけど死者が少ないとは思っていたよ。アリゲイトも言っていて、僕は疑い半分だったけど、本当に先代とは全然違うんだね。今の国王は」
「ええ。まだレプタリアとカニバルの国交関係がうまくいかないうちは、仮釈放という形でしかこういう面談の機会は取れませんが、グレイトレイクの流域開発などで活躍を見せてくれれば、釈放も許されるかもしれません。今回の仮釈放は、そんな自分達の誠意を見せるために行いました。他にも、ウガイ隊長やアマガ副隊長などの身柄も預かっています」
礼儀正しく、スラスラとカニバルでの状況を伝えるベアリオ。ちなみに、サンもゲッコウが死んでいないことは知っていた。なぜなら、ゲッコウが死の淵を彷徨っている際に、炎を与えて命を途絶えさせなかったのは彼だからだ。
しかし、もちろんサンの力だけで復活できたわけではない。ネクの医療の知恵や、ゲッコウの中に残された微かな再生能力、そして彼の死なないという強い意志。そうしたものが複雑に絡み合い、彼を蘇生することができたのだ。
アリゲイトはベアリオの言葉を受け、朗らかに答える。
「そうか。それならきっとアマゲも喜ぶだろう。しかし、確かにここまでの誠意を見せられたらもう言うことはないな。わかった。レプタリアの捕虜の人道的な待遇の保証、そして、南の峠の期限付きの引き渡しを持って、権限を託そう。グレイトレイクの開発は、カニバルに任せる」
「ありがとうございます」
「だがもちろん全権というわけにはいかないからな。レプタリアの権利に関わることはここにいるマムスと相談してくれ。うちの国では一番頭が切れるんだ」
「よろしく、まああまり意見する気はないけどさ。レプタリアを無下にするようなことをしたら、許さないから」
「ははは、気をつけます」
そんなやりとりでとりあえず国と国の国交の話は終わった。しかし、そこで話を一区切りする間も無く、ゲッコウは、唐突に、マムスに向かって話しかける。
「おいおい、随分凄んでんじゃねぇか。シェドに負けた男が偉そうによぉ、マムス」
「は? お前も負けてるだろ。そもそもお前がグレイトレイクを守れてれば、シェドはレプタリアにはこれてないんだからな」
「うるせぇなぁ。俺はそこの耳の尖ったジャッカルとこの炎野郎と戦った後だったんだ。ただボロボロに負けたお前と一緒にするんじゃねぇ」
「何だと」
「おいおい、いい加減にしろよ。カニバル国王殿の前だぞ。……それと、カナハの前じゃねえか」
「……………」
すると、ゲッコウとマムスは即座に黙った。そして彼らは、全く同時にカナハの墓標を向いた。そう、アリゲイトがわざわざゲッコウの仮釈放の場所として、ここを指定したのは、3人でカナハの死を悼むためだった。よくよく見ると、すでにカナハの墓標には、何本かの花が備えられている。
アリゲイトはそんな2人の様子をみて、小さくため息をつく。そして、ベアリオとサン、そしてジャカルの方を向き直り、彼は言った。
「ありがとな。カニバル国王と護衛の2人。これで真面目な話は終わりだ。それでな、サン。ここからは個人的な頼みなんだが、ちょいと聞いてくれるか?」
申し訳なさそうに言葉を紡ぐアリゲイト。サンはそんな彼の目に悲しみの色を見とった。
「何? アリゲイト」
「写真を撮って欲しいんだ。ちょうど旗もあるからよ。その墓標には備えられている写真と同じものを撮りたいんだ。いいか?」
するとアリゲイトは墓標の前の写真を指差す。確かにそこには、かつてサンがカナハの部屋で見たハクダ団の旗を持っている4人の子供たちの写真があった。確かカナハ死がんだすぐ後にはなかったはずだ。後からトゲが置きに来たのかもしれない。とにもかくにも、アリゲイトは、かつての自分たちと、同じような写真を撮って欲しいとサンに頼んだ。
「……何言ってんだよ、アリゲイト。そんなことしたって、カナハは、戻ってこないだろ」
「……僕もこの脳筋に同意だよ。そんなことしたって、何か意味があるわけじゃない」
