Apostle Online 〜自由度の高いオンラインゲームでガチガチに不労所得組んでたら、ゲームの世界の自キャラになってしまいました〜

あかさ=たな

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1.最後のアップデート

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「お願いだ!君の言い値出す!だから君の奴隷の秘書か竜人、片方でいいから売ってくれ!!」
「・・・はぁ、そんな申し出受けれないのは分かりきってることですよね」

 何日も何日も、何回断っても諦めずに、これでダメだったら諦めるから最後にVCで直接交渉させてくれとうるさいから繋いだのに、お金なんていうどうとでもなる希少性など皆無と言っていい物品で、交渉の場に立てると思っていること自体厚かましい。

 Apostle Online、ここ数年NFT、いわゆるブロックチェーンや電子暗号システムと呼ばれる技術の発展、普及により、徐々に人気を集め出しているゲーム。
 ラストファンタジー11、14やドラゴンタスク10、ファンタジースターオンラインなど国産の王道MMOのプレイヤー中心のゲームとは違い、NPCやいわゆるゲーム内キャラが主体の新しいゲーム性かつ、自由度独自性の高さによってコアなファンを獲得してきているのだが、コアなファンだからそこ諦めきれないものがあるのだろうとは理解できる。
 だけれど、どうしても諦められない物の対価としてあげるものが金銭というのは本当にいただけない。

「クランメンバーを説得してなんとか用意した金なんだ!これで何とか!頼む!売ってくれ!!」

 言葉の向こうから必死さ、本気度などはよく伝わってくる。どれほど欲しいのかも理解できる。けれど

「無理ですね、あなたもこのゲームをやっていればわかりますよね?単体で価値が付く物と、その概念に価値があるとされている物の差が。
 僕の所有している秘書も竜人も、単体で価値が付くまたはつけられる物、リアルマネーに換金できるとは言え、ただのゲーム内マネーとトレードできるほど彼女らは安い物では無いです」
「そこを何とか!!」

 このゲームには割と初期の頃からゲームシステムとして労働者、というものがある。
 人によっては奴隷と呼んだりもするものの、所有物というよりは一個人の傘下に所属しているNPCという区分になる。
 資産として保有している以上奴隷と何が違うのかという話ではあるけれど、問題はそこじゃ無い。
 このゲームはプレイヤーではなくNPC主体のゲームだ。膨大な数のAIが互いに干渉し合い、形作られている世界で、そこにプレイヤーはほとんど干渉できない。
 そのためキャラクリエイトと呼ばれる行為はプレイヤーがゲームを始めるときの自キャラ作成以外に行うことができない。
 これは労働者に対してもそう。そのため見た目がいい、ただそれだけでとんでもないほどの価値がつくことがある。
 僕の秘書と竜人がそうだ。
 新規事業を始めるにあたり、秘書が欲しくなったため安い奴隷を買って教育するのと、そういうスキルを持っている奴隷を買うのどちらにするかで悩み、スキル持ちを買いに行ったら今現在僕の秘書として働いている彼女がいた。
 二億八千万、それが彼女の価格。運良くプレイヤーの競争相手が少なく、競り落とせたものの、それで全財産を吐き出してしまい、今の状態に立ち直るまでかなり苦労した。
 そして事業を始め波に乗り、比較的有名になったらこういう輩が増えた。

「じゃあ聞きますけど、いくら用意できたんですか?」
「何とか三千五百万用意した!かなりの大金だ!Tia2の装備一式買ってもお釣りが来る!な?いいだろ??」
「はぁ、」

 話にならない。彼は、いや彼らはこのゲームを初めてまだ間もないのだろうか、僕はこれでもソロプレイヤーとしてはかなり有名な方だと思うのだけど、たかがTia2の装備一式で説得出来ると思われていることが悲しい。
 落胆のため息を感嘆のため息と勘違いしたのか、彼はそこからたたみかける。

