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第17話 時坂杏奈と聖両剣

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【登場人物】
時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。勇者。
ジン=レイ……二十四歳。ユーレリア神教ワルダラット支部所属の神務官じんむかん
ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。  


「なんていうの? わたしもほら、勇者としてね、認められたっていうか」

 杏奈は何も無い空を見ながら、ドヤ顔をしてみせた。


『待っていたぞ。聖武器の力を試してやる。かかってこい』

 杏奈とジンが宝物殿から出ると、正面にディアボロスが立っていた。
 杏奈が吹っ飛ばした右腕が、完全に再生している。
 
「ご指名のようですので、行ってきます」
「ほい、いってらっさい」

 杏奈に見送られたジンがディアボロスに向かって歩きながら、
 体に沿って両剣を回し始める。
 最初はブンブン重い音がしていたのが、スピードが乗ったからか、段々、ヒュンヒュン軽い音に変わっていく。
 それに伴い、両剣の白色の発光が強くなってくる。

 慣らし運転が終わったのか、ジンはディアボロスの前で、ビシっと動きを止めた。
 武闘家だけあって、一分の隙も無い。

「ユーレリア神教神務官じんむかん、ジン=レイ、行かせていただきます」
『我が炎の拳を受けて消しずみになれ。炎熱拳ヒート!』

 ディアボロスの炎を帯びた拳の連打がジンを襲う。
 ジンが両剣をグルグル回しながら、その攻撃を全て受け切る。
 ディアボロスの直線攻撃とジンの回転攻撃。
 ディアボロスの拳も、ジンの剣先も、あまりに早すぎて見えない。
 どれだけの速度で撃ち合っているのか、既に目で追えないレベルだ。

「おぉ、凄い凄い。ジンってば、あんなに強かったんだ」

 宝物殿の入り口に座って観戦していた杏奈が、思わず感嘆の声をあげる。
 
「いや、息子はあんな動き出来なかった。聖武器によって身体能力が強化されてるのでしょう。女神の加護です」
「息子? あぁ、あなたたち、親子だったの。言われてみりゃ、よく似てるわね」

 神儀官のロン=レイが杏奈の隣に座る。

「どう? 勝てそう?」
「あの様子なら勝てるでしょう。ただ……その後が大変でしょうな」
「え? どういうこと?」

『おのれ、ちょこまかと。これで終わりにしてやる! 巨拳スマッシュ!』

 ディアボロスが左腕を前に、右拳を後ろに思いっきり引く。
 右腕の筋肉があり得ないほど盛り上がり、血管が浮かぶ。
 これだ。
 杏奈もこれで、百メートル吹っ飛ばされた。

 ジンは、聖武器による女神の加護が付いたとはいえ、防御力は一般人に毛の生えた程度だ。
 杏奈の無敵防御には遠く及ばない。
 まともに当たれば、内臓破裂程度では済まないだろう。
 必殺の右拳が来る!
 だが。
 
 ディアボロスの左腕がゆっくりずれ、その場に落ちた。
 その場にいた全員の視線が集まる。
 ディアボロスの二の腕から先が綺麗に切れ、その場に落ちている。
 次の瞬間、切れた断面から勢いよく血が噴き出した。
 赤い。
 デーモンも血は赤いらしい。

『なんだこれはぁぁぁぁ!』

 ディアボロスが右手で左の二の腕を押さえながら絶叫する。

すきを見せてくれてありがとうございます。でも、まだまだ行きますよ!」

 ジンは聖両剣の回転を止めずに、ディアボロスの懐に飛び込んだ。

 次の瞬間、ジンの動きが残像と化した。
 デーモンの肉体をも切り裂く聖なる刃が、カマイタチをまとい、ディアボロスの体をズタズタに切り刻む。
 まるで竜巻だ。

『がぁぁぁぁあ! ただの人間ごときにぃぃぃ!』

 体をズタズタに引き裂かれたディアボロスが、その場にゆっくり倒れた。
 その動きに合わせ、ジンの動きも遅くなり、ゆっくり止まった。
 さすがに疲れたのか、荒い息を吐いている。

「あいてててててて」

 人間業にんげんわざで無いレベルの動きを強いられたからか、身体が悲鳴をあげているようだ。
 思わず拍手をしようとした杏奈の動きが止まる。
 ゆっくりとだが、ディアボロスが起き上がろうとしている。
 
 杏奈の攻撃からも、ゆっくりとだが再生した。
 ジンの攻撃による傷も、時間を掛ければ再生するだろう。
 ジンは、というと、よほど消耗したのか、まだ動けずにいる。

 杏奈は立ち上がり、スリングショットをセットした。
 腰袋に右手を突っ込んで、そこに鉄球が入ってないことに気付く。
 そうだった。
 リロードしないといけないんだった。

 背中に背負ったリュックを下ろそうとして、肩紐かたひもが無いことに気付いた。
 リュックが無い。
 ディアボロスのメガトンパンチを食らったときに、どこかに吹っ飛んだらしい。

 ヤバい。
 何か球の代わりを探さなくては。
 
 幸い、杏奈の装備しているスリングショットは、鉄球以外も発射出来る。
 極端な話、そこらへんに落ちている小石だって飛ばせる。
 だが、残念ながら、この近辺に小石は落ちていなかった。 

 杏奈はキョロキョロ辺りを見回した。
 あった、あれだ!

 杏奈は宝物庫に置いてあった、金色こんじきの女神像に目をつけた。
 全長、二メートルもある女神像だが、右手に剣を、左手に皿を持っている。
 その左手の皿に、虹色にじいろの玉がいくつも乗っている。
 スリングショット用の鉄球よりやや大きいが、発射出来ないサイズではない。 
 
 杏奈は虹玉を一個、むんずとつかんだ。
 玉には、なにやら字が書いてあるが、気にしない。
 スリングショットにセットする。

『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!』
「ちょ、ダメです! それは!」  

 杏奈の頭の中と横とで、同時に声がした。
 が、杏奈は気にせず、玉を発射した。
 
「ジン! 避けなさい!」

 ジンが疲れ切った目を杏奈に向けた。
 一瞬で状況を悟り、慌ててその場に伏せる。
 虹玉は、まばゆい光を発しながら飛び、ディアボロスに命中した。
 次の瞬間、一際ひときわ大きな光を放った。
 
 光が薄れて消えたとき、そこには何も無かった。
 まるで、空間ごと切り取られたかのように、ディアボロスの姿は消えていた。

「あぁ、なんてことしてくれたんですか」
「なによ、神儀官。息子を助けたのよ? お礼を言われるならともかく、抗議されるいわれはないわ」

 神官長ロン=レイが恨めしそうな顔をする。

「さっきの玉、何だか分かりますか?」
「知らない。なんなの?」

 杏奈の軽い返答に、ロンが深いため息を返す。

「遥かな昔。ここヴァンダリーアの創世紀の話です」
「長くなる?」

 杏奈の軽口に、ロンがジト目で返す。
 杏奈は首をすくめた。

「女神ユーレリアと魔神アークザインによる覇権争いがありました。女神が勝てば、地上はヒトのものとなり、魔神が勝てば、地上は魔族のものとなる、そんな争いでした。戦いは一ヶ月続きましたが、結果としては女神が勝ち、地上は無事、ヒトが暮らす地となりました。魔族は、わずかな痕跡こんせきを残すのみで、そのほとんどが地下、魔界にひそむこととなりました。このいくさ創世戦争そうせいせんそうと呼びます。この創世戦争で女神の使徒しととして戦った勇者が、十人いましたが、彼らは死したのち、その功績を認められ、女神によって、神の末席に加えられることとなりました。女神像は世界中に数多あまたありますが、デザインはどれもほぼ同じです。右手に持った剣が、女神が魔神と戦ったときに使用した剣を。そして左手で持った皿に乗った虹色のぎょく。古代ヴァンダリーア語で名前が彫ってありますが、これが勇者を現しているのです」

 最初、ポカンとしていた杏奈の顔が、みるみるうちに青く変わっていく。

「えっと、つまり、なに? 神像を弾丸たまとして使っちゃった、みたいな話?」
 
 ロンが重々しくうなずく。

「ヤバイじゃん、天罰くだっちゃうじゃん。あ、でも、当たったのはさっきのディアボロスだから、天罰くだるとしたらディアボロスの方? なら……いいのかな?」
「いいわけないでしょ!」
「でも、おかげで息子さん、助かったのよ? ならいいんじゃない?」
「いや、それとこれとは……」
「こう考えるのよ。今代こんだいの勇者であるわたしに、先輩勇者が力を貸してくれたのよ。うん、そうよ。だからあんなに強かったのね。でも、これ程の威力なら、ボス戦で大活躍してくれそうね。よし、勇者の名において、この虹玉、接収せっしゅうします。ありがたく思うように」

 言うが早いが、杏奈は、カラになっていた腰袋に勝手に残りの虹玉を入れ始めた。

「ちょちょちょちょ! 杏奈さん、わたしの話、聞いてました?」

 神儀官ロン=レイが、呆れた顔をした。

 
 それから二日後、杏奈と神務官ジン=レイは、ワルダラット城に向かっていた。
 魔族の襲撃で焼け落ちた本山の瓦礫撤去がれきてっきょをしていたので、出立に時間が掛かってしまったが、ようやく首都に行ける。

 神殿で早馬はやうまを出したらしく、ワルダラットに、すでに話は行っているそうだ。
 いわく、今代の勇者が現れたと。

 ワルダラットに着いたら、王様と話をして、四天王の塔攻略法を練らなくてはならない。
 
「そういえばその両剣、なんて名前なの?」

 ピーちゃんの背に揺られながら、ジンが背負った棒を見て言う。

「名前はありません。無銘むめいなんです。そうだ。杏奈さん、名付けてくれませんか?」
「わたしが? あ、そう。じゃあ……疾風迅雷しっぷうじんらいってのはどう? 聖両剣ダブルセイバー『疾風迅雷』」
「疾風迅雷ですか。不思議な語感だ。どういう意味ですか?」
はやい風や激しい雷って意味で、まぁ、嵐ってとこね。ディアボロス戦で、ジンの動きが嵐みたいに見えたから」
「いいですね、それ」

 ジンは、馬を歩ませながら、杏奈に向かって満足気に笑った。
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