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襷
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画面には、港が映っていた。確か、東島で見た港だと思う。そして、そこに一人の青年が現れた。青人君だ。しかし、その姿は異常だった。
「何で、あいつは銃なんてもってやがるんだ、まさか・・・・・・」
「いや、そんな、青人は、人なんて殺す奴じゃないですよ。何か理由があるんですって」
二人の会話を耳で聞き流しながら、僕は、青人君に妙な感覚を覚えた。それは、親友を殺した男に抱いた物と近い物、そう、恐怖だった。
「あれ、一人の兵が青人に近づいてきますね」
「ああ、あれは、泉大佐だな。確か、竜泉大佐とよく話しているのを見かける。友人の息子に説得でもしてるんじゃないか」
大日向さんは、きっと自分自身も強い存在だから気づかないのだろう。亀山君も、青人君に対して、ある程度、既存の主観があるから。しかし、僕は、今、彼の恐怖に震えていた。声を出そうにも出せなかった。そして、この後、青人君がとる行動が容易に予測できた。
「・・・・・・殺した」
それが誰の呟きかなどもう憶えていない。そんなことに気を張る余裕はない。僕たちは、それから約三十分、幸ちゃんが出てきて倒れ、起きなくなるまで、誰一人声を出すことはできなかった。幸ちゃんが死んだことは、察しがついた。
「なんだ、これ」
この呟きは、誰のものか聞き取れた。亀山君のものだった。しかし、その呟きはこの場の全員の気持ちを代弁したものであった。
土門さんは、死んだ。黒川尉官も死んだ。泉大佐も月島も今映像に出てきたたくさんの軍人も、死んでいった。それを見ていた僕たちの感情で一番初めに出てきた物は、怒りでも悲しみでもない、ただの呆れだった。多くの犠牲者を出したのにも関わらず、最後にはドラゴンの死で終わり、何も変わらなかったことに対する、呆れに他ならなかった。
アナウンサーが、辛そうな顔で並べる言葉は、もはや、届いていない。亀山君は、急に起き上がり、携帯電話を出して画面を見た後、すぐにそれをたたきつけた。恐らく充電が切れていたのだろう。その後、獣のような顔をして、いつの間にか帰っていた鷲沢君から携帯電話をひったくり、脇目も振らずそれを耳に当てた。
「朱音、何が、どうなったんだよ」
動きとは、正反対の、消え入りそうな声で言ったその言葉が、彼の第一声だった。その後、亀山君は、「ああ」とだけ繰り返し、最後に何か小さな声で呟いて、それを切った。
「幸は死んで、白羽もすでに死んだそうです。そして、青人はまだ目を覚まさないって」
亀山君は、下を向きながらそう言った。僕らは、そのまま消えてなくなってしまいそうな彼に、何も言葉をかけてやることができなかった。しかし、その何もかも潰れそうな沈黙を破ったのは、亀山君自身だった。
「金井さん。演説の役割。俺に託してくれませんか」
大日向さんと鷲沢さんは、それを聞いて驚いたような顔をしていた。しかし、僕は逆だった。
「お願いします、金井さん。今ここで俺がやらなければ、あいつらは無駄死にだ。俺が今、この国に、今の思いを伝えなきゃダメなんだ」
おそらく、普通はこのまま亀山君に任せるのは無謀なんだろう。何も準備をしていない人間に、何年間もやってきたことの仕上げを任せるなど。しかし、僕には、あの時彼を送り出した時と、全く同じ確信をもって言った。
「いいよ、きっと君がやらなければダメだ。僕や清水の分まで、思いっきりやってこい」
「はい」
君の瞳は、蛇塚や青人君の瞳よりも強いものだった。だがきっと君は、英雄になったわけではないのだろう。君は最後まで普通の人だ。最初は何も危機感を覚えていなかったが、何か起こって初めて動く。そういう君は、誰よりも先に動き、行動する英雄ではない。
だが、英雄ではないけれど、きっと君の言葉は届く。英雄ではないけれど、人は君の言葉に共感する。英雄のように特別でない誰でも持っている怒りをきっかけにして、この国は動き出す。
僕は、それができる君を、歴史上のどんな英雄よりも語り継ぎたいと思う。
――朱音視点――
映像を見たとき、私は、その映像を、幻覚を見ているのだと思った。西島に帰った後は、母と負傷者の看病に追われて一睡もしていないのだ。その疲れから、幻覚を見てもおかしいことはない。だが、この病院に搬送された血まみれの兵は、すぐに私を現実へと引き戻す。彼らは、映像に青人が映ると、彼が今にも映像から飛び出すのを恐れるかのように慌てふためき、テレビから距離をとっていた。兵たちがこれ以上騒がないよう、途中で電源を消した。
玄から電話がかかってきたのは、それからすぐであり、着信を見たときは、玄がまだ無事であったことに、涙を流しそうになった。しかし、それをどうにかこらえ、できるだけ落ち着いて、端的に、みんなの安否だけを話した。具体的なことは、頭の中に恐怖がしがみついて話すことができなかったが、玄はそれを察したのか、彼自身から詳しいことは聞こうとしなかった。そして全てを私が話し終えた後、玄はこう言った。
「大丈夫、後は任せろ」
小さな声だった。ショックを受けているのがすぐに分かった。しかし、不思議とその声には、いつもの彼には微塵も感じられない、自信のようなものがあった。
玄が何をする気なのかは、私にもわからない。彼が今、どこにいて何をしようとしているのかは、記憶のふたを開けないことに夢中で、聞くのを忘れてしまった。もう一度電話をかけなおせばいいのだろうが、今私には、その余裕はなかった。
私は、テレビを消し、とあるベッドの横に座った。そして、その患者の顔を見る。そこにあるのは、とてもあれほど残忍に人を殺したとは思えない、安らかな青人の眠り顔だ。
青人は、まだ息のある軍人が、船で何人もこの診療所に運び込まれた後、後から別の船で守さんが連れてきた。どこを診ても正常そのものであったが、何時間たっても目を覚まさなかった。その彼は、兵の目のつくところで寝ていては、兵たちがゆっくり休めないという理由で数少ない個室のベッドに寝かされていた。
今も彼は、その兵たちに全く負い目を感じていないかのごとく、未だに寝ている。私も島のみんなも、少しでも早く起きてほしいのにもかかわらず、目を瞑ったままでいる。
正直に自分の気持ちを言ってしまえば、今すぐこの男の顔を平手でぶってやりたい。あれほど人を殺し、それを償おうともせず、未だに寝ているこの男を無理やりにでも起こしてやりたい。
だが私は、その右手で、そっと青人のほほを撫でた。傷一つない健康な肌。幸が青人を愛する気持ちが、血で汚れる前の青人を、形だけでも表している。それを傷つけるのは幸に悪い。それに、青人の顔を見て、今この男が、どんな夢を見ているか分かるのだ。きっと幸に会っている。それなのに、どうしてあの時、恐怖に負けた私が、一方的に現実に引き戻す真似ができるだろうか。
守さんは、青人を連れてきたとき、絶対にもうじき目を覚ますと言ってから、東島に行ってしまったと母に聞いた。だが私は目を覚まさないと思う。幸と青人は、悔しいが誰よりも互いを愛し合っていた。それは、互いに相手のためなら、命すら惜しくないと考える程だ。そして、今、青人はきっと、幸と一緒にいる。今の青人にとっては、このまま眠っていたほうが幸せなはずだ。だってここにいる女は、青人のために命を懸ける自信など、まったくないのだから。
そこまでぼんやりと考えたとき、急に電話がかかってきた。玄かと思ったが、どうやら母らしい。誰かの兵の容態でも急に悪化したのだろうか。ちなみに母は、今、他の場所で診療所に入りきらなかった負傷者の様子を見ているはずだ。
「もしもし、幸。今、南島の人に聞いて、テレビを見せてもらっているんだけど、すごいわよ。あなたもはやく見てみなさい」
そうして、電話は切れた。まあ、特に言われたことに逆らう理由もない。私は、リモコンに手を伸ばした。ふと、思い出した。そういえば、幸が追いかけられるきっかけを知ったのもこのように人にせかされ、ニュースを見たのだった。少し、流れそうになる涙をこらえながら、電源をつけた。
――え?
