国中が親友のドラゴンを奪い取ろうとするので、僕らが死ぬ気で守ります

笹原うずら

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もう一つの北島での攻防

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――玄視点――
 俺は、ひたすらジグザグに走っていた。そしてその理由はひとつ、今俺の後ろにいる男が全く罠にかかってくれないし、その男が頻繁に足を銃で撃ってくるからだ。

 もちろんこの男と出くわしたときには、何度か罠に誘導したものだ。しかし、この男は、俺と全く同じ動きをすることで、罠を難なくかわし、今も俺も追ってきている。見た感じ三十代前半なのだが、この男の身のこなしは、相当なもののようだ。

 だが、そうかといって、体力的にこのまま走り続けるわけにもいかない。一応こういうときのために一つだけ用意した作戦がある。俺は今、その作戦に使う罠のあるところへ向かっている。

 しばらく走っていたら、一つの木に昔、この罠の目印としてつけた傷があった。俺は、その傷を見て、足の踏み出しを不規則にして走った。おそらく後ろの男からは、奇妙な姿に見えるだろう。

 だが、そう思われた価値はあったらしい。振り向けば、案の上その男はしばらく立ち止まり、自分の右下に顔を向けて、うつむいていた。

 この作戦は簡単なものである。足一本が入るくらいの小さい穴をいくつも掘り、間隔は、ほんの少ししか作らない。そして、その場所を覚えていて、足元を見ないで済む俺だけがそこをすいすい進むことができる。もし、俺の真似をしようとする輩がいようとも、一歩一歩を少しもずれることなく模倣するのは、よほどの観察眼がない限り、無理な話である。無理な話であるのだが。

 その男も俺と全く、同じ速度で走り出していた。

 ――嘘だろう。

 驚いた拍子に俺の脚が穴にはまってしまった。深さはそれほどないため、すぐに抜け出せるのだが、一瞬止まってしまったことが問題である。

 その男は、俺の様子を見て、すばやく近付き、拳銃を突きつけた。

「亀山玄、殺されたくなければ、言うことを聞いてくれ」

 俺は、とりあえずそれに頷き、穴から出たところを縄で縛られた。

 ――さて、どうしようか。

 俺は考えてみた。

 自分が北島に着いてからは、もうだいぶ時間が経っている。自分のバックのものを白羽のバックに移す中で、一応食料と一緒に残しておいた時計で見たから、間違いない。ここまで時間を稼いだのだから、小隊も誘き寄せられただろうし、青人たち船を盗っただろう。要するにもう役目は終わった。俺がいる必要はないのだ。だが、すぐに自害するのは俺も少し怖い。少し考えて、この男と会話でもしてみることにした。

 俺は、なるべく愛想よく、その男が連絡する前に話しかけてみた。

「しかしあなたは、ずいぶん優秀な兵ですね。お名前はなんていうんですか?」

 その男は、俺のほうを向き、静かだがはっきりと言葉を発した。

「誰でもいいだろう。俺なんて、誰でもいい」

 そして俺は、その顔を見てすぐに愛想笑いをやめた。この男には、愛想など良くしても意味のないと分かったからだ。

 先ほどの逃亡では、よく見なかったが、この男の見た目はひどいものだった。顔はやせ、肌はがさがさ。そして何より目がひどく、真っ黒で深い闇のような目をしていた。

そしてそれは、俺と同じ目である。

自分の無力さを知り、自分の行動を周りに委ねる。そういう者の目だ。そして、だからこそ俺は、この男に興味がわいた。それにこの男には、それ以外にも興味深いものがある。俺は、いつもの気だるげな顔に戻り、話を続けた。

「確かに、あなたにとって俺は、捕まえる対象にしか見えないでしょう。でも、俺にとってあなたは、ほぼ同業者だったみたいですし、是非とも名前を聞きたい」
「同業者?」
「はい。ちなみに私は、和菓子屋の店員をやっているんですよ。そして、あなたも多分、料理をする店の店員だ」
「・・・・・・」
「図星みたいですね。でもそれほど見分けるのは難しくなかったですよ。あなたの料理への想いが、動きに表れてましたから」

