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第一章 ステキなお姉様になるよ(レイシア5歳)

4話 初めてのお手伝い

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(みんなでスーハー スーハー 深呼吸したら落ち着いたよ)

 嵐のような休み時間も終わり食堂へ集まった子供達。礼儀作法の指導の成果かオンオフの切り替えが素晴らしい。

 今日のメニューは、硬い黒パンと、具の少ない野菜スープと、わずかばかりの干し肉。手を組んで食事のための食前の祈りを行う。

「作物の実りを育む、水の女神アクア様に感謝を。私達は大自然の恵みに感謝し祈りを捧げます」

 針が落ちた音も聞こえそうな、シーンと静まりかえった食事風景。さっきまで『ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャーー』と踊り狂ってた子供達、今は静かに食事を行うギャップが凄い。あまりの落差にレイシアは混乱した。

 (音をさせちゃだめ、音をさせちゃだめ)

 スプーンでスープを掬おうとするが、緊張で手が震えスプーンが皿の縁に当たる。

「カチャカチャカチャ」

 子供達の目線が突き刺さる。

 (見られてる)レイシアは何事もなかった様にスプーンを置いて視線を下げた。目の前に一口サイズの干し肉があった。これなら!と指で摘んで口に放り込んだ。

 (しょっぱい! かたい! 水ほしい! スープ。そうスープを飲むのよ、レイシア。でもスプーンカチャカチャはまずいわ… そうだわ、パンにつけたら!)

 レイシアは、(わたしはレディ わたしはレディ)と心の中で唱えながら、スープに浸したパンを食べた。その時! レイシアの口の中で奇跡の化学反応が起きた。

 薄味の野菜スープは塩辛くなった口中の塩分を洗い流し、干されて凝縮された肉そのものの旨味を引き出した。浸された黒パンは、やわらかな舌触りになり、未だスープに付けられていない本来のパンの硬い食感は、まるで上質なクルトンの様な歯応えに。

 干し肉・スープ・パンによる味の融合。三角関係のマリアージュ。これはまさに味のジュエリーボックスや~。

 レイシアは心の底から『おいしい』と思った。

 だが、すべてはレイシアの勘違いと思い込み。様々なタイミングが成せた話だった。
 もし食べた順番がスープ 黒パン 干し肉だったら、

 『味薄い、ボソボソ、固くてしょっぱい!』

 なのだが、朝から三白眼でスーハーしたり、慣れない頭使ったり、輪になってウヒャヒャヒャヒャーと踊ったせいでお腹ペコペコ。空腹は最高の調味料。

 そこにいつもの手をかけた上品なお料理ではなく、『干しただけ、煮ただけ、小麦粉こねて焼いただけ』の三拍子そろった手抜……、よく言えば素材の味をダイレクトに引き出したいつもと違う料理法。

 口にしたことがない野性味あふれた新しい味覚とたまたま成功した三角食べの偶然の組み合わせは、空腹で塩分と水分を欲していたレイシアの体に、この食事美味しい、と勘違いさせただけの話だった。

 けれど、一度美味しいとインプットされたおかげで、レイシアは孤児院の味気ない食事を、その後も不味いと思うことなく食べ続けた。

 そんなレイシアを見ていた神父は、(貴族の子供なのに我儘言わず孤児と一緒の料理を食すとは、なんとできた子供だ)と感心していた。



 食事を終えると後片付け。勝手が分からないレイシアは、何もできずに突っ立っていた。

「そこの新入り、あんたはこっち」

と孤児のリーダー(9歳女子)サチは、パンの入ったカゴとオタマをレイシアに渡した。アイを筆頭に長く孤児院にいる子は読み書きなどの勉強は終了している。今日は調理担当だったので、サチは休み時間のレイシアの壊れっぷりは知らない。
 綺麗なドレスを着て、手を震わせ、俯きながらみすぼらしい食事を静かに食しているレイシアを見て

 (貴族の子かな?上品なお金持ちの子が捨てられたんだ。可哀想に。私が面倒見なきゃ)

と勝手に思った。

「あたしはサチ。アンタは?…………レイシア?いい名前ね。だけど孤児にはむかないわ。……今からあんたの名前はレイだ。いいね、レイって呼ぶよ」

……どこぞの風呂屋のババァ?……。

「じゃレイ、チビ共のご飯に行くよ。手伝いな」

 そう言うと鍋を抱えて歩き出した。育児室に入ると少女が二人で3歳以下の子供12人を見ている。サチは「ご飯の時間だよ。あ、こいつ新入り。ほら挨拶」と言うと鍋を置いた。

「はじめまして。レイシアです」

 レイシアはスカートを摘んで礼をすると子供達が集まってきた。

「じゃ、レイはパンを配って。チビ達はパンもらったらスープ取りにきな」

 サチはそう言うとスープを盛り始めた。レイシアはパンを配りながら

 (何この小さな生き物。カワイイ、カワイイ、頭なでたい。ほっぺさわりたい)

と煩悩に悶えていた。

 パンが1つ余った。見回すと部屋の隅で体育座りをしている少年がいた。

「あー、あの子ね。一昨日来た新入り。捨てられたばっかでいじけてんのよ…。レイ、新入り同士話でもしてきな」

 サチに言われレイシアはその子に近づいた。しかし何を話せばいいのかレイシアには分からない。仕方ないので黙って隣に座った。

 (何もできない)レイシアはそう思っていたが、心理学で言えば同調行動と言う相手の心を開かせるテクニックの1つ。下手に話しかけるより何倍も効果がある高等テクニックを使っていたのだ。

 レイシアのドレスが目に入った男の子は、姉を思い出して「おねえちゃん」とレイシアに抱きついて静かに泣き出した。

 レイシアは、(えっ、なに?わたし泣かした? どうしたの? どうするの? どうしよう? とりあえず頭なでてみる? ああ、なんて手ざわり。モフモフ?)

 男の子は強度のテンパだった。レイシアは心ゆくまで、モフモフを堪能した。



「レイ凄いね。あの子落ち着いたわ。ありがとな」

 調理場で洗い物をしながらサチは言った。レイシアはなぜ褒められたか分からない。モフモフしていただけだから。
「サチさんこそスゴイです。なんでもできて」

「あたしはみんなのお姉さんだからね」

 胸を張るサチ。レイシアはお姉さんと言う単語に反応した。

「わたし、おねえさんになります。(もうじき弟か妹が生まれるんだよ)」

「そう、お姉さんになるのね。(あの子のお姉さん役引き受けてくれるのね、よしよし)」

 ……微妙に会話が噛み合わない。

「わたしサチさんのようなステキなおねえさんになりたいです」

「だったら、何でもできなきゃね」

「何でも?」

「そう。読み書き計算、掃除洗濯食事の用意、どんな仕事もこなしてこそ一人前のお姉さんよ。かんばりな」

「うん、がんばるよ。かっこいいステキなおねえさんになるために」

 サチは、来月自分が卒院する前に(良い人材が入った。ひと月鍛え抜けば即戦力だ!)と喜んだが、すぐに孤児でないと分かり愕然とするのだった。

 レイシアは、おねえさんのハードルが、果てしなく高くなったのに気づいていなかった。
 
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