魔女達に愛を

リーゼスリエ

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クロエ編⑥アウレリアの魔法

リヴィエールの夜、再生の時

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夜は深く、静かに更けていった。
リヴィエールの街の上には、柔らかい月が浮かんでいる。
まるで、今日という1日のすべてを見守っているかのように、やさしく、白く。

その光の下で、健司は、まだ眠り続けていた3人の魔女――ソレイユ、セレナ、リーネのそばに立っていた。
彼女たちは魂を奪われ、魔法の中で彷徨っていた。
けれど、今は安らかな寝息を立てている。
ミリィがずっと手を握ってくれていたおかげかもしれない。
アナスタシアも、アウレリアも、そしてカテリーナも、その周囲を静かに囲んでいた。


部屋の灯りが、彼女たちの頬をやわらかく照らした。
そのとき、セレナの指がかすかに動いた。

「……ん……」

健司が息をのむ。
ミリィが立ち上がり、涙をこぼした。

「セレナ! 聞こえる? 私よ、ミリィ!」

セレナのまつげが震え、ゆっくりと目が開いた。
光が入り込むように、ぼんやりとした瞳が健司を映す。

「……健司……? ここは……」

「リヴィエールだよ。もう大丈夫、みんなが守ってくれた」

続いてソレイユが目を開け、リーネも身を起こした。
3人はしばらく夢を見ているように互いを見つめ合い、それから同時に泣き笑いになった。

「健司、信じてたよ……必ず助けてくれるって」

「ほんとに、ありがとう……」

その言葉を聞いて、健司の胸が熱くなった。
やっと――取り戻せたのだ。
彼女たちの命も、心も。



「さて……」

アナスタシアが小さく息をつき、現実に戻すように言った。

「これからどうするの? あの2人、メルガとスルネのこと」

言葉の重さに、場の空気が少し沈む。
ミリィが彼女達を見つめながら口を開いた。

「捕まえておくべき、って言われそうだけど……あの人たち、もう戦う気はないと思う」

ラグナが腕を組んだまま、低い声で答えた。

「それでも、見逃すのは危険よ。彼女たちは名のある魔女。魔女ランキングの上位に入っているわ。力のバランスが崩れる可能性もある」

「ラグナの言う通りよ」

アナスタシアが続ける。

「一度改心したように見えても、過去に縛られて戻る魔女も多い」

メルガとスルネは、その場にいた。
両手を縛られることもなく、ただ見つめている。
その表情には、どこか諦めにも似た静けさがあった。

健司が立ち上がる。

「待ってください、アナスタシア、ラグナ」

「何?」

「彼女たちは、確かに罪を犯しました。でも、それだけじゃない。彼女たちにも心がある。迷いも、恐れも。誰かに認められたい気持ちも……」

健司の言葉に、静寂が戻る。

「やり直すチャンスがあっても、いいと思うんです。人間でも、魔女でも」

ミリィが小さく頷いた。

「うん……愛を知ったって、メルガさん、言ってたもんね」

「そう。彼女たちは、まだ若い」

アウレリアが柔らかい声で続けた。

「強者の前では逆らえない。私たちだって昔はそうだった」

アナスタシアが目を閉じ、腕を組んで沈黙する。
ラグナも何かを考えているようだった。

そのとき――。

「ねえ」

静かな声が場を割った。
ブラッドレインだ。
いつもの赤いローブを揺らしながら、ゆっくりと前に出てくる。

「あなたたちは、どうしたいの? メルガ、スルネ」

2人は顔を見合わせた。
メルガが先に口を開く。

「……私たちは、ここにいる。それがいちばんに感じる」

「ここに、って?」

ミリィが尋ねた。

「戦う場所じゃなくて、誰かと話せる場所。あの時、セイラに拾われて……私はずっと、戦うことがすべてだと思ってた。でも、今は違う」

スルネも小さく息をつく。

「私は……まだ信じられない。でも、健司の言葉、少しは……刺さったのかもしれない」

彼女の頬がわずかに赤くなった。
透明になる魔女――その心の中に、ほんの少しだけ光が差した瞬間だった。

カテリーナが苦笑した。

「ふふ、ツンデレね」

アウレリアが肩をすくめる。

「あなたも似たようなものよ、カテリーナ」

「なっ!? 違うわよ!」

場が少しだけ和む。
笑いが零れ、焚き火の火がぱっと明るくなった気がした。

健司が笑みを浮かべながら言った。

「じゃあ、決まりだね。彼女たちはリヴィエールに残る。ここなら、誰かの支配じゃなく、心で繋がれる」

アナスタシアが目を開け、静かに頷く。

「……健司がそう言うなら、私は従うわ。ただし、監視は必要よ」

ラグナも立ち上がり、腕を下ろした。

「ええ。彼女たちも、これ以上の争いを望んでいないようだしね」

メルガは微笑んだ。
その顔は、これまでの彼女からは想像できないほど穏やかだった。
戦いを、恐怖を、そして孤独を超えた表情。

「ありがとう。健司……そして、みんな」

その夜、リヴィエールの空には流星が一筋、静かに流れた。
まるで、新しい始まりを告げるように。

夜が明けた。
街の鐘が鳴り、遠くから鳥の声が聞こえる。

メルガとスルネは、リヴィエールの中央広場に立っていた。
ソレイユたち3人も、すでに完全に回復している。

「これから、どうするの?」

ソレイユが尋ねた。

「まだ決めてない。でも……もう、破壊することはやめる」

メルガが答える。

「私も、もう隠れたくない」

スルネが続けた。

その言葉に、セレナとリーネが笑顔で頷いた。

「だったら、ここで一緒に生きようよ。リヴィエールは、魔女が安らげる街だから」

メルガは少し驚いたように目を見開き、そして笑った。

「……ああ、いい言葉ね」

アウレリアが遠くからその光景を見て、小さく呟く。

「まったく……人の心って、難しいわね。でも、美しい」

健司が彼女の横に並んだ。

「うん。でも、それが生きるってことなんだろうね」

アウレリアは微笑む。

「そうね。……愛、なのかも」

風が吹き、リヴィエールの花弁が空に舞った。
それは、まるで新たな物語の幕開けのように――。
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