「な、なんで?」
私は、思わず声を上げた。この時間帯にやるこのチャンネルのニュース番組は、毎朝よく見る。アナウンサーの顔も記憶している。だが、目の前の映像で座っていたのは、他の誰でもない亀山玄だった。
「まず初めに、今回皆様にこのような強引な形で、話すことになってしまったことを深くお詫びいたします」
声も間違いなく玄である。一体何がどうなってこのような事態になっているのだろうか。そんな私の気持ちなど関係なく、玄は、話し始めた。
「僕は、亀山玄と言います。先ほど映された人殺しの青年と、ドラゴンの少女の友人です」
玄は、そう平然と言い放った。彼の様子から、彼が昨日あったことを否定的にとらえていることがすぐ分かった。
「あの青年は、竜泉青人と言って、すごく心優しい青年でした。ドラゴンの少女は、幸と言って、見ても分かる通り、とても優しい子でした。でもあの二人は、それこそ見てのとおり、死にました」
玄は、そう言って、下を向き少し間をあけた。何をこらえているのかは、考える必要はないだろう。
「……死にました。ええ、死んだんです。国の命令によって人が死んだ。そして、最もひどいのは、死んだのが彼らだけではないところです。映像を見て皆さんも分かったでしょう。青人によって殺された人はきっと百にも上るかもしれない。そして、それによって悲しんだ人は、きっと千はくだらない。皆さんは、これをどう考えますか。国の政策の失敗で済ませますか。一人の青年の犯罪事件で肩をつけますか。もちろん、皆さんは、そんなことでは済まないことはわかっていると思います。そして同時に、皆さんは、この現状を表すのに最も適した言葉を知っているはずだ。そう、人と人が争い、死人をだし、たくさんの人を悲しませる、そう、戦争。これはまぎれもなく戦争だったんだ」
玄は、自分の腕を、思い切り手前の机にたたきつけた。もちろん演出ではない。彼は、それほど器用な人間ではない。彼の覚悟そのものが大きな音をたて、そして、その余韻が残らないうちに彼はつづけた。
「なら、どうして戦争が起こってしまったんですか。どうして蛇塚をこうなるまで誰も止められなかったんですか。その答えは簡単だ。俺たちが弱かったからだ。確かにかつては、俺たちは何度も蛇塚の行動を止めようとした。でも、それはかなわなかった。最初のころは、若者が正しく意味を受け取っていないとされた。人が増え、年齢の差もなくなってきたころは、専門家が、国民は勘違いしているとののしって、強引に終わらせた。そして、ようやく全員が、蛇塚の本性に気付いたときは、もう蛇塚は誰にも止められなくなっていた」
私は、驚いた。玄は政治のことには何も興味を示していなかったはずだ。どうせ自分の考えることなんて、専門家には負ける。だからそんなのどうでもいい。そう思う人間だったはずだ。それなのに、どうして・・・・・・いや、ひょっとしたら、彼は最初からずっと関心を持っていたが、自信がなかっただけなのかもしれない。自分には変えられないと思ってあきらめていただけなのかもしれない。
「皆さんは、既に持っているんです。正しい考えを。ですが、それを国際情勢に詳しいという専門家や、自分よりも立場が上の者に諭されるとすぐに自信を無くしてしまう。でも、その専門家が、どうして正しいということが証明できる。どうして、彼らが自分の意見より正しいと信じられる。この国は、よくこう言われてきました。国民が自国のことを何も考えていない国だと」
彼は大きく息を吸い込む。
「でも、もうわかったはずだ。それで多くの人が死んだんだ。何よりも自分がどうしたいかを考えなければいけない。蛇塚、そして、青人で思い知ったはずだ。今の世の中には、英雄はいらないんだ。俺たち一人一人が変えなくちゃいけないんだ。もう二度と幸のような青人のような多くの軍人のような犠牲者を出さないように、僕たちが協力しましょう。もし、私たちと協力できる人がいるのならば、東京湾の港に来てください。俺は、皆さんにあのドラゴンのような、誰かのために自分を捨てられる覚悟があると信じています」
