魔法師ミミと雨の塔

にゃっつ

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【1】

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 ドンドンドン。

 乱暴にドアを叩く音。だが家の主である青年は物怖じすることなく、のんびりとドアを開けた。いつもの事だ。

「おはよう、ミミ。また、朝からお祖父さんと喧嘩かい?」

「ナア叔父さん! もう、おじいちゃんなんて、だーーーいっキライ!」

 ドアを開けた途端、飛び込んで来たのは、七歳ほどの女の子。この家の主ナアにとっては姪にあたる。

 ここは小さな町。町並みは中世ヨーロッパに似ているかもしれない。この町の特徴は、町の中心に高い塔が建っている事だ。その塔が建っている広場の近くに、ナアの家はある。

 少女ミミは、この叔父の家が好きだった。不思議な植物や、綺麗な色のガラス瓶、古びた書物が所狭しと並んでいる。ミミの叔父ナアは、魔法薬を作る薬師くすしだ。

「全く……。どうしてミミは、薬臭いこんな場所が好きなんだろうね……。何より、お祖父さんに『ここには来るな』と言われてるだろう?」

 ため息まじりにたしなめるナアだったが、眼鏡の奥の眼差しは柔らかい。

「おじいちゃんなんて知~らない! ミミは魔法師にはならないから、もう魔法の勉強なんてやめるの。ミミはナアさんみたいに薬師になる」

 ミミの祖父は魔法師。それも、この町では知らぬ者はいないほどの大魔法師である。その孫娘ミミも当然、魔法師になるのだろうと周囲からの期待も大きい。

 お祖父さんの教育が厳しいのか、こうしてナアの家に逃げて来ることが何度有ったことか。両親が居ないミミにとって、祖父以外に頼れるのは叔父のナアだけだった。

 むくれ顔だったミミが、急に目を輝かせて窓辺へ駆け出す。窓からの柔らかい日差しが、何かを照らしていた。鉢に植えられた珍しい植物が、花を咲かせている。

「ナアさん! 『人面草じんめんそう』の花が咲いてる! あはは、本当に顔みたいに見える。ニコニコ笑ってるみたいで可愛いね」

「そうそう可愛いだろ? 大事に育てたからね」

 ナアは自慢げにうなずく。『人面草』と言う植物は図鑑や絵本にも載っている為、知っている人も多い。たが本物を見た事が有る人は、なかなか居ない。

「ねえナアさん。この人面草で、動物を人間にする薬が作れるって本当? 『ぼくはネコ』の絵本みたいに」

『ぼくはネコ』……それは子供達に人気の絵本。ミミもお気に入りだ。絵本の中で主人公は、友達であるネコを魔法薬で人間に変える。

「そうだね作れるけど……。でも正確には、あの絵本に書いてある方法は少し違うかな……。まあ、あの絵本は面白いよね。ミミも人間にしたい動物が居るのかい?」

 絵本の影響を受ける事は珍しくない。子供達は夢中になって想像するものだ。

「えっとね……。あの塔の入口で通せん坊してるおっきな犬……」

 塔の近くに有るナアの家からは、その入口も良く見える。そこにはいつも大きな犬が鎮座し、塔の中に入ろうとする者をはばんでいた。

 町の中心に有るこの塔は『雨の塔』と呼ばれている。塔の最上階には、大魔法師により魔法具が設置されていた。魔法の力で町中に水を撒く事が出来る。言わば巨大な消火栓の様な建物だ。

 ところが建物の老朽化も有り、大魔法師以外立入禁止になっている。大きな犬は、いたずらに侵入しようとする者を追い払う忠実な番犬なのだ。

 この犬はまるで狼のようで、身体が大きいばかりか眼光も牙も鋭い。それゆえ子供達からは特に『ケルベロス』と呼ばれ、敬遠されていた。

「雨の塔の番犬?」

 少女の突拍子もない意見に、目を白黒させるナア。言葉が続かない。驚く叔父の顔を、不思議そうに見上げながらミミは言う。

「だって。あの犬を人間にして、退いてもらえば塔に登れるでしょ?」

「……けど、あの犬は大魔法師に魔法で命令されてるから……。いや、そうか……。ミミは塔に登りたいのか……。だけどそれは駄目なんだ。知ってるだろ、あそこは立入禁止。以前、事故も有ったんだ。危険だから絶対に入っては駄目だ」

 ナアはミミの肩に手を乗せ、目を合わせて言い聞かせた。青年の声は静かだが、強い意志が込められている。ミミはうつむき、小さな声で不満をもらした。

「知ってるけど……。だって……だってパパが……、高い所から見ればパパが見つかるかもしれないでしょ?」

 ミミの父親は行方知れずだった。五年前、彼女の母親がこの世を去ったその年から。

 少女の突飛な発想の要因は、「父親に会いたい」という一途な想いだった。ナアは言葉に詰まる。眼鏡を外すと、目頭を押さえた。

 *

 しばらくしてミミの祖父……大魔法師イナバが、ナアの家を訪れる。これもまた、いつもの事だ。

「いつも済まんな」

 白髪混じりの髪と口髭。ローブ姿は威厳たっぷりで、いかにも『大魔法師』といった風格。だが今は、プチ家出中の孫娘を迎えに来た普通のお祖父さん。

 先程までミミは、薬を作るナアを熱心に観察していた。だが今は机に伏して、いつのまにやら寝息を立てている。

「毎回心配するなら、喧嘩しないで下さい。ミミはまだ七つです。厳しくし過ぎなんです」

 ナアはイナバに申し立てた。静かな声に怒りが混じる。この二人に血縁関係は無いが、互いに遠慮の無い間柄だ。

「ナア……あの子には強い力が有る。ゆえに力のコントロールを覚えねばならん。今日も私に怒りをぶつけた時、無意識に魔法を使いおった。それに、いつまで私が面倒を見られるかも解らん」

「だからと言って、そこまで厳しくする必要は無いでしょう。ならばやはり父親を……。ミミはまだ幼いんです。母親を亡くしたミミには、せめて父親が側に居ないと」

「あやつが戻らんのは、あやつ自身の意志だ」

 ドサッ。

 机から本が落ちる音。互いに譲らぬ口論は、不意に遮られる。ミミが目を覚ました。

「起きたか。帰るぞミミ」

 するとミミはトトトと駆け寄り、祖父ではなく叔父の腕にしがみついた。ナアの後ろに隠れる様にして、顔だけを覗かせる。イナバを睨むと、「べーっ」と舌を出した。

「ミミ帰りたくない! おじいちゃんは魔法の事ばーっかり。魔法なんて、もう勉強したくない!」

 イナバは孫にゆっくりと歩み寄る。

「解ってくれ、ミミの為なんだよ。いつから、そんなに魔法が嫌いになったのか……」

 ミミはナアの前に出ると、お祖父さんの顔をキッと見上げた。

「だって、どんなに凄い魔法が使えたってママは生き返らないもん! おじいちゃんは大魔法師なのに、病気のママを助けられなかったじゃない!」

 その瞬間、イナバの表情が悲しげなものに変わる。

 ミミに「母は病で亡くなった」と教えたのはイナバ自身だ。ミミの母ラビリアは、イナバの実の娘である。娘を救えなかった悲しみと後悔は、今でも彼につきまとっている。

「ミ……、うっ……ぐ……」

 何かを言おうとしたイナバが、突然苦しそうに顔を歪め呻き声を上げた。胸の辺りを押さえ、床に膝を突く。

「イナバさん!」
「お……おじいちゃん?」


【2】につづく
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