「なんなら俺の持っている奴隷の一部を付けてもいい!それでもダメならセントラル十八番区にある家もつけよう!」
「あのですね、この世界は中世ヨーロッパ程度の世界観なんです。文字が読める書ける、計算もできる。それだけの人材の永続保有権がそんな安わけないでしょう。
 それだけじゃ無い、比較的有名な企業でかなりの成果を上げ、これからを成果を上げ続けると予想されて、その上外見がいいというおまけ付き、その十倍はあってもまだ足りない。」
「じゅ、十倍!?そんなに高いわけないだろ!」
「信じていただけなくても構いませんよ、ただどれだけ小さい金額のやりとりでも記録されるのはご存知ですよね?その中でも一千万を超える金額のやり取り記録は、このゲームがサービス終了するまで消えないんですよ。
 取引ID五千三百九十一を確認していただけますか?
 それとこれ以上の交渉は時間の無駄ですね」
「まっ!まだ話は・・・」

 言い終わる前にVCの接続を切る。
 本当に時間の無駄だった。
 これから労働者のレベル上げ、スキル上げをしようと思っていたのに萎えた。
 かと言って有名になってきたせいか、人手が足りない。
 僕が手がけている事業はいわゆる派遣業と言うやつで、複数の労働者を教育育成し、それをNPC、プレイヤー関係なく貸し出している。
 その中でも主に戦闘要員の派遣を主にやっていて、労働者のレベルは五十、複数のスキルレベルが四はないと話にならない。
 ダンジョン系の傭兵ではなくフィールド系の傭兵とは言え、これくらいはないと派遣先
に損失が出るどころか、派遣人材を失うことになりかねない。
 五十レベルとスキルレベル四がいまいちピンとこない人に説明すると、三十レベルが初心者脱出と言われており、四十レベルで一人前、五十レベルで中堅といった具合だ。
 そしてスキルは三が最低ラインと言われている。

 フィールドでの戦闘は質は低いが数は多い。大体レベル差が十五から二十はないと数で押し込まれてしまうと言われているのだが、フィールドのエネミーの最大レベルはエリアによって大きく変わるけれど、だいたい三十から四十半ばと言われている。
 そのため五十レベルでも正直心許ない。
 ならもっとレベル上げればいいと感じるだろうが、そうはいかないのがレベル上げの大変さが関係している。
 レベルが一からニに上がるのに必要な経験値が千だとしたら、二十九から三十に上がるのに必要な経験値は五千ほどになる。
 大したことないと思うかもしれない。けれど三十から三十一に上げるのに一気に数万まで跳ね上がる。
 これは専門職を取得出来る様になるのが三十レベルからだというのも関係しているのだと思うが、それだとしても差が大きい。そのためたった五十レベルであったとしても諸手を上げて喜ばれる水準にはなっている。
 その諸手をあげて喜ばれる水準の人材を安定して提供しているのが僕の企業の評価ポイントの一つだ。
 どんどん評価が上がっている以上それに答えないといけない。でなければあとは転落するのみ、そのため一分一秒が惜しいというのに、ほんとうに無駄な時間だった。

「今何時だろうか、相当無駄に時間を使ってしまったからそろそろ公式生放送の時間だと思うんだけど」

 ゲームウィンドウをバックグラウンドに移し、時間を確認する。

「もう十八時前か、生放送は十九時から、レベル上げに行って戻ってくるには少し時間が足りないな。」

 あのバカに消費した時間は四十分ってところか、はぁ、Tia2の装備で声高々だったのを考えると未周回のレベル六十前後ってところか、ほんとに初心者だったんだな。

 レベルでコンタクト制限をかけてもいいんだけど、周回をし始めてる人は低レベルでもめちゃくちゃ有名だったりするからなぁ
 まあそもそも周回してる人が希少品の対価でお金を出さないか、

 まあいい、それは置いといて生放送までの時間はスキル上げをやるか。
 今日レベル上げをする予定だった労働者4人に非殺傷武器を持って訓練場に来るように指示を出す。

 全員揃ったのを確認してからチーム分けを考える。二人チームにするか四人チームにするか悩むな、二人チームにできるほどバランスの良い構成じゃないし四人チームでいいか、時間ももったいないし。

