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第十一話
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「は……はあ!?何言ってるんだよ!」
思わず怒鳴る。冗談じゃない。今はふざけてる場合じゃないのに――。
颯は小さく笑った。声が震えている。
「だって……もう全部終わりでしょ。」
颯の声は、どこか壊れた玩具のように淡々としている。
「明はこれから俺のこと避ける。友達にはもう戻れない。だったら最後にひとつ、思い出が欲しい。明の匂いも声も、全部、この体に刻んでおきたいんだよ。明をこの手で感じたいんだ。……ねえ、お願い」
震える指先で、そっと俺の髪を撫でた。小さな子どもが宝物を確かめるみたいに。
「明の“初めて”が俺以外なんて、耐えられない……。これでもう二度と近寄らないって誓う。何もしない。だから、お願い……」
泣きそうな声。けれどその奥底には、押し殺した衝動が脈打っているのが分かる。
「……いいぞ……」
俺は声を絞り出した。胸の奥がひりつく。けれど、言葉が零れ落ちた。
途端に颯の顔に、子どものような笑顔が咲く。
「ほんと? ほんとにいいの? ほんとほんと?」
声がはずむ。嬉しそうな、けれどどこか壊れたトーン。俺はその声にかぶせるように言った。
「ただし、条件がある」
俺は息を整えて続けた。
「俺はお前から離れるわけにはいかない。お前を壊した責任がある。だから……普通の恋人になろう。これからは、隠し事も、縛りつけることもしない。ただの“俺とお前”としてやり直そう」
「……え?」
颯は呆然とした声を出した。目の奥が一瞬だけ揺れる。
「え……何言ってるの?俺、自分で分かってるよ。頭おかしいくらい明のこと好きだし、歪んでるって。そんなやつと一緒にいたって、明にいいことなんてひとつもないよ?」
痛烈な自虐。笑いながらも、声の奥で崩れかけている。
こいつは、自分の異常さをちゃんと知っていたのか――もしかしたら、今までも罪悪感に苛まれながらここまで来たのかもしれない。
「俺は、十年以上共に過ごしてきた“月城颯”という人間を信じたい」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥でずっと絡まっていた糸がほどけるような感覚があった。俺と颯は、幼馴染で、親友で、そしてあの日々は確かに楽しかった。それを全部嘘だとは思えない。
颯の肩が一度びくりと震え、そのまま俺を強く抱きしめた。骨が軋むほどの力。息が詰まるほど近い。でもその震えは弱い子どものようだった。
「……ああ、そうだよね。そういう真っ直ぐさが、俺が惚れた七瀬明なんだよ。こんな最低な俺も、あのストーカー小僧も、何でも許しちゃう……。うん、わかった。心入れ替える。……明を、ちゃんと大切にする」
その声は、泣き笑いの中でかすれていた。
「おい、泣くなって……ったく。じゃあ今後はヤンデレはマシになっていくってことでいいよな?」
俺は颯の頭を撫でながら、冗談めかして言った。颯は涙で濡れた顔を上げ、キョトンとした表情をする。
「……ヤンデレって何?」
素で首を傾げる声に、思わず俺は吹き出しそうになった。
「……知らないのかよ!?」
俺の声が響き渡り、張り詰めていた空気が一瞬だけ緩んだ。
こうして――長く続いたストーカー騒動は、ようやく幕を閉じた。
これがハッピーエンドかどうかは、正直わからない。
世間から見れば、俺の選択は愚かで、危険で、間違っていると思われるかもしれない。「やめろ」「何をやっているんだ」と責める声が聞こえてきそうだ。
それでも——これは俺が決めたことだ。俺はあの高校生も、そして颯も、信じたいと思った。裏切られたら、そのとき考えればいい。
幸い、あの夜の“告白”のあと、颯は少しずつ変わっていった。俺の説得のせいなのか、あるいは本人の中で何かが決壊したのか。元の軽口を叩き合える関係に、ゆっくりと戻っている。
颯はまだ嫉妬深いし、時折束縛しようとするところもある。でも、その手つきはあの時より柔らかく、声は穏やかになった。ほんの少しずつだが、彼自身も変わろうとしているのがわかる。ほんの少しずつ——でも確かに。
あの夜、腹の底から話し合ったこと。その重要性を、今はひしひしと感じている。誰かを“信じる”ということは、諦めることでも、盲目になることでもない。
何度でも対話を重ね、歩み寄り、選び続けることだ――それが俺の出した答えだった。
「……ふふふ。めい、だいすき」
耳元で颯が小さく囁く。
その声は、あのときの狂気混じりの響きではなく、ただの幼馴染の声に聞こえた。
今、俺はその腕の中で、体温と鼓動を感じている。
この温もりを、今だけは信じたい。
その一歩先にどんな未来が待っているのかは分からない。
