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第1話 次の街まで

第1-3話 盗賊と

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○ 盗賊の襲撃

 この世界では、魔物やら獣やらが出没するので奪う方も奪われる方も大変だ。商隊側は、自衛のための戦力として強力な傭兵を雇っている。なので、盗賊は、相応の戦力を保有していないと商隊を襲わない。奪っても疲弊していたら魔物に襲われてしまうからです。ですから、商隊を襲うとしたらそれなりの装備と人数をそろえているはずです。そう聞いていました。しかも、そこまでの規模の盗賊はこの辺にはそう多くないので、大丈夫です。と、傭兵団の団長さんも言っていましたが、どうやらあてが外れたみたいですね。
「盗賊だー」の声が響き渡る。馬に乗っている時に狙わなかったのはなぜなのか。馬まで奪うつもりなのでしょうか。
 どうやら我々の馬車だけ少し離れて止めてあったので、本隊の方に気付かずに私の馬車を襲おうとしたところ、後ろにいた商隊に直前に気付いたため、方針を一部変えて、まっさきにうちの馬車を襲って人質にとってから本隊を襲うことにしたようです。
 しかし、囲んでから相手が困惑している。こんなはずではなかったみたいな顔をしている。当然こちらは、やる気満々である。なんか成功報酬が上乗せされるらしい。

 戦端は、当然のようにうちの馬車の周りから開かれた。まあ、弱い者を狙いあわよくば人質にと思うのが一般的な心理ですからね。
 しかし、察知していたのか、小柄な若い男の子が我々を守ってくれて第1波の攻撃はかわす事ができた。さらに加勢として傭兵団の団長さんが駆けつけてきてくれた。それを見たからなのか、他の馬車近くでも戦闘が開始された。
『どうするのじゃ』わくわくした感じがダダ漏れのモーラの声が頭に響く。
 こちらの戦力は、さっきの若い男の子と団長の2人だ、それに対して、相手は3~4人、しかし、技量の差か、防戦一方とはいえ、我々を守りながらなんとか防いでいる。守ってくれている2人は、なにげにコンビネーションが良く。私が入る事でタイミングを崩す事になりそうだ。
「モーラは、アンジーを守ってください。手を出さないでくださいね。まあ、目からビームを出すとかなら見られていなければ出しても良いです。」
「ビームって何じゃ。ああ、そんなことできるわけ無かろう。まあ、この体のままなら、できることは、土を盛り上げて壁を作ったりするくらいじゃがのう。」
「馬車に乗り込まれないようにしてください、敵が乗り込もうとしたら馬車の下の土を地震のように細かく揺らして歩けないようにしてください。」
「ほう、そういう手もあるか。わかった」
「私は、ちょっと試したい事があるので行ってきます。」
「おお、戦うのか。おもしろそうじゃのう」
「私は、戦うのも痛いのも嫌いなんですけどね。」
「誰しもそうじゃろう。じゃが無理するな。」
「では」
 私は、そう言って馬車を降り、周りを見回した。そこで私を見た一人の盗賊が、私が手に武器を持っていないのを見逃さず、剣を振り上げ突撃してきた。一撃をかわして右腕でボディを一発。拳には、空気を練った気玉を持っていて相手の体にぶつける。まあ、この世界に来て最初に投げたやつよりかなり軽く握って作ったので殺すほどではないと思うものだった。しかし、効果はやばかった。その盗賊は、腹を中心にくの字に空中に持ち上がり骨が折れる音がした。ありゃ、やばい、ちょっとやりすぎたかも。ちょっと調整しようと思いながら、その場から次の場所に移動します。たぶん、一人減っただけですが、この場所の形勢は逆転したはずなのです。ここの守りは、その男の子とリーダーに任しても大丈夫でしょう。次の加勢する場所を探して私は移動を始めました。
 馬車を奪われまいと戦闘している馬車の裏側に回ってみると案の定、奇襲するために忍び寄る影を確認しました。周囲の味方に見られていない事を確認して、足に動きを加速する魔法をかけ、左右にステップを踏むように移動して、まるで瞬間移動したように見せて近づいていく。
