国中が親友のドラゴンを奪い取ろうとするので、僕らが死ぬ気で守ります

笹原うずら

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最期の言葉

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――幸視点――

 怖かった。唯一つ、その感情だけが私の頭を支配していたのかもしれない。青人にボートを乗るよう言われたとき、私は青人を止めようとした。心配だったのはもちろんだが、あのまま青人が殺し続ければ、もう私の手の届かないところに行ってしまいそうな気がしたからだ。

 しかし、私は何も言えなかった。本当に怖かったのだ。これが私に感情を教えてくれた恩人に抱く感情じゃないことは分かっている。好きな相手に対する気持ちじゃないことも分かっている。だが、あのときの私は、青人に何も言えなかった。悔しくも私は、恐怖に負けてしまったのだ。

 未だに手が震えていた。私は、その手をグッと握り締める。青人のことは残念だが、あの状態だと確実に死なないだろう。しかし、今は私の親友が二人死にそうになっているのだ。早く助けに行かねばならない。

 私たちの乗っている船に着く。火が回りすぎてボートを寄せられないが、私にはあまり関係ない。いつもはあまり使わないが、こういうときは自分がドラゴンで良かったと思う。ドラゴンへと姿を変え朱音たちの所へ飛び、船についたときに、一旦人間に戻る。ひとまず二人の生死を確認しようとしたが、一人いなかった。

 白羽の姿がなかった。

「うそ、うそ、うそ」

 まさか燃えてしまったのだろうか。しばらく周りを見渡していると朱音の声がした。どうやら、目が覚めたらしい。

「どうしたの? 幸」
「朱音、白羽は、白羽はどこ」

 朱音は仰向けのまま、上を向いて言った。

「白羽は、死んだわ」

 私は、固まった。聞きたいことは山ほどあったが、口も体も動かなかったのだ。朱音は、その様子を横目で見て、静かに話し始めた。

「さっき操縦室にいたときね。急に白羽が私を担いで操縦室から出たの。私驚いて白羽に何回も、どうしたの。元に戻ったの、と聞いたんだけど、白羽は目をうつろにしながら、大丈夫、その言葉を何回も繰り返してた。甲板に出ようとしたとき、やっと白羽の目的が避難することだって分かったわ。そのあたりはもう火が回ってたから。でも、今更分かったって、私は何もできなかった。足も体も動かなかったの。だけど白羽は、そのときも大丈夫って繰り返して、火の中に飛び込んでいった。誰が考えても生きる可能性なんて、ほぼないのに、白羽は私を気遣いながら走ってた。普通ならありえないわよ。私もここまでくる途中に気を失ったもの。でも、おぼろげに白羽が最後に言ったことは覚えてる。あいつは最後の最後に、悲しそうな眼をしてこう言ってたわ」

「なあ、朱音。今までありがとうな。俺と友達でいてくれて。そして、その言葉はほかの四人にも伝えておいてくれよ。もう、俺はあいつらに自分から言う機会はないだろうから。お前らは、本当にいいやつだったよ。こんな俺を今の今まで慕ってくれた。尊敬してくれた。そのことがどれだけ俺を奮起させたか。今の今まで優等生ぶらなきゃいけないときもあったけど、ぜんぜん嫌じゃなかった。お前らが俺に自信を与えてくれたんだ。さて、じゃあさよならだ。一緒に幸を助けられなくて悪いけど、もう俺疲れたんだ。これ以上お前らにみっともないところ見せるなら、最後まで優等生のままで死なせてくれよ」

「そしてあいつは自分から火に飛び込んでいった。もう既にあいつの体にはやけどのあとがいくつもあったけど、今度はもうやけどすらしないことをしようとしてるのが分かった。でも、止めようとしてもね。声が出てこないの。どんなにがんばっても口さえ開かなかった。そしてあいつの体は、火に包まれたわ。不思議なことにその後は火の勢いも弱まったように見えてね。結局あいつは、最後まで、誰かのためになろうとして死んだのよ」

 朱音のほほを静かに涙が伝った。

 白羽が死んだ。しかもそれは自分から選んだ死であったようだ。確かに白羽は、親友の死などがあって追い詰められていたし、白羽の性格からしても、自分が私たちにとって役に立てないものになるのは許せなかったことかもしれない。しかし、それが自ら命を絶つことにまでなる。それは優等生の白羽らしいが、私たちの好きな白羽には、望んでいないことである。

 私はうつむき、誰に言うわけでもなく呟いた。

「どうして、どうして。土門さんたちも死んだ。白羽も死んだ。青人だって、あんな風になった。こんなことになるぐらいなら、私が素直に戦争に言っていれば」

 そこで言葉は止まった。言い切ることができなかったのだ。そのとき、朱音が私の頬にそっと手を置き、言った。

「それは違うわ。幸。確かに今日だけで、少なくとも三人は死んでる。でも、それは、あなたのせいじゃない。むしろ、そう思うほうがあの人たちに失礼なことなの。あの人たちは、自分の正義のために命をかけたの。だからあなたは絶対に、いい? 絶対にそれに対して罪悪感を覚えちゃいけないわ」

