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第16話 時坂杏奈と聖なる武器

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【登場人物】
時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。勇者。
ジン=レイ……二十四歳。ユーレリア神教ワルダラット支部所属の神務官じんむかん


「お? 登場人物紹介に勇者って入った! なんかテンション上がってきたーー!」

 杏奈は何も無い空を見ながら、小さくガッツポーズを取った。


 移動した先は、左右を木々に囲まれた、石畳の上だった。
 杏奈は周囲を見回し、状況を確認する。
 どうやら、参道の入り口に転移したようだ。
 
 目の前にある、高さ、五メートルはありそうな巨大な木製の大門おおもんが開けっ放しになっている。
 そしてその奥、門を通して見える建物の幾つかで、炎が上がっている。

 けむい。
 急いで門をくぐる。
 そこでは、空を飛ぶ魔物とこんを持った神官たちとの間で、激しい戦闘が繰り広げられていた。

 ジェルデランドからの山道で戦った魔物と同じ種類だ。
 確か、中位魔族のクトニアデーモンと言っていた。
 
 杏奈は走りながら、左手首を振った。
 スリングショットが一瞬でセットされる。

 と、杏奈は視界の隅に違和感を感じ、左腕を見た。
 いつの間にかスリングショットの軸に何かの紋様もんようが刻まれ、それが薄っすら白く光っている。
 今までこんな紋様無かった。 
 これが女神の奇跡なのだろう。
 
 杏奈は腰袋から鉄球を掴み、セットした。
 立ち止まって、ちょうど飛んでいたクトニアデーモンに狙いを定める。

 シュート!

 ただの鉄球がまばゆい光を放って飛んだ。
 デーモンに当たる。
 次の瞬間、デーモンが爆散した。
 
「強っ!」

 昼間の結果とは大違いだ。
 これなら戦える。
 杏奈は走りながら、デーモンを見つけ次第、爆散させていった。
 
 途中、杏奈は倒れた神官の中に、見知った顔を見つけた。
 旅団を警護していた中の一人の、若い神務官じんむかんだ。 
 慌てて駆け寄る。
 まだ生きている。

「ちょっとあんた、大丈夫?」
「あ、あぁ、杏奈さん。あなた、なぜこんなところに?」
「わたしのことはいいわ。動ける?」
 
 杏奈に起こされた神務官が、疲れた顔を向ける。
 
「大した傷じゃありません。魔物の攻撃で打撲を負っただけです。しばらくすれば動けるようになるでしょう。それよりも、本殿でジン様が戦っているはずです。あそこには、神殿に代々伝わってきた聖武器があります。魔物の狙いはおそらくあれです。わたしは大丈夫。それより、ジン様の加勢をお願いします」
「分かった。あんたはここで休憩してなさい」

 杏奈は若き神務官をそこに残し、先に進んだ。
 
 ユーレリア神教の本山は、クリル山にある。
 ワルダラット領で、一番高い山だ。
 入り口から本殿まで、階段を何段も登っていく必要がある。
 その為、高低差がかなりある。

 今の杏奈は、疲れにくい体になってはいるが、一気に登るのは、さすがに体にこたえる。

 杏奈は、階段を登り切る直前、足を止めた。
 踊り場で息を整えながら、腰の皮袋を確認する。
 ここまで上がってくるまで、魔物相手に撃ちまくったから、ほぼカラだ。
 
 杏奈は背負ったリュックから鉄球袋を、二つ出し、新たにベルトに結わえ付けた。
 ここからは乱戦になる。
 リロードの時間が取れるかどうか。

 杏奈は覚悟を決めて、最後の数段を一気に駆け上った。
 目の前の広場に一際大きな魔物がいる。
 身長、五メートルはありそうだ。
 口から特大級の炎を吐きながら、巨腕を振り回し、神官たちを吹っ飛ばす。
 
 一般に、デーモンを率いる指揮官をディアボロスと呼ぶ。 
 おそらくこれが今回の襲撃のボス、ディアボロスだろう。
 神官たちが取り囲みつつ戦っているが、あまりダメージを与えられてはいないようだ。
 むしろ、神官たちの消耗が激しい。
 みな、満身創痍だ。

