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第十話
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颯は目を伏せて、しばらく間を置いてから、ぽつりと話し始めた。
「幼稚園のとき、俺が………いじめられてたの、覚えてる?」
「……あー、そういえば、そんなことあったな」
幼稚園の薄い記憶がふわりと脳裏をよぎる。騒がしい園庭、泣き声、そして小さな手が誰かを守るように出た光景。半ば忘れていたけれど、その場面だけはなんとなく覚えている。
颯の声が震える。
「あのとき、明だけが、俺を庇ってくれたんだ。『やめろ』って。みんなが笑ってる中で、君だけが真っ直ぐに言ってくれた。あれが、本当に嬉しかった。そこからずっと、明のことが頭から離れないんだよ。ずっと、ずっと、明だけを見てる」
言葉は淡々としているのに、その瞳は燃えているように鋭い。幼い記憶の一粒が、彼の世界を根底から支えていたのだと思うと、胸がひりついた。そんな些細な出来事が、人をここまで形づくるのか。
「そ、そんなことで……そんな前から、ってことかよ」
軽く否定するつもりで出た言葉が、自分でも弱々しく響く。
颯は鼻先で笑ったように、だがどこか苛立ちを含んだ声で言う。
「『そんなこと』? 明にとっては些細でも、俺にとっては世界を決定づける出来事だったんだよ。わかんないかな?」
問いかけるように、俺をじっと見据える。視線の強さに、息が詰まりそうになる。
「で、あの子はどうするつもりだったんだよ?」
冷静を装って訊く。返事次第で、これから先の距離感も変わる。
颯の口元がゆるみ、低く笑う。
「まさか、明を“奪う”なんて思ってもみなかったからな。あいつもあいつで、ストーカーしてたっていう負い目があるし、“話し合い”で諦めると思った。で、もしダメでも、俺が全部奪い返す方法はあるから。殺すつもりはなかったよ、安心して」
なるほど…よかった。殺すつもりだったら、俺はこいつを殴ってただろう。
「話は、もう終わった?」
颯は小首をかしげる。
「……そうだな」
俺が言い終わるや否や、颯の動きは鋭くなった。次の瞬間、床に押し倒されていた。背中に伝わる冷たさと、圧迫感。颯の息が耳元にかかり、囁くような声が震えて届く。
「な、何するんだよ!」
俺は本気で抵抗した。腕を振り払おうとするが、体がびくりとも動かない。颯の指先に込められた力は、見た目の細さからは想像できないほど強く、俺の両手を簡単に押さえつける。
颯の顔が、ゆっくりと近づく。その奥に宿る光は、泣いているようにも笑っているようにも見えた。
「なあ……最後に、明を、抱いてもいい?」
耳元に滑り込むような囁き。あまりに唐突で、脳が理解を拒んだ。
「幼稚園のとき、俺が………いじめられてたの、覚えてる?」
「……あー、そういえば、そんなことあったな」
幼稚園の薄い記憶がふわりと脳裏をよぎる。騒がしい園庭、泣き声、そして小さな手が誰かを守るように出た光景。半ば忘れていたけれど、その場面だけはなんとなく覚えている。
颯の声が震える。
「あのとき、明だけが、俺を庇ってくれたんだ。『やめろ』って。みんなが笑ってる中で、君だけが真っ直ぐに言ってくれた。あれが、本当に嬉しかった。そこからずっと、明のことが頭から離れないんだよ。ずっと、ずっと、明だけを見てる」
言葉は淡々としているのに、その瞳は燃えているように鋭い。幼い記憶の一粒が、彼の世界を根底から支えていたのだと思うと、胸がひりついた。そんな些細な出来事が、人をここまで形づくるのか。
「そ、そんなことで……そんな前から、ってことかよ」
軽く否定するつもりで出た言葉が、自分でも弱々しく響く。
颯は鼻先で笑ったように、だがどこか苛立ちを含んだ声で言う。
「『そんなこと』? 明にとっては些細でも、俺にとっては世界を決定づける出来事だったんだよ。わかんないかな?」
問いかけるように、俺をじっと見据える。視線の強さに、息が詰まりそうになる。
「で、あの子はどうするつもりだったんだよ?」
冷静を装って訊く。返事次第で、これから先の距離感も変わる。
颯の口元がゆるみ、低く笑う。
「まさか、明を“奪う”なんて思ってもみなかったからな。あいつもあいつで、ストーカーしてたっていう負い目があるし、“話し合い”で諦めると思った。で、もしダメでも、俺が全部奪い返す方法はあるから。殺すつもりはなかったよ、安心して」
なるほど…よかった。殺すつもりだったら、俺はこいつを殴ってただろう。
「話は、もう終わった?」
颯は小首をかしげる。
「……そうだな」
俺が言い終わるや否や、颯の動きは鋭くなった。次の瞬間、床に押し倒されていた。背中に伝わる冷たさと、圧迫感。颯の息が耳元にかかり、囁くような声が震えて届く。
「な、何するんだよ!」
俺は本気で抵抗した。腕を振り払おうとするが、体がびくりとも動かない。颯の指先に込められた力は、見た目の細さからは想像できないほど強く、俺の両手を簡単に押さえつける。
颯の顔が、ゆっくりと近づく。その奥に宿る光は、泣いているようにも笑っているようにも見えた。
「なあ……最後に、明を、抱いてもいい?」
耳元に滑り込むような囁き。あまりに唐突で、脳が理解を拒んだ。
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