 四人チームを組ませて僕を対象に戦闘の指示を出す。するとスムーズに僕を囲むように展開したあと一斉にかかってくる。
 剣士三の槍一、まあ槍から崩すよね、
 彼らのレベルは四十手前、それに対し僕は九十一レベルのかつ4週目だ。プレイヤースキルという意味でも、ステータスという意味でも彼らじゃ相手にはならない。
 それでも僕も彼らも素振りが効率の良いスキル上げだった時期は脱してる。
 僕のためにも彼らのためにも、この方が良い。

 それから一時間ほど、備品の体力回復薬、疲労軽減剤を惜しみなく消費しながらスキル上げを行なった。






「ふう、こんなものか。」

 生放送十分前のアラーム音を聞きながら一息つく。
 基本的にこのゲームは生放送とバージョンアップのメンテナンスは同時に行われる。
 今回もそう告知があった。
 ゲーム内時間はメンテナンス中であっても止まることがないにも関わらず、プレイヤーは強制ログアウトされ、接続することはできない。
 そのためログインしていなくても企業の運営が出来るようにと秘書を雇ったのだから、彼女にはしっかり働いてもらわねばならない。
 いつもログアウトする時に行っている指示を出し終わったあと、ゲームログアウトをして公式ページへと飛ぶ。

 公式サイトのど真ん中にデカデカと生放送の予告バナーが表示されているのをクリックしながら、視界の端に新着メールが来ているのを確認する。
 はぁ、嫌な予感がする。というか十中八九さっきの人なんだろうな。

 公式チャンネルの生放送の待機画面になったことを確認してからサブモニターで先程の新着メールを確認する。
 新着メールは二つ、片方は知り合いからだ。
 親密な交流のある大手ギルドの知人からだ。内容はいつもと変わらない。近況報告と勧誘。
 勧誘に提示されている条件は先程の初心者とは比べものにならないほどだ。
 金銭的な部分はもちろん、ノルマや上納金の軽減だけでなく、いくらお金を積んでも希少すぎて内々で消費するため、なかなか入手ができないアイテムの優先使用権などの記載もある。
 そしてそれだけじゃ無い、僕の所有している竜人の育成補助なども積極的にしてくれると書いてある。
 この待遇は破格も破格だ。基本的に労働者は個人帰属だ。いくら親しい仲のギルドメンバーだからといって自分のお尻を他人に拭かせるのか?という話だ。
 そのため労働者の育成なんていうものは出来ないなら手放していまえ、という風潮がある。
 労働者の育成がプレイヤーの育成とは比べ物にならないほど大変なのにも関わらず、七十レベル半ばを八人、六十レベル台を十二人、五十レベルを三十二人育成している僕が投げ出すほど竜人の育成が大変だというのを知っており、かつ理解までしてくれている。
 もし僕がギルドに入るのであれば、このギルドに入ると思う。けれどMMOは好きだけれど、MMOの人間関係でのトラウマがあるため、一歩が踏み出せない。

「レディースエーンドジェントルメーン、本日はApostle Onlineのアップデート生放送にご参加いただき、ありがとうございまーす。」

 ヨーロッパ風を意識しているのか少し痛々しいほどキザな導入から始まる生放送。

「Apostle Onlineとは、どのようなゲームでしょーか!そう!名前の通り!プレイヤーの方々は神々の使徒となり!この世界を発展させるべく、奮闘するゲーム、斬新!たまりませんっっ!!」

 いつも通りの前口上、少し大袈裟なほどに誇張されてはいるものの実際とはかけ離れてはいない内容で、五分ほどゲームの説明が入る。
 いつも通りの内容を聞き流しながらメールに視線を戻す。

 今回の勧誘の内容はここで終わりでは無いようで、彼のギルドと僕の企業の同盟の提案が書かれている。
 条件はほとんど同じ、違いは希少アイテムの優先権が無く、上納金は無くて良い、代わりに人材を優先して貸し出してほしいという内容だ。もちろん派遣費用などの負担はギルド持ち。
 この知人は僕とは旧知の中で、トラウマになっている人間関係のトラブルの当事者同士でもある。
 そのためかきなり気にかけてくれており、だからこそここまで譲歩してくれているわけだ。嫌とは言いづらい。
 かと言って二つ返事も感情的に少ししにくい、だからギルド中の雰囲気やメンバーの人となりを確認させて欲しい、という内容も含ませつつ、前向きに考えるために話し合いの場のセッティングを希望した内容を返信しておく。

