王子の恋

うりぼう

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(ノエル視点)





シャノンが特使としてこの国にやってきた。
唯一と言っていい味方の来訪に喜んだのも束の間。

(ああ、そうか)

アスターの視線、仕草、態度。
その全てで、彼の想い人が誰なのかに気付いてしまった。

(まさか、シャノンだったなんて)

あの庭で、俺の後だか先だかに出会っていたのだろうか。
それともそれ以前から交流があったのだろうか。
天使のようなシャノンに心を奪われたのなら、俺がこの国にやってきたのはアスターにとって期待外れも良い所だったに違いない。

ただでさえ政略結婚という煩わしいものなのに、それなのに、来ると思っていたシャノンは来ずに厄介者の俺がやってきたのだから。

歌を禁じられたあの日から今日まで、アスターと接する事はなかった。
今日はシャノンが来るからかろうじて隣に腰掛けてはいたが、視線のひとつも寄越される事はなかった。

(今頃、シャノンと二人で過ごしているのかな)

あの熱い視線を見れば、あの後でアスターがシャノンを誘うのは明確だった。
それを見たくなくて、そそくさと二人の前から姿を消してしまった。

シャノンと会話をしたらますます心を奪われるに違いない。
天使のような容姿に加え、天真爛漫で明るい性格の彼女に心を奪われない人なんていない。
そして俺の姿を見る度、シャノンであれば良かったと、お前なんて必要ないのだという冷たい視線を向けるに違いない。
いや、もう視線すらも寄越してくれていなかったな。
形だけだが、妻としての義務を自分はこれから全うできるだろうか。
全うする事なく離縁を申し出されるのではないか。
シュベリアの方が圧倒的に立場は上なのだ。
例え政略結婚だとしても俺1人など簡単に切り捨てられる。
リーベル側としても、やはり俺では駄目だったかと落胆し詰ってくるだけでシュベリアに文句を付けることはないだろう。

最初からない居場所だけど、ここからも追い出されてしまうのだろうか。

一人きりの部屋で襲ってくるそんな不安と戦っていると……

コンコンココン

「……?」

扉がノックされる。
歌うようにリズミカルなそのノックの仕方は、リーベルにいた頃聞いた事がある音だ。

まさかと思いつつ入室を許可すると。

「ノエル!」
「シャノン」

扉が開き、そこにいた人物にやはりと表情が綻ぶ。

(……アスター様も)

と、同時にその傍らに立つアスターに驚き目を見開いた。
シャノンが乗り込んでくるのは予想出来たが、まさかアスターまでもが一緒にやってくるとは。
気まずそうなアスターを余所に、俺の姿を見るなりぎゅっと抱き付いてくるシャノン。
慣れた様子でそれを受け入れ、僅かに頬を緩めた。

「わがままを言ってきてしまったわ」
「迷惑かけていないか?アスター様にわがままなんて……」
「あら、アスター様はとても優しい方だから大丈夫よ」
「……そうか」

優しくなんて、一度もしてもらった事がない。
それどころか唯一きちんと交わした会話は酷く俺の心を抉るものだった。

(でも、そうだよな、好きな相手には優しくするよな)

突き付けられる現実に胸が痛む。
妹に罪はないのが更に切なさを増し、この部屋の中にこの三人でいるのが苦痛でたまらない。

「謁見ご苦労様。疲れてないか?」
「ふふ、ありがとう!疲れなんてないわ、旅もすっごく楽しかったし!」
「そうか。それで……?」

シャノンはともかく、アスターは何故ここに一緒に来たのだろうか。
理由は簡単にわかった。
シャノンの案内を自らがしたかったのだろう。
他の者と触れさせたくないとでも思っているのだろうか。
シャノンは気付いていないが、その独占欲が羨ましい。

(……出て行かないのか?)

シャノンを送り届けたのなら、アスターはもうこの部屋にいる必要などないはずだ。
それともいくら兄とはいえ、他の男とシャノンを二人きりにするのが嫌なのか。
様子を窺うと、アスターが俺の視線に気付く。
視線が絡むのはあの時以来で思わずどきりとするが、それはすぐに逸らされてしまった。

「……久しぶりの再会でつもる話もあるだろう、ゆっくりすると良い」
「ありがとうございます!」

シャノンに優しく告げ部屋から出ていくアスター。
去り際にちらりとこちらを再び見つめるその瞳には、ありありとこう浮かんでいた。

『シャノンに余計な事を話すな』と。

俺がアスターの醜聞を漏らすとでも思っているのだろうか。
こんなにも溺れてしまっている俺が、そんな事するはずないのに。
アスターの中での俺のイメージが相当悪いものだと実感し、ひっそりと溜め息を吐いた。

