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二章
生と死の狭間の世界(4)
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「危ういって言われてもな……。自殺することで何かの目的を達成できるならあれだけど、そうじゃ無かったら俺は死なないと思うんだけどなぁ」
「ほら、そういうとこだ。自然と死ぬことを視野に入れてる」
言われてから気付いた。確かに今、俺は死ぬっていうのを選択肢に入れることに疑問を抱いていなかった。
「いやでもさ、そんなくらいだったら誰だって考えるだろ。頭の中で考えてるだけで実行するかは別問題なわけだし」
「そうだな、この世界の奴らの大半はそうなんだろ。だけど野依さん達はきっとそんな事考えもしないぞ、考えてしまったら実行する可能性が出て来ることを知ってるからだ。あの人たちは命の価値を知ってる。命は、この世で一番大切にするべきものなんだ」
石山は膝に顎を乗せて不貞腐れたように言う。
可能性の話をされたら何も言えない。自殺をする奴は自殺をすることを考えたことがある奴だし、自殺をしない奴は自殺を考えたことない奴だ。
命か……、それは確かに価値のあるものなんだろう。救急車が死人よりも病人や怪我人を優先して迎えに行くように設定されていることからもそれは明らかだ。死んでいる者よりかは生きている者の方が価値が高い。
かといって、一番価値が高いとも言えない。人の価値観なんて一定のものじゃない。
だけど石山は、どんな価値観を持つ人間であろうとまず命を大切に考えるべきだと思っている。それが出来ない奴は許せないと思っている。
それを極端だと思うのは俺が間違っているのだろうか。
「でも、命が一番価値あるものだって言うならもうこのおじさんに価値なんて無いんだし、わざわざ病院まで付き添うことも無い気もするけどな」
こんなことを言ったら怒るかとも思ったが、石山は意外にも落ち着いていた。もしかしたら今までにも似たようなことは言われてきたのかもしれない。
「これはあたしなりのけじめっつうか……儀式みたいなもんだ」
「儀式?」
「ああ。知り合いがもう息をしていないのを確認して、病院で整えられるのを見て、そこであたしはやっとそいつが死んだことを受け入れられる。……あたしはそこまでしないと人が死んだ現実を受け入れられないんだ。全部を自分の目で確認しないと、生きてるのかもなんて思っちまう」
「自分を納得させるために、か。それって病院が死体を処置してる間もずっと傍にいないと駄目なのか?」
「そうだ」
こいつがたまに学校に来ないのはそれが理由だったのか。学校に来ることよりも、死体を眺めることを選ぶなんて酔狂な奴だ。
「にしても、やっぱり分からないな。一回話しただけの奴にそうも思いを入れられるとか」
幼馴染ならともかく、とは言わない。
「人間関係ってのは付き合いの長さだけで決まるもんじゃねぇだろ。あたしにとって、一度でも話したことのある奴はあたしの人生に関わったことのある奴で、あたしの一部なんだ」
「関わった奴は全員自分の一部なんて疲れそうな生き方してるな……。あっちからしたら石山はそんな特別な存在じゃないかもしれないのに」
「あっちがどう思ってるのかなんて関係ない。単にあたしはそう思ってるってだけだ。だからそいつが死んだら陰鬱な気分になるし、あたしは誰の事も忘れずに生きていく」
死んだ人間の事もずっと覚えている。それはなんとも自罰的な生き方ではないだろうか。
死んだ人間とは二度と会えない、だったらそんな奴の事は忘れて次の出会いに希望を持つ方が精神衛生上は良いように思う。
人間の記憶は普通年を追うごとに薄れていく。俺なんてもう両親の顔すら思い出せない。
そんな人間の機能に反抗して記憶を失わないように努めるのは酷く体力を使う行為だ。