そして、玄の姿は消え、慌てふためいている様子のアナウンサーが映された。
私は、その様子を見ながら胸が高鳴っていくのを感じた。この国は変わる。必ず蛇塚の支配から脱却できる。青人の暴走は、幸の死は、決して無駄にはならなかったのだ。そう思うと、胸が高鳴らずにはいられなかった。
「何で、あいつは銃なんてもってやがるんだ、まさか・・・・・・」
「いや、そんな、青人は、人なんて殺す奴じゃないですよ。何か理由があるんですって」
二人の会話を耳で聞き流しながら、僕は、青人君に妙な感覚を覚えた。それは、親友を殺した男に抱いた物と近い物、そう、恐怖だった。
「あれ、一人の兵が青人に近づいてきますね」
「ああ、あれは、泉大佐だな。確か、竜泉大佐とよく話しているのを見かける。友人の息子に説得でもしてるんじゃないか」
大日向さんは、きっと自分自身も強い存在だから気づかないのだろう。亀山君も、青人君に対して、ある程度、既存の主観があるから。しかし、僕は、今、彼の恐怖に震えていた。声を出そうにも出せなかった。そして、この後、青人君がとる行動が容易に予測できた。
「・・・・・・殺した」
それが誰の呟きかなどもう憶えていない。そんなことに気を張る余裕はない。僕たちは、それから約三十分、幸ちゃんが出てきて倒れ、起きなくなるまで、誰一人声を出すことはできなかった。幸ちゃんが死んだことは、察しがついた。
「なんだ、これ」
この呟きは、誰のものか聞き取れた。亀山君のものだった。しかし、その呟きはこの場の全員の気持ちを代弁したものであった。
土門さんは、死んだ。黒川尉官も死んだ。泉大佐も月島も今映像に出てきたたくさんの軍人も、死んでいった。それを見ていた僕たちの感情で一番初めに出てきた物は、怒りでも悲しみでもない、ただの呆れだった。多くの犠牲者を出したのにも関わらず、最後にはドラゴンの死で終わり、何も変わらなかったことに対する、呆れに他ならなかった。
アナウンサーが、辛そうな顔で並べる言葉は、もはや、届いていない。亀山君は、急に起き上がり、携帯電話を出して画面を見た後、すぐにそれをたたきつけた。恐らく充電が切れていたのだろう。その後、獣のような顔をして、いつの間にか帰っていた鷲沢君から携帯電話をひったくり、脇目も振らずそれを耳に当てた。
「朱音、何が、どうなったんだよ」
動きとは、正反対の、消え入りそうな声で言ったその言葉が、彼の第一声だった。その後、亀山君は、「ああ」とだけ繰り返し、最後に何か小さな声で呟いて、それを切った。
「幸は死んで、白羽もすでに死んだそうです。そして、青人はまだ目を覚まさないって」
亀山君は、下を向きながらそう言った。僕らは、そのまま消えてなくなってしまいそうな彼に、何も言葉をかけてやることができなかった。しかし、その何もかも潰れそうな沈黙を破ったのは、亀山君自身だった。
「金井さん。演説の役割。俺に託してくれませんか」
大日向さんと鷲沢さんは、それを聞いて驚いたような顔をしていた。しかし、僕は逆だった。
「お願いします、金井さん。今ここで俺がやらなければ、あいつらは無駄死にだ。俺が今、この国に、今の思いを伝えなきゃダメなんだ」
おそらく、普通はこのまま亀山君に任せるのは無謀なんだろう。何も準備をしていない人間に、何年間もやってきたことの仕上げを任せるなど。しかし、僕には、あの時彼を送り出した時と、全く同じ確信をもって言った。
「いいよ、きっと君がやらなければダメだ。僕や清水の分まで、思いっきりやってこい」
「はい」
君の瞳は、蛇塚や青人君の瞳よりも強いものだった。だがきっと君は、英雄になったわけではないのだろう。君は最後まで普通の人だ。最初は何も危機感を覚えていなかったが、何か起こって初めて動く。そういう君は、誰よりも先に動き、行動する英雄ではない。
だが、英雄ではないけれど、きっと君の言葉は届く。英雄ではないけれど、人は君の言葉に共感する。英雄のように特別でない誰でも持っている怒りをきっかけにして、この国は動き出す。
