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第四章 オヤマー領 レイシア11歳

41話 特許と神の祝福

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 眼の前に出された丸い物体。ピンク、緑、白…… これは何だ?

「さあ、試食していただけるかな」

 お祖父様は一つつまむと米玉を口の中に放り込んだ。
 領主自ら毒見をした新商品。ギルド長も神父様も試しにと口にした。

「「……………………」」

 あまりの美味しさに固まる神父。あまりの美味しさに食べ続けるギルド長。

「これは……売れる!」
「これを作り出したのが、ここにいるレイシアだ。だから今回はレイシアの名で登録を行う。」

 レイシアは急に自分の名前を呼ばれたので、最初は何を言われたのか分からなかった。

「お祖父様?」
「んっ? どうした?」

「私の名前が出てきましたが……」
「おお、お前の名で登録する。特許の権利は全てお前のものだ」

「えっ?……まあ………………本当ですか、お祖父様!」

 レイシアはついつい大声で聞いてしまった。淑女教育では大声で聞くなど言語道断なのに。
 お祖父様は笑いながら言った。

「やっと素が出たな。お前にはこっちの方が似合っているのかもしれんな。さあレイシア、勉強だ。きっちりと覚えていくようにな」
「はい」
「ではギルド長、始めようか」

 ギルド長は、レイシアに様々な説明と質問をしながら書類を書いていった。レイシアと領主に確認を取ったあと、レイシアは書類にサインをした。

「では神父様、よろしくお願いします」

 ギルド長が恭しく神父様に書類を手渡した。

「ではこちらへ」

 神父様が先頭し、お祖父様、レイシア、ギルド長は、教会の礼拝堂へ向かった。
 礼拝堂にいた一般人は、儀式があると説明され一時的に外に出された。従者達も入れない。全くの貸し切りの状態になった。

「これから行われるのは、この案件が特許として認められるか。どのような特許になるか。それを定める儀式です。神聖な儀式ですので、関係者以外立入禁止なのですよ」

 ギルド長がレイシアに解説した。
 4人は礼拝席へ入と祭壇の前に上がった。

「では、始めましょう」

 神父様が祭壇の脇にある四角い石の上に紙を置いた。左側の石には契約書を。右側の石には白い紙を。

「レイシア様、こちらに右手をかざして下さい」

 レイシアは祭壇の中央に置いてある水晶の玉に手をかざした。

 その時、締め切った室内に、ふわりとした風が吹いた。

 神父が祈りの言葉を発した。祈りの言葉が終わった時、神父の体がビクンと震えた。……2秒……3秒……。ほんのわずかな時間、全ての動きが止まった。ほんのわずかな時間のはずだが、そこにいた者にとっては、ひどく長い時間に思えた。

 世界が変わったような感覚。

 お祖父様、ギルド長、そしてレイシアは、自分がどこに立っているのか分からなくなった。

 その時、神父様はレイシアの方に向きを変えた。まるで神が乗り移ったかのように雰囲気が変わっていた。雰囲気も、声も……。

 "知恵有る者よ 知恵有る者よ
 汝はなにを求む。答えよ"

 レイシアは心に浮かんだ言葉を口に出した。

「私は……、私は賢くなりたい。皆を救えるように」

 "知恵ある者よ。汝が作りし物は皆を救えし物なるかや"

「はい。新たな食は、人々の飢えを凌ぐでしょう」

 "良きかな、良きかな。知恵ある者よ。我に求めしものを答えよ"

 レイシアは心のままに、浮かんできた言葉を唱えた。

 『讃えよ 讃えよ 我が名を讃えよ
  我を讃える者 平等であれ
  富める者も 貧しき者も
  老いる者も 若き者も
  男なる者も 女なる者も
  全ての者に 知恵を与える
  全ての者は 知恵を求めよ
  知恵を求む者 我が心に適う
  知恵を求む者 男女貴賤別無し』

 それは、レイシアの師であるバリュー神父がよく口ずさんでいた、聖詠の一部だった。

 "聖詠か。なるほど、バッカスの奴の言う通りか。久しく聞かぬ聖詠を唱えし者よ、汝の名は"