「撮るんだよ。俺たちは。そして覚えておかなきゃならねぇんだ。戦争で大事なものを失った馬鹿な男たちを。そうでもしないと、カナハの死に意味がなくなっちまう。だから早くお前らも準備しろ」
「……わかった」
「……ああ、わかったよ」
アリゲイトはサンに木製のカメラを手渡した。サンは、ゲッコウ、アリゲイト、マムス、そして、カナハの墓標を画面に入れる。ベアリオとジャカルはその様子をただ静かに眺めている。
旗を持ちながら、墓標の前の写真を再現しようとする男たち。彼らは騒ぎ立てながらも、自身の立ち位置を決めていく中で、アリゲイトが言葉を発する。
「懐かしいなぁ。昔カメラが好きなやつがハクダに来て、撮ってくれたんだよな」
「あの時ゲッコウ、魂が吸われるって思ってて、本当に怖がってたよね」
「うるせぇなぁ。黙って再現しろよ。いやしかし、この写真も旗も古いなぁ。まだ、カナハ、ちゃんと保管してたのか」
「相変わらず、カナハはハクダ団が好きだね。僕にとっては消してしまいたいくらい恥ずかしい過去だけどさ。……でも、カナハにとっては、宝物だったのか」
「……ああ、そうだな。じゃあお前ら、無理してでも笑顔作れよ」
そしてポーズをとり終わる3人。サンは、彼らに向けて、撮るよー、という合図と共にシャッターを切った。
――パシャリ。
「え?」
そして、画面を見た時、サンの動きが止まった。アリゲイトはそんな彼に対し、言葉を発する。
「どうしたんだよ。サン。うまく撮れなかったのか」
「いや、えと、その、これ」
サンは、目を丸くしながら、辿々しい言葉と共に、カメラの画面を見せる。アリゲイトたちは、サンの元に歩き寄り、その画面を確認した。そして、彼らはそこでじっと固まる。
アリゲイトが呟く。
「……カナハ」
その画面には、一番左、人一人分開けたスペースにカナハが笑顔で映り込んでいた。この4人でいることが心から嬉しいかのような、そんな笑顔。ゲッコウはそんな彼女の顔を見て、ポタポタと涙を流す。
「……なんだ。お前が一番いい顔で映ってどうすんだよ」
「……こんなの、ありえないよ。俺たちの目が都合良く、カナハとして捉えてるだけだ」
「……何言ってんだよ。マムス。お前が一番泣いてんじゃねえか」
「……うるさい、脳筋。……うるさいんだよ」
その時、彼らの元に一筋の風が吹いた。そして、その風の音は、まるでそれを運んできたかのように、言葉を流す。
『……マムス、ゲッコウ、そして、アリゲイト。これからもさ、レプタリアの平和を守ってね。みんなのこと、ハクダ団のこと、私、大好きだったよ』
その言葉を聞いて、ふいにサンの目からも涙が流れ落ちた。彼女はきっと、ずっと待っていたのだ、この3人が、自分の前に現れるのを。
「――そうか。俺らが来るまで向こうに行けなかったのか。それは悪いことしたな」
彼はまるで涙がこぼれないように上空を見つめ、静かに言葉をこぼす。そして彼は、自身の拳を握りしめて、彼女へ言葉を続ける。
「言われなくても守ってやるよ。お前の分までな。だから生まれ変わったら、また集まろうぜ。この4人でさ」
カナハの眠る墓標の背後に、眩い太陽が。ゆっくりと昇っていく。そしてそれらはこの戦争の闇を洗い流すかのように、アリゲイトたちを、そして、この世界を照らし続けるのだった。
宴会の後十分な睡眠を取り、時刻は昼の12時。サン、シェド、ネクの3人は、カニバルを出国し、ハビボル国までの道を歩き進んでいた。彼ら3人は、この国での冒険に一区切りをつけ、次の冒険に進んでいるのだ。
「なあ、シェド。俺さ、ひとつ気になることがあるんだけどさ」
「なんだよ?」
「そもそもなんで、ベアルガ王はそんなにカニバルを強くしたかったんだ?」
シェドは、歩きながら答える。
「具体的なことは俺にもわからんな。ただ、あの人は、外から大きな敵が来た時、グランディア、シーラ、スカイルがバラバラだと戦えない。だから誰かが一つにまとめなくてはならない。と言ってたよ」
そしてシェドの説明を、ネクが引き継ぐ。
