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しおりを挟む「碧、あの……」
先に声を発したのは良いが何を話して良いのかわからないのだろう、言葉に詰まる翠。
俯いていつになく自信なさげ。
せっかく降って沸いたチャンス。
これを使わないわけにはいかない。
「あの、オレ」
「……」
「あの、ごめ……」
「翠」
「!!!な、何!?」
謝ろうとした言葉を遮る。
ぼそりとした声だったのに、ぱっと顔を上げて即座に返事をする翠。
久しぶりに合った視線はいつになく悲しそうで、それでいて嬉しさも滲んでいる。
少し涙目なのはきっとオレが最後に言ったあのセリフのせいだ。
自惚れでもなんでもなく、翠がオレを大事に思ってくれているのは知っているから。
だからこそ、あの時のセリフがどんなに翠を傷付けたのかわかる。
飲み込んだセリフを言わなくて本当に良かった。
「……ごめん」
「え?」
謝るオレにぽかんとしている。
それはそうだ、きっと翠は自分が悪いのだと思っているのだから。
でも本当に悪いのはオレだ。
勝手な嫉妬心で翠を傷付けて。
許してもらわなければならないのもオレの方。
「ごめん」
「碧?」
「ごめん……!」
謝るうちにじわりとこみ上げるものがあって
「ごめん、ごめん翠、オレが悪かった……」
「?何が……」
「ごめん」
「!」
「うっ、え……っ」
「あ、碧!?」
ぼろぼろと涙を流し、小さな子供のように泣き出してしまった。
「ちょ、まっ、なん……!?ととととりあえず落ち着いて!な!?」
「うえっ、うーッ」
「碧」
それから翠はベッドにいるオレの隣に座り、背中をさすり頭を撫で優しく声をかけて宥めた。
昔から喜怒哀楽の激しい翠を宥めるのはオレの役目だったのに今日は間逆。
何だか変な感じだ。
けれど、やはり凄く安心する。
「……翠」
「ん?」
「翠、あの……」
「うん?」
「あの、聞いて欲しい事があるんだ」
「うん、何でも言って、何でも聞くよ」
ぽつりぽつりと、ここ最近の出来事を話した。
男の人と付き合っていたこと。
翠の身代わりだと最初から知っていたけれど好きになったしまった事。
それから色々あった末、オレの長年のコンプレックスを刺激されて爆発してしまったのだと説明した。
相手が市川だとは当然伝えていない。
「……そっか」
そんな事があったのかと呟く翠。
オレが男の人を好きになってしまった事に気持ちが悪いだとか言われるのではないかと身構えるが、翠がそんな事をするはずがなかった。
逆にオレの『相手』に怒り心頭だ。
「こんなに可愛い碧捕まえてオレの身代わりだとクソボケが……!誰なんだよ!?本当に相手を言わないつもり!?」
「言ったら翠が報復しに行っちゃうだろ」
「当たり前じゃん!オレの可愛い碧を傷付けたんだから!!」
「翠にそんな事して欲しくないから言わない」
「うっ、ぐ……!でも、でも……!」
悔しそうに拳を握り締める翠。
市川だと言わなくて正解だ。
それに翠の身代わりだとも伝えなくて大正解。
さすがにこればかりは言えない。
「良いの。それに、もう別れるから関係ないし」
「そうだけど!でも……」
「良いの。オレももう諦めるし」
「……あああああでもむかつくー!!!」
頭を抱え憤る翠。
相手がわかった途端に今すぐにでも殴り飛ばしにいきそうな勢いに思わず噴き出してしまった。
とはいえ諦めるとは言ったものの、けじめは付けなければいけない。
本音を言うとこれ以上傷付きたくないけれど。
(明日市川と話をしよう)
話して、想いを告げることは叶わないだろうけれど、身代わりなんてもうするなと、出来ることならお説教をしたい。
そして本当に好きな人との思いが通じるよう願っていると伝えるのだ。
(……まあ相手が翠だから大変そうだけど)
というか本音を言った途端に怒り出しそうだ。
その時はオレが出ていって二人の仲を取り持とう。
胸は痛むけれど、きっと大丈夫。
翠だって市川の良いところをたくさん知っているのだからいつかは受け入れるだろう。
それまでには心の傷もきっと癒え、喜べる……はずだ、うん。
(笑おう)
そのためにも、明日の笑顔だ。
頑張れ自分。
「碧?どうした?」
ぎゅっと翠の首に抱き付く。
「ううん、話聞いてもらって良かったなって思って」
「ん、オレも。話してくれて良かった。もう隠し事はなしだからな!」
「ははっ、うん」
「いつだって碧の一番の味方はオレなんだから!」
「うわっ、はははっ」
倍以上の力でもって抱きしめ返され、大きな声で笑う。
そのまま小突いたりとじゃれ合っていたら、いつまで遊んでいるのかと頭に角を生やした母がどすどすと大きな足音を立てて呼びにきた。
仲直りするまで下りてくるなとは言ったものの気にはなっていたのだろう。
早くご飯食べなさいと怒られ、二人仲良く返事をした。
「碧はみんながオレばっか見てるって言うけど、碧だってみんなに好かれてんだよ?気付いてないかもしれないけど」
「えー?」
真剣に言われるけれど信じられない。
「あ、信じてないな!?うーん、あ!小学校の時の吉田って覚えてる?」
「うん」
