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修学旅行編②
しおりを挟む「着いたー!」
地に足をつけぐっと伸びる。
季節が季節なだけあって、やはり北の大地は寒い。
鼻に抜ける空気が冷たい。
降りてすぐに向かった先はとある食堂。
ここで腹ごしらえをして、先住民の民族博物館へと向かう。
中ではクラス毎に分かれて、館内を見学した後、舞踊の見学をする予定だ。
オレ達のクラスは先に舞踊の見学だ。
円上の広場に集まり始まるのを待つ。
「どんなんやるんだろうね?」
当然のように隣に座った高塚がパンフレット片手に訊ねてくる。
こんなのに興味ないと思っていたのに楽しみにしている様子の奴に驚いた。
「何、興味あんの?意外」
「だって普段見ないじゃんこういうの!あ、でも一番興味あるのは森ちゃんの裸踊りだか、ぶふ……ッ」
「黙れ」
真横にある頬をべしりと叩いた。
本当に余計な一言が多いなこいつは。
踊り自体は意外にも面白かった。
途中何人かの生徒も参加して、お調子者な集団がはいはいと手を上げて輪に加わっていた。
夕方にはもうホテルへと着き、振り分けられた部屋へと向かう。
ご飯はバイキングだった。
妙に上がったテンションの中で、楽しくおいしく食べられた後。
対変態の第一関門。
「おーい、風呂、オレらの番だって」
そう、風呂の時間がやってきた。
*
大浴場とはいえ一学年全員が一気に入るととんでもないことになるので、時間ごとに順番に入ることになっている。
呼び掛けられた声にいち早く反応したのは、もうおわかりだろう、というかこいつしかいないだろう。
「風呂……!」
「……っ」
きらりと目を輝かせ光の速さでこちらを向いた高塚に腕を掴まれ、いつの間に出したのか何故かオレの分の入浴セットまで持って部屋の外へと連れ出された。
「ちょっ、オイ!?」
「お風呂だよお風呂!嬉しいなあ森と裸の付き合い!」
「気持ち悪いいい!一人で行ける!手離せ!」
「いやーだー。大丈夫!今日は見るだけにしとくから!」
「全然大丈夫じゃねえええ!!!」
いや待て本当に落ち着け。
オレの裸なんか見たって何もおもしろい事なんてないぞ、つか同じもんがくっついてるだけだ。
胸なんて当然ない。
ぺたんこだ。
くびれだってないし柔らかさもない筋ばったごくごく普通の男の身体だ。
周りを良く見ろ今まさに風呂上がりな女子がいるじゃないか、濡れ髪がセクシーなのがいっぱいいるじゃないか。
喉を鳴らしてる奴らに混ざって健全な男子高校生ならそっちを見てテンション上げてくれ。
そう訴えるも、こいつが聞いてくれるはずがない。
「森ー、あきらめろよ」
「そうそう、どうせプールの時に全部見られちゃってんだろ?」
「流石に大浴場でヤラレたりはしねえだろうし」
「今日逃げたって明日も明後日もあるんだからさ、初日から慣らしといた方が良いんじゃね?」
「お前ら人事だと思いやがってえええ!!!」
後ろから付いてきている面々に次々とお世辞にも慰めとは思えない言葉をかけられた。
風呂の中の事は…
「ああもう、森ったら濡れた髪がうなじに張り付いて超いい感じ……!だめ、見るだけって決めてたけどはあはあはあはあはあ」
「鼻息荒いんだよ近付くな変態いいいいい!!!」
思い出したくない。
ひとまず寝る時に隣になるのを避けられただけ良しとしよう。
*
二日目の午前中は、インドア体験とアウトドア体験に別れての行動。
インドアは野菜パンとバター作り、ジャムとアイス作り、ソーセージ作りなど。
そしてアウトドア体験はマウンテンバイク、フィッシング、乗馬である。
オレ達はアウトドア体験で、乗馬を選んだのだが。
「おお……さすが高塚」
「腐っても美形」
「リアルプリンス?」
「エセ王子にも程があるけどな」
「「「「感想は?プリンセス」」」」
「……あえて聞くけどプリンセスって誰だ?」
声を揃えておまけに振り向くタイミングまで同じように揃えてきやがった班の連中。
先程まで視線の先にいたのは高塚。
三人一組で、石野と奴と同じ人に担当してもらったのだが何故か用意されたのは真っ白な毛並みが美しい馬。
学校のジャージに乗馬用のブーツといいなんともちぐはぐな格好、しかも初めてだというのにそれを微塵も感じさせない仕草でもって白馬を乗りこなす奴は確かに『王子様』だった。
現に周りにいるほとんどの女子の目がハート。
(……とても朝っぱらに人の寝顔見てはあはあしてた奴だとは思えねえな)
ジャンケンで決まった並びでは対角線上にいたはずなのに、何故か目が覚めて間近にお綺麗な顔を見た時は口から心臓が飛び出るかと思った。
ドアップに耐えうる顔というのはやはり得なんだろうなと改めて思う。
「森、ただいま」
「……」
ふわりと笑みスタッフさんに誘導されながらこちらへと戻ってくる高塚。
「どうだった?どうだった?オレかっこよかった?なんなら攫ってってあげようか、お姫様」
「っ、やめろバカ殿!」
さっきの会話が聞こえていたのだろうか。
お姫様、の辺りで顎を掬われ、いつもより高い位置にいる奴を見上げる羽目になった。
すぐさま払いのけたけれども周りからはヒューヒューとはやし立てる声と黄色い悲鳴が聞こえる。
「バカ殿だって」
「なんだかんだで夫婦決定じゃね?」
「違っ、そういう意味じゃ……!」
「殿って言われたー!え、森の中でオレって既に旦那ポジション!?」
「だから違ええええ!!!」
「じゃあ今日はあれやろうかな、帯をくるくるくるーってやつ!」
「あーれー、お代官様ってやつか」
「殿じゃねーし」
「やんねー!つかそもそも寝るときジャージだし!」
交代の合間に騒いでいるうちに、次いで石野が馬上へ。
あれ、待てよこの白馬もしかしてオレも乗るのか。
あんな似合う奴の後にオレらって……なんて考えていたのだが。
「おー、石野かっこいい」
「……」
忘れてた。
石野も充分男前の部類に入るということを。
(……ってことはオレ一人超可哀想な感じになるじゃん!!)