「レイシア・ターナーでございます」

 "レイシア、そなたに祝福を与えよう。汝の願い我は受け取った。存分に学ぶが良い"

 その言葉が終わると、左右の石柱から黄色の光が真っ直ぐに立ち上った。レイシアが手を乗せていた水晶が熱を帯びてくる。
 思わずレイシアが手をどけると、そこから魔法陣が浮かび上がった。

「これは……」

 お祖父様が思わず声を上げると、左右の光は魔法陣に吸い込まれるように軌道を変えた。レイシアの頭上にある魔法陣は光を受け止め、レイシアに向けてさらさらと光の粒が降り注いだ。
 髪の毛に、ドレスに、当たっては消えていく光の粒たち。レイシアは魔法陣を見上げながら両手を広げ、もう一度聖詠を口ずさんだ。

 『知恵を求める者は 光を求めし者
  光を求める者よ 我が言葉に従え
  光を受け取れ 光を受け止めよ
  光を受け止めし者よ 祝福あれ』

 歌うような、語るような声は礼拝堂の壁に反射し、静かな木霊こだまが幾重にも重なりあい美しい響きとなった。
 魔法陣が光を受け止め切った瞬間、まばゆい光が魔法陣そのものを光らせやがて魔法陣が消えた。

「奇跡だ! 神よ……」

 ギルド長が膝を着き祈り始めた。
 レイシアはよく分かっていなかった。
 神父様はゆっくりと倒れこんだ。

 神聖な気配は、全て消え去った


 お祖父様はギルド長に命じた。

「今の儀式の件は、状況が確定するまで他言無用だ。儂が良いと言うまでは誰にも話さぬように。よいな」

 そして、レイシアにも言った。

「レイシア、今回の特許申請は普通ではない。しかし、素晴らしいものであった。お前も、今回あったことは誰にも話すでないぞ。いいな」

 レイシアはよく分からないまま「はい」と答えた。



 お祖父様は、パンパンと2回手を叩くと、

「神父様が倒れられた。誰か神父様を救護室へ」

 と、大声で言った。パタパタと神官らが入って来て神父を運び出した。
 お祖父様とギルド長は石上に乗っている、契約書と白紙だった紙を確認した。

「問題なく成功しています。ですが……」
「最低ランクか。あれだけの事が起こったというのに」

 「お祖父様。文字が。なぜ、白紙の紙に文字が現れたのでしょうか」

 レイシアが紙を覗き見ると、文字が書かれているのが見えた。確かに白紙だったのに。

「ああ、それも含めて説明はしよう。ただしここではできん。後でだ。ギルド長含めて儂の屋敷で話す。よいな、ギルド長よ」

「はい」

 そこへ、若い神官が駆け寄ってきた。

 「ギルド長、並びに領主様。こちらで何が起きたのでしょうか。お話を伺いたいので別室にお越しいただけますか?」

 お願いというより、命令に近い感じで神官は言った。

「なあに、儀式が終わって疲れたのであろう。このように契約も成就された。何も問題あるまい。なあ、ギルド長」
「はい、文字が浮かび上がりましたのでこの案件は成立致しました。神父様には後ほどお見舞いを致しましょう」
「そういう訳には」

 神官はなんとか連れて行こうとした。

「せめてお話だけでも」
「後にしてもらえるか? 孫がおびえていてな。 どうせ話すなら神父様を交えて話をしよう。明日でよいか? 今日は孫を返したいのでな」
「では、契約の話もございますので、私も付いて行ってよろしいでしょうか」

 ギルド長は領主の意向を汲んで付いて行けるように話を合わせた。

「そうか、では明日の午後1時に来よう。今日は孫のために帰ることにする。悪いがギルド長も付き合ってくれ。それでよいな」

 有無を言わせずお祖父様は、レイシアの手を取って歩いて行った。ギルド長は納得のいっていない神官に、いくつか言葉をかけてから二人に付いて行った。
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