「あいつ碧に構って欲しくてちょっかい出してたんだよ」
「え?」
小学生にしては背が高くて体格が良くて、確かにことあるごとにちょっかいを出されていたように思う。
その度翠が出てきて蹴散らしていたけれど。
そんなバカなと思ったが。
「好きな子ほどいじめたいってやつだね、あれは」
「ええ!?」
翠が嘘をついているようには見えなかった。
「父さんだって母さんだって、いつも碧を見習って大人しくしなさいとかお手伝いしなさいとか小言ばっかりだし」
「そうなの?」
「そうだよ!碧が知らないだけでいろんな人が碧の事見てるんだよ」
「……」
「ま、一番はオレだけどね!」
「ははっ」
そんな話をしながら、その夜は久しぶりに一緒の部屋で一緒に寝た。
*
そして翌日。
翠の次は市川だ。
翠と仲直りした事で少しだけ、ほんの少しだけ勇気が出た。
いつまでも逃げ回っているわけにはいかない。
市川を諦める為にも、きちんと話をしなければと気合いを入れて学校へ向かう。
最初のうちは休み時間の度に話をしようと翠と入れ替わり立ち替わりオレの元へとやってきていたのだが、それも数日前から途絶えた。
待ってるだけでは駄目なのはわかっているが今日はもしかして、とついつい期待してしまった。
(……あれ)
そして動き出したのは昼休み。
教室まで行ったのだが市川がいない。
どこか別の場所にいるのだろうか。
その辺にいた人を捕まえ聞くと、最近昼休みになる度にどこかへふらりと出てしまうらしい。
それがどこなのかはわからないという。
(?どこ行ってんだろ?)
以前は学食で友人と弁当を食べていたと聞いた事がある。
付き合うようになってからは、教室で翠と三人で食べていた。
だが聞いた話では学食にはいないらしい。
とりあえず探しに行ってみる。
いないとは聞いたが食堂を見て、屋上へ行き、各教室も見てみたがいない。
本当にどこへ行ってしまったのか。
これじゃ昼休みが終わってしまうなあなんて思い、溜息を吐く。
市川の行きそうな場所で、思いつく最後の場所はあと一カ所しかない。
初めて市川から声をかけられ、そして告白されたあの人通りの全くない階段の踊り場。
(……まさか)
いるはずないよな、なんて思いながらそこへ向かうと。
「!」
いた。
あの日のオレと同じように座り、傍らにはパンの空袋とパックのジュース。
ぼんやりと携帯を開き眺めているその姿にぎゅうっと胸が締め付けられた。
やはり好きだなあと思う。
欲目なしにかっこいいし、本当に自分と付き合っていたのだろうかと、実はあの一時は夢だったのではないかと思ってしまった。
胸の痛みがそれを現実だと切に訴えているけれど。
「……平井?」
「あ……」
じっと見つめていると、視線を感じたのか市川が顔をあげオレを呼んだ。
一瞬びくりとしてしまったが、固まっているわけにはいかない。
もしかしたら市川の方はオレの事なんてとっくにどうでもよくなっているかもしれないけれど、言うと決めた事を言わなければ。
ゆっくりと階段を下り市川の目の前に立つ。
「……」
「……」
立ったはいいが切り出せない。
流れる沈黙が気まずい。
何から話せば良いのだろう。
迷っていると、市川が口を開いた。
「……もう話してくれないかと思った」
ぽつりと呟かれる。
「避けられてたし」
「……ごめん」
そりゃあんな風に癇癪起こしたところを見られ、しかも別れを告げた後では避けもする。
それに顔を見るのが辛かったし、気持ちの整理が出来ていなかった。
いや、今もきちんと出来ているとは言い難いけれど。
「……ああ、ここでメシ食う?もうすぐ昼休み終わっちゃうけど、あ、オレはもう行くから」
「あ、ま、待って!」
「?」
立ち上がりかけた市川を制止し、腕を掴み座らせ自分もその目の前に座る。
「あの、オレ市川に話があって」
「……話?」
訝しげに眉を寄せる市川。
思わず俯くと、掴んだままだった腕が目に入った。
「あ、ごめん」
慌てて離そうとしたら逆に手を掴まれた。
「っ、い、市川?」
「話って?」
「あ、え、あの」
何で掴み返したんだろう。
離してくれと言えるような雰囲気ではない。
がちがちに緊張して、全身の熱が集中しているみたいに手が熱い。
「……っ」
なるべく掴まれた手を意識しないように目を瞑り、促されるまま告げようとしていたセリフを思い出す。
「あの、あのさ、オレ」
言おう言おうとして昨日練習までしたのに、いざとなると喉から先に出てくれない。
「……あの」
「……」
「オレ」
「……」
大きく息を吸い込んで、さあ言うぞというタイミングで。
「別れないからな」
遮られてそう言われた。
「……え?」
何を言われたのか一瞬理解が出来なかった。
ぱっと目を開け顔を上げると、市川の強い瞳がこちらを見つめていた。
「……市川?」
視線が逸らせない。
「オレは別れたくない」
「……」
「絶対、別れない」
「……っ」
言うと同時に引き寄せられ、強く抱き締められる。
昼休みの終わりを告げるチャイムの音が遥か遠くで響いているように聞こえた。
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