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第二話
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バイト先でも、彼だけが輝いている。
あの笑顔を向けられている客が憎い。
バイトだとわかっているのに、胸の奥で怒りが沸き上がる。
けれど、自分には、他の誰にも見せない特別な笑みを浮かべてくれる。
その瞬間、世界は静まり、時間が止まる。
誰も知らない、二人だけの秘密。
その笑みを見逃すまいと、今日も視線を張り巡らせる。
あの客も、周りの同僚も、邪魔者でしかない。
ただ、彼だけが、自分の世界の中心にいる。
————
「……はぁ、まただ。」
バイトが終わり、実家の自分の部屋でぐったり横になっていた。
俺は駅前の飲食店でバイトしているのだが、今日、ロッカーを開けたら花束が入っていた。
しかも「頑張ってください♡」という手書きのメモ付き。いや、誰だよ俺の応援団。怖いだろ普通に。
俺は花が特別好きなわけでもない。むしろアレルギー気味でくしゃみが止まらないタイプだ。店長にも「彼女からか?」と笑われたが、違う。そもそも彼女なんてできたことがない。
「……待てよ……!」
胸の奥が急にざわついた。脳裏をよぎるのは、あの謎解きイベント。颯に無理やり連れていかれたやつだ。そこでは「探し物は目立たない場所にある」って散々やったじゃないか。
俺は飛び起きると、部屋中の捜索を始めた。
クローゼットの奥、カーテンの裏、エアコンの上、コンセント周り。ありとあらゆる場所を手で触って確かめる。あの時の脱出ゲームで得た知識を総動員だ。
「……マジかよ……」
結果は大収穫。ぬいぐるみの中から盗聴器が見つかった。さらに本棚の上、普段目線がいかない位置に、小型カメラが隠されていた。
「………これは……もう……」
声にならない。背筋が冷える。さっきまで冗談みたいに考えていたストーカーの存在が、一気に現実味を帯びた。
――笑えない。完全に一線を越えている。
俺は反射的にスマホを掴み、颯の家へと駆け出した。
「おい!助けてくれ!!」
玄関のチャイムを連打する。
「……何だよ…LINEしろつっただろ…」
颯がドアを開けた。
しかしその姿が……妙に艶っぽい。着崩したシャツに、無造作な髪。ほのかに甘い匂い。……これはもしかしなくとも、今まで女の子とイチャイチャしてたな……。
「ごめんねーゆきちゃん。バカが来たから、解散になっちゃった。また今度ね」
玄関先から、見覚えのある長い髪が揺れて出ていった。――ゆきちゃんだ。学部であやかちゃんと並んで二大マドンナと呼ばれているうちの一人。俺は心の中で血涙を流す。ゆきちゃん派だったのに……。
だが今はストーカー事件が先決だ。
「……俺、お前なんかしか頼る人いないのが悲しいよ……」
思わず恨み節が口から漏れる。
「“なんか”は余計だ。入れ。」
颯は小さくため息をつくと、俺を部屋に招き入れた。
颯の家は、いつ来ても生活感がない。高校の時から両親は長期出張で不在らしく、ほぼ一人暮らし状態だ。女の子連れ込み放題。騒音被害に悩まされるようになったのもその頃からだ。
颯はドカッと座り、俺をじっと見た。「で、何があった?」という目だ。
俺は一度深呼吸して、震える手で盗聴器とカメラを取り出した。
意外にも、あいつは目を丸くして、最後まで真剣に話を聞いてくれた。
「……へぇ、明でも探し物できたんだ。物なくしてばっかりなのに。」
颯が口を開く。相変わらずの毒舌だが、どこかいつもより力が抜けている。
「うるせーよ。」
俺も反射的に返す。――いつもならここでいつもの軽口が返ってくるのだが、颯は今日はちょっと違った。顔の表情からは、驚きと真剣さが同居している。もしかすると、俺のためにわざと減らず口を叩いて、気を紛らわせてくれているのかもしれない。
「……なあ、流石にやべーだろ。どうしたらいいんだ……」
思わず涙混じりで訴える俺に、颯は少し考え込む。指を唇に当て、眉をひそめた。