「……ベアルガ王が言っていた外からくる敵っていうのは、この近隣のどこの国でもなかった。だから、シェドやサンが知っている『神』って存在なのかも」
「ああ、だからサン。お前は戦争をこういう形で終わらせたがな。もしかしたら、グランディアが強くなるきっかけを奪っただけなのかもしれない。俺らがこういうことをしてしまったせいで、その大いなる敵にカニバルが滅ぼされる可能性もあるかもしれないぞ」
ほんの少しだけ挑発的に、シェドは、サンの功績の負の側面を語った。しかし、サンは、そんなシェドの言葉にどこか笑みを浮かべながら、言葉を返す。
「だったら大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか、シェドはいまいち理解ができず、サンに問い返す。
「何がだよ?」
「だってその大いなる存在って、神のことなんだろ。だったら神がここを侵略することはないじゃないか。俺とシェドとネクが、これからそいつらを倒すんだからさ」
晴れやかな笑顔でそう言葉を続けるサン。シェドは思わず、その言葉に自分も釣られて笑ってしまった。
神を倒す。正直シェド自身、そんなことができるのか分からずにいた。なぜなら彼は直接神の強さを目の当たりにしたから。だが不思議とこの男の隣ならば、そんなこともできるような、そんな不思議な勇気が湧いてくるのだ。
「ああ、そうかもな」
シェドは、サンの言葉に対してそのようにつぶやいた。そんな彼を見て、ネクはほんの少しだけ表情を崩す。
こうしてサン、ネク、シェドは、様々な困難を乗り越えながらも、地平線の彼方、あの太陽を目指して、どこまでもどこまでも、歩みを進めていくのだった。
ガタガタと揺られながら、ゆっくりと目的地に進んでいく2人。ベアリオは、前方を眺めながらも、サンにのんびりと話しかける。
「いやぁ、ごめんな。サン。急にこんなことお願いしてしまって」
「大丈夫だよ。こちらこそ、王様に運転させちゃって、ごめん」
ちなみにこんなことというのは、ベアリオがレプタリアにあるものを輸送するための護衛のことである。こういう仕事は本来ならネクやシェドに頼むのだが、2人は本日中にはここを去るということなので、彼らには内密に、サンとジャカルにお願いしたのだった。
「構わないさ。君がしてくれたことに比べたら、運転なんて、大したことない。我々は君に嘘もついた。それなのに君は、ここまでの功績を残してくれた。君みたいな人に出会えて、本当に幸運だよ。ありがとう。こんな言葉では足りないくらい、君には感謝している」
サンは静かにその言葉を受け止めた。そして、彼はその言葉を頭の中でゆっくりと噛み締めた後、ベアリオにしっかりと言葉を返す。
「俺がすごい訳じゃないよ。ベアリオとか、ジャカルとか、ネクとか、シェドとか、この国の人たちが本当にいい人だったから、この結論を出せたんだ。だから、ベアリオたちがこの国を守ったんだよ」
「ははは、みんなが言うように、本当に君は優しいんだな。君なら何の不安もなくシェドとネクを預けられるよ。2人のことを頼んだよ」
「ああ、任せてくれ。それよりもさ。レプタリアとカニバルはどうなの? うまくいきそう?」
「そうだなぁ」
ベアリオは手綱を握りながらも、漠然と前を見つめる。そして、静かに、サンに対して想いを述べる。
「もちろん簡単ではないだろうさ。きっと両国が抱えている憎しみは、そう簡単には晴れることはない。すぐに手を取り合うことは難しいよ。けれどそれでもやるしかないんだ。それが、このカニバル国王ベアリオの信念なんだからな」
「そっか、きっと、ベアリオならできるよ」
2人の男が語り合う間にも、馬車は進んでいく。レプタリアまでの道案内も兼ねているサン。そんな彼に、ベアリオは馬を操りながら、尋ねる。
「そろそろハクダか。目的地には、もうすぐ着くのかい」
「ああ、あそこを曲がれば着くと思うよ」
「しっかし本当に道がぬかるんでるんだな。車輪が取られて走りづらい」
――ガン。