 馬車にとりつこうとしている敵が数人いて、一番手前の敵に私は近づき、その男は、気付いて剣を構え直したが、私が瞬間移動のように一気に間を詰めたので、不意を突かれてとまどっている。剣を握ったその男は、すぐ前の私をそのまま横に切ろうとバットを振るように剣をスイングさせる。その動きで空いた相手の脇に踏み込む。相手は、体を回して切りつけられず、空いた左脇に左腕でおなかにフックのように拳を繰り出す。ひるんで腕でかばおうとするが間に合わない。そこで、さっきは胸だったので慎重におなかに拳をあて、拳にまとわせた空気の圧縮したものを当てる。またも相手のからだが宙に浮く。胃液を吐いたようだ。やばい内臓まで壊しては死んでしまう。それはやりすぎだ。とりあえずやってしまったことはあとで反省するとして、次の相手に向かう。残像を残し、素早く相手に到達する。
 ひとり倒され、私が急に現れたのを見ておびえた顔にちょっと罪悪感がわくが、少しのためらいとともに、同じように腹部に拳を打ち込む。今度はもうちょっと威力は小さい。体をくの字にしているが、骨が折れた音も胃液を吐いたりもしていない。威力がこれくらいがいいのかな。私の右手は一生懸命空気をにぎにぎ握って練っていて、次の相手に到着する前にそれを左手の拳の甲に乗せる。ああ、実は私は左利きなのです。
 私が3人ほど倒した時、戦闘はほぼ終わったようで、盗賊は倒れている数人を残して撤退しました。
『うちの馬車は大丈夫ですか?』頭の中と実際の声が思わずでてしまいましたが、幸い周囲に聞いている人はいませんでした。
『なんか若い男の子が大活躍してくれたおかげで、馬車は大丈夫じゃったぞ。わしの活躍する機会がまったく無くて、つまらんかったわ』
 寂しそうな声ですが、あきらめて欲しいところです。大型化されたらそれこそ大騒ぎですよ。私は、自分の馬車が無事なのを確認してから、団長さんのところに向かう。
「ありがとうございました。」お辞儀をする。
「何を言っているんですか、反対側の盗賊を倒したのはあなたですよね。」
「はい、あちらが気づいていなかったので何とかなりました。」
「武器もなしにですか?」
「これです。」私は、拳を見せる。
「そうですか。そんなパンチを出せるとも思えませんが。」
「こうして、気を練るんです。」にぎにぎと手を握っておにぎりを作る。
「それをこう」そう言って近くの木に当てる。ボコッと音がして球形に樹皮が削られる。
「なるほど、魔法ではないのですね」
「はい、私の育った地方に伝わる技術です。」武術にあたる言葉がみつからなかった。
「そういうものですか。」
「魔法でこんな事ができるのですか?」知らないふりをする。
「いや、聞いた事はないですね。」
「そうですか、知らずに魔法を使っていたのかと思いましたが、やっぱり魔法ではありませんね、技術です。」
「はあ、そうですか。」そう2人は言いましたが、商人さんも団長さんもあまり納得していないようですねえ。
「さて、盗賊は捕まえた後どうするんですか?」
「まあ、殺すか魔獣が来たときに囮にするくらいですね」
「そうでしょうねえ」
「お願い」
 突然現れたうちの2人の女の子。また、子ども口調でモーラちゃん、というよりドラゴンさんがしゃしゃり出てきた。
「どうしたのかな」
 モーラに近づいて、団長さんが声をかける。団長さんあなたは、子どもに理解がありすぎるよ。
「盗賊さんを離してあげて。」モーラはそう言った。その切なそうな表情。とても演技とは思えませんねえ。
「どうして?悪い事をしたら報いを受けるんだよ。この人達のせいで死んだ人もいる・・・ああ、今回は、死んだ人はいないけど。確かにこちらもほとんどかすり傷程度の怪我しかしていませんねえ。」
「殺したらお姉ちゃんが悲しむの」
『はいいいいいいい?』私とアンジーが頭の中で叫ぶ。どういう冗談だ。
「そうよねお姉ちゃん。」モーラはそう言って私たちの方を振り向く。笑いが邪悪だ。
『これは、合わせないと行けないのかしら。』しぶしぶな声を出すアンジー
「あの、この人達には、私から話してみます。ですから猶予をもらえませんか。」
「ふむ。いいですけど、魔物が出たら囮にしますよ。まあ、囮と言っても置いて逃げるだけですけど。」
「はい、もしそうなるのなら、それはこの方達の運命ですから。」
「食料も厳しいのであまり食べさせられませんが。」
「それが彼らにとっての贖罪となりましょう。」
 アンジーは、そう言って祈りを捧げるように両手を組みあわせる。
 あら、表情と口調が変わりましたよ。天使様、本来の職務を思い出したんですか。しかし、その表情の変化を見て団長さんは、子どもに語りかける話し方から急に真面目な顔になり。
「わかりました。そうします。」と何やら殊勝な物言いになってしまいました。
 これには、同行する商人さんもびっくりです。何事か聞こえないように2人で話しています。あきらめたのか。商人さんは、