でも――俺たちはきっと、大丈夫だ。
これが俺たちの、新しい物語の始まりだから。
思わず怒鳴る。冗談じゃない。今はふざけてる場合じゃないのに――。
颯は小さく笑った。声が震えている。
「だって……もう全部終わりでしょ。」
颯の声は、どこか壊れた玩具のように淡々としている。
「明はこれから俺のこと避ける。友達にはもう戻れない。だったら最後にひとつ、思い出が欲しい。明の匂いも声も、全部、この体に刻んでおきたいんだよ。明をこの手で感じたいんだ。……ねえ、お願い」
震える指先で、そっと俺の髪を撫でた。小さな子どもが宝物を確かめるみたいに。
「明の“初めて”が俺以外なんて、耐えられない……。これでもう二度と近寄らないって誓う。何もしない。だから、お願い……」
泣きそうな声。けれどその奥底には、押し殺した衝動が脈打っているのが分かる。
「……いいぞ……」
俺は声を絞り出した。胸の奥がひりつく。けれど、言葉が零れ落ちた。
途端に颯の顔に、子どものような笑顔が咲く。
「ほんと? ほんとにいいの? ほんとほんと?」
声がはずむ。嬉しそうな、けれどどこか壊れたトーン。俺はその声にかぶせるように言った。
「ただし、条件がある」
俺は息を整えて続けた。
「俺はお前から離れるわけにはいかない。お前を壊した責任がある。だから……普通の恋人になろう。これからは、隠し事も、縛りつけることもしない。ただの“俺とお前”としてやり直そう」
「……え?」
颯は呆然とした声を出した。目の奥が一瞬だけ揺れる。
「え……何言ってるの?俺、自分で分かってるよ。頭おかしいくらい明のこと好きだし、歪んでるって。そんなやつと一緒にいたって、明にいいことなんてひとつもないよ?」
痛烈な自虐。笑いながらも、声の奥で崩れかけている。
こいつは、自分の異常さをちゃんと知っていたのか――もしかしたら、今までも罪悪感に苛まれながらここまで来たのかもしれない。
「俺は、十年以上共に過ごしてきた“月城颯”という人間を信じたい」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥でずっと絡まっていた糸がほどけるような感覚があった。俺と颯は、幼馴染で、親友で、そしてあの日々は確かに楽しかった。それを全部嘘だとは思えない。
颯の肩が一度びくりと震え、そのまま俺を強く抱きしめた。骨が軋むほどの力。息が詰まるほど近い。でもその震えは弱い子どものようだった。
「……ああ、そうだよね。そういう真っ直ぐさが、俺が惚れた七瀬明なんだよ。こんな最低な俺も、あのストーカー小僧も、何でも許しちゃう……。うん、わかった。心入れ替える。……明を、ちゃんと大切にする」
その声は、泣き笑いの中でかすれていた。
「おい、泣くなって……ったく。じゃあ今後はヤンデレはマシになっていくってことでいいよな?」
俺は颯の頭を撫でながら、冗談めかして言った。颯は涙で濡れた顔を上げ、キョトンとした表情をする。
「……ヤンデレって何?」
素で首を傾げる声に、思わず俺は吹き出しそうになった。
「……知らないのかよ!?」
俺の声が響き渡り、張り詰めていた空気が一瞬だけ緩んだ。
こうして――長く続いたストーカー騒動は、ようやく幕を閉じた。
これがハッピーエンドかどうかは、正直わからない。
世間から見れば、俺の選択は愚かで、危険で、間違っていると思われるかもしれない。「やめろ」「何をやっているんだ」と責める声が聞こえてきそうだ。
それでも——これは俺が決めたことだ。俺はあの高校生も、そして颯も、信じたいと思った。裏切られたら、そのとき考えればいい。
幸い、あの夜の“告白”のあと、颯は少しずつ変わっていった。俺の説得のせいなのか、あるいは本人の中で何かが決壊したのか。元の軽口を叩き合える関係に、ゆっくりと戻っている。
颯はまだ嫉妬深いし、時折束縛しようとするところもある。でも、その手つきはあの時より柔らかく、声は穏やかになった。ほんの少しずつだが、彼自身も変わろうとしているのがわかる。ほんの少しずつ——でも確かに。
あの夜、腹の底から話し合ったこと。その重要性を、今はひしひしと感じている。誰かを“信じる”ということは、諦めることでも、盲目になることでもない。
何度でも対話を重ね、歩み寄り、選び続けることだ――それが俺の出した答えだった。
「……ふふふ。めい、だいすき」
耳元で颯が小さく囁く。
その声は、あのときの狂気混じりの響きではなく、ただの幼馴染の声に聞こえた。
今、俺はその腕の中で、体温と鼓動を感じている。
この温もりを、今だけは信じたい。
その一歩先にどんな未来が待っているのかは分からない。
でも――俺たちはきっと、大丈夫だ。
これが俺たちの、新しい物語の始まりだから。
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