それなのにこいつは一度でも関わった奴は忘れないと言う。それが本当なんだとしたらマゾの疑いもあるぞ。
「まあ、石山の考えはなんとなくだけど分かったよ。納得はあんまりしてないけど理解はした、そういう考えもあるんだってな。新しい視点をくれたことを感謝したい」
「あんたのために話したわけじゃねぇけどな。感謝するってんなら、そのついでにあんたの自殺についての考えも改めてくれたら幸いだ。あんたも野依さんも生まれた頃から一緒にいるって聞いたけどなんでそんなにも違うんだ」
……それはむしろ俺の方こそ聞きたいな。葵が俺と同じ考えや気持ちを持ってくれてたら俺も悩まなくて済んだのに。いや、そんな葵を俺は好きにならないだろうし考えても意味が無いな。俺が好きなのは今の葵だ。
「考えを改めるかは追々な。聞きたいことは聞けたし、救急車もそろそろ着くだろうから俺はお暇しようか」
「ああ、どこへでも行っちまえ。……くそっ、最悪の休日だった」
石山は眉間に皺を寄せて舌打ちする。地面に唾を吐きそうな勢いだ。
最悪というのは知り合いが自殺していたせいか、俺に絡まれたせいか、あるいは両方か。
自分の目的だけ果したらとっとと退散なんて、とても自分勝手だということは自覚しているけど、相手にここまで邪険にされているとこちらも離れやすくて助かる。
よし、腹も減ってきたし今日はもう家に帰ろう。石山には悪いことをしたが、俺は凄く有意義な休日を過ごせた。
「おい、」
ズボンに付いた埃を払って立ち上がると、石山に呼び止められた。
「なに? 石山も俺になんか聞きたいことでもあった? 色々話してくれたし俺も何でも教えるぞ」
聞こえているはずなのに石山は俺の言葉を無視して、真っすぐにこちらを見つめてくる。
「お前さ、野依さんを悲しませるようなことだけはするなよ」
「…………」
こいつは何をどこまで分かって言っているのか。どんな意図を持って葵の名を口にしたのか。
石山の心中は俺には図りかねたが、どう答えれば正解なのかだけは分かる。
「するわけないだろ、そんなこと」
俺は石山の目を見ずにそう言うと、石山の返事は待たずにその場を立ち去った。
さあ、明日の休日は何をして過ごそうか。
「ほら、そういうとこだ。自然と死ぬことを視野に入れてる」
言われてから気付いた。確かに今、俺は死ぬっていうのを選択肢に入れることに疑問を抱いていなかった。
「いやでもさ、そんなくらいだったら誰だって考えるだろ。頭の中で考えてるだけで実行するかは別問題なわけだし」
「そうだな、この世界の奴らの大半はそうなんだろ。だけど野依さん達はきっとそんな事考えもしないぞ、考えてしまったら実行する可能性が出て来ることを知ってるからだ。あの人たちは命の価値を知ってる。命は、この世で一番大切にするべきものなんだ」
石山は膝に顎を乗せて不貞腐れたように言う。
可能性の話をされたら何も言えない。自殺をする奴は自殺をすることを考えたことがある奴だし、自殺をしない奴は自殺を考えたことない奴だ。
命か……、それは確かに価値のあるものなんだろう。救急車が死人よりも病人や怪我人を優先して迎えに行くように設定されていることからもそれは明らかだ。死んでいる者よりかは生きている者の方が価値が高い。
かといって、一番価値が高いとも言えない。人の価値観なんて一定のものじゃない。
だけど石山は、どんな価値観を持つ人間であろうとまず命を大切に考えるべきだと思っている。それが出来ない奴は許せないと思っている。
それを極端だと思うのは俺が間違っているのだろうか。
「でも、命が一番価値あるものだって言うならもうこのおじさんに価値なんて無いんだし、わざわざ病院まで付き添うことも無い気もするけどな」
こんなことを言ったら怒るかとも思ったが、石山は意外にも落ち着いていた。もしかしたら今までにも似たようなことは言われてきたのかもしれない。
「これはあたしなりのけじめっつうか……儀式みたいなもんだ」
「儀式?」
