引きこもりたい伯爵令嬢

朱式あめんぼ

文字の大きさ
22 / 41
Episode.03 旅立ちの日は近く

しおりを挟む


 今日はいつもより少し早い朝を迎えた。朝日に喜ぶ薔薇の匂いが鼻をくすぐる。甘くて、優しい匂い。

 ソフィーナとリーンの手を借りて着替え、お父様とお母様と一緒に朝食をとる。美しく食べ進めるお母様に対し、今日のお父様はちらちらと視線がさ迷って忙しない。

 困惑するわたしにお母様が微笑む。大丈夫よと言われたような気がして、微かに頷き料理を口に運んだ。



 「ルクリア。」

 わたしの荷物を積んだ馬車は前日に発ったことを知ったのはついさっきだ。先に準備をしなければなりませんから、とソフィーナに教えてもらっているところで、お父様がわたしを呼ぶ。

 ソフィーナは静かに後ろへ下がった。

 「…学院はそんなに悪いところではない。」

 それだけを告げ、お父様は仕事に戻ると背を向けた。

 「心配しなくていい、と言いたかったみたいね。」

 「お母様?」

 お母様は少しおかしそうに笑った。

 「恥ずかしがりだから。あの人もあの人なりに貴女を心配しているのよ。」

 そうなのだろうか。いや、お母様が言うのだから間違いはないはずだ。お父様は、私を心配してくれているらしい。その事実は少し嬉しかった。

 「ルクリア、私は貴女の頑張りを誰よりも認めているわ。」

 力強く、しかし淑やかに微笑んでみせるお母様。わたしを、導いてくれた人。支えてくれた人。


 「お母様、今までありがとうございました。」


 礼とともに言った言葉にお母様が笑う。

 「今生の別れではないのだから。…頑張ってらっしゃい。」

 「はい。」

 お母様が王都への移るのは半年後の予定らしい。ピンセアナ領は以前からお父様とお父様の甥が経営しているそうだ。お父様は王都での仕事が多いようだから当然だろう。


 「それと、これを貴女に。」

 お母様がメイドから受け取り、わたしに差し出す。

 「ありがとうございます。」

 受け取った瓶の中で液体がゆらりと波打つ。香ったのはあの薔薇の匂いだった。

 「これは…。」

 「ええ、貴女の好きな〝ルクリ・スア〟の香油よ。」

 香油、と小さく呟く。

 「他にもいろいろと加えているけれど、その匂いが香り立つようにお願いしまの。」

 精油でも良かったのだけれど、香油の方が使い勝手がいいでしょう?

 お母様はそう言って微笑む。

 「…お母、様。」

 不安だった。不安で不安で堪らなかった。知らない人しかいないようなところで、これから過ごしていかなければならないことに。

 それでも、この匂いがあれば、頑張っていけそうだと思った。


 「わたくし、がんばります。」



 そしてわたしはピンセアナ伯爵領を旅立った。向かうのは王都にある学院。お兄様のいる場所だ。



しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

処理中です...