「この方達が反省するとは思いませんが、とりあえず殺す事はしません。ですが、このまま魔族に会わなければ、」我々をじっと見てから。
「このまま街まで連れて行く事になりますが。」
「はい、その時は、この方々の罪を許してあげてください。」アンジーが真摯な目でそう告げる。
「はは、何を言っているのですか、こいつらは、罪を許されるどころか、まだツキは落ちてないとか思ってまた犯罪を繰り返しますよ。これだから子どもは、」商人さんは周囲を見渡す。しかし誰も賛同しない。
「いいえ、決してそのような事はさせません。街に着くまでに私が話して理解していただきます。」
 まるで、子どもではない聖母様のような語り口だ。あきらかに商人さんは動揺し、団長さんは尊敬のまなざしだ。畏敬の念という言葉を思い出すくらいに。
『これで良いのかしらドラゴンさん』
『うまいのう、洗脳が』
『こういう形で使いたくないんですけど、しかも後で何か起きても責任の取りようがないですが。』脳内通信なので、かなりご立腹のな感じが伝わってきます。
『あたりまえじゃないですか。この世界の神の教義もわからない中でこんなことしたら、神から神罰がくだりますよ。』
『大丈夫じゃ、今の神は寛容じゃから。』
『本当でしょうね?』
『ああ、間違いない』
 さて、結局その後は、魔物よりも盗賊を探索するため、周囲への偵察を広範囲に行う事となり、ここに宿泊することとなった。夕方になって、偵察からみんな戻ってきた。特に問題はなさそうなことが確認されたようだ。その時、うちの馬車を守ってくれた男の子を見かけたので私は、近づいて話かけた。
「今日は、本当にありがとうございました。」そう言って私は丁寧にお辞儀をしました。
「当然の事です。感謝されるような事ではありません。」
 おや、若いのに礼儀がしっかりしていますね。それでも、早く話を切り上げたそうに見えます。やはりおじさんと話をするのは、嫌なのでしょうか。
「それにしても、大活躍でしたね。何か剣術でも習っていたのですか?」
「祖父に習っていました。」目を合わせようとしない。そして、そわそわしている。
「そうですか、おじいさまもけっこう、お強かったんですね」
「はい、祖父はけん・・あ、団長が呼んでいるようなので、これで失礼します。」
 確かにこちらの様子をうかがっている団長さんがいた。うーん怪しまれたか?確か一緒に戦っていたのは、彼とだったはず。2人でバディでも組んでいるのだろうか。え、お小姓とかですか?ビーエルですか?
「なにがびいえるじゃ、それって男色の事じゃろう?」
「ああ、頭の中見られましたか、なんか元いた世界の言葉なんですが、ぽっとでてきますねえ。それと、思考を読まれないようにちゃんとガードしておかないとだめですねえ。」
「なんか、女みたいな顔の男同士が花に囲まれて抱き合っておったが、なんじゃそれは」
「イメージも見られるんですか。やばいですね」
「まあよいわ、だが、残念じゃがあれは、女じゃぞ。」
「ええ?そうなんですか。」
「ああ、おぬしの言う「ひんにゅう」とかいうやつじゃな。」
「ええ、そうは見えませんでしたが。」
「あやつけっこう無理して男のフリをしておるぞ。」
 そんな会話の中、捕まっている盗賊達に説教という名の布教をしていたアンジーが戻ってきた。
「ああ、私たちの服をうらやましそうに見ていたのは、そういうことだったのね。男の子なら、普通は女の子の顔とか胸とかに興味を持つはずなのになぜ服なのかと思っていたのよ。軽装とはいえ、小手に胸当て、すね当てとか重いでしょうに。あれじゃあ背も伸びないわよねえ。」
「ほほう、よく観察してたのう。」
「あと、水浴びも深夜にこっそりしているのを見たのよ。」
「なんでアンジーが知っておる。」
「あの子の思考は、私が彼女の頭の中を覗こうとしなくても、こっちの頭に突き刺さるのよ。「おしっこ漏れそう」とか「汚い、水浴びしたい」とか「鎧重くて嫌い」とか、頻繁に繰り返しているから」
「ふむ、不憫ですね、何か事情があるんでしょうけど。おじいさんがとか言っていましたし。」
「ふむ。そうかもしれんのう。」
「どうしたんですかモーラさん考え込んで。」
「まあ、少し、ちょっかい出してみるか」
「余計な事はやめなさいね、モーラ」と、めずらしくアンジーが釘を刺す。それお姉さんっぽいです。

 こうして一度気になりだすとついつい見てしまう。
 見ていると、あまり仲間とも会話せず一人でいるし、私たち3人が話をしていると、結構な頻度で私たちの方を見ている。
