終わる世界で恋を探す

八神響

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四章

それはある晴れた日のこと(2)

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「行き先は想像ついているかい?」
「さすがにな。まあ、この時期に咲いてる桜って時点でほぼほぼ分かってたことだけど」
「確かに。今の時期でも不断桜や小福桜なら見れるかもしれないけど、残念ながら近くには咲いてない。そうなるともう桜を見たくなったら永年桜を見に行くしかないからね」

 葵は指をくるくると回転させながら言う。

 永年桜。詳しくは知らないけど、色々と品種改良を重ねて作られたらしい桜。
 それについて俺が知っているのは、その桜は一年中どのような環境下においても咲き続ける桜だということ。
 俺達が住んでいる場所から電車で二十分、さらに最寄り駅から徒歩五分というちょうどいい距離にあるため、両親にはよくここに連れてきてもらっていた。
 小さい頃の俺は永年桜をいたく気に入ったようで事あるごとに連れて行ってほしいとねだっていた記憶がある。
 いつしか一人でもここまで来られるようになり、そうなってからは主に一人になりたい時に見に来ていた。
 初めて自殺を見た時、両親が死んだ時、……そして葵への恋心を自覚した時。
 ただ最近はすっかりご無沙汰で、かれこれ一年以上は来ていなかった。両親が死んだ今だったら家でも一人になれるし。
 ……だけど、ああ久々に来てみるとこみ上げてくるものがあるな。

「……何度見ても壮観だね」
「……そうだな」

 俺達の目の前には普通の桜の何倍もの大きさがある永年桜。
 太い幹から何本もの枝が分かれて伸びて、咲き誇るものは薄桃色の綺麗な桜。
 視界が全てピンクに染まる。小さな悩み事なんて全て忘れられるくらいに圧倒される。
 きっとこの桜は人間が完全にいなくなって、他の動物たちも絶滅して、機械が全て動かなくなった後でも今と変わらず咲いているのだろう。
 それを確信できる程の生命力がこの桜からは感じてくる。たとえ人工的に作られた生命力だったとしても、この美しさは変わらない。

 随分と久しぶりに見たからだろうか、それとも最近思い悩むことが多いからだろうか、俺は一瞬隣に葵がいることも頭から抜け落ち、ただただ目の前の景色に没頭してしまった。
 俺に芸術的素養があったらこの景色を表現せずにはいられないだろう、それぐらい永年桜は俺の波長に合ってい
た。

「……ちょっとは元気になったかい?」
「え?」

 俺の意識が現実に戻ってきたのを見計らってか、葵が下から覗き込んで質問してきた。
 しかし俺はどうしてそんなことを聞かれているのか分からず、首を傾げてしまった。

「あー、なんと言うかね。近頃君は何かに悩んでいるように見えたんだ。ずっと、思いつめた顔をしてた」
「………………」

 ……バレてたのか。悩みのタネである葵自身には気付かれないように気を張ってたつもりだったのに。

「だからここに連れてこようと思ったんだ。君はここが好きだったから元気の足しになればいいかと思って……」
「なるほどな……。そういや葵とも何回かここに来たことがあったっけ」

 自分の好奇心に真っ直ぐで、他人に気を使う事が苦手な葵が俺のためにこの状況を用意してくれた。改めてそのことを考えると、嬉しさで顔がにやけそうになってしまう。

「いや、ありがとう。葵の言う通りちょっと悩み事があったんだけど吹っ飛んだよ。あしたからはちゃんと元気な姿を見せられると思う」

 俺は口を手で覆いながら、葵に感謝の一端を伝える。
 本当ならもっと言葉を尽くしたかったんだけど、葵程の語彙力が無い俺にはこれが限界だ。
 ……嬉しすぎて頭が回らないというのもあるけど。
 だけど葵にはそれだけでも十分だったようで満面の笑みで『良かった……』と呟いた。
 …………もしかしたら告白するのは今が良いんじゃないだろうか。
 俺が葵のことを想っているのは当然として、葵もこんなに俺に良くしてくれるなら相思相愛の可能性も無くはない。
 葵に恋愛感情が無いことは知ってるけど、遺伝子にはその感情を持っていたことが刻まれているはずだし、時と場合によっては呼び起こすことも可能なんじゃないか?
 シチュエーションは完璧だ、永年桜の前での告白なんてこれ以上はないシチュエーションと言っても過言じゃない。
 それに恋愛感情かは置いておいて、葵からの好意をここまで感じたのもきっと人生で初めてだ。現時点でも葵が俺のことを憎からず想っていてくれているのなら、俺から壁を破れば上手くいくことだって……!
 ……気が逸り、希望的観測に縋り付いた俺が葵に告白する直前、葵から放たれた言葉は俺の希望を粉々に打ち砕いてくれた。

「君が元気になってくれて本当に良かった。これで私も心置きなく先の話が出来るよ」
「……先の話?」
「うん。卒業後の話さ」

 ドクン、と心臓が大きく脈打つ音がする。

「早いものだよねぇ。学校に通い始めて十一年、隼人だって卒業する年だし私も将来のことを考えなきゃと思っててね。いや、実は結構前から計画はしてたんだけど」

 この先は聞かない方が良いと本能が告げているが、葵の話を遮る言葉は出てこない。

「私はね、世界を回ろうと思うんだ。まだ見ぬ本や本で読んだ景色、本から得た知識をこの身で体験するためにね。百聞は一見にしかず、とまではいかないけれど本を読んだだけでは分からないこともあるのは確かだと私は思ってる。だから卒業したらここを離れるつもりだったんだ。……それで物は相談なんだけどね、詩音も一緒に付いてきてほしいんだ」

 ――――ああ、やっぱり聞くんじゃなかった。

「もちろん君が嫌なら断ってくれても構わない。君の考え事を増やしたくなかったし、本当は話すかも悩んでたくらいだから。でも、君は誘われればどこへだって行くと言ってくれた。いや、さすがに拡大解釈なことは自分でも分かってるんだけど、君のその言葉が聞けた時改めて君を誘おうと決意したんだ。一人で旅をするよりも君と一緒の方が楽しくなるのは明白だしね。それに一人より二人の方が出来る幅も広くなる。だから私は君に一緒に来てほしい、心からのお願いだ」

 葵は真剣な目でこちらを見てくる。
 瞳にも言葉にも熱がこもっている葵とは対象的に、俺の心は急速に冷え切っていた。
 冷静になった頭で俺は理解する。葵が俺を異性として見てくれることは今後一生ないのだろう、と。
 プロポーズにも聞こえる葵の言葉はその実、仲のいい友達に対しての言葉でしか無い。
 かといって葵の言葉が軽いなんてことはなく、葵としても一世一代の告白のつもりだったのだろう。ずっと葵を見てきたんだから、そこで誤解はしない。
 だけど、だからこそ俺は自分が葵に求めているものはそれ以上のものなのだと分かった。
 結局、全てが降り出しだ。また考えなおさなければいけない。でもその前に葵に返事をしないと。
 そうして再び頭を働かせ始めた俺は絞り出すような声で、

「考えておく……」

 と返事をするので精一杯だった。
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