22 / 41
Episode.03 旅立ちの日は近く
4
しおりを挟む今日はいつもより少し早い朝を迎えた。朝日に喜ぶ薔薇の匂いが鼻をくすぐる。甘くて、優しい匂い。
ソフィーナとリーンの手を借りて着替え、お父様とお母様と一緒に朝食をとる。美しく食べ進めるお母様に対し、今日のお父様はちらちらと視線がさ迷って忙しない。
困惑するわたしにお母様が微笑む。大丈夫よと言われたような気がして、微かに頷き料理を口に運んだ。
「ルクリア。」
わたしの荷物を積んだ馬車は前日に発ったことを知ったのはついさっきだ。先に準備をしなければなりませんから、とソフィーナに教えてもらっているところで、お父様がわたしを呼ぶ。
ソフィーナは静かに後ろへ下がった。
「…学院はそんなに悪いところではない。」
それだけを告げ、お父様は仕事に戻ると背を向けた。
「心配しなくていい、と言いたかったみたいね。」
「お母様?」
お母様は少しおかしそうに笑った。
「恥ずかしがりだから。あの人もあの人なりに貴女を心配しているのよ。」
そうなのだろうか。いや、お母様が言うのだから間違いはないはずだ。お父様は、私を心配してくれているらしい。その事実は少し嬉しかった。
「ルクリア、私は貴女の頑張りを誰よりも認めているわ。」
力強く、しかし淑やかに微笑んでみせるお母様。わたしを、導いてくれた人。支えてくれた人。
「お母様、今までありがとうございました。」
礼とともに言った言葉にお母様が笑う。
「今生の別れではないのだから。…頑張ってらっしゃい。」
「はい。」
お母様が王都への移るのは半年後の予定らしい。ピンセアナ領は以前からお父様とお父様の甥が経営しているそうだ。お父様は王都での仕事が多いようだから当然だろう。
「それと、これを貴女に。」
お母様がメイドから受け取り、わたしに差し出す。
「ありがとうございます。」
受け取った瓶の中で液体がゆらりと波打つ。香ったのはあの薔薇の匂いだった。
「これは…。」
「ええ、貴女の好きな〝ルクリ・スア〟の香油よ。」
香油、と小さく呟く。
「他にもいろいろと加えているけれど、その匂いが香り立つようにお願いしまの。」
精油でも良かったのだけれど、香油の方が使い勝手がいいでしょう?
お母様はそう言って微笑む。
「…お母、様。」
不安だった。不安で不安で堪らなかった。知らない人しかいないようなところで、これから過ごしていかなければならないことに。
それでも、この匂いがあれば、頑張っていけそうだと思った。
「わたくし、がんばります。」
そしてわたしはピンセアナ伯爵領を旅立った。向かうのは王都にある学院。お兄様のいる場所だ。
0
あなたにおすすめの小説
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
うわさの行方
下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。
すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。
戦場から帰るまでは。
三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。
ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙冬可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。
白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします
鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。
だが彼女は泣かなかった。
なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。
教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。
それは逃避ではない。
男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。
やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。
王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。
一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。
これは、愛を巡る物語ではない。
「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。
白は弱さではない。
白は、均衡を保つ力。
白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。
転生皇女はフライパンで生き延びる
渡里あずま
恋愛
平民の母から生まれた皇女・クララベル。
使用人として生きてきた彼女だったが、蛮族との戦に勝利した辺境伯・ウィラードに下賜されることになった。
……だが、クララベルは五歳の時に思い出していた。
自分は家族に恵まれずに死んだ日本人で、ここはウィラードを主人公にした小説の世界だと。
そして自分は、父である皇帝の差し金でウィラードの弱みを握る為に殺され、小説冒頭で死体として登場するのだと。
「大丈夫。何回も、シミュレーションしてきたわ……絶対に、生き残る。そして本当に、辺境伯に嫁ぐわよ!」
※※※
死にかけて、辛い前世と殺されることを思い出した主人公が、生き延びて幸せになろうとする話。
※重複投稿作品※
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる