異世界は理不尽です ~転生して男の娘なった俺は拷問を受けたので闇に堕ちました~

もくめねたに

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第2章 冒険者の日常

野営の秘密

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 夕日が沈みかける時間帯。
 俺達の討伐隊は街道をずれて、森の中をひた歩いていた。

「······まったくいねぇな」
「ええ、そうね。流石におかしいわ」

 数時間さまよっても魔物に一切出会わなかった。
 森の中は異様なほど静けさ。
 自分達の草木を分ける音、地面を踏み鳴らす足音以外何も聞こえない。 

 おそらく、森の中の魔物はドラゴンの巣から離れるために逃げたか、あのAランクの3人が倒しながら進んでるか、だ。
 いや、後者はないな。倒しているなら死体が出る。いちいち回収していても血痕は残るはずだ。

 しばし、みんなで考察を交えながら進むでいると開けた場所に出た。

「そろそろ日が沈むし、今日はこの辺を休むことにしようぜ!」
「俺も賛成だ! 腹減った!」
「そうしましょ、日が沈むと危ないわ」

 俺ももちろん賛成だ。
 他の冒険者と比べるとわからないが、俺はこの4人に比べて体力が少ない。
 体が小さい分、燃費が悪いみたいだ。

 女性用と男性用のテントを作り始める。
 テントを張るにはそれぞれ1人でこと足りる。

 俺はやることがなかったので、焚き火に使うための乾いた枝を拾ってくることにした。

 ん? 誰かが付いてきてる?
 適当に、右往左往して離そうとするが、一定の間隔で付いてきた。

 音で付いてくるのは分かるのだが、誰かまではわからない。
 俺は自分の気配を最大限抑え、近くの木によじ登り誰が付いてきているのか見ることにした。

 その直後、キョロキョロと辺りを探す人影が現れた。

「あ、あれ? どこに行ったんだろう」

 自分にしか聞こえないくらいの声で呟く"その人物"。
 森の中は静寂に包まれているので声が大きく聞こえる。

「──僕になにか用ですか?」
「ぴっ! ······あ、あぁぁ」

 上から見ていても要領を得なかったので木から飛び降り、声の主──マレの後ろに立った。
 すると、急に出てきた俺に驚いたマレは腰が抜け、股の間から黄色い液体が……。

「ひっく······うぅ······」

 顔を抑えて泣き出してしまった。
 ああ、どうしたものか······。
 威力を最大限に落した『水弾』を掛け、

「ひゃ!」

 後に風魔術で乾かす。
 こんな時の気遣いがわからない。

 徐々に泣き止んできたマレは頬を赤くし、少し潤んだ瞳で俺を見つめ返す。

「あ、ありがとうございます······その、ごめんなさい·····」
「じゃあ、なんでこんなことしてたか聞いてもいいですか?」

 マレがこんなことをする理由が分からない。
 別に仲良くもなっていないし、会話らしい会話すらしてない。
 なので、ストレートに聞くことを選んだ。

 もしかして、また俺を驚かすために来てたりして。
 さっき、めちゃくちゃ怖かったし。

「お手洗いに行きたくて······誰にも言えなかったし······」
「キーナさんがいるじゃないですか」
「いちいち報告することじゃないかなって······」
「理由はわかりました。けど、それじゃなんでついてきたかが分かりません」

 トイレに行きたかったというのは分かった。
 が、それは答えになってない。

 ならば、1人で木の影とかに行けばいいだけだろうに。
 すると、マレは恥ずかしそうに答えた。

「ク、クルルさんと話してみたかったし、なにしに行くのかなって······」

 なんだその理由。
 もしかしてトイレしながら俺と話したかったってこと?
 な、なんと特殊な性癖をお持ちで······。

 俺の予想とは裏腹にマレは伏し目がちで言葉を続けた。

「私、男の人が苦手なんですけど、クルルさんは何故か大丈夫なんです。だから、もっと話してみたいなって思って。あと、1人でどこかに行っちゃったから心配だったんです」

 だからその言い方だと、「俺は男じゃない」と言ってることと同じですからね。そろそろ自覚してほしい。

 そういえば、木を拾いに行くことを誰にも言ってなかったわ。
 今まで1人で行動してたから、報告する癖がなかった。気をつけよう。

 それにしてもどうしようか。
 付いてきたいって言うなら好きにさせるか。ずっと付いてこられるのは流石に勘弁だが。
 未だに座り込むマレに背を向けて踵を返す。

「とりあえず戻りましょうか」
「あの······えっと、その······」
「なんですか?」
「た、立てなくなっちゃいました」
「そうですか。それじゃ、そのままごゆっくり」
「え?」

 俺はキャンプもと来た方へ歩き始めた。
 背負うなんて嫌だ。だって重いじゃん。

 まぁ、幸い魔物もいないし安全だ。

「待ってください! 頑張って歩きますから待ってぇぇ!」

 産まれたての小鹿のように歩きだしたマレを気にも止めず、俺は戻っていく。

 余談だが、頑張ったマレは俺と共に拠点へ戻れた。
 しかし、急にいなくなった俺達を心配していたキーナに2人揃って正座させられて、とても怒られたのだった。
 はぁ、理不尽だ。 



-----------------------------



「じゃあ火の番の交代する順を決めようぜ!」
「それがいいわね」

 簡易の干肉やパンなどの夕飯を食べている最中、プッカが言い出してキーナが肯定した。
 火の番と言ってはいるが、魔物が出没したり、異常が発生した時にみんなを起こす役だ。

 順番はプッカ、マレ、キーナ、ラスマ、俺という形になった。

 最初の番をするプッカを除きテントへと入る。
 男性用のテントの中に寝袋が3つ川の字で置かれていた。
 ラスマは真ん中で俺は右端だ。

「おやすみ、クルル!」

 狭いテント内に馬鹿デカい声が響いた。
 眠りの挨拶なのに目が覚めちゃうだろ。

 外からパチパチと焚き火の薪が跳ねる、小気味よい音が聞こえる。
 静かに寝息を立てている隣のラスマ。
 イビキとか立てたら蹴っ飛ばしてやろうと思ったが、その必要は無さそうだ。

 さて、俺も寝よう。




「ふわぁぁ、交代だぜクルル」
「ん······わかりました」

 ラスマがテントを開け伝えてくる。
 さて、ここから長い長い火の番だ。

 焚き火の前に置いてある岩に腰掛ける。
 枝を焼べながら、ゆらゆらと揺れる自分の影を眺めていた。

 あー、頭がポヤポヤする。
 しっかりと睡眠が取れてない証拠だ。
 やはり、一番最後はやめておけばよかった。
 プッカとラスマが出入りするものだから、いちいち起きてしまう。

 ただでさえ成長期が仕事しないというのに、こんな寝不足気味になっちゃったら更にサボってしまう。

 船を漕ぎながら睡魔と格闘していた。
 どのくらいそうしていたかわからないが、空が白んできたいた。
 すると、音を立てずに女性用のテントが開いた。
 出てきたのはマレである。

「隣、いいですか?」

 マレはそう言って隣に腰掛けた。
 俺と同じように火に揺れる自分の影を見ながら体育座りをする。

「お手洗いですか?」
「ち、違いますよっ」

 恥ずかしさで頬を赤く染めながら首を振った。
 腕で抱いている膝に顎を乗せ、横目で俺を見つめる。

「クルルさんの髪って、とても珍しい色ですよね」
「そうなんですか?」
「ふふ、そうですよ」

 他人の髪の色など、あまり気にならない。
 容姿の判断基準に使う程度だ。

 でも、白髪って今まで行った街村では見たことがないな。
 元の髪色は黒だったが、魔剣を受け入れたときに白くなった。
 ちなみに、俺はこの髪色が好きだ。

「少し長くて、綺麗な髪です」
「······ありがとうございます」

 誰かに褒められるということが久しぶりだった。
 少しだけ胸のところがキュッとなった。

「そういえば今日、クルルさんが笑ったりしたところを見たことないですね」
「すみません。そうゆうのには少しばかり乏しくなったので」
「“なった"?」

 あんまり感情が表に出なくなった、と言うべきか。
 驚いたり、急な出来事などは自然と出るが、些細な喜怒哀楽では出なくなった。

 しかし、これでも表情を戻そうと努力をしていた時はあった。
 水面に写った自分の顔を見つめて、笑顔を作ろうとした。
 あの無理矢理やった作り笑いはとても酷かった······。

