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うりぼう

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※啓介視点


いよいよ前夜祭の日がやってきた。
俺の俺による俺の為の渾身のコーディネート。
薄い黄色のVネックのティーシャツに淡い水色のシャツを羽織り、下は白いボトムス。
足元は細かく編まれた足全体を覆うような深い紺色と白が混ざったサンダルで、手首には皮とシルバーのバングルを着けてみた。
髪型の仕上げは後でやるから今は軽く整えるだけ。
いつも長めの前髪で隠れていた可愛い目が見えるように掻き上げるようなスタイルだ。

可愛い。最高。可愛い。
これしか言葉が出てこない。
俺の語彙力戻って来い。

「あ、あの、やっぱり変、かな?」

その格好で着替え用の衝立の向こうからおずおずと出てきた一也が恥ずかしそうに頭を掻く。
変なもんか!
世界一可愛い!

そう叫びたいのを必死に堪える。

周りを見ると、一也の姿にぽかんと口を開いている。
そして、次いで真由香達がプロデュースした田辺さんが出てきたのだがまだみんなは固まっている。

田辺さんはいつも三つ編みだった髪型はこれまた仕上げは後でするから下ろしてある。
ふんわりとした白のワンピースに淡い黄色のカーディガンを羽織っている。
足元は……よくわからないけど可愛いヒールの靴。
仕上げは髪の毛を造花やリボンと編み込みにするらしい。
女子すげえ。

「……真壁くん?」
「……田辺さん?」

お互いの姿を見てお互いを確認し合う二人。
おいおい見つめ合いすぎじゃないですか?
田辺さん、一也の変わった姿に惚れてないよな?
許さないよ?

そんな事を考えていると……

「やっっっばい!!!」
「きゃー!!すごーい!!!」

教室が一気に湧いた。

「友梨ちゃん、激かわ……!」
「何そのデートに着てきてほしいナンバーワンコーデ、たまらん……!」
「真壁くんもカッコいい、爽やか!」
「この二人デートしてたら可愛いわー!」
「しっかし全然イメージ違う!変わるもんだなあ」
「ふっ、ふふふふふ」

口々に感想を言っていく中、一人が不気味に笑い出しそれが周りに広がっていく。
そして……

「ふふ、ふふふ」
「はははは!」
「優勝は貰ったあああああ!!!」

クラス全員の意見が一致した瞬間だった。

「……えーと、大丈夫なのか?」
「大丈夫!可愛い!」
「あ、ありがと」

みんなが騒ぐ傍らで未だに不安そうな一也に胸を張って答える。

今日までで一也とはかなり親しくなったと思う。
色んな話をしたし、色んな表情も見れた。
知れば知るほどもっと一也が好きになって、一也の視線だとか声だとか仕草だとかに、俺はほんの少しの希望を見出していた。

「全く、啓介はいっつも可愛いって言うよな」

俺のどこが、とぼそりと呟く一也にもう一度声を大にして可愛いと伝えたい。

(この反応、やっぱりいける気がする……!)

男が男に可愛いなんて言われて嬉しいはずがない。
でも一也は確実に照れつつもまんざらでもない様子に見える。

(伝えるなら、明日かな)

明日、全てが終わったら一也に告白しよう。
そんな決心をしつつ、一也をにこにこと見つめ続けた。










※一也視点


前夜祭でのお披露目は、一言で言うと大成功だった。
緊張しまくって吐くかと思ったが、俺の仕上げの担当は啓介で、一緒にステージに上がっていたのでそこまでの緊張はなかった。
最初は俺が田辺さんをエスコートするという設定だったらしいのだが、結局それはなしになり、普通に二人でステージの上でぺこりと頭を下げて終わった。
朝着替えた時と同じようにそこでのそのそと着替えを済ませて、あとは衣装を畳むだけだと手を伸ばすと……

「いやあ、真壁くんも友梨ちゃんもマジで可愛かった!」
「大成功だったよね!」
「!」

教室のドアが開き、啓介達が戻ってきた。
確かステージの最終打ち合わせとかで出ていたのだった。

(ど、どうしよう、でも完全にタイミング逃した……)

すぐにパッと出るか、俺がいるというアピールをすれば良かったのだがもう遅い。
どうしようかと悩んでいると。

「でも結局賭けは啓介の一人勝ちなんだもんなあ」

(……賭?)

