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2.目覚め
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頭痛い。
ズキズキと痛む頭に手をやりながら目を開く。見覚えのない天井だ。
痛みのせいか、寝起きだからか何も思い出せず状況確認のためにも体を起こす。
今まで霞む視界を左右に振りながら薄暗い周りを確認する。
今横になっていたベッドはかなり大きい、いわゆるキングサイズという奴だろうか。
枕も大小系六個、そしてお姫様ベッドの様にカーテンがかかっている。
ずりずりとベッドの上を移動してカーテンを開け外を確認する。
このベッドのある部屋はかなり広い、リビング用してもいいほどだ。
豪華な部屋ではない、けれど質素という訳でもない。堅実な落ち着いた雰囲気の部屋だ。
どこかで見たことが、、、思い出した。
ここはApostle Onlineの本拠点だ、悪ノリして買ったこの馬鹿でかいベッドも、お金があってもギラギラしたのは好みじゃないからと堅実な家具を選んだのも、そんなに前のことじゃない。
先ほどまでの痛みが嘘のようにスッキリとした頭で考える。
昨日、僕はApostle Onlineの公式生放送を見ていた、それは間違いない。
それからアンケートに答え、スクリーンから溢れ出す光に飲み込まれたところが最後の記憶だ。
ならその時に意識が飛ぶなりしたんだろう。
そしてこの状況。
足が動かないにも関わらず動こうとして転倒、そのまま入眠していまの夢を見ている、それが一番現実的。
が、これはおそらく違う。なぜなら痛みがあったから。痛みのある夢を見たことがない訳ではないけれど、そういう時に感じる痛みとは種類が違った。
それに夢の中特有の霞がかったような雰囲気はないし、今まで見てきた夢のなかの僕は率直に言って馬鹿だった。
夢の中の僕は思慮深い行動なんてしないし、今の現状が夢であるなんて微塵も考えない。
だからおそらくこれは夢ではない。
二つ目
Apostle Onlineの公式生放送ではこれまでにない大型アップデートだと言っていた。ならフルダイブ型のゲームになった可能性。
これは、おそらくないと思う。
僕はフルダイブの知識はないから正確な根拠がある訳ではないのだけれど、今周りにある物体、自分を含めた物質の見た目が非常にリアルだ。
3Dゲームはどれほど美麗なグラフィックでもポリゴンという存在から切り離すことはできない。
ポリゴンというのは、三角形または四角形の小さな板のことを言う。
このポリゴンを大量に集めて一つの物体、モデルを作る。
そしてそのモデルの表面にテクスチャと言われる絵を貼ることによって僕たちが普段見ているゲームの世界になる。
にも関わらず、そのポリゴンの存在を感じないほどに滑らかな曲線をしている。
とんでもなくハイポリ、大量のポリゴンが使われているため僕には認識できない可能性もあるけれど、そうなったら今度は感覚があることに説明がつかない。
何度も言うが僕は専門家ではないから実際には問題ないのかもしれないけれど、感覚を機械で操作すると言う行為に安全性があるとは思えない。
それにここまで高度なフルダイブという行為を行うのに必要なことがあの強力な光だけとは俄に信じがたい。
けれどフルダイブ型のゲームになったという選択肢だけを見るとまだ現実的ではある、けれど状況証拠的にあり得ないが僕の推測。
最後に本当にゲームの世界に来てしまったという選択肢。
運営の言葉と前の二つの可能性を除外する以上逃れなれない選択肢だ。
扉の近くに置いてあるクローゼットの隣にある姿見の前に立つ。
この顔、記憶にあるゲーム内アバターにそっくりだ。
普通の人間ではまず見ないほどに高い頭身、男にしては長い足、短く切り揃えられた黒い髪に青い瞳。
服をめくって体を確認する。女性であれば胸の谷間の部分に、男性であれば左胸の上にある刺青のような模様。
これは使徒の証だ。プレイヤーなら誰でもこれが刻まれている。
そういえば最後の質問で竜人を指定したのだけれど、体に鱗が生えているというわけではない。
そこは反映されなかったのだろうか。
「ステータスオープン・・・」
何も起こらない。
こういうゲーム内転移?転生?ではよくある文言を口にしてみたものの何も起こらない。
使徒であることを証明する刺青はあるのだからステータス観覧は出来るはずなのだけれど、やり方が違うのだろうか。
そもそもゲーム中はエスケープキーを押し込むだけで表示出来たから他に思いつかない。
使徒である事での利点は主に二つ、一つ目はステータス観覧、二つ目は転生ができるという事。
一つ目はやり方が分からず、二つ目は現状出来るのかも分からない。
ゲーム内に転移してしまった、という最悪の状況を想定して動くなら、自身の身を守るにもこの世界で優位に動くためにもステータス観覧は出来るようにしておきたい。
「ステータス、なぁ」
ボリボリと胸をから掻きながらなんとなく呟いた一言。
それに反応したのか今まで何もなかった空間に、下敷きほどの大きさの半透明の物体が出現する。
「ウッブ、びっくりした」
急に現れたせいで変な声が出た。
さっきはダメだったのになんで今は出来るたんだろうか?
さっきとの違い。
1回目の「ステータスオープン」は「ステータス」と「開く」という別の意味の単語を組み合わせた文章。
それに対して2回目は「ステータス」と言う単語とそれを装飾する「なぁ」という意味を持たない言葉。
1回目は別の言葉として認識されて、2回目はステータスとしてちゃんと認識されたのだろう。
表示されたステータス画面に一通り目を通す。
職業や能力をざっと頭に入れてから右上のバツマークを押して閉じてから再度口を開く。
「ステータス」
何も出てこない。
恥ずかし。口に出してはいなかったとはいえドヤ顔で考察していたのに、的外れだったようで再度ステータス画面は開かれなかった。
再度ステータスを開けた理由を考える。言葉じゃないなら他の原因があるのだろう。
なんだろうか、言葉以外、行動だろうか?1回目も2回目も鏡の前に立っていた。
1回目は鏡の前で服をめくった後でステータスと口に出した。
2回目は、対して1回目と変わらない。鏡の前でめくった服を戻さずにステータスと口にした。
違いがわからない。
「うーん」
さっぱりわからない。そんな前のことでも難しいことでもないはずなのに煮詰まってしまった。
こう言う時は完全に忘れない程度に頭の隅に置いといて、他のことをしているとふと気づいたりするものだ。
まだ夢かもしれない、そんな淡すぎる期待を胸に振り返る。
姿見のすぐ近くにある両開きの扉ではなく、姿見のちょうど真後ろにある扉へと向かう。
金属製の丸い形をしたひねって開けるタイプのドアノブが付いた扉を開けた先は、タイルばりのそこそこの大きさのへやで、陶器で作られた便器と浴槽が置かれている。
中世と同じくらいの世界観で水を湯水のように使う施設が二つ。
しかもここは記憶通りであれば二階の1番奥の部屋だ。邸宅の主人に相応しい部屋といえるほどの豪華さだ。
これもゲーム内で使用していた本拠点と違いはない。
それから浴室を出てこの部屋を出る扉へと向かう。
かんぬきのように棒を両開きの扉を跨ぐようにかけておくだけの簡単な鍵を開け、廊下に出る。
視線の先には両手を広げてもまだ届かないほど広い廊下が広がっている。
廊下を挟むように部屋のある廊下は天窓も無いにも関わらず明るいのは発光する特殊な水晶が飾られているからだ。
一つでTier3の装備が一パーツ買えるほどの値段がするものが大量に飾られているのを見たら、人によっては卒倒するだろう。
十を超える部屋の一番手前の右の扉に手をかけ、開こうとしたところで止まる。
ここは確か僕が唯一個人保有している女性労働者の部屋だったはずだ。
部屋の中にその労働者がいないとも限らないし、もしいたとしても女性の部屋に入るのはいかがなものか。
ゲームとしてApostle Onlineを遊んでいた時は気にもしなかったけれど、いまはApostle Onlineの世界が現実になっている可能性がある以上、邸宅も女性の身柄も両方僕所有だとしても勝手に入るのは憚られる。
コンコン
数瞬悩んだ後ノックをして少し待つ。
応答がない。
コンコン
再度、今度は先ほどより少し強めにノックをして返答がないのを確認する。
万が一今いる場所がApostle Onlineの世界の中で、中に秘書がいた場合確実に問題になる。
ここがゲームの中の世界の可能性があり、身内である秘書との関係が悪くなる可能性がある以上入るのはやめておこう。
僕がもし彼女の立場だったとしても勝手に入られるのは嫌だし、豪邸の他の部屋を全て見た後でも遅くはない。
そして秘書の部屋の向かいの部屋、竜人部屋の扉の前に立ちノックをする。
コンコン
こちらも応答がない。そもそも部屋に人はいないのだろうか。
再度ノックをして応答がないのを確認してから別の部屋へと向かう。
先程の二つの部屋以外は主人がいない。
そのため躊躇もなく扉を開けるとそこには非常に質素な空間になっている。
クローゼットに一対のテーブルと椅子、一人で寝るには大きいものの、二人で寝るには少し小さい程度のサイズのベット、部屋のサイズは五畳か六畳程度だろうか。
壁にはハンガーのかかっているハンガーかけと、廊下にもあった発光する水晶が飾ってあり、これも記憶通りだ。
扉を閉じ、残り全ての部屋を確認する。
他の部屋は最初に見た部屋と変わらず質素な作りになっており、必要最低限のものがあればええやろ、と言う購入当時の僕の思想が透けて見えるようだ。
そのまま階段まで歩いて行き、階段の手前の空間に視線をやる。ここは隣り合う二つの部屋を潰して広々とした談話室のように使える空間になっている。
今までの部屋とは比べられないほどに質が良いことが一眼でわかる、柔らかそうな布張りのロングチェアやシングルチェアがあり、低めのテーブルに二階であるにもかかわらず暖炉まである。
冬であればこの豪邸に住んでいる人物たちが就寝前に集まりわいわいと談笑するであろう空間は、この豪邸を購入した直後、まだソファなどが揃っていない頃に一度来客に見せた以外で使用されていないのか、埃はかぶっていないもののヨレのない新品同様の姿をしている。
ロングチェアの真ん中に腰を下ろし窓の外に視線をやる。
窓の端にはまだまだ低い位置に太陽があり、正門と街路を挟んだ向こうの豪邸の煙突からは煙が上がっているのが見える。
どちらかと言えば肌寒い気温と、起きた時が薄暗かったのを考えれば十中八九、朝だろうということがわかる。
腰をかけた体が沈むほどに柔らかいロングチェアから立ち上がり階段を降りていくとほんのりと、気のせいかもしれないほどほんのりと美味しそうな匂いが漂ってくる。
今まで人がいる雰囲気が全くしたかったからかどこか不気味さを感じていたのだろう。少し安心したのか先ほどとは違い少し足取りの軽くなったのを感じながら階段を降りる。
少しずつ良い匂いが強くなってきた。
階段を降りてすぐの食堂と扉の前にくる。
立ち止まり少しだけ深く息を吸う。
尾の扉の向こうにはおそらく人がいる。
秘書と竜人の二人。
もし二人ではなく片方だけであったとしても、動いて食事でもしていたらもう言い逃れはできない。
Apostle Onlineの世界の中に来てしまったとほぼ確定する。
同時に日本に住んでいた頃の家族や友人などの身内との訣別でもある。
頼む、いや今更祈っても変わらないのはわかる。けれどここが夢でも幻でも良い、現実ではない可能性を高める何かがあってほしい。
そう願う。
意を決して高さ三メートルはありそうは大きな両開きの扉を開ける。
そこには誰も、何もなかった。
いやテーブルや十六人は座れるであろう数の椅子はあるものの、ただの部屋だ。
ここにいなかったとしてもほんの少しの間結論を先送りにしただけなのだが、あからさまに全身を安堵の感情が駆け巡る。
そしてここにいないのであればこの部屋の右にあるキッチンに確定した。
食堂の扉を閉め、食堂とキッチンをつなぐ扉の前に立つ。
今度は階段を降りていた時の足取りの軽さが嘘のように体が重い。
とんでもなく緊張している。
バクバクとうるさい心臓、握りしめた手からは汗が滲み出ている。
数度深呼吸をした後、意を決して扉を開く。
「かなり煮えてきましたし、そろそろ味付けをして良い頃合いですね」
僕の視線の先、テーブルの向こうには二人の女性が穏やかな談笑をしながら立っていた。
ズキズキと痛む頭に手をやりながら目を開く。見覚えのない天井だ。
痛みのせいか、寝起きだからか何も思い出せず状況確認のためにも体を起こす。
今まで霞む視界を左右に振りながら薄暗い周りを確認する。
今横になっていたベッドはかなり大きい、いわゆるキングサイズという奴だろうか。
枕も大小系六個、そしてお姫様ベッドの様にカーテンがかかっている。
ずりずりとベッドの上を移動してカーテンを開け外を確認する。
このベッドのある部屋はかなり広い、リビング用してもいいほどだ。
豪華な部屋ではない、けれど質素という訳でもない。堅実な落ち着いた雰囲気の部屋だ。
どこかで見たことが、、、思い出した。
ここはApostle Onlineの本拠点だ、悪ノリして買ったこの馬鹿でかいベッドも、お金があってもギラギラしたのは好みじゃないからと堅実な家具を選んだのも、そんなに前のことじゃない。
先ほどまでの痛みが嘘のようにスッキリとした頭で考える。
昨日、僕はApostle Onlineの公式生放送を見ていた、それは間違いない。
それからアンケートに答え、スクリーンから溢れ出す光に飲み込まれたところが最後の記憶だ。
ならその時に意識が飛ぶなりしたんだろう。
そしてこの状況。
足が動かないにも関わらず動こうとして転倒、そのまま入眠していまの夢を見ている、それが一番現実的。
が、これはおそらく違う。なぜなら痛みがあったから。痛みのある夢を見たことがない訳ではないけれど、そういう時に感じる痛みとは種類が違った。
それに夢の中特有の霞がかったような雰囲気はないし、今まで見てきた夢のなかの僕は率直に言って馬鹿だった。
夢の中の僕は思慮深い行動なんてしないし、今の現状が夢であるなんて微塵も考えない。
だからおそらくこれは夢ではない。
二つ目
Apostle Onlineの公式生放送ではこれまでにない大型アップデートだと言っていた。ならフルダイブ型のゲームになった可能性。
これは、おそらくないと思う。
僕はフルダイブの知識はないから正確な根拠がある訳ではないのだけれど、今周りにある物体、自分を含めた物質の見た目が非常にリアルだ。
3Dゲームはどれほど美麗なグラフィックでもポリゴンという存在から切り離すことはできない。
ポリゴンというのは、三角形または四角形の小さな板のことを言う。
このポリゴンを大量に集めて一つの物体、モデルを作る。
そしてそのモデルの表面にテクスチャと言われる絵を貼ることによって僕たちが普段見ているゲームの世界になる。
にも関わらず、そのポリゴンの存在を感じないほどに滑らかな曲線をしている。
とんでもなくハイポリ、大量のポリゴンが使われているため僕には認識できない可能性もあるけれど、そうなったら今度は感覚があることに説明がつかない。
何度も言うが僕は専門家ではないから実際には問題ないのかもしれないけれど、感覚を機械で操作すると言う行為に安全性があるとは思えない。
それにここまで高度なフルダイブという行為を行うのに必要なことがあの強力な光だけとは俄に信じがたい。
けれどフルダイブ型のゲームになったという選択肢だけを見るとまだ現実的ではある、けれど状況証拠的にあり得ないが僕の推測。
最後に本当にゲームの世界に来てしまったという選択肢。
運営の言葉と前の二つの可能性を除外する以上逃れなれない選択肢だ。
扉の近くに置いてあるクローゼットの隣にある姿見の前に立つ。
この顔、記憶にあるゲーム内アバターにそっくりだ。
普通の人間ではまず見ないほどに高い頭身、男にしては長い足、短く切り揃えられた黒い髪に青い瞳。
服をめくって体を確認する。女性であれば胸の谷間の部分に、男性であれば左胸の上にある刺青のような模様。
これは使徒の証だ。プレイヤーなら誰でもこれが刻まれている。
そういえば最後の質問で竜人を指定したのだけれど、体に鱗が生えているというわけではない。
そこは反映されなかったのだろうか。
「ステータスオープン・・・」
何も起こらない。
こういうゲーム内転移?転生?ではよくある文言を口にしてみたものの何も起こらない。
使徒であることを証明する刺青はあるのだからステータス観覧は出来るはずなのだけれど、やり方が違うのだろうか。
そもそもゲーム中はエスケープキーを押し込むだけで表示出来たから他に思いつかない。
使徒である事での利点は主に二つ、一つ目はステータス観覧、二つ目は転生ができるという事。
一つ目はやり方が分からず、二つ目は現状出来るのかも分からない。
ゲーム内に転移してしまった、という最悪の状況を想定して動くなら、自身の身を守るにもこの世界で優位に動くためにもステータス観覧は出来るようにしておきたい。
「ステータス、なぁ」
ボリボリと胸をから掻きながらなんとなく呟いた一言。
それに反応したのか今まで何もなかった空間に、下敷きほどの大きさの半透明の物体が出現する。
「ウッブ、びっくりした」
急に現れたせいで変な声が出た。
さっきはダメだったのになんで今は出来るたんだろうか?