 突然、俺が口を噤んだのが不機嫌になってしまったと勘違いしたのか、

「ごめんなさい。そういうのって、あんまり聞かれたくないですよね」

 目を伏せて謝ってきた。
 いや別に怒ってはないが······まぁいいか。

「私の話、少しだけ聞いてもらえますか?」

 マレは少しだけ悲しそうに目を細めた。
 聞くぐらいならいいか。今にも寝落ちちそうだったし。
 俺はそちらを見ずに首肯した。

「聞いたと思いますが、私は男の人が苦手なんです。
 私とキーナはテトの村っていう小さな田舎で育ちました。
 母は私を産んですぐに亡くなり、父は男手一つで私を育ててくれました」

 ポツリ、ポツリと話を始めた。
 消えてしまいそうなか細い声だったが、静かな森の中では大きく聞こえる。

「ある日、私が5歳のときでした。
 父は知らない女性を家に連れていました。
 すると父はこういったんです、『お前の新しいお母さんだぞ』って。
 私は父が母を亡くなってから苦労していたという事も知っていましたし、幸い私は本当の母を知りませんでしたので、受け入れることができました」

 耐えるように、目を瞑って奥歯を噛んだ。

「ですが、その新しい母には私より2つ年が上のジルとジラという双子の息子がいたんです。
 ジルとジラは両親の前では、とてもいい子にしていました。
 ですが2人は······毎日私に暴力を振るってきたんです。
 もちろん、両親にも相談しました。でも、真面目に聞いてくれなかったんです」

 辛い思い出が鮮明に蘇ってきたマレは涙を流す。
 それでも話を止めずに続けた。

「2人の行為はエスカレートしていって、水桶に顔を無理やり押し込んだり、殺されかけた時もありました。
 そして、2人はずっと笑っているんです。私はそれが怖くて何もできませんでした。
 そこから私は男の人が怖くなってしまったんです」

 涙を拭いながら、「でも······」と続けた。

「私には唯一、味方になってくれるキーナがいました。
 当時から勝気だったキーナでも、ジルとジラには勝てませんでした。そしてボロボロになったキーナは言ってくれたんです。
 『大人が見て見ぬ振りするなんて、私はこんな村嫌よ! マレ、一緒に村を出て冒険者になりましょう!』って。
 キーナも私と同じように家は居場所ではなかったんだと思います。
 私は二つ返事で必要な物だけ持って、村の外へ出て冒険者になったんです」

 マレは懐かしむように目を細め微笑んでいた。

 なんだか重い話を聞いちゃったな。
 やっぱり、人にはそれぞれ辛い過去の一つや二つはあるのだろう。
 俺だってある。この異世界にもあるし、前の世界にだってある。

 そのことを思い出すだけで、身の内が焦がされるような気持ちになる。
 マレはその2人のことをどう思ってるんだろう。

「その双子を殺したいほど、恨んでないんですか?」
「え? こ、殺す?」
「復讐したいとか思わないんですか?」
「会いたくないとは思ってますけど、復讐までは······」
「でも、自分に酷いことをした奴らですよ。許せますか?」
「······復讐なんて寂しいです······復讐は終わらないと思います···だから悲しくて寂しいです」

 復讐は寂しい、か。そんなことは思わない。
 今にも煮えたぎるこの殺意をあの両親にも『支配者ルーラー』にもぶつけたいと思って力を付けている。

 ニアの仇だ。絶対に許しはしない。
 だが何故か、その言葉は心に深く突き刺さった気がした。

「そう、ですか」

 マレはしばらく俺を見つめていた。

「あ、お邪魔してすみませんでした。なにがあったら呼んでくださいね」

 と。言ってテントへと戻っていった。

「はぁ······」

 溜息が静かな森に溶けて消えた。
 ──激動の二日目が始まる。


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