 見られているのでついつい我々もかまいたくなる。
 休憩時に彼女の姿を見かけると、うちの二人がたったったと走っていってかまってかまってと腕をとる。相手をしてくれているようだが、どうやって相手をすればよいのかわからない感じだ。子どもと関わる機会が少ないからなのか、年齢的に近いが遊び方を知らないのか。
 こちらとしても困った顔をしているのでついつい助け船を出さざるをえない。しかし、私のことを嫌がっているわけではなかったし、娘達とどう相手して良いかわからないようだ。
「すいませんこの子達が。」
「いえ、なんというか。どうして良いかわからなくて」不安そうに答えを返す。おお、だいぶ打ち解けた。
「私も最初はそうでしたよ、かまってあげればいいだけなのですよ。それに、年齢の近い若い子と遊べるだけで楽しいみたいですから。」
「はあ、最初は、ってあなたは、2人のお父さんじゃないのですか。」
「ええ、彼女らとは血がつながっていません。今住んでいるうちの地方では、親のない子の面倒を誰かが見るのが風習らしいのです。」
「そうなのですか。親がいない子を。それでは、あなたも大変ですね」
「そうですね、最初は戸惑いましたが慣れるものですよ。」
「そんなものですか。はあ、お父さんじゃない。そうですか。あの子達もつらいでしょうね。」
「そういえば、改めて、先日はありがとうございました。あなたがいなければ私もこの子達もどうなっていたか。」
「いえ、私だけではなく、うちの団長も駆けつけてくれましたし、劣勢だったときにあなたも素手で一人倒してくれました。」
「ええ、でも、1対1ならまだしも複数人とは相手はできません。まして、うちの子達を守りながらでは、とても。もし人質に取られたら。身動きできなかったでしょう」
「この子達を大切になさっているのですね。」
「ええ、この子達が来てからは、大変ながらも充実した生活を送っていますから。」
実際これは、本当にそう思っているのです。ですが、『照れるからやめてよ』『こういう時ぐらいシールド張っておけというのじゃ』という頭の中の声は置いておくとして。
「それにしてもお強いですね。一生懸命訓練されたのでしょうね。」
「はい、訓練もそうですが、何よりも経験だと思います。特に今の傭兵暮らしは、僕を大きく成長させてくれました。」
「そうですか。まだ若いのにしっかりしている。」
「団長が親身に面倒見てくれています。まるで父親のように」
「そうですか。私もあの子達にそう思われるようにならなければいけませんね」
「はあ、」
 商人さんと団長さんがこちらに近づいてきた。休憩も終わって出発ですね。
「子ども達の相手をしてくれていてありがとうございました。また、遊んでください。」
「はい」その笑顔は良い笑顔だった。
 私は2人の手を取って馬車へと歩いて行く。商人さんは、微笑ましく、団長さんは、いぶかしげに我々を見送っていたらしい。
 私が馬車を走らせだすと、2人は私の両隣に座った。いつもなら後ろのふかふかの羽毛布団でだらだら過ごすのにどうしたのでしょうかでしょうか。
「ふむ、あまり傭兵稼業を好きではないらしいな」
「そうね、剣の話になった途端、表情が暗くなったわね」
「やっぱりそう思いますか。私にもそう見えました。」
「まあ、込み入った事情を聞くわけにもいかんしのう。もうじき街に着くので、これっきりかのう。」
「そうですよ、あまり他人を巻き込まないようにしてくださいね。」アンジーがモーラに釘を刺す。
「しかしのう」
「しかしもかかしもありません。」
 アンジーさん私の心を読まないでください。かかしなんてしらないでしょうに。
「いや、知ってるし。ただモーラには通じないだけで。」
「なんじゃそのかかしとは。ああ、畑にたてて鳥よけにする人形か。にしても些末な作りじゃ。」
 だから人の頭の中のイメージを勝手に見ないでください。


○ 無事に街に到着
 やっとの思いで街に到着しました。門のところでお別れをしようとしています。
「道中ありがとうございました。」
「いやいや、魔物などが全く襲ってこないのでかなり楽でしたよ。やっぱり何か秘密でも?」
「さあ、私もよくわからないのです。きっとこの子達が神のご加護を受けているとしか思えないんですよねえ。」
 商人はいぶかしんだが、団長さんはうんうんとうなずいている。すでにアンジー教の信徒になりかけていますね。
「また、機会がありましたら一緒に旅してもらいたいものです。」商人さんは真顔で私に言った。
「こちらこそ、私たちだけでは心細いところ大変感謝しています。」
