王子の恋

うりぼう

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(ノエル視点)




あれは俺が幼い頃、まだ祖父が健在でリーベルがシュベリアと対等な関係を築けていた時。
シュベリアからの王族一行がリーベルへとやってきて、国中が歓迎ムードに包まれ、王宮内も豪華な宴が繰り広げられていた。

リーベルでは七歳になるまでは女も男と同じ格好をすると決められていた。
神に見初められ、攫われない為の対処だ。
俺と同じ衣装を着たシャノンが嬉しそうに走り回っていたのを覚えている。
その頃から賑やかな場所が苦手だった俺は、宴を抜け出し一人ひっそりと中庭へとやってきていた。

いつもは庭師が手入れをしている以外人気がなく、静かで穏やかな空間は俺のお気に入りの場所だった。
その日もそこで宴が終わるのを待とうと思っていたら、先客がいた。

(ん?)

小さな背をピシッと伸ばし、目にたくさんの涙を溜めてまっすぐに前を見据えている。
服装からシュベリアの王族、第一王子のアスターだとすぐにわかった。

(……迷子かな?)

王宮の中庭はかなり広く、おまけに入り組んでいる。
慣れていなければ紛れ込んで迷ってしまうのは初めてならば仕方がない。
この時の俺は今ほど卑屈ではなく、蔑まれてもおらず、人に声を掛けるのに躊躇いを持っていなかった。

だから涙を堪えているアスターに近付き、静かに声をかけた。

「こんにちは」
「!」

声を掛けられたアスターはびくりと肩を震わせた。

「シュベリアの王子だよね?」

幼さと、まだ国が対等だという事もありアスターに対しても敬語を使ってはいなかった。

「もしかして迷っちゃった?」
「ち、違う!迷子なんかじゃない!」

そう否定してはいるが、明らかに動揺している。
目にたっぷりと涙を溜め、それでも気丈に振る舞おうとしているところはさすが王子である。
小さいながらも精一杯の虚勢が可愛らしく目に映る。
なんて、ほんの3つ程しか年は離れていないけど。

「そうなの?それじゃあこの庭が気に入ってくれた?」
「え?」
「この庭素敵でしょう?俺も好きで良く見にくるんだ」

迷子だと気付いていたけれど、アスターのプライドを傷付けないように努めて自然になるよう微笑む。

「良かったらあっちのベンチに座らない?あそこの方が良く見渡せるんだよ」
「……」

ベンチは中庭の中でも比較的見付けやすい場所にある。
そこにいればアスターの側近がすぐに迎えにきてくれるだろう。
さりげなくそこに誘導して並んで座る。
心細そうにそわそわと落ち着かない様子のアスター。
未だ目に涙を溜めている姿が妹のシャノンと重なった。

「大丈夫だよ、すぐに迎えに来てもらえるから」
「!だから、迷子じゃ……!」
「ふふ、そうだったね」
「……っ」

くすくすと笑みを漏らし、強がるアスターの手を握る。
そしてシャノンにするのと同じようにゆっくりと唇を開き……

「……!」

小さく、ゆっくりと歌い始めた。
この国に古くから伝わる民謡で、俺の好きな歌だ。
歌っている内にアスターの目からは涙が消え、やがて安心したのかゆっくりと瞼が下りていった。

「アスター様!アスター様!」
「しー、こっちだよ」

アスターが眠りにつくと同時に迎えがやってきて、別れも言えないまま彼は国に帰っていった。
その後情勢の悪化したリーベルと、大成を収めたシュベリアは国の在り方も変わり。
結局、俺が嫁ぐまで再会する事はなかった。

(少しは覚えてくれてると思ったんだけどなあ)

そんな淡い期待も打ち砕かれてしまった。

(寂しい……なんて、今更だな)

冷たい部屋の中。
ひっそりと苦い笑みを浮かべて痛む胸を押さえる。
壁に背を預け、目を閉じ。
寂しさを紛らわすように、ゆっくりと旋律を奏でた。







(アスター視点)