 男は、驚いた表情を隠しきれていないようだった。

 どんな動きにこの男の想いが現れていたかと言えば、この男が、あの無数の穴の罠に入る前にとった行動である。あの右下を見た行為は、うつむいていたのではなく、自分の右腕を心配してたのだ。穴に落ちて利き手をついたとき、骨折でもすれば、何かを作るのは難しくなる。
 
 それは、画家や音楽家などもありえるのだが、俺が話しかけたときに、それの可能性は低くなった。この男は、しっかりと俺の目を見てから、小さい声でも聞こえるくらい、滑舌よく発言したのだ。おそらく接客業が身についているのだろう。それらのことから、料理人だと判断した。

 とはいえ、同業者でも、ろくに観察力もない俺が、普通の料理人を見分けることはまず不可能だろう。つまり、その俺でも分かったということは、この男がどれほどその店のために努力を重ねてきたかが分かる。その証拠に、俺の言葉を聞き、驚いていたその男の目には、先ほどの真っ暗な目に、少し光が宿っていた。

 俺は、その様子を見て悟った。

 おそらくこいつは、その店が自分の居場所だったのだ。料理が好きで、店を出すために必死で接客などの努力を重ね、料理に生涯をかけてきたのだ。しかし、今こいつは、現にその店とは全く関係のなさそうな、一人の軍人としてこの場所にいる。目をまるで死んだようにして、いかにもやらされているかのように。こいつに何かがあったのは間違いないだろう。

 俺は、それについてこいつに尋ねたくなった。先ほどのように自分の死を先延ばしにしたいからではない。そこまで真剣に取り組み、今もなお、頭から離れない様子の料理をやらずに、なぜ軍人をやっているのか、その理由に興味があったからだ。

「しかし、動きに表れるほどというのは、すごいことですよね。本当に驚きましたよ。俺も見習いたいくらいだ。でも、だからこそおかしいですよ。どうしてあなたは軍人をやっているんですか?」

 男は俺の質問には答えず、目をまた暗闇に戻し、言い放った。

「亀山玄。そんなことを聞いてなんになる? お前がこれから人質なるのは変わらないし、俺がわざわざそんなお前の質問に答えてやる義理はない」
「いや、今はそんなことは思ってないですよ。ただ知りたいんです。あなたは相当料理が好きな人でしょう? そんなあなたがなぜ、今、銃を取っているのか。なぜ、料理で磨いてきた手を、血で汚しても構わないと思っているのか」

 俺は、今の今まで、これほど何かに興味を持った経験はなかった。ではなぜ、興味を持ったのかと言われれば、俺が和菓子屋に勤めているからだろう。

 俺は、分かっている。料理の試行錯誤を繰り返してよりおいしいものを作ろうとする楽しみも、それがうまくいって、食べてもらった人においしかったと言われる喜びも分かっているのだ。俺は和菓子作りの才能があるわけではなかったが、そういうものを知っていたから今の今まで店をやってこれた。そして、だからこそ気になったのだ。この人からそういう楽しみも喜びも全部奪ってしまったものが。

 男は結局質問に答える代わりに、自分の感情を吐き出すように地面に向って怒鳴った。

「だから、お前に言ったって仕方ないんだよ。お前に言っても何も解決しないんだよ。・・・・・・もう黙ってくれ。俺はこうする道しか残されていないんだ。俺はもう、疲れたんだよ」

 そう言って男は立ち上がり、俺を立ち上がらせ、どこかに行くのについてくるよう促した・・・のだと思う。なぜ、確信が持てないのかというと俺は、その話があまり耳に入っていなかったからだ。そのとき俺の頭にあったもの、それは――。

 ――俺は、もう疲れたんだよ。

 この言葉だった。俺は、つい最近この言葉を聞いたことがあった。完璧に同じだというわけではないが、言葉にこめられた感情は、全く同じものだろう。そう、これは、金井さんの話に出てきた、清水正志。そいつが死ぬ前に出した言葉である。