グラグラと揺れる車内。そんなベアリオの運転に苛立ちを覚えたのか、馬車の中から壁でも蹴ったかのような音がした。ベアリオは、車内に向かって謝罪する。
「ごめんな! もう少しで着くから、我慢して欲しい」
「相変わらず気性荒いなぁ。この荷物。あ、着いた」
そこは、カナハの墓標の前だった。待ち合わせ場所として、アリゲイトがここを指定したのだ。そしてサンたちが着く前には、すでに、アリゲイトとマムスの2人が待っていた。
「よお、カニバル国王。随分遅かったじゃないか。待ちくたびれたぜ」
「すみませんでした。レプタリア国王。色々作業をしていたら、遅くなってしまった」
「まあいいさ。約束のものを送ってくれたら、こっちからは何も言うことはねえよ。本当にあの馬車の中に、いるんだろうな?」
「ええ、確かに連れてきました。ジャカル。開けてくれ」
「はい! かしこまりました」
馬車の中からはきはきとした返事が響く。そして木が軋むような音を立てて、ゆっくりと扉が開いた。そして、その中から出てきた男は、レプタリアの3人を見て、声を放った。
「よお、アリゲイト。マムス。寂しかったか? 俺様がいなくて」
アリゲイトは、彼を見て表情を晴れやかにする。
「ゲッコウ! ほんとに生きてたんだな」
「勝手に殺すなよ」
アリゲイトがゲッコウに対して煌びやかな表情で迎えると同時に、マムスがベアリオに対しじめじめとした様子で、語りかける。
「しかし、驚いたよ。ベアリオ王。まあ確かにシェドも僕と戦う時はゲッコウを殺したとは言ってなかったけど、こいつが生きてるってことは、本当にレプタリアの兵のほとんどがこいつと同じように良好な待遇で捕虜として扱われてるんだね。」
「そうなんですよ。共に歩むことになった際禍根を残したくないと考え、シェドにわがままを言って彼が手を下す際には、命を奪わないよう頼んでおきました。まあ父の代の時の戦争では、たくさんの命を奪ってしまったことは事実ですが」
「通りで負傷兵が多いけど死者が少ないとは思っていたよ。アリゲイトも言っていて、僕は疑い半分だったけど、本当に先代とは全然違うんだね。今の国王は」
「ええ。まだレプタリアとカニバルの国交関係がうまくいかないうちは、仮釈放という形でしかこういう面談の機会は取れませんが、グレイトレイクの流域開発などで活躍を見せてくれれば、釈放も許されるかもしれません。今回の仮釈放は、そんな自分達の誠意を見せるために行いました。他にも、ウガイ隊長やアマガ副隊長などの身柄も預かっています」
礼儀正しく、スラスラとカニバルでの状況を伝えるベアリオ。ちなみに、サンもゲッコウが死んでいないことは知っていた。なぜなら、ゲッコウが死の淵を彷徨っている際に、炎を与えて命を途絶えさせなかったのは彼だからだ。
しかし、もちろんサンの力だけで復活できたわけではない。ネクの医療の知恵や、ゲッコウの中に残された微かな再生能力、そして彼の死なないという強い意志。そうしたものが複雑に絡み合い、彼を蘇生することができたのだ。
アリゲイトはベアリオの言葉を受け、朗らかに答える。
「そうか。それならきっとアマゲも喜ぶだろう。しかし、確かにここまでの誠意を見せられたらもう言うことはないな。わかった。レプタリアの捕虜の人道的な待遇の保証、そして、南の峠の期限付きの引き渡しを持って、権限を託そう。グレイトレイクの開発は、カニバルに任せる」
「ありがとうございます」
「だがもちろん全権というわけにはいかないからな。レプタリアの権利に関わることはここにいるマムスと相談してくれ。うちの国では一番頭が切れるんだ」
「よろしく、まああまり意見する気はないけどさ。レプタリアを無下にするようなことをしたら、許さないから」
「ははは、気をつけます」
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「おいおい、随分凄んでんじゃねぇか。シェドに負けた男が偉そうによぉ、マムス」