さっきとの違い。
1回目の「ステータスオープン」は「ステータス」と「開く」という別の意味の単語を組み合わせた文章。
それに対して2回目は「ステータス」と言う単語とそれを装飾する「なぁ」という意味を持たない言葉。
1回目は別の言葉として認識されて、2回目はステータスとしてちゃんと認識されたのだろう。
表示されたステータス画面に一通り目を通す。
職業や能力をざっと頭に入れてから右上のバツマークを押して閉じてから再度口を開く。
「ステータス」
何も出てこない。
恥ずかし。口に出してはいなかったとはいえドヤ顔で考察していたのに、的外れだったようで再度ステータス画面は開かれなかった。
再度ステータスを開けた理由を考える。言葉じゃないなら他の原因があるのだろう。
なんだろうか、言葉以外、行動だろうか?1回目も2回目も鏡の前に立っていた。
1回目は鏡の前で服をめくった後でステータスと口に出した。
2回目は、対して1回目と変わらない。鏡の前でめくった服を戻さずにステータスと口にした。
違いがわからない。
「うーん」
さっぱりわからない。そんな前のことでも難しいことでもないはずなのに煮詰まってしまった。
こう言う時は完全に忘れない程度に頭の隅に置いといて、他のことをしているとふと気づいたりするものだ。
まだ夢かもしれない、そんな淡すぎる期待を胸に振り返る。
姿見のすぐ近くにある両開きの扉ではなく、姿見のちょうど真後ろにある扉へと向かう。
金属製の丸い形をしたひねって開けるタイプのドアノブが付いた扉を開けた先は、タイルばりのそこそこの大きさのへやで、陶器で作られた便器と浴槽が置かれている。
中世と同じくらいの世界観で水を湯水のように使う施設が二つ。
しかもここは記憶通りであれば二階の1番奥の部屋だ。邸宅の主人に相応しい部屋といえるほどの豪華さだ。
これもゲーム内で使用していた本拠点と違いはない。
それから浴室を出てこの部屋を出る扉へと向かう。
かんぬきのように棒を両開きの扉を跨ぐようにかけておくだけの簡単な鍵を開け、廊下に出る。
視線の先には両手を広げてもまだ届かないほど広い廊下が広がっている。
廊下を挟むように部屋のある廊下は天窓も無いにも関わらず明るいのは発光する特殊な水晶が飾られているからだ。
一つでTier3の装備が一パーツ買えるほどの値段がするものが大量に飾られているのを見たら、人によっては卒倒するだろう。
十を超える部屋の一番手前の右の扉に手をかけ、開こうとしたところで止まる。
ここは確か僕が唯一個人保有している女性労働者の部屋だったはずだ。
部屋の中にその労働者がいないとも限らないし、もしいたとしても女性の部屋に入るのはいかがなものか。
ゲームとしてApostle Onlineを遊んでいた時は気にもしなかったけれど、いまはApostle Onlineの世界が現実になっている可能性がある以上、邸宅も女性の身柄も両方僕所有だとしても勝手に入るのは憚られる。
コンコン
数瞬悩んだ後ノックをして少し待つ。
応答がない。
コンコン
再度、今度は先ほどより少し強めにノックをして返答がないのを確認する。
万が一今いる場所がApostle Onlineの世界の中で、中に秘書がいた場合確実に問題になる。
ここがゲームの中の世界の可能性があり、身内である秘書との関係が悪くなる可能性がある以上入るのはやめておこう。
僕がもし彼女の立場だったとしても勝手に入られるのは嫌だし、豪邸の他の部屋を全て見た後でも遅くはない。
そして秘書の部屋の向かいの部屋、竜人部屋の扉の前に立ちノックをする。
コンコン
こちらも応答がない。そもそも部屋に人はいないのだろうか。