 杏奈はすぐさま、スリングショットを構え、放った。
 右腕に当たって鉄球が爆散する。

『ガアァァァァァァア!』
 
 ディアボロスが怒りの雄叫びをあげ、杏奈の方を振り返る。

 右腕が千切れ飛んでいる。
 爆散を狙ったが、敵の防御力の高さゆえか、ダメージは右腕だけに留まっている。

 だが杏奈は嫌な予感がして、ディアボロスの様子を注意深く確認した。
 ディアボロスの無くなった腕の断面が何やら蠢いている。
 わずかずつではあるが、再生している?

 やはり、今まで戦ったデーモンより階位が上なようだ。
 強化しても、相手のレベルが上がればこんなものか。
 更に何発か当てなくては。

『現れたな、勇者め! ここで殺してやる!』

 ディアボロスが怒りの形相ぎょうそうで杏奈をにらむ。
 言葉が理解出来るらしい。
 杏奈も負けずに睨み返す。

「杏奈さん!」

 ジン=レイが駆け寄ってくる。
 見た感じ、ジンの消耗も激しそうだ。
 敵の火炎攻撃のせいか、顔が黒く汚れている。

「わたしがあいつを引き付ける。あんたはその間に聖武器ホーリーウェポンを取りに行って」
「杏奈さん! なぜ聖武器のことを知ってるんです?」
「女神から聞いたのよ。ここの神殿に伝わる大切な武器なんでしょ? ちょうどいいわ。あんた、使いなさいよ」
「わたしが?……分かりました、試してみます。ここをお願いします!」
「ほいほーい、いってらっさーーい。さてと。もうひと踏ん張りしますかぁ」

 
神儀官オヤジ!」
「おぉ、ジン! 生きておったか」

 本殿の中にもデーモンが入り込み、戦闘が繰り広げられていた。
 だが、さすがに奥殿だけあって、位の高い神官が集まっており、なんとか均衡を保っている。
 ジンは、金色の衣を着た人物、神儀官の元に走った。

「デーモンの狙いは聖武器だ。女神の託宣を受けた女性が、オレに使えと言っている。オヤジ、宝物殿に入っていいか?」
「女神の託宣?……まさか、勇者なのか?」
「分からない。だが、やってみる価値はあると思う」

 神儀官ロン=レイと息子ジン=レイの目が絡み合う。

「分かった。一緒に来い」

 ジン=レイは父、ロン=レイに連れられて、宝物殿に向かった。


「いい加減、倒れなさいよ!」

 杏奈が走りながら叫んだ。
 ディアボロスは空を飛びながら、巨大な炎弾を吐いてくる。
 小賢こざかしくも、杏奈の射程距離には入って来ない。
 知能がある敵は厄介だ。

 杏奈は、木や建物の遮蔽物を利用してスリングショットを撃った。
 やはり届かない。
 どうする。
 
 鉄球を取ろうと、杏奈の右手が腰袋の中を泳ぐ。
 無い。
 ヤバい、急いでリロードをしなくては。
 慌てて背負ったリュックを下ろす。

 ディアボロスは、そのすきを見逃さなかった。
 高空から一気に杏奈の元に飛んでくる。
 飛びながら巨大な拳を思いっきり振りかぶるのが見える。
 ヤバい!
 杏奈の視界いっぱいに、ディアボロスが迫った。


「……持てないじゃないか」
「……あっれぇ?」

 宝物殿の奥に黒檀こくたんで作られた刀掛台かたなかけだいがあり、そこには、二メートルほどの長さの、漆黒の棍が置いてあった。
 パっと見、ただ置いてあるだけだ。
   
 だが、試しにジン=レイが取ろうとするも、これが重くて取れない。
 たかが、二メートルの棒なのに、びくともしない。
 まるで強力な磁石で棍と台がくっついているかのようだ。

「え? オヤジ、これ、本物?」
「いやいやいやいや、本物だって!」

 慌てる親子が二人して刀掛台と格闘しているまさにその時。
 
 ドッカーーーーーーン!