不可能なのはわかっているが、今からでも茶色い馬に変えてくれないかな、なんて思った。
*
昼食を食べ午後はバスで洞爺湖まで移動。
科学館や展望台を見学した後に再びホテルに戻り、待ちに待ったご飯の時間である。
昼食がカレーだったために晩御飯は期待したい。
いやカレーが駄目ってわけじゃないけれど。
「おおー!すげー!」
夕飯の準備されている広間へと足を踏み入れた途端にテンションが上がった。
テーブルの上にどんどんと置かれていたのはいくつものカニ。
茹でてあるものから、焼くようにと切られてあるものもある。
「うまっ」
「焼いたのもやべー!超うまい!」
味は申し分ない。
普段こんなに食べることがないから、物凄く贅沢をしている気分になる。
実際贅沢なのには違いないのだけれど。
そして今日もまたすったもんだの末無事に風呂に入り、先生による点呼も終わり後は就寝まで自由となった時。
「森、お前私服持ってきた?」
横田がそう聞いてきた。
「は?何で?」
「ばーか、抜け出すからに決まってんだろ?」
「はあ!?」
「っと、シー!でっかい声出すな!」
いつもの調子で声をあげるところをがばりと塞がれた。
「お前何考えてんだよ!?」
小声で怒鳴る。
よく見たら間宮に始まり石野高塚はもちろん佐木まで私服に着替えていた。
こいつら用意良すぎる、つーか何でお前までちゃっかり便乗してるんだ佐木。
「だって折角北海道まで来たんだぜ?」
「夜の北海道も満喫しねーと」
「いや、でも、見回りとか来たら……」
「大丈夫大丈夫、別のクラスの奴らが見張っててくれるから」
「……」
今日オレ達が出ている間は他のクラスの連中が身代わりになってくれて、明日はオレ達が身代わりになるらしい。
いつの間にそんな計画立ててたんだ。
「な、行くだろ?服ねえなら貸してやるよ」
「えっ、いや」
「何?森持ってきてねえの?オイ高塚!」
「はーい任せとけ!森ちゃんの衣装は準備済みだぜ!」
「は!?」
「はいこれ着て!れっつごー!」
「ちょっ、ええええ……!?」
あれよあれよと言う間に着替えさせられ、一同先生の死角をつきまくり、夜の街へと繰り出す羽目になった。
「うっわ、さっむー!」
流石北海道、夜の寒さが半端ない。
はあ、と吐いた息が白くなり空気に溶ける。
さて、出てきたは良いがこれからどこへ行くのだろうか。
そもそも決めているのか、と奴らがいるだろう方向を振りむいてみたら。
「なあ、これから………って、あれ?」
確かにいたはずの奴らが忽然と姿を消していた。
「石野達なら女の子捕まえに行ったよ」
「え、マジで!?」
早すぎやしないか。
ついさっき着いたばかりだぞオイ。
しかし高塚が指差した先には確かに四人の姿が。
「……ここまで来てナンパって」
がくりと肩を落とす。
ていうか石野達はともかく、佐木はナンパなんてした事ないはずなのに大丈夫か。
まあ自分で捕まえられなくても石野達のおこぼれはいただけるかもな。
「つーか、お前は行かなくて良いの?」
「オレ?行くわけないじゃん森がいるのに」
「……そういうセリフは女の子に言ってやれよ」
「嫌だよ。森に言うから意味がないのー」
「……あっそ」
高塚ならばすぐさま女の子が食いついてきそうなのにと思って言ったセリフはあっさりと拒否され、歯の浮くようなセリフを返されてしまった。
(こいつほんとにオレの事すきだな)
最近、自惚れではなくそんな風に感じる。
鬱陶しい事に変わりはないけれど、なんだかんだと二人でいる事にも慣れつつある。
「ね、どっか入ってなんか食べようよ。オレお腹すいちゃった」
言われれば確かに小腹がすいてきたような気が。
カニは確かにおいしかったのだが、あれだけで男子高校生の胃袋が満たされるわけがない。
「何食べようか?」
「あ、じゃあラーメンが良い」
体も暖まるし、ここいらの味噌ラーメンは有名だと聞いた事があるので食べておいて損はないはずだ。
「んじゃ行こっか」
「おー」
それにしても慣れって怖い。
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