インビジブル(超・本格推理小説)

冨井春義

文字の大きさ
1 / 32
2009年7月

見えない少年1

しおりを挟む
インビジブル【invisible】(形容動詞/名詞)
超心理学におけるインビジブルとは超能力(psychic ability)の一種である。
この名称はH.G・ウェルズの小説「透明人間(invisible man)」に由来するが、小説のように実際に透明化するわけではなく、周辺の人物に対して自分の存在を認識させない能力であり、おそらくは超感覚(Extra Sensory Perception=ESP)能力のひとつであると推測される。

ジョセフ・リッチフィールド著「超心理学の基礎知識」より

---------------------------------------------------------------------------

 私立青葉学園中等部3年の宮下真奈美みやしたまなみはテレビドラマを観るのが好きだった。特に好きなドラマは沢口靖子主演「科捜研の女」である。

「科学は嘘をつかない」を信条に、凶悪化・ハイテク化する犯罪に立ち向かう法医研究員・榊マリコは真奈美の理想の女性像だった。
 時には仲間たちとも反発しながらも決して自分の信条を曲げず、事件を解決する。
そして彼女はとても美しく、品があり、とても清らかだ。

(私もマリコのようになりたい。でも。。)

 自分はマリコのようにはなれないだろうという、暗い思いが頭をもたげる。

(私は狂っている。科学ですべてを割り切ることなんて、とてもできない)

 真奈美がテレビが好きなのには理由がある。それはテレビの人たちからは、心の声が聞こえないからだ。

 初めて心の声が聴こえたのは2年生のとき。14歳のある日、真奈美が初潮を迎えたことを母親に報告したときのことだ。
 優し気に微笑む母からは確かに、『ああ嫌だ。この子もオンナになっちゃったのね。いやらしいわ』という声が聞こえた。
 あまりに酷い言葉にとても驚いたが母の口は動いていなかったので、真奈美は空耳かもしれないと自分を納得させようとした。
 しかしこの時を境に、他人の考えることが声になって聴こえるようになったのだ。
 いや、それは本当に他人の考えなどではなく、狂った自分の心が生み出す幻聴なのかもしれない。

(きっと私は狂っているのだ)

 そう思わないとやっていられないほど心の声はとても醜いことが多い。
 父も母も、明るい家族を演じながら心の中ではいつもとても醜いことを考えている。
 両親だけではない。出会う人、誰もがそうなのだ。人間とは醜い生き物だ。

 学校に行くことは真奈美にとっては地獄だった。真奈美の意思とは無関係に、クラスメイトたちの心の声が頭に飛び込んで来るからだ。

「真奈美~おっはよう♪」

 通学路で声を掛けてきたのは小学生のころからの親友である高橋真紀だ。

(親友・・・そう・・ずっとそう思っていたのに。。)

 真紀の心の声が聞こえる。

『あらあら、今日もカワイイ振りしちゃって。自分で思ってるほどかわいくなんかないわよ』

 人の心とは醜い物である。それは真奈美とて例外ではないが、毎日それを嫌と言うほど突きつけられるのだ。

「真奈美~!ほら、早坂先輩よ。挨拶しよ!」

 ウキウキした声で真紀が言う。
 ふたりの先を歩いている3人の夏服の男子生徒たち。
 そのひとりが、女生徒たちのアイドル的存在である高等部バスケットボール部のキャプテン・早坂だ。

「早坂先輩、おはようございます」

 真紀が声を掛けると、3人の男子生徒たちが一斉に振り返る。
 真奈美は男子生徒に近づくのが苦手である。彼らはどうせ碌なことを考えていないからだ。

『うわ~女の子の夏服いいなあ。ブラがちょっと透けて見えそうだな』

『こっちの子は胸でかいな。触ってみたいなあ』

 こうして男子たちは真奈美たちの制服を妄想で透視しはじめるのである。

「おはよう。ええと、君たちは中等部の子だよね」

「は、はい!」

 長身なスポーツマンの早坂に爽やかな声でそう言われて、真紀の心が舞い上がっているのがわかる。
 しかし早坂の目は真奈美に向けられていた。

『おっ!こいつ、かわいいなあ。***が***だな。***したいぜ』

 早坂のいやらしい心の声につづいて真樹の嫉妬に満ちた声が聞こえる。

『なんなの?真奈美、てめえ早坂先輩に色目使ってんじゃねえよ』

 こんなことが一日中続くのだ。

(テレビがいい。マリコは醜いことなんか考えない。テレビの世界に行きたい。。)

 授業中もクラスメイトたちの心の声は止まない。
 最近は少しづつ、それを受け流す技術を身に着け始めていたが、それでもまったく気にならないわけではない。
 真奈美は気力を振り絞って勉強に集中しようと努めていた。

 その声はある日の数学の授業中に聞こえてきた。

『・・・完全に消えてしまえないものか。。』

 驚いた真奈美は声の聞こえる後方の席を見た。
 そこには色白でか細くて、あまり特徴の無い無表情な顔立ちの男子生徒が座っていた。真奈美が初めて見る顔だ。

(誰?・・なんで知らない子が授業を受けているの?それになんで誰も気にしてないの?)

 真奈美は少し精神を集中して、その男子生徒の心の声を聞こうとした。
 その男子生徒の心は驚くほど静かであった。何も考えていないわけではないのだが、それはただ授業の内容を反芻しているだけで、それ以外何も聞こえない。
 14歳のあの日以来、真奈美が精神を集中しても心の声が聞こえないなんて初めてのことである。

(でもさっき聞こえた『完全に消えてしまえないものか』っていうのは?まさか自殺を考えている?この子の名前は??)

 休み時間。

「ちょっといいかしら?」

 真奈美は思い切って、その男子生徒に声を掛けてみた。

「ええと、あなたの名前は・・・」

(ああ、そうだ。思い出した。なんだずっと以前から同じクラスに居た子じゃない。どうして今まで思い出せなかったんだろう?)

「・・山口肇やまぐちはじめ君よね?」

 休み時間になっても授業中と同じ姿勢のまま席に座っていた山口肇はゆっくりと顔をあげ、真奈美の顔を見た。
 そして抑揚の無い声でこう言った。

「宮下君には僕が見えるのかい?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話

そう
青春
ある日家に突然現れた謎のサキュバスのホルさん! 好感度はMAXなようで流されるがまま主人公はホルさんと日常を過ごします。 ほのぼのラブコメというか日常系小説 オチなどはなく、ただひたすらにまったりします 挿絵や文章にもAIを使用しております。 苦手な方はご注意ください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

処理中です...