終わる世界で恋を探す

八神響

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三章

それぞれの未来(1)

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「なあ隼人―」
「何だー」
「なんでお前ってそんなに野球が好きなんだー?」

 一片の日が差す隙間の無い空。この様子だと午後には一雨きそうだ。
 そんな雲で覆われている空の下で俺は、クラスで一番仲のいい男友達、今村隼人いまむらはやととキャッチボールをしていた。

 石山以外の全員は小さい頃からの知り合いだ。だから昔は俺と葵と隼人と堀でよく遊んでいた。平野兄妹はその頃から平野兄妹だったから遊ぶことは稀だったが。
 けどいつしか堀は桜井先生に付きまとうようになって、葵はさらに本の世界にのめり込んでいって、そして隼人は野球にはまった。
 そうやってそれぞれがやりたいことを見つけたため、集まって遊ぶことは無くなったが、特に何もない俺は、時たまこうやって学校のグラウンドに来て隼人の練習に付き合っている。
 いつも一人で練習をしている隼人は、俺が気まぐれに顔を出しに来ただけで練習相手が出来たと喜んでくれる。

「なんで好きかって言われてもなー……。昔、親父に連れられて行った草野球の大会にちょっと参加させてもらったことがあるんだけど、それがすげぇ楽しかったんだ。俺は、その時の楽しさが忘れられない」

 隼人はボールと一緒に質問への返答をしてくる。
 俺もまた、ボールを投げ返しながら隼人に質問をぶつける。

「この町に野球チームとかあったっけ?」
「何年か前まではあったんだよ。今じゃもう人が少なくなり過ぎて無くなったけどな」

 野球は一チーム七人でやるスポーツだ。試合をやろうと思ったら最低でも十四人は集めなくちゃいけない。
 出来るだけ少人数で遊べるように調整されたらしいんだけど、それでも人は中々集まらないものらしい。まあ、超少子高齢化な世の中だ。スポーツする元気がある人も限られてくるのだろう。

「でもさすがに全員が野球をやらなくなったってわけじゃないんだろ? 残ってた人達はどうしたんだ?」
「本気で続ける気のある人は移住して別の町のチームに入れて貰ったらしい。俺もこの学校を卒業したらそうするつもりだよ」

 隼人の言葉を聞いて、俺は漠然とした不安に襲われた。

 卒業、移住。そんなものは自分とは無関係だと思っていた。
 卒業とは言っても学校に来なくなるようになるだけで、クラスメイトは全員近くに住んでるし、会おうと思えばすぐに会える。だから今の生活が変わることは無いと思っていたんだ。
 だけど移住となったら簡単には会えなくなる。卒業しても仕事をするわけじゃないから時間の余裕はあるが、会う頻度は確実に減る。物理的に距離が遠くなるというのはそういう事だ。
 引っ越した後すぐは会う約束もするだろうが、時間が経てばそれも少なくなっていくだろう。いつしか疎遠になり、顔も忘れて、そんな奴もいたなぁとたまに思い出す程度になる。

 そんな未来を想像して、俺は隼人ではなく葵の事が不安になった。
 俺も葵もあと一年と少しで学校を卒業する、そうなったら葵はどうするのだろう。好奇心が旺盛で、学校がある今ですらじっとしていない奴だ。学校という縛りがなくなったら世界中を飛び回るようになるんじゃないか?
 そうなったら移住されるよりも会うハードルが高くなる。もしかしたら卒業後、二度と会えなくなるかもしれない。
 その時、俺はどうするのだろう。葵と一緒に世界を周るか? 
 葵の傍にいる理由、いたいと思う理由が俺にはある。だが、葵からしたら俺と一生を添い遂げる理由は無いだろう。それなのに葵について行っても迷惑にしかならない気がする。

 そう考えたら、俺にはもう時間が残されていない。

「おいどうした? 急に黙っちまって。俺がいなくなるのがそんなに寂しかったか。安心しろ、まだ半年以上も先の事だ。今から考えすぎる必要はねぇ」

 隼人は急に黙った俺を気遣ったのか、爽やかな笑顔でそう言ってくれる。
 うん、でもごめん……。俺が考えてたのは隼人の事じゃなくて葵の事なんだ……。

「あっはっは。全く、隼人には敵わないな。そうだな、今は考えないようにするよ。しかしそうするつもりなら土日だけでもそこに通うべきなんじゃないか? 隼人が毎日頑張ってるのは知ってるけど、一人で練習するのには限界があるだろ」

 隼人の勘違いは訂正せず、適当に笑って別の話題を振る。
 言わぬが花というやつだ。世の中には言わないでいた方がいい事柄が沢山ある。

「体調不良や特別な用事でもない限り毎日練習に参加できるっていうのがチームに入る条件なんだ。土日だけとか中途半端なことは出来ねぇ。それに普段は一人だけど、こうして付き合ってくれる友達もいるわけだし十分だ」
「毎日ときたか、それはまた厳しい条件だ。ていうか俺と練習したところでたかが知れてるっていうか……、せめて堀がいたらピッチャーとバッターとキャッチャーとかで練習できるのにな」
「そんなに厳しくもないさ。体調不良とかだったら休めるし、何より実力不問だからな。野球好きなら誰でも入れるなんて懐が広いだろ? 堀に関してはしょうがない、あいつは桜井先生にご執心だからな。それを邪魔することなんて出来ない。……でもピッチャーか。なあ詩音、そろそろ肩も温まってきたし座ってくれないか」

 隼人はボールを左手とグローブの間で交差させながら足元の土を均す。
 これもいつもの事だ。しばらくキャッチボールをした後は、俺がキャッチャー役をして隼人は変化球や制球力を身につけるための練習をする。
 何年か前までは球速も遅い上にコントロールも滅茶苦茶だったが、今では捕球しただけで手が痺れてしまうくらいに成長した。もっと分厚いグローブが欲しい。

 隼人は俺の準備が整ったのを見ると、腕を大きく上げ、思いっきり腕を振り抜いた。
 隼人が投げたボールはパンッと大きな音を立てて俺のグローブに吸い込まれる。コントロールもばっちりだし、今日は調子がよさそうだな。
 俺と隼人の間をボールが何度も行き交う。こうなったら隼人は何を話しかけても返事をしない。ひたすら目の前のボールに集中しているから話が耳に入ってこないらしい。

 ここまでの野球バカだ、きっとチームに入っても活躍することだろう。いや、まともにバッターが立ったことが無いから何とも言えないところはあるけど。
 そういえば昔、葵が練習に交ざってきたことがあったなぁ……。運動センスが無いのか、ど下手くそだったけど。
 キャッチボールではボールを後ろに飛ばすし、バッターをやらせたらピッチャーにバットを投げつける。コントロールが悪いとか、肩が弱いとか、握力が無いとかだけじゃ説明がつかない酷さだった。
 葵は一回だけじゃ諦めず何回か来てたけど、最終的には自分には向いてないと悟ったのかぱったりと来なくなった。まあ、来られても俺たちや葵の怪我が増えるだけだったから、英断と言える。

 隼人のボールを何度も受け止めながら思い出に浸っていると、何かが頭に当たったような気がした。
 隼人もそれに気付いたのか、投球練習を中断して上を見上げていた。俺も隼人に倣って顔を上げると、空からはパラパラと雨粒が落ちてきている。
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