 宝物殿の屋根をぶち破って、何かが飛び込んできた。

「あいたたたたたた。あーー、言うほど痛くないけど」
「杏奈さん!」

 飛び込んできたのは、杏奈だった。
 杏奈は尻もちをついたまま、服をポンポン叩いて、埃を落とした。
 ロン=レイが呆然とした表情で、屋根に空いた大穴を見上げている。
 それを後目しりめに、ジン=レイが駆け寄り、杏奈を起こす。

「ごめんね、ジン。屋根壊しちゃった。あはは」
「いや、屋根なんかどうでもいいですよ。お体は大丈夫ですか?」
「ん? うん、全然平気。こう見えて、体、丈夫なのよ、わたし」
「丈夫ってレベルでは無いような……。あぁそうだ、杏奈さん。やっぱりこれ、持てませんよ」
「持てない? どれ?」

 杏奈は刀掛台に近寄り、掛かっている棍をヒョイっと持ち上げた。
 ジン、ロン親子の目がまん丸になる。

「ほれ」

 杏奈が、ジンに棍を放る。
 受け取りそこねて、棍が宝物殿の木製の床板を突き破った。
 棍は、床をぶち抜き、建物の下の地面に突き刺さっている。

「あーー! あーーーー! あーーーーーー!」

 神儀官ロン=レイがその場にガバっと伏せ、泣きそうな顔で、至近距離から穴を見つめる。

「ありゃりゃ。ごめんなさーーい」

 杏奈が苦笑いを浮かべる。

 ジンが引っこ抜こうとするも、まるで動かない。

「え? 本当に持てないの?……おっかしいなぁ。ユーレリアは確かに、勇者に認められし戦士用って言ってたけどなぁ。なんで……あぁ、そっか。そういうことか」
「何です?」

 ジンが杏奈の方に振り返る。
 刺激臭が漂ってきて、杏奈はわずかに顔をしかめた。
 杏奈が宝物殿に突っ込むまでにも、散々格闘したのだろう。
 ジンから、汗とほこりでムワっとする臭いが漂ってくる。
 
 杏奈は臭いを我慢しながら、ヒョイっと棍を床から引き抜くと、ジンに向かって差し出した。
 ジンの目が、杏奈と棍とを行ったり来たりする。

「ジン=レイ。あんたを、わたし、勇者・時坂杏奈のパーティメンバーにスカウトするわ。この武器を使って、わたしの冒険の手助けしなさい」

 なぜか、杏奈が上から目線でジンに命令しつつ、棍を手渡した。
 途端に、棍が軽くなった。

 チャチャチャチャチャチャ、チャチャチャチャチャチャ、チャラララッラ、チャンチャンチャンチャンチャーンチャーーン。

「ん? 何の音ですか?」
「なにも聞こえないわよ」

 杏奈は、響き渡ったファンファーレをガン無視した。
 ジンはキョロキョロ辺りを見回していたが、音の発生源を特定出来ず、
 困惑気味に頭を降る。 
 そして、信じられないくらい軽くなった棍をその場で軽く振った。

 ジャキーーーーン!

 と、棍の両端から刃物が飛び出す。
 棍ではない。
 これは、両剣ダブルセイバーだ。
 刃がほんのり光を帯びている。

「なんで……」

 ジンが呆然と両剣を見る。

「勇者が仲間として認めることが必要だったってこと。まったく、大仰おおぎょうなことよね。メンドクサ。にしても、それ、棍じゃなくって両剣だったのね。なんか強そうじゃない。それあげるんだからしっかり働いてよね」
「あげるもなにも、元からこの神殿のものなんですけどね……」

 ジンが苦笑する。

「持ってるだけで力が湧いてくる。これが聖武器か。杏奈さん、やれそうです。行きましょう!」

 ジンは両剣を軽く振り、杏奈に向かって、力強くうなずいた。
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