「は? お前も負けてるだろ。そもそもお前がグレイトレイクを守れてれば、シェドはレプタリアにはこれてないんだからな」
「うるせぇなぁ。俺はそこの耳の尖ったジャッカルとこの炎野郎と戦った後だったんだ。ただボロボロに負けたお前と一緒にするんじゃねぇ」
「何だと」
「おいおい、いい加減にしろよ。カニバル国王殿の前だぞ。……それと、カナハの前じゃねえか」
「……………」
すると、ゲッコウとマムスは即座に黙った。そして彼らは、全く同時にカナハの墓標を向いた。そう、アリゲイトがわざわざゲッコウの仮釈放の場所として、ここを指定したのは、3人でカナハの死を悼むためだった。よくよく見ると、すでにカナハの墓標には、何本かの花が備えられている。
アリゲイトはそんな2人の様子をみて、小さくため息をつく。そして、ベアリオとサン、そしてジャカルの方を向き直り、彼は言った。
「ありがとな。カニバル国王と護衛の2人。これで真面目な話は終わりだ。それでな、サン。ここからは個人的な頼みなんだが、ちょいと聞いてくれるか?」
申し訳なさそうに言葉を紡ぐアリゲイト。サンはそんな彼の目に悲しみの色を見とった。
「何? アリゲイト」
「写真を撮って欲しいんだ。ちょうど旗もあるからよ。その墓標には備えられている写真と同じものを撮りたいんだ。いいか?」
するとアリゲイトは墓標の前の写真を指差す。確かにそこには、かつてサンがカナハの部屋で見たハクダ団の旗を持っている4人の子供たちの写真があった。確かカナハ死がんだすぐ後にはなかったはずだ。後からトゲが置きに来たのかもしれない。とにもかくにも、アリゲイトは、かつての自分たちと、同じような写真を撮って欲しいとサンに頼んだ。
「……何言ってんだよ、アリゲイト。そんなことしたって、カナハは、戻ってこないだろ」
「……僕もこの脳筋に同意だよ。そんなことしたって、何か意味があるわけじゃない」
「撮るんだよ。俺たちは。そして覚えておかなきゃならねぇんだ。戦争で大事なものを失った馬鹿な男たちを。そうでもしないと、カナハの死に意味がなくなっちまう。だから早くお前らも準備しろ」
「……わかった」
「……ああ、わかったよ」
アリゲイトはサンに木製のカメラを手渡した。サンは、ゲッコウ、アリゲイト、マムス、そして、カナハの墓標を画面に入れる。ベアリオとジャカルはその様子をただ静かに眺めている。
旗を持ちながら、墓標の前の写真を再現しようとする男たち。彼らは騒ぎ立てながらも、自身の立ち位置を決めていく中で、アリゲイトが言葉を発する。
「懐かしいなぁ。昔カメラが好きなやつがハクダに来て、撮ってくれたんだよな」
「あの時ゲッコウ、魂が吸われるって思ってて、本当に怖がってたよね」
「うるせぇなぁ。黙って再現しろよ。いやしかし、この写真も旗も古いなぁ。まだ、カナハ、ちゃんと保管してたのか」
「相変わらず、カナハはハクダ団が好きだね。僕にとっては消してしまいたいくらい恥ずかしい過去だけどさ。……でも、カナハにとっては、宝物だったのか」
「……ああ、そうだな。じゃあお前ら、無理してでも笑顔作れよ」
そしてポーズをとり終わる3人。サンは、彼らに向けて、撮るよー、という合図と共にシャッターを切った。
――パシャリ。
「え?」
そして、画面を見た時、サンの動きが止まった。アリゲイトはそんな彼に対し、言葉を発する。
「どうしたんだよ。サン。うまく撮れなかったのか」
「いや、えと、その、これ」
サンは、目を丸くしながら、辿々しい言葉と共に、カメラの画面を見せる。アリゲイトたちは、サンの元に歩き寄り、その画面を確認した。そして、彼らはそこでじっと固まる。
アリゲイトが呟く。
「……カナハ」
その画面には、一番左、人一人分開けたスペースにカナハが笑顔で映り込んでいた。この4人でいることが心から嬉しいかのような、そんな笑顔。ゲッコウはそんな彼女の顔を見て、ポタポタと涙を流す。
「……なんだ。お前が一番いい顔で映ってどうすんだよ」