「では、明日またお会いしましょう。場所は、この先の噴水の所ででも。」
「はい、商業組合長さんのところによろしくお願いします。」

「さようなら~」
 私の両隣にいてけなげに手を振る幼女2人。私は、2人を乗せて馬車で教えてもらった宿に移動する。
「そろそろよいかのう」
「お疲れ様でした。」
「性欲有り余った傭兵もいっぱいいたから、かわすのが大変じゃったぞい。」
 そう言って首や腕を回すモーラ。
「襲われそうになって眠ってもらった人もいましたからねえ」
 人間に失望しましたかアンジーさん。
「問題起こさないでくれてありがとうございました。」
「変な噂が立っても困るのでな」
「そうそう」
「さて、宿屋に行きますか。」
「はーい」君たち幼女になりきりですね。脳が低年齢化していますよ。
 教えられた安い宿屋に到着し、馬車を裏に止めてから宿屋の中に入った。そこには、はげにひげ面の強面のおっさんが、カウンターに肘をついてこちらを睨む。とりあえず、数日分の宿代を払い、お風呂の有無について聞いてみた。
「風呂だあ?うちの宿賃でそんなもの用意できるわけないだろう。他あたりな」
 宿屋の主人は、あきれた顔で私に言った。
「聞いてみただけですよ、泊めてもらえるだけで結構です。よろしくお願いします。」
 そんな会話の中、後ろの2人ががくりと肩を落とす。
「まあ、裏手に水浴び場があるからそこで浴びな。」
 子どもががっくりしたのを見て申し訳なくなったのか、宿屋の主人があっちを向きながら言った。やさしいひとですね。ツンデレですかね。あれ?ツンデレって何ですか?
「ありがとうございます。」
 私たち3人は部屋に入って一息つく。あたりまえですが3人とも一緒の部屋だ。
「なんじゃのう、一度おぬしのところの風呂になじんでしまうと、水浴びでは満足できぬのう」
「ですよねー」ええ、最初の時に私をたしなめた口がそれを言いますかアンジー
「では、夜にちょっとした手品を」
 とつい私の口が滑りました。本当はこの辺がまずいのでしょうねえ。期待されるとつい何かしてあげたくなるのです。私の性分なのでしょうが。
「ほほう、一緒に入れば手品を見られるのか。して手品とはなにかのう、楽しみだのう」
「ああ、しょうがない人ですね。何で自分の身を危うくしますか。でも、夜まで楽しみに待ちます。期待しています。」
 なんだかんだ言ってアンジーも入りたいのだ。様子から言って2人ともウキウキである。
 夕食は、宿屋近くの居酒屋だ。私は飲めないのですが、モーラに言われて弱い酒を注文しています。その酒をたまにモーラに飲まれてしまう。ちょっと赤ら顔だ。叱りきれない私を見て、周囲の人は、しつけもできないダメ親認定の冷ややかな視線を向けてくる。それもまたいい。そんなわけないけど。いや、もうあきらめよう。

○お風呂でばったり
 さて、夜である。それも深夜。水浴び場にはもちろん明かりもなく誰もいない。一応周囲を見回ったが、誰も居なさそうだし、何もなさそうだったので、水浴び場の一角に陣取る。
「誰もいないようです、それではちょっとした手品をお見せしましょう。ライトニング。」
 勝手につけた名前を叫ぶ。静電気の火花です。正確な雷の魔法はまだ覚えていないのですが、布同士をこすり合わせて電気系の魔法を覚えました。空気中に電気の球を発生させる。もちろん先に結界を張って光が漏れないように、一部だけですが外から入ってこられないようにしてから魔法を使っている。
「誰?」女性の声である。
「あれーおねーちゃんが入ってる~」モーラが言った。でも、急に幼女にならないでください。おかげで助かりましたけど。覗きで捕まるのは勘弁です。あれ?この時代にそういう罪はあるのかな。というか結界張っていましたよね。人の姿も感じませんでしたよ。どうして?そう言う疑問は後にして声の主を探す。
 タオルで前を隠してしゃがんでいる女性がいる。こっちを涙目で睨んでいるようだ。
 人の声がしたので気づかれないように出ようとしたが、急に明るくなり、姿を見られ思わずしゃがみ込んだというところですか。
「あの光は、なにをしたのですか。魔法ですか?」
 睨みながらも気丈な声だ。声に聞き覚えがある。なんか自分は声を聞き分けるのが得意だったようです。アニメの声優の声がうんちゃらって記憶がよみがえってくる。なんじゃそりゃ。
 まあ、それは置いておいて。
「あなたは、もしかして一緒にこの街に来た傭兵の方ですか。」
 小柄だけど勇敢な男の子のふりをした女の子だった。