「……」
「……」
「……」
「……アスター様、そんなに気になるのなら様子を見に行かれては?」

執務室の椅子に座り、苛々そわそわと落ち着きのない俺に向かって側近のレイが溜め息を吐きながらそう告げる。

「……誰もあいつの事など気にしていない」
「そうですか?随分そわそわしているように見えたのですが」
「何故俺があいつの事でそわそわするんだ。大体、あいつだって妻とは名ばかりで俺とは関わりたくないだろうよ」
「おや、私がいつノエル様の事だと言いました?」
「!」
「そうですか、アスター様は随分とノエル様の事を気にかけていらっしゃるんですねえ」
「っ、お前……!」

ニヤリと笑うレイを睨み付ける。

「お前?おやおや、我が国の王子は目上に対する口の利き方も忘れたんでしょうか」
「な、おま、いや……!」
「仕方ありませんねえ、また一から教育し直しでしょうか?」
「そんなのは必要ない!」
「私は心配してるんですよ?次期国王の人格が国に及ぼす影響は計り知れませんからね。例えば欲に溺れた国王は民の生活を……」
「あーわかったわかった!俺が悪かった!」
「何が悪かったんでしょう?口だけで謝れば良いというものではありませんよ?」
「っ、だから、レイに『お前』と言ってしまった事を……」

ごにょごにょと言いながら謝ると、レイは満足したのかにっこりと笑みを浮かべる。
そして……

「まあ良しとしましょう。ところでノエル様ですが」
「……何だ、まだその話をするのか?」
「当然です。あなたの伴侶ですよ?」
「……」

きっぱりと告げられた事に眉を寄せる。
先日隣国のリーベルから嫁いできた第二王子。
美貌を讃えられている二人の兄妹とは全く似ても似つかない地味でぼんやりとした印象の男だ。

何故こいつが、と真っ先に思った。
何故唯一の姫ではなくこいつが来たのかと。
その思いは表情にそのまま表れ、冷たい視線をあいつに向けた。
その視線に一瞬だけ身体が震えたのを覚えている。

(……俺はシャノンを望んでいたのに)

リーベルの第一王女であるシャノン。
俺は最初から彼女を望んでいた。
幼い頃、父親について行ったリーベルの城で迷子になった。
右も左もわからず、心細くて不安で、でも一国の王子はこんな事で泣いてはいけないと自分を戒め。
目に浮かんだ涙を零さないように必死で堪えていたその時。

「こんにちは」
「!」

声をかけてきたのは、衣服から見てリーベル国の王族の子供。
迷子ではないと強がる俺に、その子はそれ以上の追及はせず。
慰めるでも馬鹿にするでもなく、ただ普通に接してくれて。
落ち着かない俺を宥めるように天使のような笑みを浮かべ。
優しく穏やかな旋律が耳をくすぐり、控えめだが澄んだ歌声が心に響いた。
それだけで俺の心は奪われてしまった。
その後歌声に誘われるように寝入ってしまい。
気付いた時にはシュベリアの迎えがきていた。
誰かに話したら天使はいなくなってしまうのではないか。
そんな思いから、庭での一時を誰にも話しはしなかった。
けれどその後噂で、リーベルの姫は天使のような笑みを常に浮かべていると聞いた。
シャノンというその姫は、年の頃もその子供と同じ。
リーベルでは七歳までは女も男の格好をすると聞いていたからドレスを着ていなかったとしても不思議ではない。
だからこそノエルがやってきた事に苛立ちが隠せない。
そんな俺に、レイは再び溜め息を吐く。

「そんなにシャノン様が良かったのなら、はっきりとそう言えば良かったでしょう?」
「……何?」
「最初からシャノン様を妻に、と望めば良かったんですよ。それを勿体ぶって一人寄越せなんて言うからこういう事になるんです」
「妻に、と言ったんだからシャノンが来ると思うだろう!?」
「そうでしょうか?リーベルの王はシャノン様を溺愛していますからね。そう簡単に手放すとは思えません」
「……」

側近のセリフにグッと言葉を詰まらせる。

だが言ってはなんだがこちらはそれなりの額を融資している。
それも花嫁を寄越してくれるというから破格の利子で、だ。
確かにはっきりと明言しなかったのはこちらの落ち度だがまさか『妻に』と望んで男が来るとは夢にも思わなかった。
いくら男も女もそれぞれの恋愛の対象が異性に限らないとはいえこちらは子孫を残さなければならない立場だぞ。
どう考えてもシャノンが来ると思うだろう。

