8 / 41
Episode.01 ルクリア・ピンセアナ
6
しおりを挟むガタゴトと繰り返し揺れる馬車の中。少年は一人窓の外を見ていた。
『お兄様、…行ってらっしゃいませ。』
『…っお兄様のお帰りを、お待ちして、おります…っ。』
少年が脳裏に思い浮かべるのはただ一人、彼の愛する妹の姿である。
妹ーーールクリアは、泣かなかった。少年は先程の少女の姿を思い出す。
愛らしい姿をした彼の妹は、極度の人見知りで、しかし、兄である彼を慕っていた。
学院に旅立つ兄の見送りの場で、少女は笑ってみせたのだ。少年には、泣きそうになるのを堪えながら笑む少女がやけに気高く見えた。
あの愛らしい妹はいつの間にあれ程成長したのだろうか、と少年は目を伏せる。
人見知りのあの少女を家に残すのは心配に思っていた。だからこそ、その成長は嬉しく思う。
…思う、のだが。
寂しい。そう思ってしまう自分は、きっと兄としてまだ成長できていないのだろう。
自分はきっと「行かないで」と、そう言って欲しかった。
少年は視線をついと後方へ向ける。自分が来た道を辿るその視線の先にあるのは、彼の自宅。少女が存在するであろう場所だ。
少女は大丈夫だろうか。きっと、今頃泣いでいるのではないか。心配で、心配でーーー
ーーーでも、自分はずっと彼女の傍にいれるわけではないから。
『あの子にとって休まる場所があるというのは良いことです。しかし、そこに依存してしまえば、あの子は成長することなく、今の状態のままとなるのですよ。』
『あの子の成長の機会を私は守りたいと思うの。』
出発の前日、母親が少年に伝えた言葉。少年は何も返すことができなかった。
知っている。わかっていた。言われたことはなかったけど、少女が年を重ねる度に少年は感じていた。
〝もうそろそろ〟
〝いつまで〟
〝このままでは〟
少女がただの人見知りでないことぐらい、屋敷にいる全員がわかっていた。このままでは少女が貴族として生きていくことができないことも。
少年は賢い。実年齢以上に聡い。だからこそ、周囲の人間の視線の意味することくらい理解していた。
少年が学院へと行き、家を離れるのは絶好の機会なのだ。少女がどれだけ不安で怖くて堪らなくても、少女のために必要な成長の機会。
そして、別れの日。少女は成長していた。小さな一歩。しかし、これで証明された。少女は弱いが成長できないわけではないと。
少年はただ、あの小さな妹が幸せになることを願って学びの舍へと旅立つのだった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
氷の公爵は、捨てられた私を離さない
空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。
すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。
彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。
アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。
「君の力が、私には必要だ」
冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。
彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。
レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。
一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。
「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。
これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?
山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。
二度目の初恋は、穏やかな伯爵と
柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。
冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる