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パン屋の人気店員
しおりを挟む子爵との遭遇から数日が経った。
あの日のことはアデーレからアドルフさんに伝えられたらしく、アドルフさんから「スペーラとやらにも伝えておくんじゃぞ」との言葉をもらった。
心配性な友人に心配かけないよう伝えないでおこうと考えていた私は、その言葉にわかりやすく反応してしまい、「返事が聞こえんぞ」と念を押された。「はい」と頷くしか選択肢はなく、森へ帰宅後、きっちりと事の詳細をスペーラに伝えた。
案の定、心配性な彼はしばらく街へ行かない方がよいと言い始めたが、アドルフさんの誕生会のことを説明して了解は得た。納得は得られていないが。
「アドルフさん、頼まれていた薬草とその他いろいろ持ってきました」
一つひとつの薬草を鞄からだすごとに、アドルフさんから感心したような、呆れたような溜め息を受けつつ全てを出し切る。
「スペーラが張り切ったみたいなんです」
アドルフさんが私のことをお客さんから守ってくれているという話をしたからだろう。お世話になっているからと保護者らしく張り切ったスペーラはいつもの1.5倍程の薬草を収集してくれたのだ。
「ほう…こりゃまた、珍しいもんだな」
これまたあいつが喜びそうな…と、小さく呟くと、こちらを見る。
「マーレ、気をつけるのじゃぞ」
心配の色に染まった瞳につい笑ってしまいそうになる。いつも間に、私を心配してくれる人が増えていたようだ。
「はい」
今回ばかりははっきりと頷いて応える。それでも、アドルフさんの心配はまたまだ消えないようだった。
店を出てしばらく歩く。
自分のことを心配してくれるのは嬉しいが、なんだか少し恥ずかしい気もする。スペーラ以外の人間との交流に慣れていないからだろうか。
そんなことを思いながらフラフラと歩いていると、後ろから声がかかる。
「そなた…アデーレの友人ではないか?」
パッと顔を上げると、目の前にいたのは噂の子爵。今日も上品な衣服に身を包み、こちらに目を向けていた。
「そのローブ、間違いない。そなただろう?」
アデーレへの興味のついで、という風な口調にこれならば大丈夫かもしれないと考える。
「今日はぜひともその顔をーーーっ!」
目が合った。
子爵は驚きに顔を変えると、すぐさまこちらへ歩みより、ガシッと方を掴んだ、
「そなた、魔術師だったのか…!!」
どこか喜色に染まったような声に嫌な感じしかしない、と顔を引きつらせる。
「とりあえずわたしの家に来てもらおうか」
何が「とりあえず」なのかわからないまま、子爵に引きづられていく。どうしようと考えながら周囲に目を配るが、視界に入る人ちは、一人残さず視線を逸らされた。
まあ、そうでしょうと心の中で頷く。
「マーレ!?」
諦めを覚えたところで、大きな声が私を呼ぶ。
「…フレディ?」
知った声にその名を呼ぶと、振り向いた先で彼は慌ててこちらへ走ってくる。
「ドラーナ子爵、どうかお止まりください!」
フレディの言葉に子爵がようやく足を止めた。先程から思っていたが、子爵家は従者を連れぬほどお金がないのだろうか。生憎、私は子爵の家がどこにあるのかさえ知らないので見たことはない。
「お前は…アデーレのパン屋で働く者か」
アデーレのパン屋ではなく、アデーレの両親のパン屋だと心の中で訂正しながら、フレディを見る。その顔は憔悴しきっていた。
「覚えていただきありがとうございます。…ところで、ドラーナ子爵はなぜその少女をお連れになっているのでしょう」
いつも軽い口調のフレディ。そんな彼の丁寧な言葉は少し違和感が残る。そう言えば、「今そんなことはどうでもいい!」と怒られそうだが。
「ああ、この者は魔術師であるため、うちに招待しようとしておるのだ」
招待、という言葉の意味を考えーーーえ、マジュツシ?そう言えば、子爵は先程も同じような言葉を発していた気がする。
「マーレが魔術師…?いえ、それより、彼女は私の友人なのです。彼女のことをよく知っていますが、彼女は子爵に合うような身分の者ではありません、どうか家に連れるなどということはなさらないでください」
フレディは子爵から私を離そうとしてくれているのがわかった。そういえば、フレディは初めて会ったときからいても優しかったと思い出す。
「そうだな、私と合う身分の者はこの街ちはいないであろう。しかし、私はそう心が狭いわけではない。それに、彼女は魔術師であるからな」
マジュツシというものが理解できないまま話は進む。アドルフさんに気をつけろと言われたばかりだったのにと思いながら少し息を吐く。
「いえ、しかし…っ」
フレディの焦りが大きくなる。少しイラついたのか、子爵が私の腕を掴む力が強くなった。
「もうよいか?本来君は私と話せる身分ではないのだ」
フレディと目が合う。焦りに染まった顔ににこっと笑うと、彼は驚いたように目を見開いた。
「…マーレ?」
小さな呟きが聞こえた。子爵がまた歩き出す。フレディは固まったままだ。
そんなとき、またも子爵へと声がかかった。
「ドラーナ卿?」
やけに落ち着いた声に子爵がイラついた様子で振り返りーーー息を飲んだ。
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