「ああ。知り合いがもう息をしていないのを確認して、病院で整えられるのを見て、そこであたしはやっとそいつが死んだことを受け入れられる。……あたしはそこまでしないと人が死んだ現実を受け入れられないんだ。全部を自分の目で確認しないと、生きてるのかもなんて思っちまう」
「自分を納得させるために、か。それって病院が死体を処置してる間もずっと傍にいないと駄目なのか?」
「そうだ」
こいつがたまに学校に来ないのはそれが理由だったのか。学校に来ることよりも、死体を眺めることを選ぶなんて酔狂な奴だ。
「にしても、やっぱり分からないな。一回話しただけの奴にそうも思いを入れられるとか」
幼馴染ならともかく、とは言わない。
「人間関係ってのは付き合いの長さだけで決まるもんじゃねぇだろ。あたしにとって、一度でも話したことのある奴はあたしの人生に関わったことのある奴で、あたしの一部なんだ」
「関わった奴は全員自分の一部なんて疲れそうな生き方してるな……。あっちからしたら石山はそんな特別な存在じゃないかもしれないのに」
「あっちがどう思ってるのかなんて関係ない。単にあたしはそう思ってるってだけだ。だからそいつが死んだら陰鬱な気分になるし、あたしは誰の事も忘れずに生きていく」
死んだ人間の事もずっと覚えている。それはなんとも自罰的な生き方ではないだろうか。
死んだ人間とは二度と会えない、だったらそんな奴の事は忘れて次の出会いに希望を持つ方が精神衛生上は良いように思う。
人間の記憶は普通年を追うごとに薄れていく。俺なんてもう両親の顔すら思い出せない。
そんな人間の機能に反抗して記憶を失わないように努めるのは酷く体力を使う行為だ。
それなのにこいつは一度でも関わった奴は忘れないと言う。それが本当なんだとしたらマゾの疑いもあるぞ。
「まあ、石山の考えはなんとなくだけど分かったよ。納得はあんまりしてないけど理解はした、そういう考えもあるんだってな。新しい視点をくれたことを感謝したい」
「あんたのために話したわけじゃねぇけどな。感謝するってんなら、そのついでにあんたの自殺についての考えも改めてくれたら幸いだ。あんたも野依さんも生まれた頃から一緒にいるって聞いたけどなんでそんなにも違うんだ」
……それはむしろ俺の方こそ聞きたいな。葵が俺と同じ考えや気持ちを持ってくれてたら俺も悩まなくて済んだのに。いや、そんな葵を俺は好きにならないだろうし考えても意味が無いな。俺が好きなのは今の葵だ。
「考えを改めるかは追々な。聞きたいことは聞けたし、救急車もそろそろ着くだろうから俺はお暇しようか」
「ああ、どこへでも行っちまえ。……くそっ、最悪の休日だった」
石山は眉間に皺を寄せて舌打ちする。地面に唾を吐きそうな勢いだ。
最悪というのは知り合いが自殺していたせいか、俺に絡まれたせいか、あるいは両方か。
自分の目的だけ果したらとっとと退散なんて、とても自分勝手だということは自覚しているけど、相手にここまで邪険にされているとこちらも離れやすくて助かる。
よし、腹も減ってきたし今日はもう家に帰ろう。石山には悪いことをしたが、俺は凄く有意義な休日を過ごせた。
「おい、」
ズボンに付いた埃を払って立ち上がると、石山に呼び止められた。
「なに? 石山も俺になんか聞きたいことでもあった? 色々話してくれたし俺も何でも教えるぞ」
聞こえているはずなのに石山は俺の言葉を無視して、真っすぐにこちらを見つめてくる。
「お前さ、野依さんを悲しませるようなことだけはするなよ」
「…………」
こいつは何をどこまで分かって言っているのか。どんな意図を持って葵の名を口にしたのか。
石山の心中は俺には図りかねたが、どう答えれば正解なのかだけは分かる。
「するわけないだろ、そんなこと」
俺は石山の目を見ずにそう言うと、石山の返事は待たずにその場を立ち去った。
さあ、明日の休日は何をして過ごそうか。
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