空手バックパッカー放浪記

冨井春義

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旅の終わり

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「静子さんから連絡はありましたが、今回もまた命がけの冒険になっちゃったんですね。とにかく無事に戻ってこれてよかったです。」

出張完了の報告と、チェンマイでの出来事を報告をした私に中田さんが言います。
ここはバンコクの私たちの定宿**innです。

「そうですか。静子さんはそんな事言ってましたか」
中田さんが言います。

「はい。静子さんて一体どういう人なんですか?人の心が分かっているというか、普通の人じゃないですよね」

中田さんはちょっと顔をしかめながら答えます。

「だから僕は静子さんは苦手なんですよ。人の心の痛いところにぐいぐいと入り込んでくるから」

・・・ああ、なるほど。中田さんを痛い目に合わせたというのは、そういうことだったんだ。

「まあ、しかし確かに静子さんの言うとおりかもしれませんね。トミーさんは日本に帰った方がいいでしょう。じゃないと、今度こそ命を落としちゃうかもしれませんから」

「はい。そういうわけで申し訳ありませんが、僕は明日にでも日本に帰ります」

「本当はもう少し、トミーさんと一緒に仕事がしたかったんですけどね。でもわかりました。今度は日本で会いましょう」

中田さんはタイ定住者ではなくあくまでも長期出張ですので、時折日本には帰国しているのです。

私は日本行きの飛行機の予約をした後、部屋で荷物をまとめます。
畳んだ空手着に黒帯を巻き付けバックパックに押し込むと、スリランカでの空手デモンストレーションの日々が思い出されます。

・・・わずか半年少々の旅だったけど、もう何年もこうしていたような気がするな。

パッキングしながらぼんやりとそんなことを考えていました。

翌日。

今回は空港まで中田さんが見送りに来てくれました。
最初にこの空港ロビーに降り立った時に感じた異国の雰囲気は、今は感じられません。
まるでこの国がずっと私の居場所だったように。
しかし、もうまもなく搭乗時間です。

「トミーさん、日本に帰ったら連絡くださいね。僕も帰ったら連絡します。じゃあ日本で」

「はい、中田さん。いろいろお世話になりました」

中田さんという人も不思議な人物です。
静子さんは中田さんのことを、私が思っている以上のワルだと言いましたが、そうは思えません。
タイに居る間、終始私のことを気遣ってくれていましたし、おそらくチェンマイの静子さんのところへ私を行かせたのも、彼の気遣いだったのでしょう。

・・・・

飛行機が離陸すると、すぐにバンコクの街並みが小さなジオラマのように見えます。
そしてやがて窓の外は雲と空しか見えなくなりました。
私は心の中でタイに別れを告げました。

そしていよいよ私の旅が終わります。
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