「……こんなの、ありえないよ。俺たちの目が都合良く、カナハとして捉えてるだけだ」
「……何言ってんだよ。マムス。お前が一番泣いてんじゃねえか」
「……うるさい、脳筋。……うるさいんだよ」
その時、彼らの元に一筋の風が吹いた。そして、その風の音は、まるでそれを運んできたかのように、言葉を流す。
『……マムス、ゲッコウ、そして、アリゲイト。これからもさ、レプタリアの平和を守ってね。みんなのこと、ハクダ団のこと、私、大好きだったよ』
その言葉を聞いて、ふいにサンの目からも涙が流れ落ちた。彼女はきっと、ずっと待っていたのだ、この3人が、自分の前に現れるのを。
「――そうか。俺らが来るまで向こうに行けなかったのか。それは悪いことしたな」
彼はまるで涙がこぼれないように上空を見つめ、静かに言葉をこぼす。そして彼は、自身の拳を握りしめて、彼女へ言葉を続ける。
「言われなくても守ってやるよ。お前の分までな。だから生まれ変わったら、また集まろうぜ。この4人でさ」
カナハの眠る墓標の背後に、眩い太陽が。ゆっくりと昇っていく。そしてそれらはこの戦争の闇を洗い流すかのように、アリゲイトたちを、そして、この世界を照らし続けるのだった。
宴会の後十分な睡眠を取り、時刻は昼の12時。サン、シェド、ネクの3人は、カニバルを出国し、ハビボル国までの道を歩き進んでいた。彼ら3人は、この国での冒険に一区切りをつけ、次の冒険に進んでいるのだ。
「なあ、シェド。俺さ、ひとつ気になることがあるんだけどさ」
「なんだよ?」
「そもそもなんで、ベアルガ王はそんなにカニバルを強くしたかったんだ?」
シェドは、歩きながら答える。
「具体的なことは俺にもわからんな。ただ、あの人は、外から大きな敵が来た時、グランディア、シーラ、スカイルがバラバラだと戦えない。だから誰かが一つにまとめなくてはならない。と言ってたよ」
そしてシェドの説明を、ネクが引き継ぐ。
「……ベアルガ王が言っていた外からくる敵っていうのは、この近隣のどこの国でもなかった。だから、シェドやサンが知っている『神』って存在なのかも」
「ああ、だからサン。お前は戦争をこういう形で終わらせたがな。もしかしたら、グランディアが強くなるきっかけを奪っただけなのかもしれない。俺らがこういうことをしてしまったせいで、その大いなる敵にカニバルが滅ぼされる可能性もあるかもしれないぞ」
ほんの少しだけ挑発的に、シェドは、サンの功績の負の側面を語った。しかし、サンは、そんなシェドの言葉にどこか笑みを浮かべながら、言葉を返す。
「だったら大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか、シェドはいまいち理解ができず、サンに問い返す。
「何がだよ?」
「だってその大いなる存在って、神のことなんだろ。だったら神がここを侵略することはないじゃないか。俺とシェドとネクが、これからそいつらを倒すんだからさ」
晴れやかな笑顔でそう言葉を続けるサン。シェドは思わず、その言葉に自分も釣られて笑ってしまった。
神を倒す。正直シェド自身、そんなことができるのか分からずにいた。なぜなら彼は直接神の強さを目の当たりにしたから。だが不思議とこの男の隣ならば、そんなこともできるような、そんな不思議な勇気が湧いてくるのだ。
「ああ、そうかもな」
シェドは、サンの言葉に対してそのようにつぶやいた。そんな彼を見て、ネクはほんの少しだけ表情を崩す。
こうしてサン、ネク、シェドは、様々な困難を乗り越えながらも、地平線の彼方、あの太陽を目指して、どこまでもどこまでも、歩みを進めていくのだった。
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「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
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