「あなたは、幼女趣味の変態薬師ですね。」
 いやいや、そういうイメージでしたか。あの時は良いお父さんですねとか言っていたのにひどい。
「この変態野郎、私まで狙っていたのか。」
 急に物言いが男らしくなりましたが、かがんだままでは、格好がつかない。しかも声が震えているし。
「何を勘違いしておるのじゃ、こやつは幼女趣味ではないぞ」
「そうそう、どちらかというともう少し年齢が上がってないとだめみたいよ。あ、でもストライクゾーン低め、ギリギリセーフというところかもしれないけど。」
 2人とも、どうしてそういう誤解を招くような物言いを。そもそもこの世界でストライクゾーンとかギリギリとかわかりませんよ。しかも人のストライクゾーンを勝手に吹聴しないでくれませんか。
「まあ、いい、この光、何の魔法だ。初めて見た。」
 前はタオルで隠したまま、光球を見るために立ち上がった。確かに少年というには、あのお尻の大きさといいボディラインといい・・もにょもにょ。
「それは、洗濯板ということですねえ」
 アンジーが変わって言いづらかったことを的確に表現してくれました。まあ、そういうことです。
「ちょっとまってください。この世界では洗濯するときに石にたたきつけて布を洗っていますよね。どこからその言葉を知ったのですか?」
「心の声が漏れ出ていましたよ~」
 しまった。会話中にシールド張るんだった。最近張らなくても良い状況が続いていたのでつい。
「洗濯板のう、この世界で売ったら大もうけじゃぞ。」モーラさんも覗かないでください。
「石けんがまだ高級なこの世界で板だけあっても効果無いですよ」私もやけくそです。
「そんなもんかのう」
「あなたたち、何の話をってみんな裸じゃないですか。どーなっているんですか!」その子は、そういいながら、ふらっと倒れた、思わず抱きとめたけどやっぱり弾力がなかった残念。でも男の子っぽくはない。
「さて、どうするのじゃ」
「とりあえず、肌寒いので、私は熱いお風呂に入りたいのですけど」おや、切り替え早いですねアンジー。この状況を放り投げるその意気やよし。
「わしもじゃ」はいはい、モーラもね
「湯冷めもないからここに寝かせておきますか。」私も熱いお風呂の誘惑には勝てません。
「では、いきますよー」水浴び場の一角をレンガ状の土で囲い水を流し入れ、コークスを燃やしてその中に入れる。水蒸気があがり一帯が霧のようになる。
「ちょうどいい湯加減になりましたよ」コークスを出してその辺に転がす。冷めてきたらまた入れよう。
「ああ、熱いお湯はいいのう」
「ですねー」
「僕も入れてください。」
「いいですよーって、あなた、目が覚めたんですか?」湯気でよく見えないが、そのようだ。
「まあ、あきらめました。いろいろと。」ため息をつきながら言いますか。
「はあ、どうぞご自由に。」
「確かに熱いお湯は良いですね。」その子は、深いため息をついてそう言った。おやじかあなたは。
「さて、体を洗おうかのう。」
「あ、背中流しますねー。」アンジーが空気を察してモーラと一緒に外に出る。私はきまずい。
「見たでしょう」そう言ってその子は、じっとわたしを見ています。問い詰めるような瞳とでも言えば良いのでしょうか。
「何を見たと聞いているのか知りませんが、何も見ていません。」ええ、本当に心の中を覗かれても良いです。
「私を寝かせるとき見たでしょう。」疑り深い人ですね、見ていませんてば。
「いいえ、大丈夫です。ちゃんとタオルがかかっていましたから。落ちませんでしたし。」しまった余計な事を言ってしまった。
「どうせ布が落ちないくらい平坦だと言いたいんですね」
 ええ、普通は抵抗がないから布が落ちるんですけどね。
「まあまあ、熱い風呂は良いですよ。心が落ち着きます。」
「はあはあ。そうですね。落ち着きますね。」全然説得力無いお答えありがとうございました。
「落ち着きついでに聞きますがそれは、魔法?ですか?」ついでに聞くことではないですが。
「そう・・です。」やばいなー追放かなー
「見なかった事にします。」
「はい?」
「見なかった事にするって言っています。あなた無害そうなので」
「ありがとうございます。」
「その代わりに」
「その代わり?」
「僕が女だってこと黙っていてください。お願いです。」
「はい、いいですけど、どうして?」
「あの傭兵団の中で女だと知られると何されるかわからないからです。」
「傭兵団も大変ですね」
「あなたたちも同行していて、あの子達が大変だったでしょう?」
「確かに、うちの子達も大変迷惑していたようです。あまり強引ではなかったようですけどね」
