あなたの代わりに恋をする、はず、だった

プロローグ

　――かさかさ、しゃらしゃら、ざあざあ、ごうごう。

　白黒の世界で、わたしはわんわん泣いていた。
　うろたえた大人たちの声。
　パパが叫んでる。
　左のほっぺたがじんじんして、あつい。
　わたしを抱きしめるママの腕が、いたい。
　家の中なのに海のにおいがする。
　わたしを抱き上げようとする誰かの手は、濡れているせいでぬらりと光って見えた。
　それが怖くて、気持ち悪くて、わたしは必死に身をよじる。

　――かさかさ、しゃらしゃら、ざあざあ、ごうごう。

　そんな音がずっときこえる。汗ばんだ肌になにかがくっついてまとわりついてくる。いやだ。やめて。
　そう言いたいのに、言葉が喉の奥でとけて、なくなってしまう
　パパは、どうしてあんなに大きな声を出しているんだろう。
　ママは、どうしてわたしを壊しちゃいそうなくらい抱きしめるんだろう。　
　チーはどこ？　わたしの半分。わたしを探しているはずなのに。
　わたしたちはずっと一緒。一人だと半分。一人だと生きられない、のに。
　光が走った。
　白と黒の世界で、わたしはただただ繰り返す。
　どうしてなんだろう。
　どうして、どうして、どうして。

　――かさかさ、しゃらしゃら、ざあざあ、ごうごう。