 俺は、歩き出さず、それに気付いて男が振り向いたときに、この言葉をぶつけた。

「蛇塚・・・…ですか?」

 男は、また驚いた顔をしていた。しかし、それはさっきと同じ表情では決してない。男の目は、光などなく、真っ黒な目で俺をにらみつけていた。

「なんで、分かった?」
「清水正志という人を知っていますか?」
「知ってるさ。平和を唱えて、最後にうまくいかなくて自殺した政治家だろ」
「本当にそう思っているんですか?」

 そう聞くと、男は口を閉ざした。やはり、気付いているようだ。そもそも蛇塚の本性を知る人間が、気付いていないわけがない。その事実から目をそらすということは、この男は本当にもう疲れきっているんだろう。

 俺は続けた。

「違いますよ。あなたが分からない訳ないじゃないですか。あの人は、絶対に蛇塚によって殺されたんですよ。蛇塚によって自殺させられたんですよ」
「お前は、その清水の何だったんだ?」
「いえ、僕自身が清水の何かな訳ではありません。ある人から、それを聞いたんです。その人は、清水の友人で、今は、軍にいながらも蛇塚と戦おうとしています。あなたに何があったかは知りませんが、やられっぱなしで良いんですか? 戦おうとは思わないんですか? 逃げてばかりで本当に良いんですか?」

 最後のほうの言葉は正直言いすぎだったと思う。誰がどうしようともそれは個人の自由で、俺に何か言う資格はない。これが、青人や白羽が言ったら、こいつの心は傾くかもしれない。戦おうとするかもしれない。だが、今言っているのは俺である。もちろんそのことは分かっているので、この発言は、少し自分の生き残るチャンスが見えたからに過ぎない。

 そして、その言葉は、やはり、男の心を動かすことはなかった。

「お前は、まだ若いよ。なんにも分かってない」

 男はそう言い、ため息した後、そっけなく言った。

「軍で成果を挙げれば、妻を解放してやる、そう言われた」
「開放って・・・…、監禁でもされてるんですか?」
「妻と通話はできるし、そこまでじゃないとは聞いてる。でもずっと会ってないんだ。なにされてるか分からねえ。分からねえから、今、必死で成果を挙げようとしてんだ」

 俺はその言葉で、ひとつ疑問が解決した。その疑問は、この男が、元料理屋にもかかわらず、なぜ、あの獣道も、俺の罠も、難なく突破できたのかということだ。おそらく、この男は、死ぬ気で鍛錬を積んだのだ。愛する妻を守るために。俺は、あまり恋愛をするたちではない。しかし、青人が昨日、俺と全く違う理由で命を懸けていた。自分の意思で、幸のために、何のためらいもなくだ。それを見ていたから分かった。この男は、その青人と同じ考え方を持っているのだろう。

 だが、さっきの会話で俺は、ひとつ疑問が増えることになった。それはこの場で解決するべき疑問だ。俺はそれを男にぶつけた。

「まさか、その話をまるっきり信じていませんよね」
「ああ?」
「だから、あなたが分からないはずはない。蛇塚はそんな約束を守る人間ではない。蛇塚はあなたを利用しようとしているだけだ」
「黙れ」

 男は、静かにそう言った。だが、俺は構わず続ける。

「あなたはただ、逃げているだけだ。直接争うことから逃げ、その話を信じ込み、死ぬ気で達成しようとすることで、自分は何もしていないわけではないという暗示をかけているだけだ」
「うるせえよ、黙れ」

 続ける。

「あなたは、何もしていない。あなたのしていることに意味なんてない。それは、あなた自身がよく知っている」

 男は、三度目で、再び怒鳴った。

「うるせえよ。逃げ出して何が悪いんだよ。助けてると思って何が悪いんだよ。そうするしかないんだよ。疲れたって言っただろ。こうするしか道がないって、俺は、さっき言っただろう」
 俺は、その様子を冷静に見届けながら、言った。
「それは、あなたが勝手にあきらめているだけだ」
「そうだよ。あきらめたんだよ。俺は、全部あきらめたんだよ。何もかもあきらめるしかなかったんだよ」
 ――ああ、言いやがった。

