あのとき、あなたがいたから

清谷ロジィ

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濡れ衣

作戦

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「ちょ、ちょっと、いくらなんでもいきなり突撃っていうのは……」
「だーいじょうぶだって! 莉愛はいちいちうるさいんだからもう!」

 善は急げだ、と言い張る円香に引きずられて、私たちは夕陽が照らすグラウンドにいた。
 帰宅部の私にとってグラウンドとは、体育の時間にしか使わない学校の設備でしかないけれど、いま目の前には必死にサッカーボールを追いかける人たちがいた。
 オレンジ色の空に響き渡るかけ声やホイッスルの音、地面を蹴るスパイクの生々しい音。
 私の世界にない光景と音だった。
 隣の円香も、どこかぽかんとした顔で、サッカー部の練習風景を眺めている。

「円香。鈴木先輩って誰か分かってる?」
「ええっとぉ……あ、今ボール蹴った人だよ!」

 ゴールの右下を狙ったボールはポストに弾かれて、ラインを大きく割ってしまう。

「おい、今のは入れるとこだろー」
「うっせー! ほらカウンターくんぞ。戻れ戻れ!」

 大声で指示を飛ばしているブルーのTシャツを着たその人が、紗英が恋する鈴木先輩らしい。盗み聞いた話でしか知らなかった人がすぐそこにいるのは、なんだか不思議な気がした。

「もうすぐ練習終わりそうだね」
「ねえ円香。やっぱりやめたほうが……。知らない人から急に『みちるを許してあげてって紗英に言ってもらえませんか』なんて頼まれたら怖くない? それに、みちるが勝手に先輩に紗英のこと話したから、紗英も怒ったわけだし……」
「莉愛は分かってないなぁ。好きな人にお願いされたら、一も二もなく『はい』って言っちゃうのが女の子なんだよぉ」

 今どき、そんなご都合主義な展開は少女マンガでも許されないと思うけど。
 けれど、私が反論する前に、サッカー部の女子マネージャーが練習終了のホイッスルを高らかに鳴らした。

「行こ」

 汗のにおいをさせるサッカー部員をかき分けて、円香は私の手を引いてずんずん進んでいく。物珍しそうにじろじろ見られて恥ずかしくなった私は、できる限りうつむいたまま歩いた。
 やっぱり円香に協力するなんて間違いだったかも。でも……だけど……。
 未だに意見をはっきりと決めかねて揺らぎっぱなしの私は、円香の強引さに抗うこともできないまま、流されてここまで来てしまった。

「鈴木せんぱーい」

 円香が大きく手を振って呼び掛けると、女子マネージャーと話していた鈴木先輩が私たちを見て、少し首をかしげた。
 近くで見た鈴木先輩は、漠然とイメージしていたよりがっしりとした体型で髪の短い人だった。紗英が好きなのはアイドルグループ『ジュエル』みたいに、すらっとした綺麗な男の人だと思っていたから。

「あたしたち、紗英ちゃんとみちるちゃんの友達なんですけどぉ、ちょっとお願いがあってきたんですぅ」

 鈴木先輩がわずかに顔をしかめた。媚びるような円香の口調が気に障ったみたいだ。

「……一応、その二人なら知ってるけど。お願いって何?」
「今日、みちるちゃんと紗英ちゃんケンカしちゃったんです。だから先輩から仲直りするように言ってもらえないかなぁって――」
「なんで?」

 冷たくそう言い放たれて、円香の肩がびくりと跳ね、笑顔が引きつった。

「二人がケンカしたからってなんで俺が出てかなきゃいけねーの? 意味分かんないんだけど」
「え、えっとぉ、それはぁ……」
「しかも、本人が言ってくるならまだ分かるけどさ、なんであんたたち? 俺、そういうのあんま好きじゃないんだよな」

 首に巻いたタオルで汗を拭うと、鈴木先輩は私たちの前から立ち去ろうとした。

「ま、待って!」

 円香が先輩のTシャツをぎゅうっとつかんで引き止めた。

「お願い! 先輩だけが頼りなんです!」
「みちるちゃんは友達の知り合い。紗英ちゃんとはみんなで遊んだときに連絡先交換しただけ。ケンカの仲裁とかするような関係じゃないよ」

 先輩はきっぱりと言い切った。絶対に譲らない、という意思の強さがそこにあった。
 これ以上言っても、きっと無駄だ。

「……円香。行こう」

 私が声をかけると、先輩のTシャツを握る円香の手に力が入り、ふるふるっと震えた。

「なんで……」

 うつむいていた円香がガバっと顔を上げる。

「なんでやってくれないんですかぁ!? それくらいやってくれてもいいじゃないですかぁ! なんでダメなのぉ!?」

 涙混じりの声でヒステリックに叫んだ円香に、私も鈴木先輩も、その場に残っていた女子マネージャーも呆気に取られてしまう。

「ちょ、ちょっと! ねえ君、この子なんとかしてよ」
「な、なんとかって……」
「なんとかしてほしいのは紗英ちゃんとみちるちゃんのほうなのぉ!」

 カオスな状況だった。先輩にしがみつく円香、円香を振り払おうとする先輩、その真ん中でオロオロする私。グラウンドに長く伸びた三つの影が、踊っているみたいに動き回る。

「だから、なんで俺が……。友達ならあんたらがどうにかすればいいだろ!」
「だって……だって、紗英ちゃんは先輩が好きなんですよぉ! だからお願いしてるのに!」

 オレンジ色が薄くなった空に円香の叫びが響き渡って、私と先輩の動きが止まった。

「……は?」
「……え?」

 当の円香はじぶんが何をやらかしたのか分かっていないらしく、ぐずぐずと鼻をすすっている。

「いや、好きって……」

 鈴木先輩はそう呟いたあと、ハッとしたように振り返った。その視線の先にいたのは、さっきの女子マネージャーだった。

「いや、ちげーし! そういうんじゃないから!」

 先輩の慌てふためく姿に、私は最悪の事態を察してしまう。
 後ずさった拍子にかさりとした感触を覚えた私は、無意識にポケットに手を入れた。
 そこにあったのは、柴崎くんからの手紙。

『大丈夫?』

 どうしよう。
 私、間違えたかもしれない。
 大丈夫……じゃない、かもしれない。
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