 温かみのある彼のメールを見たからか、少しメンタルが回復したものの、もう一通のメールを見てため息を吐く。
 メールは開かなくても送り主と文頭は少しだけ見ることができる。
 十中八九さっきの人だ、しかもとてもお怒りだと言うのがありありとわかる。

 大きく深呼吸をしてからメールを開く。
 見づらい。読点も句点もなく、びっしりと敷き詰められた文字をガリガリとSAN値が削られていくのを感じながら解読していく。

 まあ、要するに彼は取引履歴を見たのだろう。そして僕の十倍と言う発言は嘘だったと責めたいのだろう。
 彼の出した条件は三千五百万、追加提示を含めて四千万程、対して秘書の購入金額は二億数千万、全然違うじゃ無いか!と言いたいわけだ。
 はぁ、馬鹿だなぁ。追加価値の話もしたと思うのだけど、理解できなかったのかな。

 それだけじゃ無い、罵詈雑言の後何を思ったのか、交換条件まで出してきている。
 一個人がこんな大金持ってるわけないだろ!から始まり不正して入手したんじゃないか?これを運営に報告したらお前BANだからな!嫌だったら竜人をよこせ!
 そんな内容だ。頼む側のくせに敬語も使えない時点である程度察してはいたけれど、本当に馬鹿だ。このゲームはNFTを使用しているゲームだ。希少アイテムだけでなく、ゲーム内通過での仮想通貨、金銭手形のようなものまで出どころが記録されている。
 不正を行ったら1時間もしないうちにアカウントBANどころかIPBANならまだ優しい。不正規模によっては最悪リアルBANされかねない。
 そしてこう言う脅し行為、今回は的外れすぎるけれど、こう言う行為も粛清対象になる。
 今はリアルマネー一円あたり、ゲーム内マネー一千前後と言ったところだけれど、このゲーム内マネーの価値=運営の資産価値になる。こう言った強迫行為を野放しにして人が離れたら運営の資産価値が減るのと同義だ、なら害悪プレイヤー一人排除する方が資産保護に繋がる。
 要するにこのメール画面の右上にある、丸で囲まれた感嘆符のマークを押すだけでこいつは強制退場だ。
 ゲーム開始時に読まされる規約に書いてあることなんだけどなぁ。
 生放送の本番が始まりそうなのを横目に、通報理由を複数選択する。強迫行為、資産価値を下げかねない行為、不正を助長する行為。
 三つも当てはまる。特に証拠のある強迫行為は重い。かわいそうに、きっとIPBANだろうなぁ。
 メールだけでなく、今回使用したゲーム内VCの内容も最低一ヶ月は記録、保存されている以上言い逃れはできないだろう。

 通報内容を確定してとどめを刺した後、メール画面を閉じて生放送に視線を戻す。

「今回のアップデートは!今までにないほどの大型アップデート!!え?いつも同じこと言ってるだって??ノンノン!!今回はガチガチのガチ!!今までにない規模の更新内容とわれわれの本気度!!それを皆様に知っていただきたい!!
 そこで!!プレイヤー様全員にメンテナンスが開けるまでの間のみ使用できる特設サイトをご用意!!公式サイトのマイページに届くメールからURLを踏んでいただいた後!アンケートに答えていただければ!!これまでにない体験のサプラ~イズ!!
 皆様こぞってどしどし回答してくださいませ!!
 それでは!!」
「・・・それだけ?」

 普段のアプデ放送の時は大体がネタバレにならない程度の新要素のお披露目なんかがある。最近だとレベルキャップの開放が大きなアプデだっただろうか、あの時は更なる高へ、みたいなことを言っていたのだけど。
 今回は最後の今までにない体験、が新要素ということなのだろうか?
 まあ、数万人はいるアクティブユーザー全員分の一時URL配布というのが、どれほどコストのかかることなのかは正直わからないけれど、今までになかったことであるのは間違いない。