 あきらめる。俺は、その言葉を高校まではよく使ったものだ。この言葉は、いいものである。これを言ってしまえば、なんだか楽な気持ちになる。劣等感も悔しさも、悲しさも無力感も全部なくなったような気持ちになる。

 そして、俺は高校で、進学するか就職するか迷っていたときも、父にこう言ったと思う。

「和菓子を作るのは好きだよ。でも、俺には、店を継ぐなんて無理だ。下手ではないけど、突出してうまく作れるわけでもないんだ。そんな俺が店を継いでも、この店は繁盛することはない。だから、大学に行って、職探して、適当な会社で働くよ。店を継ぐのは、あきらめる」

 だが、父は、その言葉を聞いたとき、あることを言った。怒るわけでもなく、ただ淡々と俺にそれを伝えてきたのだ。そして俺は、その言葉を聞き、あきらめるという言葉を使わないようになり、和菓子屋も継いだ。

 このとき俺が話したことは、その父の受け売りである。

「あきらめるって、辞書で引くとどう出るか知ってますか?」
「急になんだよ。わざわざ調べるような言葉でもねえだろ」
「そうでもないですよ。ちなみに、俺の辞書では、望みや願いを思い切ると出ていました。では、思い切るとは何でしょう?」
「だから、調べねえよ」
「そうですか。これは、何かをしたいと思っていた気持ちを、断ち切ることだそうです。
そして、断ち切るは、きっぱりと捨てることだそうです」
「何が言いたい?」
「分かりませんか? 要するにあきらめることは、捨てることなんですよ。そして、当然のごとく捨てたものは、基本戻ってこない。捨てたものは、もう一度拾おうとするなんて愚かなことだ」
「だから、お前は何が言いたいんだよ」

 俺は、次の言葉を言うとき、もったいぶるように一呼吸おいた。まあ、父の真似であるが、そのとき父は、よほどこの言葉を俺に思い切りぶつけたかったのだろう。

「あなたはもう二度とそれを拾わないんですよね。これから、生きていくうえで、一度もそれを思い出さず、悔やみもせず、完全にそれを今、断ち切ったんですよね」

 男は、それに答えずただ黙ったままだった。それもそうである。あれほど助けたいと思った妻を、ずっと蛇塚のもとに置いておこうなどと考えるはずもない。絶対に何度かは思ったはずだ。自分が直接、妻を助けに行くことを。蛇塚に立ち向かうことを。

 でも、それをねじ伏せるほどに、蛇塚は強かった。俺も話だけではあるが、その恐ろしさを十分に理解できた。

 俺は、少し語気を弱くし、続ける。

「あきらめるって言うのは、そんなに軽い言葉じゃないんですよ。今、あなたの中では、蛇塚への恐怖と正義感が葛藤している。そして、このあきらめるという言葉は、今の気持ちに蹴りをつけるものなんです」

 俺は、ここで一旦口を止めた。今俺は、それでもあなたはあきらめると言えますか、と言おうとした。あきらめないほうに背中を押してやろうとした。だが、よくよく考えればそれは、俺が言えるような言葉ではない。白羽や青人ではないのだ。俺がそう言ったとしてもこいつの心が動かないことは、経験から分かる。

 俺が今言うべき言葉はこっちのはずだ。

「あなたは、これを聞いて、蛇塚に対して、どうしますか?」

 そして、俺は背中を押してやることなく、こいつの次の言葉を固唾を呑みながら待った。これで、こいつがこれからどうするかは、こいつの気持ちだけが決められる。そして、その決断によっては、俺は自害しなければならない。

 息の詰まるような沈黙。向こうはこれからの生き方、こちらは自分の命。お互いにかけるものは大きい。こちらは、早く決めてもらいたいが、向こうは慎重に考えているのだろう。永遠にも感じられる時間の中で男は、時分に言い聞かせるように、ぽつぽつと口を開いた。