その単語に嫌な予感がする。
これは聞いてはいけない。
聞かない方が良い。
そう思うけれど、耳を塞ぐための腕が何故だか動かせない。

「さすがだよなあ。マジで落としちゃうんだから」
「そこは啓介テクニックとフェロモンのなせるワザでしょー」
「フェロモンって」
「だってそうじゃん、啓介がお願いしたから真壁くんだって受けてくれたんでしょー?」
「そういや五百円渡さないとだな!」
「あたしの食券明日でもいい?」
「あたしは今あげる!」
「……はいはい、どうも」

どういう事だ?
なんて、自問自答しなくたってわかる。

「つーかこれでやっと真壁くんのお守りも終わるじゃん」
「お守りって……」

啓介が苦笑いしているのが気配でわかる。

(お守り……)

賭け、お守り。
乾いた笑いが漏れる。
なるほど、これでわかった。
この企画をする時、何故俺なんだと聞いた時に逸らされた視線。
あれにはこんな意味が隠れていたのか。


(賭けだからなんて、言えないよな)

つまり利用されてただけ。
たかだか五百円と、食券ごときのために利用されてただけだ。
きっとこれまで優しくしてくれたのも全部、この企画を成功させる為。
そこに個人的な感情なんてこれっぽっちもなかったに違いない。

愕然とする俺に更なる追い討ちがかかる。

「ていうかなんで最後に真壁くんが友梨ちゃんエスコートするの止めたの?あれやってればもっと盛り上がったのに!」

ステージ上の演出がそういえば直前で急遽変わった。
当初は田辺さんの手を引いてステージの中央に立ち仰々しくお辞儀をするはずだったのが、結局はただ二人で前に移動してぺこりと頭を下げるだけに変わったのだ。
エスコートなんて出来るはずがないから助かったけど、あれを止めたのは啓介だったのか。
けど、どうして……

「あーもしかして、啓介ってば友梨ちゃん気になってたりする?」

そのセリフに、時が止まった気がした。

何?
今、何て?

「は!?何言ってんだよ!」
「うわー!焦ってる!」
「マジ?マジ?やだ独占欲ってやつ?」
「違うって!」
「ムキになるトコが怪しいなあ」
「だから違うっつーのに!」

啓介が、田辺さんを好き?
そんな……

女子二人にからかわれ、必死に否定している様は確かにムキになっているみたいだ。
図星をつかれ、焦っているようにも聞こえる。

ずき、と胸が痛み始める。

(啓介、好きな人いたんだ)

中々聞けずにいたけれど、こんな事なら聞いておけば良かった。
荒くなりそうな呼吸を抑え、痛む胸を押さえ、必死に気配を消す。
……消すまでもなく、向こうは話に夢中でこちらに意識などこれっぽっちも向けていないけど。

「ふふっ、そんな啓介に良いお話がありまーす」
「友梨ちゃんがさあ、啓介に話があるんだって!だから私達はこれで退散しまーす」
「嘘だろ俺の友梨ちゃんが……!」
「オマエのじゃねーし」
「勘違いすんな」
「だから、扱い……!!」
「ドンマイ」

騒がしいまま教室を出て行くみんな。
途端に静かになる教室。
程なくして田辺さんがやってきた。

「あ、あの、矢野くん」
「……田辺さん。話って何?」
「えっと、あの、あのね……」

しどろもどろになっている田辺さん。
田辺さんはまだ着替えてなかったはずだから、まだあの可愛い格好のままだろう。
ふんわりとしたワンピース。
女の子特有の可愛さが溢れていたのを思い出す。

「わ、私、ずっと矢野くんが好きだったの!」

勇気を振り絞ったのだろう。
声が僅かに震えている。

「真由香ちゃん達にこんなに可愛くしてもらって、勇気もらって、だから今しか伝えられないと思って」
「……そっか」

啓介が静かに頷く。

「あの、俺……」

嫌だ、聞きたくない。
その続きの言葉はきっと、俺が一番聞きたかったセリフだ。
俺自身に向けられて、こう言ってくれたら良いなとずっと夢見ていたセリフ。
それを他の人の言うところなんて聞きたくない。
聞きたくない、のに……
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