あのとき、あなたがいたから

清谷ロジィ

文字の大きさ
6 / 10
濡れ衣

協力

しおりを挟む
 紗英とみちるというクラスの一軍女子がかもし出す険悪なオーラは、教室の雰囲気に多大な影響を与えた。
 二人は互いに無視し合い、みちるはわざとらしくため息をつくし、紗英は紗英で「ムカつく」や「やってらんない」などと大きな声で独り言を言うしで、私たちはぴりぴりと重たい空気を引きずったまま一日を終える羽目になった。
 放課後、一緒に遊びに行こうと誘って来た紗英を、日直の仕事があるから、用事があるからと、なんとか振り切った私は、一人で教室に残っていた。
 いつもならダラダラと残っている人が多いのだけれど、昼休みの騒動の余韻が残った教室は居心地が悪いのか、ホームルームが終わると、みんな速やかに帰ってしまったのだ。
 がらんとした教室にいると、いつも漠然と感じている所在なさが強くなるから苦手だった。
 いま目に映っている景色と、私が押し隠している記憶がじわじわと重なっていく。

『あんたみたいに正義感振りかざすやつってウザいんだよね』
『つーか、こいつ先生にチクったんだって。深山に謝っとけよーって言われたわ』
『うわ最悪』
『まじでいなくなってくんね?』
『消えろよ』
『ほら、飛べ』
『飛べ』

 私の中を黒く埋め尽くそうとしてくる声を追い払うように、大きく頭を振る。思い切り走ったときと同じくらい、心臓が激しく音を立てていた。
 違う。これは昔のこと。終わったこと。もう誰も私を傷付けたりしない。
 そのとき、がらり、と音を立てて教室の扉が開いた。

「あ、いたいた。お待たせぇ」

 教室に入ってきたのは、みちる――ではなく、日野円香だった。
 なんで円香が……?
 怪訝な顔をした私を見て、円香は相変わらずおかしなウェーブがついた髪を指先でもてあそびながら、くすくす笑った。その唇には、今日もみちるとお揃いのグロスが塗られている。

「みちるちゃんなら来ないよぉ。だって、教室に残ってっていう手紙、あたしが書いたんだもん」
「え、でもあのメモ用紙は……」

 言いかけて気付く。きっとグロスと同じように、円香はみちるが使っているのと同じものを探して買ったに違いない。

「今日のみちるちゃんと紗英ちゃんのケンカ、深山さんどう思う?」
「どうって言われても……それは二人の問題だし」
「えー、それって友達として冷たすぎじゃない? あたしだったら、もっと二人のために頑張るのになぁ」

 円香の口から漏れる息からは、人工的なミントの香りがした。

「あたしね、紗英ちゃんとみちるちゃんともーっと仲良くなって同じグループに入りたいんだぁ。だからこれってチャンスだと思うんだよね」
「チャンスって……そんな言いかた」
「ああもう、綺麗ごとは言いっこなしでいこうよ」

 円香は、うざったそうに顔をしかめて、手で何かを追い払うような動きをした。

「深山さんも――あ、莉愛でいいよね。あたしも円香でいーからさ。莉愛だって二人ともっと仲良くなりたいって思ってるでしょ? 一緒にいるくせに、なんかまだ距離ある感じだもんね」

 痛いところを突かれて、私はぐ、と詰まった。
 私の微妙な立ち位置を円香に悟られている。ということは、きっとクラスメイトも気付いているはず。教室とはそういう場所だ。

「だからさぁ、あたしたち協力して二人を仲直りさせようよ。そしたら四人で仲良しグループになれると思わない?」

 そんなの、簡単にできるわけない。第一、円香は二人に嫌われてるし。
 だけど……もし、円香が紗英とみちるを仲直りさせることができたとしたら……?
 可能性はゼロじゃない。
 そのとき、何もしなかった私は、二人と友達のままでいられるだろうか。今でさえ「友達」と「クラスメイト」のボーダーライン上にいるというのに。
 円香が私の居場所を奪って――いや、私を押しのけて二人の「親友」になってしまったら、私はどうなるんだろう。
 高校入学して二ヶ月。教室の関係図はもう完成している。
 今、紗英たちのグループから弾かれたら? 円香に協力しなかったせいで紗英たちに「ひどいやつ」とにらまれたら?
 不意に、井村くんの席に目が行った。毎日できる空席。教室にできる穴。そこから漂う不穏な空気。
 だめ。嫌だ。あんなのは、もう――。

「……分かった」

 私がうなずくと、円香は似合わないグロスを塗りたくった唇を歪めて笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...