 普段はオープニング的な軽いノリの放送の後、短くても三十分くらいはディレクター、プロデューサーなどが出て来て会話や質疑応答をするのだけど、忙しかったのだろうか。
 期待半分不安半分で運営から届いているメールを確認する。
 たしかにURLの記載がある。
 URLを踏んでから数瞬待った後、質素なアンケートフォームを見て少し不安が大きくなる。
 アンケートフォームに力を入れろとは言わないけれど、流石に質素すぎるように感じる。
 まあ良い、重要なのはアップデート内容であって、その告知の仕方ではない。もちろん新規勧誘は大事だけれど、古参でソロの僕にはあまり関係のないことだ。
 一通りアンケートに目を通す。まあ他のゲームのアンケートと対して変わらない。
 今までのサービスで印象に残っているものや、復刻して欲しいイベント、戦闘や生産などのゲーム要素への評価。
 一通り入力した後アンケートを終わらせようと下にスライドしてみると完了、の代わりに次へのボタンがある。
 次へを押すとズラーっと大量の選択肢が表示される。

 もし新たな身体でApostle Onlineの世界で生活する場合、どの種族を選択しますか?

 新たな体か、確かゲーム開始時に選択できる種族は人間とエルフ、ドワーフに獣人の四つだったはずだ。
 それぞれに特色があるのだけど、1番バランスの良い人間を選んで遊んでいた。
 結果的に知る人ぞ知る程度ではあるけれど、有名になれたしゲーム内有数の資産家にもなれた。それを思うと全く不満はない。
 強いて他の種族を選ぶとしたらどれが良いだろうか。
 初期の4種族だけではなく、他の種族も選択肢としてある。
 鬼族、小人族、ダークエルフに魚人、それだけではなく最上位種まで揃っている。
 最上位種と言うのは天使族エンジェル悪魔族デーモン魔獣族ビースト竜人族ドラゴニュート自動人形オートマタの五種のことを言う。
 天使族は精神系、悪魔族は魔力系、魔獣族は筋力系、竜人族は身体系の最上位職に就くことができ、自動人形は技術系の最上位職だと言われている。
 この〇〇系というのはレベルアップ時にもらえるフリーステータスポイントを振り分けられる五大ステータスにそれぞれ対応している。
 精神力、魔力、体力、筋力、器用さの五つ。竜人族が身体系なのは体力と筋力の混合だからだと思ってもらえれば良い。
 これらの十三種族の中でどれにするか。見た目だけで考えるなら魔獣族なんだよなぁ。
 他の種族は人間+αな見た目をしているのだけれど、魔獣族だけは二足歩行の動物というのがわかりやすい見た目の評価だ。
 体も大きく毛むくじゃらで、人によっては受け付けないと思う。けれど僕はあの見た目がすごく好きだ。なんというかただただかっこいい。
 だから新しく選択できるなら魔獣種かな。
 魔獣族にチェックを入れ回答下の次へをクリックする。

 ピピー!

 次へのボタンを押した途端に発せられた明らかな警告音に体が止まる。
 なんで?
 必須な入力欄でもあったのだろうか。
 今一度アンケートページを確認するためにスクロールすると、先程は表示されていなかった文言が赤色で表示されている。

 ただいま選択されている種族は信仰度が足りません。

「あー、」

 そういうことね、理解した。
 信仰度というのはゲーム内で存在することが確認されている隠しパラメータだ。
 信仰度というのは一部の精神系スキルを取得するための条件としてあるだけではなく、ステータスの観覧に必要になる。
 ステータスの観覧は世界観的には誰にでも与えられる基本能力ではない。
 このゲームの中で生きている大半の住人はレベルは何となく理解できても、ステータスなんて言うものは知りもしないと思う。その無いはずのステータスを確認する条件が高い信仰度というわけだ。
 プレイヤーは使徒と言う存在で、普通の生き物では無い。読んで字のごとく神の使いで、そしてその神の使いが効率よく仕事をこなせるように、標準機能としてステータス観覧の権能を与えられているわけだ。
 そしてこのステータス観覧は人神のステータス観覧なら人間のステータスを、竜神のステータス観覧は竜人のステータスを確認できる。もちろん同意が必要という設定だけれど。
 なのだが信仰度は上げるのは非常にめんどくさい。もともと与えられている人の神、人神への信仰度をのぞいて、数年このゲームをプレイしてステータス観覧の権能を与えられるほどに信仰度を上げれたのは竜神の一つだけ。
 要するにこの十三個選択肢があるように見えているアンケートは二者択一のアンケートだと言うことだ。