「まあ、お客ですからね、その傭兵団の中で女だってばれたら・・・」
「見なかった事にします。」
「お願いです。」
「話はまとまったかのう」そう言ってモーラとアンジーが戻ってくる。
 さすが私の思考を覗いている。完璧なタイミングですよ。いや、シールド掛け忘れていた。
「はい、大丈夫そうです。」
「それでのう。」
「やはり、どうも子どもにしては、違和感があると思いましたが、その物言いは、もしやそちも魔法使いなのですか?」
「いや、わしは違う。まあ、そうだのう、人でない事は間違いない。だが、人に危害を加えるつもりもない。」
「そうですか、そっちの、その、その子もそうなのですね」
「はい、まあ私は全く無力で非力な少女ですけどね」そうアンジーが言った。もっとも自分から少女という子どもほど怪しいものは無いと思いますが。
「そうですか。」
「のう、傭兵暮らしは楽しいか?」
「え?」急に尋ねられてびっくりするその子。
「楽しいのかと聞いている」
「僕にはそれしかないから」寂しそうに下を向く
「ほう、」
「騎士くずれの祖父からそれしか教えられていないから。今更、他の道なんて無理です。」
「そうかのう、」
「んー、この話の流れは、」私は、ちらっとアンジーを見ました。
「一緒に行かないか、ですかね」ちょっと嫌そうなアンジー
「そういうことじゃ、これも何かの縁じゃろう。どうじゃ心機一転わしらと旅してみんか?」
「何を言っているんですか?あなたたちと旅ですか?」
「そういえばわしが決められることではなかったのう。」そう言ってかっかっかと高笑いする幼女いえ、ロリばばあ
「まあ、そうですね、一緒に行きませんか?しがらみがあるのなら仕方ないですけど、ないのなら旅してみませんか?」
「いいのですか?」急に乗り気な顔です。やはり傭兵は嫌だったのでしょうか。
「君はこのまま性別を偽って生きていくのですか。それともいつかの時点でその性別を明かすつもりなのですか。」
「それは、いつかではなく、今すぐにでも性別を明かしたいです。でも、傭兵稼業をしている間は、かなわないことです。ですからいつかこの傭兵仲間達とも互角に渡り合えるようになって、一人前になり、誰からも認められたときに明かせればと。」
「ですが、その時まで隠しきれますか。今でも少しまずい状態ですよね。」
「・・・」
「私たちと一緒に旅をしませんか。性別を偽らなくてもいいですよ。」
「それは・・」
「私たちは旅をしています。その時に活躍してくれる人間が必要なのです。「この世界の人」が。私たちは表にたてません。私たちは「この世界の異物」なのです。埒外の者と言ってもいい。私たちの代わりに対応してくれるこの世界の人が欲しいのです。まあ、仲介者ですね。」
「はあ、」納得しているようなしてないような顔ですねえ。
「おぬし本当は、この傭兵をやめたいのではないか?」
「え?」
「おぬしの表情を見るに、今、おぬしが話した、剣士で一人前になるということは、自分の本当にしたいことと違うのではないか?わしにはそう見えるのじゃが。」モーラが言った。
「そう、不本意そうな顔しているわよねえ。まるで自分の考えではなくて誰かに押しつけられたような感じ。」一気にたたみかける2人、うまいですね。
「それは、違うと思います。」しかし折れかけた心が立ち直る。
「でも、人には自分に合う仕事合わない仕事というのがあるわよねえ。本当は、可愛い服を着たい。とか女の子らしくしたいとか思ってない?」まるで心の中が見えるようにというか見ているから言えるんですね。アンジーさん。
「それは違います。この仕事に誇りを・・・」そう言いながらぽろぽろと涙がこぼれる。
「アンジーそこで真実をついたらいかんじゃろ」
「だって、見えるんだもの。気持ちが。こんな仕事嫌だとか可愛い服着たいとか。考えながら戦っているから、」
「考えを読めるのですか?」びっくりしたようにその子が言う。
「あ、表情から読み取れるわよそんなの。私たちをちらちら見ているし、しかも服を気にしている。自分のと見比べてため息をついていたじゃない。」
 あわてて言い訳をするアンジーさん。それは確信をつきすぎです。
「それでは、ちょっと軌道修正して再度提案じゃ。傭兵団を抜けて、わしらと旅をするのじゃ。雇われた事にしてな。そうすれば重い剣も重い鎧も着なくてよくなるぞ。」
「おじいさんの言いつけが。」
「今はそばにいないのでしょう?きっとわかってくれるわよ」あれ?反対派だったアンジーさんいつの間に賛成派に?