再度ノックをして応答がないのを確認してから別の部屋へと向かう。
先程の二つの部屋以外は主人がいない。
そのため躊躇もなく扉を開けるとそこには非常に質素な空間になっている。
クローゼットに一対のテーブルと椅子、一人で寝るには大きいものの、二人で寝るには少し小さい程度のサイズのベット、部屋のサイズは五畳か六畳程度だろうか。
壁にはハンガーのかかっているハンガーかけと、廊下にもあった発光する水晶が飾ってあり、これも記憶通りだ。
扉を閉じ、残り全ての部屋を確認する。
他の部屋は最初に見た部屋と変わらず質素な作りになっており、必要最低限のものがあればええやろ、と言う購入当時の僕の思想が透けて見えるようだ。
そのまま階段まで歩いて行き、階段の手前の空間に視線をやる。ここは隣り合う二つの部屋を潰して広々とした談話室のように使える空間になっている。
今までの部屋とは比べられないほどに質が良いことが一眼でわかる、柔らかそうな布張りのロングチェアやシングルチェアがあり、低めのテーブルに二階であるにもかかわらず暖炉まである。
冬であればこの豪邸に住んでいる人物たちが就寝前に集まりわいわいと談笑するであろう空間は、この豪邸を購入した直後、まだソファなどが揃っていない頃に一度来客に見せた以外で使用されていないのか、埃はかぶっていないもののヨレのない新品同様の姿をしている。
ロングチェアの真ん中に腰を下ろし窓の外に視線をやる。
窓の端にはまだまだ低い位置に太陽があり、正門と街路を挟んだ向こうの豪邸の煙突からは煙が上がっているのが見える。
どちらかと言えば肌寒い気温と、起きた時が薄暗かったのを考えれば十中八九、朝だろうということがわかる。
腰をかけた体が沈むほどに柔らかいロングチェアから立ち上がり階段を降りていくとほんのりと、気のせいかもしれないほどほんのりと美味しそうな匂いが漂ってくる。
今まで人がいる雰囲気が全くしたかったからかどこか不気味さを感じていたのだろう。少し安心したのか先ほどとは違い少し足取りの軽くなったのを感じながら階段を降りる。
少しずつ良い匂いが強くなってきた。
階段を降りてすぐの食堂と扉の前にくる。
立ち止まり少しだけ深く息を吸う。
尾の扉の向こうにはおそらく人がいる。
秘書と竜人の二人。
もし二人ではなく片方だけであったとしても、動いて食事でもしていたらもう言い逃れはできない。
Apostle Onlineの世界の中に来てしまったとほぼ確定する。
同時に日本に住んでいた頃の家族や友人などの身内との訣別でもある。
頼む、いや今更祈っても変わらないのはわかる。けれどここが夢でも幻でも良い、現実ではない可能性を高める何かがあってほしい。
そう願う。
意を決して高さ三メートルはありそうは大きな両開きの扉を開ける。
そこには誰も、何もなかった。
いやテーブルや十六人は座れるであろう数の椅子はあるものの、ただの部屋だ。
ここにいなかったとしてもほんの少しの間結論を先送りにしただけなのだが、あからさまに全身を安堵の感情が駆け巡る。
そしてここにいないのであればこの部屋の右にあるキッチンに確定した。
食堂の扉を閉め、食堂とキッチンをつなぐ扉の前に立つ。
今度は階段を降りていた時の足取りの軽さが嘘のように体が重い。
とんでもなく緊張している。
バクバクとうるさい心臓、握りしめた手からは汗が滲み出ている。
数度深呼吸をした後、意を決して扉を開く。
「かなり煮えてきましたし、そろそろ味付けをして良い頃合いですね」
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