「久しぶりねノエル!」
「ああ、久しぶりだな。お茶でも淹れようか」
「うん!」

お茶を淹れるのも通常ならば侍女に頼む所だが、せっかくシャノンが来たのだから自ら淹れる。
こうしてお茶を淹れるのも王室としては異例だとリーベルでは嫌な顔をされていた事を思い出す。

「美味しい、やはりノエルのお茶が一番美味しいわ」
「そう言ってくれるのはシャノンだけだよ」
「他の皆様は舌がバカになっているのよ、この素晴らしさがわからないなんて」
「こら、いくら二人でもそんな事を言ってはいけないよ」
「ふふ、ごめんなさい」

見かけによらずさらりと毒を吐くシャノン。
このギャップが兄である俺に言わせると可愛いのだが、他の人が聞いたら卒倒しそうだ。

暫く他愛のない話をした後で、シャノンがうずうずと目を輝かせて訊ねてきた。

「ねえねえノエル、初恋の君とは無事に会えたの?」
「え!?な、何を突然……!」

『初恋の君』

言わずもがな、アスターの事である。
そういえば幼い頃のあの思い出を歌と共に寝物語としてシャノンに話した事があった。
目をキラキラと輝かせ恋の話を聞いてくれるシャノンに、つい包み隠さず話してしまった俺はバカだ。
アスターの想い人はシャノンなのだ。
俺の『初恋の君』がアスターだと知ればきっと気にしてしまう。
それだけは避けなければ。

「シュベリアの方なんでしょう?あの中庭で出会ったのは」
「ん、まあ、そうだけど……嫁いだ身では初恋も何もないよ」
「という事はまだ会っていないの?」
「……そういう事にしておく」
「えー!教えてよ!それを確かめる為に来たのにー!」
「何を言ってるんだよ、特使としての役割があるだろ」
「そんなのおまけよおまけ!私は大切な兄の初恋がどうなったのかが気になって仕方がなかったのよ!?」
「何言ってるんだよ」
「でも、ノエルの歌を聞かせたんでしょう?私だけの歌だったのに」
「そうだね、歌を聞いてくれるのはシャノンだけだったからなあ」
「ずるいわずるいわ、私だってこっそりお部屋に行った時しか聞けなかったのに!迷子の子に堂々と聞かせるなんて!」

少しむっとするシャノンが可愛い。

あの時を懐かしむ。
とはいえこの国の王子に嫁いだ身で初恋だのなんだのとは言っていられない。
昔の話だと言われてしまえばそれまでだが、どこで誰が聞いているかもわからない。
シュベリアの王子の伴侶には他に想う人がいる、なんて噂が立ったらアスターに迷惑がかかってしまう。

「でも、俺にも一応立場というものがあるんだよ。な?」

詳しく説明してもらうわよ!と意気込むシャノンにこれ以上は何も聞かないでくれと言外に訴える。
聞き分けない年齢でもない、立場をわかっていない訳でもないシャノンは素直に頷いてくれた。

「……そうよね、わかってる。少し言ってみただけ。この話はおしまいにするわ」
「ありがとう」
「その代わり、私のお願いを聞いてよね」
「お願い?」

あっさりと初恋の話を諦めるシャノン。
次いで言われたお願いとは何だと首を傾げる。

「俺で出来る事なら良いけど……」
「私、久しぶりにノエルの歌が聞きたいわ!」
「……え?」

やはり無邪気に、断られる事など欠片も考えていない口調でそうねだってきた。

「歌……?」
「お願い!」
「いや、でも……」

歌は禁止されている。
あのやりとりをシャノンは知らないので戸惑う。

(歌、か……でも、この場にアスター様はいらっしゃらないし……)

禁止されてはいるが、アスターがいないのならば良いだろうか。

「ね?良いでしょう?お願いお願い!ノエルが嫁いでしまってから毎晩毎晩ノエルの歌が恋しくて仕方がないの!お抱えの楽師じゃダメなのよ!ノエルの歌じゃないと!」
「……しょうがないなあ」

シャノンのお抱えの楽師はリーベルでもトップクラスだったはず。
それよりも自分の歌の方が聞きたいと言われて思わず喜んでします。

良いよと頷くと、シャノンは両手を叩いて喜び早速リクエストをしてきた。

「あの歌が良いわ!いつも寝る前に歌ってくれてたあの歌!」
「……わかった」

シャノンがねだったあの歌は、幼いアスターに聞かせたものでもあり、先日口ずさんでいたあの歌でもある。
少しだけ息を吐き、シャノンの耳に届くように、あの時よりも少しだけ大きな声で旋律を奏で始めた。




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