思わずむっとする俺にレイが溜め息混じりに告げる。

「ともかく、ノエル様は既にあなたの妻です」
「……わかってる」
「わかってるのならどうして会いに行かれないんですか?」
「どうしてもこうしてもないだろう。会ったところで話などない」
「……はあ、全く」

ふん、とそっぽを向くアスターに側近は隠す事なく大きな大きな溜め息を吐き出す。

「……何だその溜め息は」
「将来一国の王になるだろう方の情けない一面に呆れ果てた溜め息です」
「な……!?」
「良いですか、アスター様が嫌がろうがノエル様はあなたの妻です。奥様です。これから我が国の王妃になられる方です」
「だから、それはわかってる」
「それならば何故話しをなさらないんですか?これから外交やパーティに夫婦で出席する事も増えるのですよ?その時に妻の事は何もしらない駄目王太子のレッテルを貼られたいのですか?」
「そ、それは……」
「それが嫌ならすぐに会いに行ってらっしゃいませ」
「会いに行って、何を話せというんだ」
「何でも良いんですよ。アスター様の好きな事でも、ノエル様の好きな事でも、何でも良いんです」

レイの言う通り例え不満だろうと既にノエルは俺の妻だ。
形式上ではあるが、確かに妻である。

いつまでも顔を合わせず言葉も交わさずではいられないのは自分だってわかっている。
もしかしたらノエルの方もここに嫁ぐ事に不満を抱いているかもしれない。
それならばお互いの擦り合わせが必要だ。

(……まあ、確かに少しくらいの歩み寄りは必要、だよな)

ずけずけとした物言いをする側近に促され、溜め息を吐き重い腰をゆっくりと上げた。











(ノエル視点)





懐かしい思い出を脳裏に浮かべて静かに歌い続ける。
あの一瞬の触れ合いだけでアスターに心を奪われてしまった。

迷子ではないと泣いていたあの王子は大きく成長しただろうか。
もう泣いてはいないだろうか。
道に迷って心細い思いをしてはいないだろうか。
いつか再会したらあの時の事を話して笑い合おう。
そんな風にずっとずっと思い続けていた。

だが再会は予想以上にあっけなく。
そしてアスターの態度も予想以上にそっけなく。
アスターは俺の事など忘れて別の想い人に心を奪われており、淡い初恋は泡となって消えていってしまった。

(不思議だよな、歌ってると気分が落ち着く)

どんなに辛くても、どんなに寂しくても歌を歌っているとそれが紛れる。
あの時アスターに歌った歌が、部屋の中に静かに響く。
どんどんと歌の世界にのめりこみ、夢中になって歌っていると……

――カタン

「……!」

扉の方からの物音。
ハッとそちらを見ると、そこにはアスターが立っていた。

「アスター様……!?」

何故ここに、という疑問が浮かぶがひとまず慌てて膝を付く。
すると……

「今の歌は……?」
「え?」
「今の歌は、何だ?」

鋭い視線。
責められているような口調に戸惑う。

「今のは、リーベルに古くから伝わる民謡で……」
「何故、お前が歌っている」
「何故、とは……?」

歌いたかったから歌っていた。
ただそれだけの事なのに、アスターに強く睨まれて訳がわからない。
どうしたのだろうか。
歌ってはいけなかったのだろうか。
もしやシュベリアでは歌が禁じられているのだろうか。
いやしかしそんな事は聞いた事がない。
リーベルでは王族が歌うなんてとバカにされてはいたが、こちらも特別禁止されているものではない。
普通に歌うのは誰だってする。
ただ俺を蔑みたいがために俺の得意な事を下げていただけだ。
まさかこちらでもそのように蔑まれるのだろうか。
いや、だがアスターがそんな事をするはずがない。
はずがないというか、して欲しくないというか……

ともかくこんなに怒っているのは何故なのだろうかと疑問を頭に浮かべて悩んでいると……

「……二度とその歌を歌うな」
「……え?」

アスターはそれだけを告げ、乱暴な足取りで部屋から出て行った。

「……何だったんだ?」

突然のアスターの訪問だけでも驚いたのに、更に告げられた歌の禁止令。
呆然としながら、訳のわからないアスターの態度にぼそりとそう呟いた。


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