「仕方ねぇな。調べるぞ」
「え?」
「調査だよ調査。頼むぞ、"ワトソン君"?」
あの笑顔を向けられている客が憎い。
バイトだとわかっているのに、胸の奥で怒りが沸き上がる。
けれど、自分には、他の誰にも見せない特別な笑みを浮かべてくれる。
その瞬間、世界は静まり、時間が止まる。
誰も知らない、二人だけの秘密。
その笑みを見逃すまいと、今日も視線を張り巡らせる。
あの客も、周りの同僚も、邪魔者でしかない。
ただ、彼だけが、自分の世界の中心にいる。
————
「……はぁ、まただ。」
バイトが終わり、実家の自分の部屋でぐったり横になっていた。
俺は駅前の飲食店でバイトしているのだが、今日、ロッカーを開けたら花束が入っていた。
しかも「頑張ってください♡」という手書きのメモ付き。いや、誰だよ俺の応援団。怖いだろ普通に。
俺は花が特別好きなわけでもない。むしろアレルギー気味でくしゃみが止まらないタイプだ。店長にも「彼女からか?」と笑われたが、違う。そもそも彼女なんてできたことがない。
「……待てよ……!」
胸の奥が急にざわついた。脳裏をよぎるのは、あの謎解きイベント。颯に無理やり連れていかれたやつだ。そこでは「探し物は目立たない場所にある」って散々やったじゃないか。
俺は飛び起きると、部屋中の捜索を始めた。
クローゼットの奥、カーテンの裏、エアコンの上、コンセント周り。ありとあらゆる場所を手で触って確かめる。あの時の脱出ゲームで得た知識を総動員だ。
「……マジかよ……」
結果は大収穫。ぬいぐるみの中から盗聴器が見つかった。さらに本棚の上、普段目線がいかない位置に、小型カメラが隠されていた。
「………これは……もう……」
声にならない。背筋が冷える。さっきまで冗談みたいに考えていたストーカーの存在が、一気に現実味を帯びた。
――笑えない。完全に一線を越えている。
俺は反射的にスマホを掴み、颯の家へと駆け出した。
「おい!助けてくれ!!」
玄関のチャイムを連打する。
「……何だよ…LINEしろつっただろ…」
颯がドアを開けた。
しかしその姿が……妙に艶っぽい。着崩したシャツに、無造作な髪。ほのかに甘い匂い。……これはもしかしなくとも、今まで女の子とイチャイチャしてたな……。
「ごめんねーゆきちゃん。バカが来たから、解散になっちゃった。また今度ね」
玄関先から、見覚えのある長い髪が揺れて出ていった。――ゆきちゃんだ。学部であやかちゃんと並んで二大マドンナと呼ばれているうちの一人。俺は心の中で血涙を流す。ゆきちゃん派だったのに……。
だが今はストーカー事件が先決だ。
「……俺、お前なんかしか頼る人いないのが悲しいよ……」
思わず恨み節が口から漏れる。
「“なんか”は余計だ。入れ。」
颯は小さくため息をつくと、俺を部屋に招き入れた。
颯の家は、いつ来ても生活感がない。高校の時から両親は長期出張で不在らしく、ほぼ一人暮らし状態だ。女の子連れ込み放題。騒音被害に悩まされるようになったのもその頃からだ。
颯はドカッと座り、俺をじっと見た。「で、何があった?」という目だ。
俺は一度深呼吸して、震える手で盗聴器とカメラを取り出した。
意外にも、あいつは目を丸くして、最後まで真剣に話を聞いてくれた。
「……へぇ、明でも探し物できたんだ。物なくしてばっかりなのに。」
颯が口を開く。相変わらずの毒舌だが、どこかいつもより力が抜けている。
「うるせーよ。」
俺も反射的に返す。――いつもならここでいつもの軽口が返ってくるのだが、颯は今日はちょっと違った。顔の表情からは、驚きと真剣さが同居している。もしかすると、俺のためにわざと減らず口を叩いて、気を紛らわせてくれているのかもしれない。
「……なあ、流石にやべーだろ。どうしたらいいんだ……」
思わず涙混じりで訴える俺に、颯は少し考え込む。指を唇に当て、眉をひそめた。
「仕方ねぇな。調べるぞ」
「え?」
「調査だよ調査。頼むぞ、"ワトソン君"?」
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