「そうでしょうか。」
「孫の幸せを願わないような祖父ならそれまでのことじゃ。」
「可愛い服を着てもいいのですか?」
「まあ、剣は持っていて欲しいがのう。戦うふりだけしてくれんか。」
「鎧は」
「必要ない」
「それなら・・・」
「まあ、本当は旅の途中で徐々に直していこうと思ったのじゃが、バカ天使のおかげで事が早く済んで良かったと思うことにするわ」
「てへ」アンジーが頭を自分でコツンとたたく。可愛いけどイラッとしますよ。それ。
「どうでしょう、一緒に旅をしませんか?」私は再度声を掛ける。
「ありがとうございます。そうします。」
「とりあえず、お風呂から上がって、明日お話をしましょう。」
「のう、ぬし、一緒に行って説明してきてくれんか」
「わかりました。では、明日の朝、一緒に話に行きましょう。この裏にある宿屋に来てもらえませんか。商人さんと団長さんに噴水のところで会うことにしていますので、その時に話しましょう。」
「はい」
「はい」雰囲気がずいぶんしおらしくなってしまった。これまで張りつめていた気持ちが途切れたのでしょうか。

 部屋に戻ってきました。アンジーが立ったまま、モーラがベッドに座っています。
「今更ですが、モーラ、あんな子を私たちに巻き込んでしまうけど、良いと思うのかしら?私は最終的にはあなたに賛成したけど、途中で放り出すことになるかもしれないのよ。」アンジーが両腕を腰に当ててふんぞり返って説教を始めました。
「しょうがなかろう。あんな小娘をあんなところに放り込んだままにしたら、どうなるか想像つくじゃろう。少なくとも自分が関わった者に対しては、後味の悪い事はしたくないのでな。」モーラは、アンジーを見てそう言った。
「あなたは聖人ですか。うちの神様なら試練だとか言ってそのままにしますよきっと。」
「確かに神様なんてそんなものよのう。決して手は出さぬ。例外もあるが。残念ながらわしは神でもないし聖人でもない。むしろあの小娘の剣士としての可能性を消したかもしれん。」
「まあ、その可能性も否定はできないですけど。でも、それも彼女の運命だわ」
「わしはこの世界で何度も同じ事を見てきた。わしは中立じゃった。中立でいなければならなかった。でも、この旅については別じゃ。積極的にかかわろうと思っておる。それで何が変わるのか変わらないのか、それはわからんがのう」
「積極的ねえ」
「ああ、積極的じゃ、関わるとなったらとことんじゃ」
「なるほどねえ、ま、私としては、こ旅が安全なのでありがたいのですけど」
「おぬしやこれと知り合った事がすでに運命なんじゃろうと思うとるがな。」
「明日考えましょう。旅の疲れがとれる眠りを。おやすみなさい」
「おお、おやすみ。」そう言って2人ともベッドの毛布にくるまって早々に寝てしまう。
「なんですか、2人とも私を置いて寝るなんて。」
 まあ、寝ているときは、可愛い寝顔ですねえ。本当に2人とも天使のような寝顔です。それでは、おやすみなさい。

  
  続く
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