僕は、それができる君を、歴史上のどんな英雄よりも語り継ぎたいと思う。
――朱音視点――
映像を見たとき、私は、その映像を、幻覚を見ているのだと思った。西島に帰った後は、母と負傷者の看病に追われて一睡もしていないのだ。その疲れから、幻覚を見てもおかしいことはない。だが、この病院に搬送された血まみれの兵は、すぐに私を現実へと引き戻す。彼らは、映像に青人が映ると、彼が今にも映像から飛び出すのを恐れるかのように慌てふためき、テレビから距離をとっていた。兵たちがこれ以上騒がないよう、途中で電源を消した。
玄から電話がかかってきたのは、それからすぐであり、着信を見たときは、玄がまだ無事であったことに、涙を流しそうになった。しかし、それをどうにかこらえ、できるだけ落ち着いて、端的に、みんなの安否だけを話した。具体的なことは、頭の中に恐怖がしがみついて話すことができなかったが、玄はそれを察したのか、彼自身から詳しいことは聞こうとしなかった。そして全てを私が話し終えた後、玄はこう言った。
「大丈夫、後は任せろ」
小さな声だった。ショックを受けているのがすぐに分かった。しかし、不思議とその声には、いつもの彼には微塵も感じられない、自信のようなものがあった。
玄が何をする気なのかは、私にもわからない。彼が今、どこにいて何をしようとしているのかは、記憶のふたを開けないことに夢中で、聞くのを忘れてしまった。もう一度電話をかけなおせばいいのだろうが、今私には、その余裕はなかった。
私は、テレビを消し、とあるベッドの横に座った。そして、その患者の顔を見る。そこにあるのは、とてもあれほど残忍に人を殺したとは思えない、安らかな青人の眠り顔だ。
青人は、まだ息のある軍人が、船で何人もこの診療所に運び込まれた後、後から別の船で守さんが連れてきた。どこを診ても正常そのものであったが、何時間たっても目を覚まさなかった。その彼は、兵の目のつくところで寝ていては、兵たちがゆっくり休めないという理由で数少ない個室のベッドに寝かされていた。
今も彼は、その兵たちに全く負い目を感じていないかのごとく、未だに寝ている。私も島のみんなも、少しでも早く起きてほしいのにもかかわらず、目を瞑ったままでいる。
正直に自分の気持ちを言ってしまえば、今すぐこの男の顔を平手でぶってやりたい。あれほど人を殺し、それを償おうともせず、未だに寝ているこの男を無理やりにでも起こしてやりたい。
だが私は、その右手で、そっと青人のほほを撫でた。傷一つない健康な肌。幸が青人を愛する気持ちが、血で汚れる前の青人を、形だけでも表している。それを傷つけるのは幸に悪い。それに、青人の顔を見て、今この男が、どんな夢を見ているか分かるのだ。きっと幸に会っている。それなのに、どうしてあの時、恐怖に負けた私が、一方的に現実に引き戻す真似ができるだろうか。
守さんは、青人を連れてきたとき、絶対にもうじき目を覚ますと言ってから、東島に行ってしまったと母に聞いた。だが私は目を覚まさないと思う。幸と青人は、悔しいが誰よりも互いを愛し合っていた。それは、互いに相手のためなら、命すら惜しくないと考える程だ。そして、今、青人はきっと、幸と一緒にいる。今の青人にとっては、このまま眠っていたほうが幸せなはずだ。だってここにいる女は、青人のために命を懸ける自信など、まったくないのだから。
そこまでぼんやりと考えたとき、急に電話がかかってきた。玄かと思ったが、どうやら母らしい。誰かの兵の容態でも急に悪化したのだろうか。ちなみに母は、今、他の場所で診療所に入りきらなかった負傷者の様子を見ているはずだ。
「もしもし、幸。今、南島の人に聞いて、テレビを見せてもらっているんだけど、すごいわよ。あなたもはやく見てみなさい」
そうして、電話は切れた。まあ、特に言われたことに逆らう理由もない。私は、リモコンに手を伸ばした。ふと、思い出した。そういえば、幸が追いかけられるきっかけを知ったのもこのように人にせかされ、ニュースを見たのだった。少し、流れそうになる涙をこらえながら、電源をつけた。
――え?
