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4.パラレルワールドの奈良時代に召喚され式神契約の儀式をされる
しおりを挟む勝と触れ合ったと思った指先は、虚空を掴んだだけだった。
蝶の群れが一斉に消え、暗闇の中、一匹の蛾だけが、飛んでいた。
『…我…』
蛾から声が聞こえる……?
『我を守れ。我と生きよ』
蛾が人の姿を取る。
『我は、そなたを欲しておる』
助彦は、驚きのあまり目を見開き、息を呑んだ。
蛾が人間に姿を変えたのは、衝撃的な光景だった。
だが、それよりも気になったのは、現れた人物だった。
桔梗色の着物に身を包んだ青年は、背が高く、大人びた顔立ちをしている。
助彦は、その顔に見覚えがあった。
そう、その青年は、助彦が夢にまで見た大人になった自分の姿。
理想の姿をした青年は、手を差し出した。
『そなた。我に使えよ』
差し出された手を夢現で握った助彦は、天地がひっくり返ったかのような、衝撃を受けた。
「いって~!」
助彦は、痛さに悲鳴をあげた。どうやら、地面に腰を打ちつけたらしい。
痛い腰をさすりながら立ちあがると、先ほどいたアスファルトの道で無いことに気づいた。足元はかたい土で、助彦を囲むように円が書かれている。円に沿うように書かれた文字は、青白く発光していたが、徐々に光を失い、円ごと消え去った。
辺りを見渡すと、なにかの儀式で使用する札が、木の枝のあちらこちらに吊るされている。どうやら、助彦が今いる場所は、林のようである。
「あれ?おれ、さっきまで、通学路を歩いていたはずなのに……」
あまりの風景の違いに茫然としていると、聞き覚えのある声がした。
「貴様が我の式か?名を申せ」
「えっ」
声のした方を向くと、そこには、不可思議な空間で出会った青年が、品定めをするように助彦を見下していた。
「聞こえなかったのか?貴様の名を名乗れ。式神」
「……式神?」
首をかしげる助彦に、青年は、偉そうな態度で説明した。
「貴様は、人の姿に扮した妖怪の類であろう。ならば、陰陽師に使えられるのは、名誉に値するはずだ。特に、位の高い藤原家の者に使えられるのは、感激であろう」
「藤原家?おれは、藤原助彦だけど?」
「妖怪如きが、藤原の姓を名乗るな!」
青年の目が細くなる。腰に吊るしてある刀に手を添えた。
「それ、本物の刀じゃないよな?」
助彦は、身の危険を感じて、腰を落としたまま見構えた。
「真剣に決まっておろう。試し切りされたいのか?」
青年は、ためらいもなく刀を抜いた。研ぎ澄まされた刃におびえ切った助彦が映る。
「あんたが何を勘違いしているのかわからないけれど、おれは妖怪じゃない。人間だ!」
「人間?」
「そうだ!」
「では、そのおかしな格好は、なんだ?」
「おかしな格好?お前こそ、奈良時代みたいな着物を着て……」
そこまで告げて、助彦は気付いた。
目の前の青年が着ている着物は、奈良時代に流行った形状で、母、京子がもっとも愛する形状の着物でもある。
助彦が疑問の眼差しを目の前の青年に向けると、林をかき分けながら男性が姿を現した。
「ヤジリ。式神召喚の儀式は、順調に進んでいるか?」
男性は、低い声で、助彦と向き合っている青年に声をかけた。
年は、二十代後半ぐらい。足元に届きそうな程長い銀髪だ。紫色の下地に菊の花が銀で刺繍してある質の良い着物を着ている。
ヤジリと呼ばれた青年は、男性に頭を下げた。
「菊之介様。召喚した式神ですが、自分は人間だと名乗り始めて……」
「人間だと名乗る妖怪だと?それはまた奇妙な……」
菊之介と呼ばれた男性は、助彦を見ると息を呑んだ。
「……時は、満ちたか」
「菊之介様?」
「ヤジリ。この者は、おそらく我ら陰陽師の宿敵、鬼の間者(かんじゃ)だ」
「鬼の間者ですか?」
「ああ、本来召喚されるべき妖怪では無く、儀式を利用して紛れ込んだ鬼の手先だろう」
「殺しますか?」
ヤジリの目が殺意を込めて細くなる。
「いや。様子を見よう。しばらくは、ヤジリの式神として扱え」
「しかし菊之介様。それでは、鬼の思う壺なのでは……」
「そなたほどの優秀な陰陽師ならば、いつでも退治は可能だろう。今は、見える所で躍らせておけばいい」
「ですが……」
「ヤジリ」
菊之介が、助彦に聞こえないように、ヤジリの耳元で何かを呟いた。
その途端、ヤジリの瞳が虚ろになる。
そして、ヤジリは、菊之介に導かれるまま、接吻を交わした。
男同士での接吻。
「なっ!」
助彦は、何が起こったのかとっさに理解出来ずにただ赤くなった。
菊之介との接吻を終えたヤジリは、虚ろな表情のまま、助彦の前に立つ。
「なっ。なんだよ!」
助彦の戸惑いを気にせずに、ヤジリは、早口に呪詛を読む。
「我と契約を交わす者には、恵を与えん
我の願いを叶えるのならば、そなたの願いを叶えん
我に従え。それが、そなたの誇りになるだろう
我と共に歩め。そなたの運命なり
我を守れ。我と生きよ
我は、そなたを欲しておる
そなた。我に使えよ」
不可思議な空間の再現のようにヤジリは、呪詛を読む。
先ほどとよく似た青白い光を放つ術式が、助彦を中心に展開された。
「汝、藤原助彦よ。式神契約の儀式はここに完了した。いついかなる時も我に従い、我に使えよ」
ヤジリの閉めの言葉で術式は、助彦の身体に吸い込まれた。
助彦はいままで自由だった、‘なにか‘が捕えられたような束縛感を感じた。
身体全体を拘束されたようないやな刺激が襲いかかり、喘ぎながら意識を手放した。
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