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第七章 後期授業開始

96話 ビジネス作法 後期 ➀

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 建前上メイドは学園には入ることが出来ない。上級貴族たちはなんだかんだ理由を付けたり、授業の中で必要があったりするので上手く使用人を入れて様々なことを手伝わせている。しかしレイシアはそんな事は分からないし、そんな授業も受けていない。ゆえにサチはレイシアを送ると一旦寮に戻った。

「心配し過ぎなのよ、サチは」

 そう言いながら、馬小屋の掃除に向かった。



 午前の前半の授業は、レイシアがいつもダメを出されている「ビジネス作法」 前回休んでいたレイシアを見て教師は顔を曇らせた。

「え~、では授業を始める。今日からレイシアが復帰だ。みんな惑わされないようにな」

 失礼な事を言うが、実際前期の授業では悪影響しか与えていなかったレイシア。

「さっそくだがレイシア、これからテストだ。前期の最後で伝えていたはずだな。休み明けにテストをして失格したものは授業に出られない、つまり落第になるということだ。半分は前回終わった。今日は残りの生徒が行う。早速だが君からやってしまおうか」

「はい」

「なあに、一つくらい授業を落としても問題なんてないさ。レイシア、人には向き不向きと言うものがあるんだ。騎士コースの先生が誉めていたぞ。才能にあふれていると。そちらを目指せばいいんじゃないのか?」

 レイシアは黙って教師を見つめた。

「じゃあ最後のテストだ。私が取引先相手。これから君は新商品を売り込みに来る。アポイントは取ってある状態でどれだけ売り込めるか。商品は何でもよい。売り込めそうなものは用意してくるように言っておいたはずだ。では始めようか」

 そう言うと、イスに腰を掛けた。

「さあ、そこにドアがあると仮定して始めたまえ」

 レイシアは見えないドアをノックした。

「失礼いたします。アーク商会のレイシアです」
「入れ」

 レイシアはドアを開けるふりをして一歩部屋に入り込み礼をした。

「いつもお世話になっております。アーク商会のレイシアです。いつもご贔屓頂きありがとうございます」

 教師は目を見開いた。いつもは「ぐひひ、旦那ぁ、毎度ぉ」などと下町の流儀をしだすレイシアが、きちんと挨拶が出来ている。その驚きでいっぱいになった。

「あ、ああ。どうぞお座りください」
「では、失礼して腰をかけさせて頂きます。ご配慮ありがとうございますね」

 優雅にイスに座るレイシア。そこにはお母様から仕込まれた貴族としての振る舞いがにじみ出ていた。

「本日はお忙しいお時間を、私のために割いて頂き誠にありがとうございます。そのご期待に添うような、素晴らしい商品をお持ちいたしました。こちらでございます」

 レイシアはカバンから、『サクランボのジャム』を取り出した。カンナさんとイリアさんにお土産にしようとしていたのだが、昨日の騒ぎで渡し損ねていた。

「こちらはターナー産の『サクランボのジャム』でございます。王都から遠く離れた理想郷がターナー領。そこで取れた『サクランボ』という甘味と酸味が絶妙に備わった果実がこちらです。すぐに傷むため近隣でしか召しあがれませんが、こうしてジャムにすることで長期の保存と運搬が可能になりました。非常に珍しいもの故、かなりのビジネスチャンスがあるかと存じますが、いかがでしょうか」

 教師はゴクリと唾を飲み込んだ。あまりにも魅力的な商品。的確なアプローチ。実家は大きな商会。兄の邪魔にならぬよう教師として身を立てているが、本当は兄ではなく自分が商会を継ぎたかった程、商人に魅力を感じていた過去。これがあれば商会のためになる。そんな思いが出て来たのだった。

「とは言え、さすがに知らないものを買えと言う訳にはまいりませんよね。こちらはサンプルとしてお渡しいたしますわ。皆様で商品を確認して頂いてからお話は詰めさせて頂きたいと思うのですがいかがでしょうか」

「あ、ああ。よろしく頼む」

「ありがとうございます。他にも選りすぐりの商品を紹介いたしますので、今後ともアーク商会のレイシアをどうぞご贔屓にお願いいたします」

「ああ。よろしく頼む」

「では、私はこれで失礼いたします」

 レイシアはていねいにお辞儀をすると、ドアを開けるふりをして出て行った。



「いかがでしたか?」

 いつまでも動かない教師に向かってレイシアは声をかけた。

「あ、ああ。合格だ」
「ありがとうございます」

 そう言うと、テーブルに置いていたジャムの瓶を素早く回収した。

「あっ」
「どうしました?」

 教師はジャムに向かって手を伸ばした。

「そのジャムはいくらで売れる?」
「こちらですか? 私もそんなに持ってないんですよ。お土産で取っていただけですから」
「私に売れ。いくらだ」

 教師は必死になった。どんな味だ? クオリティは? どこが販売ターゲットになる? もはや教師ではなく商人としてのカンが教師を突き動かす。

「味も見てないですよね」
「ああ。しかし美味いんだろう」
「ええ」

 レイシアも商人、というより調理人のモードに入っていた。原価と売値。どこまで値を釣り上げて価値を保つか。最初が肝心だ。安売りはいけない。ふっかける位がちょうどいい。

 商人対職人。値段交渉が始まった。

「まずは、味を見ていただきましょうか。私が個人的に食べている瓶の残りからですが試食なさりますか?」
「いいのか?」
「お気持ちがあれば大銅貨5枚で一粒」
「払おう」

 レイシアはカバンからパンとお皿とスプーンを出し、教師にサクランボ一粒を載せたジャムをパンに乗せ差しだした。

「こちらがサクランボのジャムになります。味わってお食べ下さい」

 教師は、確かめるように匂いを嗅いだ。初めて嗅いだサクランボの匂い。爽やかな酸味を感じる。最初にトロリとしたジェル状のジャムを舐める。初めての味。甘味が酸味のおかげでくどくない。不思議な香りが口いっぱいに広がる。この量でこの風味。素晴らしい! パンをかじり、口直しをした。

「ミルクはいかがですか?」

 レイシアがミルクを差しだす。どこから出したんだ? 教師は疑問がよぎったが、サクランボジャムに集中した。一口ミルクを飲むと、サクランボの粒を口に入れた。


   「口福こうふく


 まさにそうとしか言えなかった。舌で潰せるほど柔らかく煮込んだ果実はふくよかな果汁を口いっぱいに放つ。噛むたびに感じる酸味がジャムの甘さを洗い流し、得も言えぬ香りが鼻腔を刺激する。

 幸せな時間はすぐに去る。ゴクリと飲み込んだ後余韻を楽しむのもほんのひと時。パンとミルクを食べて口の中を洗い流すと素晴らしい記憶だけが残った。


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