「な、なんで?」
私は、思わず声を上げた。この時間帯にやるこのチャンネルのニュース番組は、毎朝よく見る。アナウンサーの顔も記憶している。だが、目の前の映像で座っていたのは、他の誰でもない亀山玄だった。
「まず初めに、今回皆様にこのような強引な形で、話すことになってしまったことを深くお詫びいたします」
声も間違いなく玄である。一体何がどうなってこのような事態になっているのだろうか。そんな私の気持ちなど関係なく、玄は、話し始めた。
「僕は、亀山玄と言います。先ほど映された人殺しの青年と、ドラゴンの少女の友人です」
玄は、そう平然と言い放った。彼の様子から、彼が昨日あったことを否定的にとらえていることがすぐ分かった。
「あの青年は、竜泉青人と言って、すごく心優しい青年でした。ドラゴンの少女は、幸と言って、見ても分かる通り、とても優しい子でした。でもあの二人は、それこそ見てのとおり、死にました」
玄は、そう言って、下を向き少し間をあけた。何をこらえているのかは、考える必要はないだろう。
「……死にました。ええ、死んだんです。国の命令によって人が死んだ。そして、最もひどいのは、死んだのが彼らだけではないところです。映像を見て皆さんも分かったでしょう。青人によって殺された人はきっと百にも上るかもしれない。そして、それによって悲しんだ人は、きっと千はくだらない。皆さんは、これをどう考えますか。国の政策の失敗で済ませますか。一人の青年の犯罪事件で肩をつけますか。もちろん、皆さんは、そんなことでは済まないことはわかっていると思います。そして同時に、皆さんは、この現状を表すのに最も適した言葉を知っているはずだ。そう、人と人が争い、死人をだし、たくさんの人を悲しませる、そう、戦争。これはまぎれもなく戦争だったんだ」
玄は、自分の腕を、思い切り手前の机にたたきつけた。もちろん演出ではない。彼は、それほど器用な人間ではない。彼の覚悟そのものが大きな音をたて、そして、その余韻が残らないうちに彼はつづけた。
「なら、どうして戦争が起こってしまったんですか。どうして蛇塚をこうなるまで誰も止められなかったんですか。その答えは簡単だ。俺たちが弱かったからだ。確かにかつては、俺たちは何度も蛇塚の行動を止めようとした。でも、それはかなわなかった。最初のころは、若者が正しく意味を受け取っていないとされた。人が増え、年齢の差もなくなってきたころは、専門家が、国民は勘違いしているとののしって、強引に終わらせた。そして、ようやく全員が、蛇塚の本性に気付いたときは、もう蛇塚は誰にも止められなくなっていた」
私は、驚いた。玄は政治のことには何も興味を示していなかったはずだ。どうせ自分の考えることなんて、専門家には負ける。だからそんなのどうでもいい。そう思う人間だったはずだ。それなのに、どうして・・・・・・いや、ひょっとしたら、彼は最初からずっと関心を持っていたが、自信がなかっただけなのかもしれない。自分には変えられないと思ってあきらめていただけなのかもしれない。
「皆さんは、既に持っているんです。正しい考えを。ですが、それを国際情勢に詳しいという専門家や、自分よりも立場が上の者に諭されるとすぐに自信を無くしてしまう。でも、その専門家が、どうして正しいということが証明できる。どうして、彼らが自分の意見より正しいと信じられる。この国は、よくこう言われてきました。国民が自国のことを何も考えていない国だと」
彼は大きく息を吸い込む。
「でも、もうわかったはずだ。それで多くの人が死んだんだ。何よりも自分がどうしたいかを考えなければいけない。蛇塚、そして、青人で思い知ったはずだ。今の世の中には、英雄はいらないんだ。俺たち一人一人が変えなくちゃいけないんだ。もう二度と幸のような青人のような多くの軍人のような犠牲者を出さないように、僕たちが協力しましょう。もし、私たちと協力できる人がいるのならば、東京湾の港に来てください。俺は、皆さんにあのドラゴンのような、誰かのために自分を捨てられる覚悟があると信じています」
そして、玄の姿は消え、慌てふためいている様子のアナウンサーが映された。
私は、その様子を見ながら胸が高鳴っていくのを感じた。この国は変わる。必ず蛇塚の支配から脱却できる。青人の暴走は、幸の死は、決して無駄にはならなかったのだ。そう思うと、胸が高鳴らずにはいられなかった。
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