「はぁ、それなら竜人族一択だよ」

 竜人族の固有職の竜闘士は他の種族とは違い明確なデメリットが存在している。
 他の職業、例えば魔法系だったらパッシブスキルで魔力にプラス補正がかかる代わりに、筋力と体力にマイナス補正がかかる。
 けれどこれは竜闘士のことを知っていればデメリットとは言いづらい。魔法使いはもちろん筋力も体力もあった方がいい。けれど無かったとしても困るわけでは無い。なにせ距離をとって戦うことを前提にしているわけだから。
 しかし竜闘士は近接戦闘を主としているにもかかわらず、スキル発動のリソースは体力、いわゆるHPを使用する。
 高い状態を維持しなくてはならないリソースを自ら消費しなくてはいけない。これほどのデメリットはそうそう無い。そのため他の職業だけでなく、最上位職の中でも頭一つ飛び出した性能をしている。
 それを知って竜人を迎え入れたのだけれど、あの成長速度の遅さを考えると少し頭が痛い。とは言っても竜人になれるチャンスを逃す気はない。それほどに優秀な種族、職業だからだ。

 竜人を選択して次へを選択すると今回は問題なく次の質問へと移動できた。

 もしApostle Onlineの世界に行けるとしたら行きたいですか?

「はぁ?」

 なんだこの質問。べつにこのゲームの中の世界に行きたいと思ったことがないわけではない。無いわけではないけれど改めて行きたいかと聞かれると行きたくはない。
 魅力的な世界だとは思うけれど、世界観的に生活水準は下げざるを得ないし、家族もいる。
 子供がとか家庭がと言うわけではないが、両親は健在だし、学校には友達もいる。将来なりたい職業がある訳ではないけれど、勉強も手は抜いてはいない。
 それら全てを放り出さなくてはいけないことを考えたら行きたいとは口が裂けても言えない。
 いいえ、を選択して次への代わりに完了を押す。
 読み込み中を表現するグルグルを眺めながらしばらくすると画面にテキストが表示される。

 Apostle Onlineの世界に行きたくはないと答えた人は七十%、行きたいと選択した人は三十%、非常に残念です。

 そりゃそうだ。今背負っている人が少しでもあるなら躊躇するのが人間ってものだ。
 むしろ三十%も行きたいと選択したことが驚きだ。

 ですが、プレイヤー皆様がApostle Onlineの世界の発展に高く貢献してくださったのは高く評価しており、またApostle Onlineの世界を維持するのをお手伝いしてくださったことには深く深く感謝しておりまーす。

 ん?なんか口調が軽くなってきた。まるで生放送の前口上のような。

 そこでぇ~、プレイヤーの皆様を!!Apostle Onlineの世界へご招たぁ~い!
 ちなみに拒否権わぁ~ありませんっ!!

 何故か最後は音声付きで読み上げられたテキストに頭が追いつかない。
 
ピッ、ピッ、ピッ

 いつの間にか始められたカウントダウン、その音が画面に表示されている数字とリンクしているのに気づくと同時に意味が頭に入ってくる。

「ふざけっ、」

 何故そう思ったのか、この部屋から出なければいけない、そう思う前に体は動いていた。ゲーミングチェアから立ち上がり、ドアの方に体を捻りながら足を動かそうとしてバランスを崩す。
 左右の足が靴下ごと床に貼り付けられたかのように動かない。下半身が動かないのではない、足の裏が文字通り床に張り付いている。
 バランスを崩し椅子に倒れ込んでいようとスピーカーから聞こえるカウントダウンは止まらない。

「ふざけんな!行かねえっていって」

 最後まで言い終わる前にモニターから溢れ出る光に僕は飲み込まれた。
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