 朱音は、最後に、分かった?と聞いて、笑った。あまりにも無理やりな笑顔で。そして、その顔で気付かされた。自分のことをこんなにも思ってくれる人がいることを。私よりも強い意志で、受け入れられない現実と必死に戦っている人がいることを。そんな人を目の前にしたら、頷くしかないだろう。

「よし、じゃあ幸。少し乗せてってもらえる? 私、ちょっと休みたいの」

 私は、その言葉に対しても、ゆっくり頷くだけだった。


 半田の船は、ひどいありさまだった。死体は、引きずった後から見て、全部海に捨ててしまったようだが、船内に広がる赤だけは処理しなかったらしい。やはり、もう、青人は何かを越えてしまったのかもしれない。少し眉をひそめながら船内に入った。

 船内は、甲板よりも赤かったが、もう悲しみの感情しか沸かなかった。驚きなんて、微塵もない。そんなときこの惨状を作った張本人が床に倒れているのが見えた。とは言っても見たところ寝ているだけのようだ。

 寝室のようなものはあったため、青人と朱音は、そこに寝かせた。私は女ではあるが、ドラゴンでもある。だから、力は強いほうなのだ。島に着たばかりのころは、青人、白羽、玄などとよく腕相撲で、圧勝した。あのころは楽しかった。

 しかし、もう、戻れない。

 白羽はこの世にいないし、玄は無事かも分からない。そして今の青人は、私の知らない何かだ。こんな状態であのころに戻れるはずがない。

 私は、その眠っている何かの、青人の、正面で横になった。そしてその顔を覗き込む。そして人を殺したとは思えない、優しい寝顔。私にいつも安心させてくれる顔。

 朱音は、白羽たちは、自分の正義のために戦っていると言った。ならば、青人も自分の正義のためにあんなことをしたのだろう。そしてその正義はきっと、私に関係のあることなのだろう。私のためにあんな風になったのだ。

 私は、さきほど朱音の言葉に頷いた。だから、白羽たちに責任を感じて、軍に捕まるまねはしない。でも、今、この二人を守れないくらいなら、この二人が私のために死ぬくらいなら、
「私が自分の正義に従う」
 
――玄視点――

 気付けば夜になっていた。出向前に聞いた金井さんの話によると、風などの影響で都市への到着がだいぶ遅れているらしい。しかし、そろそろ着いてもいいころだと思う。

「もうすぐ都市に着きます。皆さん準備してください」

 金井さんの声が聞こえ、俺も準備をして甲板に出る。俺も準備をして甲板にあがる。もともと荷物は少なく準備に時間は割かなかったが、甲板には既に鷲沢さんがいた。

 俺は、てっきり誰もいないものかと思っていたので、少し驚く。この船には、拳銃以外の武器はなくとも、銃弾などある程度交戦に使えそうなものはあったらしい。だから、俺と金井さん以外の三人は、それらを運ぶ準備もしていたはずだ。

「鷲沢さん。早かったですね。他の二人は?」
「あの二人は、まだ色々準備してる。俺は、都市に着く前に連絡したい相手がいたから、早めに抜けさせてもらったんだ」
「奥さんですか?」
「ああ」

 鷲沢さんの奥さんの事情は、先述したとおりである。そして、そんな事情だからこそ、連絡するのは当然かもしれない。俺たちが都市についてからやろうとしていることは、無事に帰ってこれるかわからないくらい、危険が伴うのだから。

 今考えれば無粋なことだったかもしれないが、ひとつの好奇心で俺は聞いてみた。

「やっぱり奥さんですか? 何話してたんですか?」

 案の定鷲沢さんは、俺に怪訝そうな目を向ける。だが、ひとつため息をついた後、答えてくれた。

「話したと言うか、俺が一方的に言っただけだ。まあ、助けるまで待ってろみたいなニュアンスだよ。具体的には言わないぞ」

 俺は、それを聞き、少し意外に思った。

「ずいぶん思い切ったこと言いましたね。それを言うには、まだ早いんじゃないですか。明日や明後日で勝てる戦いじゃないのに」
「もう、かけねえよ。蛇塚を総理大臣の座から引き摺り下ろすまで、もうかけない。それだけの覚悟は持たないと蛇塚には勝てないからな」

 その言葉は、そんな俺を十分すぎるほど納得させるものだった。

 この人はやはり強い。この人にとって、奥さんがどれだけ大事なものかはもう十分に分かっている。だからこそ、連絡しないのがどれほど辛いことかは、あまり恋愛の経験のない俺でも理解できる。しかし、この人はそれを、何気ない表情で、当たり前のように捨てられるのだ。より高い目標のために。

 少し憧れた。こういう人間が、人を引き付けたり、時代に爪あとを残したりすることができる。はるか昔にあきらめたその夢。それが、目の前の人を見て、一瞬だけよみがえる。しかし、人に影響されて思い出す時点で、自分は所詮引き付けられる側なのだろう。

 ため息を吐く。最初からなかったように空気中に消えてゆく。その様子を見ていると、大日向さんと灰場が、甲板にあがってくるのが見えた。そしてそれとほぼ同時に、船が止まる。大日向さんが言った。
「よし、準備も終わったし、俺たちの本部へ向うか。お前らしっかり気を引き締めろよ」
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