王子の恋

うりぼう

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(アスター視点)




レイに言われてやってきたノエルの部屋。
足を踏み入れる前から微かに聞こえてきていた旋律に一瞬の胸騒ぎを覚えた。
そして扉を開いてはっきりと耳に入った歌に、ぞくりと背筋に冷たいものが走った。

(……っ、この歌は……!)

幼い頃に聞いたあの思い出の歌だとすぐに気付いた。
そして同時に何故ノエルが歌っているのだと、思わずカッとなってしまった。
何故ならば、それは俺とシャノンを結ぶ大切な歌だから。
だから咄嗟に睨み、強く質問し、その歌を禁止した。
我ながら酷い対応だ。
わざわざ歌を禁止するだなんて、頭がおかしい。

だが……

(くそっ、何だこの気持ちは……っ)

歌を歌うなと告げた時の、ノエルの絶望したような表情。
見開かれた目に、僅かに震える唇に酷く動揺した。
胸が激しくじくじくと痛み、今まで感じた事のない痛みに苛々が募る。
苛立ちを隠せないまま乱暴に廊下を歩き、さっきまでいた執務室へと戻った。

「おや、お帰りなさい。随分早かったんですね。ノエル様とは……」
「あいつと話す事など何もない!!」
「……アスター様?」

にこやかに迎えたレイに八つ当たりのように叫ぶ。

「どうかなさったんですか?」

いつもと違う様子に心配したのか、優しくそう言い顔を覗き込んでくるレイに苛立ちが萎れていくのがわかる。

「……いや、何でもない。怒鳴って悪かった」
「いえ、それは良いのですが……」
「今日はもう休む。良いだろう?」
「……ええ」

何かを言いたげなレイの視線を感じながら、俺は自室へと向かった。

そしてその数日後、リーベルからの特使としてシャノンがやってくるとの知らせを受けた。







(アスター視点)




国一番の美人と名高く、見る者を癒すシャノンの来訪にシュベリアの王宮が僅かに騒めく。

「リーベルより参りました、第一王女のシャノンと申します」

シャノンは噂通りの美しさで、思わず目を奪われた。
柔らかそうな金の髪は光を反射し艶やかで、陶器のような肌にうっすらと施された化粧、薄紅の唇は華やかでいて可愛らしい印象もある。
ふわりと細められた瞳の色は鮮やかな緑色。
宝石のように澄んだその瞳に自分が写されているのだと思うとそれだけで気分が高揚する。
ずっとずっと思い描いていた想い人との再会に胸が躍った。

「こちらがリーベルからの書簡です」
「ああ、ご苦労」

跪き、仰々しく書簡を差し出すシャノン。
所作のひとつひとつが美しく輝いて見えた。

兄であるノエルは、俺が許可をしていないから一言も発していない。
あれから会話らしい会話もしていないし、不自然な程に俺はノエルを避け続けた。
それにノエルも気付いているのだろう。
俺が見ていなかっただけで、シャノンにひとつ微笑みを向け、式典が終わると同時に一足先に自室へと戻っていった。

積もる話もあるだろうと思ったのだが、もしやそんなに仲が良い訳ではないのだろうか。
そういえば第一王子と王女の二人とは扱いが違うといつかの報告で聞いた気がする。
王子と王女は可愛がられているが、第二王子だけは冷遇されていると。

(それが本当だとしたら……)

いや、本当だったとしても今更どうにか出来るものではない。
縁続きになったとはいえ、俺が気にすることではないだろう。

「シャノン王女、よろしければ私に城内を案内させてください」
「まあ、殿下自ら案内してくださるんですか?光栄です!」

ノエルの事は頭の片隅に置いておいてシャノンを誘う。
色好い返事に浮き足立つ。

レイも他の警備も追い払い、シャノンと二人きりで城内を練り歩き、その流れで俺は自室へと彼女を誘った。
未婚の女性を自室に誘うなどいけない事だとわかってはいるが、このチャンスを逃す訳にはいかない。
誰かに何かを言われたら義妹を案内していただけだとしらを切り通せば良いだけの話だ。

「ここが殿下のお部屋なんですか?とても素敵ですね!」

二つ返事で受け入れたシャノンが、無邪気に辺りを見渡し微笑む。
少しばかり警戒心を持って欲しい気がしなくもないが、この無邪気なところも可愛らしい。
この笑顔がずっと見たかった。
シャノンと会話する日をずっと待っていた。

(なのに、何だこの違和感は?)

あの思い出の中の人物はこんなにも無邪気に笑う人だっただろうか。
こんなにも明るい声を出す人だっただろうか。
あの人はもっと穏やかで優しくて、浮かべる笑みも儚くて……

頭に思い描くその人物がノエルの姿と重なる。

(っ、何故あいつが出てくる!?)

パッと浮かんだノエルの姿を掻き消す。

(あれは、彼女だ。彼女のはずだ)

自分の心の声を無視して、あれはシャノンだと言い聞かせる。
それを確かなものにしたくて口を開いた。

「あなたにお願いがあるのだが……」
「お願いですか?」

ことんと首を傾げて見上げる仕草が可愛らしい。

「ふふ、アスター様のお願いだなんて緊張しますね」
「大した事ではないのだが……」
「何でしょう?」

にこにこと言葉を待つシャノン。
俺は柄にもなく緊張した面持ちで告げた。

「歌を、歌ってくれないか」
「歌?」

シャノンはそれに再び首を傾げ、次いで両手を合わせて微笑んだ。

「それなら専属の楽師がいますわ。私のお気に入りの方でも良いですか?」
「え?いや、そうではなく、あなたの……」
「?歌は楽師が歌うものでしょう?」
「……え?」

きょとんと当たり前の事のように告げるシャノンに、いよいよ抱いていた違和感が形を作り始める。

「残念ながら私の歌は壊滅的で……ああ、でも兄はとても上手なんですよ」
「兄、とは……?」
「ノエルです」
「……!」
「泣き虫だった私を泣き止ませるのはいつもノエルの役目だったんですよ」

くすくすと当時を思い出すようにして話を続けるシャノン。

「双子だというのに歌の才能は全部ノエルが持っていってしまったんです。でもいつも歌ってくれる声が優しくて、ノエルの歌が聞きたくて夜中に泣いたフリをして部屋に忍び込んだこともありました」

まさか、まさか、という思いが芽生えるがまだ認めたくない。

「そうだ!アスター様、私のお願いも聞いていただけませんか?」
「え?ええ、あなたの頼みなら何でも」
「私、ノエルの歌が聞きたいんです!」
「!」

断られる事など最初から考えていないシャノンの様子。
リーベルでもきっとこうして色んな人が彼女の願いを容易く叶えてきたのだろう。

当然こちらもそれを断る事などはしない。
躍り出しそうな足取りでノエルの元へと向かうシャノン。
案内など他の者に任せればいいものを、俺は促されるままに彼女をノエルの部屋まで案内した。

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