「それを聞いて、あきらめるなんて、言えるわけがないだろ。ああ、戦うさ。あきらめられないんだから、戦うしかないんだ。ありがとな。亀山玄。やっと分かった。自分が今どうするべきなのか」
「いえ、俺は、何もしていませんよ」

 男が俺の縄をほどいている様子を見ながら、俺はそう言った。

 俺は、正直なところこの男がそう答える可能性は薄いと考えていた。こいつは、よほど蛇塚を恐れていた様子であり、その男に対して俺がしたことは、あきらめるの意味を教えたことだけである。それなのにこう答えたのだから、よほど妻をあきらめるのが嫌だったのだろう。

 そんなことを考え、安堵する中で、ケータイのバイブレーションが鳴った。

「ああ、すいません。とってもらえませんか。そこのバックにあるので」
「ああ、分かった」

 縄がほどき終わり、自由になった手で、俺は、男からケータイを受け取った。見てみると、青人のケータイからのメールのようだ。白羽からは、充電することはできないから、ケータイはもしものときしか使うな。と言われているので、ただ事ではないのだろう。恐る恐るメールを見てみると、そこにはこう書かれていた。

 ――軍の待ち伏せにあったが金井さん、土門さん、大日向さんの犠牲で船には乗れた。土門さんの死亡は確定で、他の二人も、おそらく生きてない。一応お前には、これだけでも伝えとく。

 俺は、絶句した。死者が出るはずがないのだ。俺は、そのためにここにいるのだから。

 しかし、メールの内容が間違っているはずがない。死者は出たのだろう。しかしならば俺は、何のためにここに来たというんだ。

「亀山、おい亀山」

ただただ、呆然としていたとき、男の声で俺は我に返った。

「すいません。ボーっとしてました」
「なんて書いてあったんだ?」

 俺は、その質問に、メールを見せることで答えた。男は、それを見た後言った。

「遂に死者まで出たのか。これじゃあまるで戦争だろうが」

 男は、怒っていた。それは当然だと思う。本来この戦争には、死者など出る必要のないものだった。軍がこれほど無理に幸を捕まえに来なければ、絶対に死者は出ずに済んだのだから。

 だがもう、ここまで来てしまったのだからどうしようもない。時間は戻すことなどできないのだ。俺は頭を切り替え、男に向って、言った。

「ひとつ聞きたいことがあるんですが、軍は、俺たちを捕まえる気だったんですよね。もし、俺たちが捕まったとき、どこに居させる予定だったんですか」
「ああ、それなら四つの島にそれぞれ船がおいてあるそうだ。蛇塚が作らせたもので、捕虜とかを入れておくのに使う予定の船らしい。だが、メールにもあるだろう。そのふたりは生きているかすら分かんないんだぞ」 
「分かってますよ。それでも行くべきだと思いますから、行ってみます。では、また」

 そういって俺は、走り出そうとした。そう、生きていようがいまいが関係ない。いつもどおりだ。協力してくれた人だから助ける努力はする。しなければならないのだ。

 しかし走り出す前に、男に止められた。

「おい、亀山。お前場所分かってるのか?」
「いや、分かりませんが、がんばりますよ」
「がんばるぐらいなら、俺に協力させろよ」

 驚いた。手伝ってもらうことを全く考えないわけではなかったが、ただ少し話しただけで、手伝ってもらえるとは思えなかったのだ。

「いいんですか? 危険なことかも知れませんよ」
「心配すんな。連中は俺の裏切りに気付いてねえんだ。多分助け出すことは、簡単だよ。それに少しは、恩返しさせてくれ。お前がなんと言おうと俺はお前のおかげで戦えるんだ」

 男は、そっけなくそう言った。

 恩返しか。されるのは、これが初めてになるかもしれない。今まで、恩返しされるほど、何かをしてきた記憶はないのだから。

 俺は、そのことに少しだけ笑っていた。

「ありがとうございます。やっぱり、あなたはすごい人でしたよ。どうせなら名前を教えてもらってもいいですか?」

 男もそれを聞いて笑い、はっきりと名乗った。

「そういや忘れてたな。鷲沢栄治(わしざわえいじだ)。よろしくな」
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