落ちこぼれの魔獣狩り

織田遥季

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魔龍動乱

師匠

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「すまないビーディー。無駄な時間をとらせてしまった」

「別にいいけどよ……」

 ビーディーがシンピの横顔を窺う。
 一見普段通りに見えるその表情の奥底には、旧友だからこそ分かる哀しみがあった。

「……里に行こう。ここにもいねぇみたいだし、レオン達も心配だ」

「そうか。わかった」

 シンピの返事はどこか上の空に思えた。
 気持ちはわかる。
 だが、それを汲んでやれる程、状況が良いわけでもないことをビーディーは理解していた。

「おい」

 ビーディーが速足でシンピの目の前に立つ。
 下から睨みつけるようなビーディーの視線は、その可愛らしい容姿に似合わない、刃物のように鋭いものだった。

「集中しろ。半端な気持ちのままりあえる程ドラクルは甘くねぇ……お前もわかってんだろ」

「ああ……すまない」

 謝るシンピの声にいつもの覇気はなく、それがビーディーの苛立ちを加速させる。

「ウルフは死んだ。あいつはもうウルフじゃねえ。魔獣だ」

「…………わかってる」

 ビーディーのこめかみに青筋が浮かぶ。
 煮え切らないシンピの態度に腹を立てたビーディーは、彼女の胸ぐらを強く掴んで己に引き寄せた。

「おい……いい加減にしろよテメェ」

 シンピの瞳が僅かにうるんでいることが、この至近距離ならビーディーにもはっきりとわかる。
 だが、そんなことに構ってはいられない。
 彼女たちは、誇り高き魔獣王の元パーティーメンバーなのだ。

「昔の男が頭おかしくなったからか知らねぇがいつまでもウジウジしやがってよぉ……お前はあいつらの師匠だろ! 今! 弟子のためにも体張らなきゃいけねぇ時だってわかんねぇのか!」

 シンピの脳裏に、ララとレオン、そしてリンネの姿が浮かぶ。
 戦場に立つ、自慢の弟子達の姿が。

――そうだ、私は

「……その通りだな。ビーディー、ありがとう。おかげで目が覚めた」

「はッ! わかりゃいいんだよ……次に血迷った時は殺すからな」

「そうしてくれ。生き恥を晒すよりは余程いい」

 手の甲で荒々しく涙を拭う。
 ビーディーの目に映るシンピは、いつも通りの偉大なる魔女の姿だった。

「行こう」
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