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8.隣で笑ってたい
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「……天野って呼んでるのはね」
俺は、ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。
「君の名前を呼んだら、君が穢れる気がするからだよ」
ぽつり、ぽつりと。
言い訳じゃない。事実だ。
「家に呼べなかったのは……ご覧の惨状だから」
この部屋を、指先でなぞる。
「手を出せなかったのも同じ。君を、穢したくなかった」
俺が話すたび、天野は怯えたような表情になる。
その表情すら――たまらなく愛おしい。
「隠し撮りの写真は……欲望に負けて、数枚だけ撮ってしまった」
少しだけ、視線を伏せる。
「本当に、ごめんね」
付き合う前から、どうしても可愛い天野を残しておきたかった。
時間が経っても変わらない形にして、永遠にしたかった。
「お、おまえ……! 元カノにも、こんなことしてたのか!?」
震えた声で言われて、思わず瞬きをする。
……びっくりだ。
この状況で、他人の心配をするなんて。
天野は俺のことを「誰にでも優しい」って言うけど、
俺に言わせれば――よっぽど天野の方がお人好しだ。
「別に? こんなこと、やってなかったよ」
天野は、本当に可愛い。
純粋で、綺麗で、一点の曇りもない。
本当は――監禁したい。
俺の隣に、ずっといてほしい。
でも、それは犯罪だし、天野も望んでいない。
だから仕方なく、天野のグッズを作った。
部屋中を天野でいっぱいにして、そこで眠る。
ここは、俺のオアシスだ。
「え、えっと……その……」
明らかに困惑している。
……可愛いな。食べたいな。
「で」
声を落とす。
「この部屋に、ずっと住むか」
「今すぐバイトを辞めて、先輩と縁を切るか」
最近、天野は肌身離さずスマホを眺め、ことあるごとに「先輩」の話題を出していた。
ムカつく。
ムカつくムカつくムカつく。
俺が、ようやく手に入れた天野なのに。
「どっちか、答えて」
「あ、あの……えっと……すみませんでしたーー!!」
深く、頭を下げられる。
「……は?」
———
「じゃあ、チャッキー消すね」
「ちょっと待って!!」
郁也が俺のスマホを操作しようとするのを、全力で止める。
「あ、あの!今後は相談しないから! チャッキーは俺の相棒なんだ!卒論の相談とかにも使ってるし……!」
必死すぎて、声が裏返る。
「はあ? 余計ムカつくんだが?
じゃあバイト辞めるか、先輩とも縁を切って。二人きりで手料理食べさせてたとか、ムカつきすぎて消したい。
チャッキーも今すぐ別のAIアプリに変えて」
「ま、待て! バイトは辞められないし、先輩とも縁は切れない!今後は二人で会わないから!」
「……嘘でも、“先輩”ってワード出さないでね」
目を細められる。
……やばい。この人、本気だ。
「と、とりあえず! この部屋! 恥ずかしい!」
もう限界だった。
今すぐここから出たい。
「……怒ってないの?」
「怒る? なんで? 引いてもないよ」
肩をすくめて笑う。
「まあ世の中、いろんな彼氏がいるって言うし。こういう彼氏がいても、いいだろ」
恋愛経験ゼロの俺には、何が普通なのか分からない。
郁也は、頭を抱えた。
「……天然すぎる……俺が……俺が保護しなきゃ……」
何かぶつぶつ言ってるが、聞こえないことにする。
「というか! なんで俺にだけ、こんな部屋作ってるんだ?
元カノにも作ってたのか?」
一番まっとうな疑問をぶつける。
「だから。天野は可愛すぎるから」
即答だった。
「元カノは別に、四六時中見なくても平気だったけど。
天野は常に摂取しないと死ぬ。自然消滅なんて、できない」
淡々と、でも熱を込めて。
「最近会ってなくて、胸が苦しくなったから、突然連絡したくらいだし」
……何それ。
「要するに、天野が好きすぎるの。俺は。ちょっと、おかしくなるくらい」
そういうものなのか?
「本来だったら、離れた方がいいとは思う。でも、離れたら……」
「離れなくていいよ!」
反射的に言っていた。
「俺の意思で、離れたくなったら離れるから!」
その言葉に、郁也は安心したように息を吐いた。
「……よかった」
「まあ今後は、俺がそばにいるから。
グッズとか作るのはやめてな。写真は撮っていいよ。ただし!隠し撮りはなしな笑」
「……君は、本当に優しいよ」
そう言って、郁也は床に座り込む。
「唯一無二として愛してほしい、だっけ?
そんなの、最初から唯一無二だよ」
少し、安心した。
「というか、チャッキーなんか使わずに、最初から俺に相談して」
「いや……実は郁也にも、怒ってて……」
「そうやって、喜怒哀楽全部俺にぶつけ、頭の中、俺だけになってほしい。俺にだけ、ムカついてほしい」
……ブレーキが壊れてきた。
「ちょ、ちょっと!と、とりあえず!
中高の青春捧げてるし! 頭では覚えてるとか、未練ありそうなこと言うし!」
「今後一生を、天野に捧げるじゃダメ?」
距離が、近い。
「許してくれない?」
「……付き合った時期とか好物とか覚えてて、飲み物奢ってた癖に。
俺の時は『それ、そんなに美味しいの?』って他人事みたいに聞くのに」
「ああ、それ。
俺との時間を割くほど、その飲み物が美味しいのか気になっただけ」
「……え?」
まさか。
「天野のことなら何でも知ってる。
好物以外も。全部。
これからも、知っていきたい」
……まあ、未練がないならいいか。
「な、名前呼び……」
「単純に名前で呼んでって言われたから呼んでただけ。
記号みたいなもんだよ。
天野の名前は神聖なものだから、軽々しく呼べないけど。
呼んだ瞬間、自分を制御できなくなる気がして」
「……差別は良くないぞ。あと、本気だったんだろ?」
「うーん。今思えばよくわからないや。なんか、天野と出会ってから、それしか考えられなくなって、過去のこととかどうでもよくなっちゃった」
「お前の四年半、なんだったんだよ……」
「さあね、申し訳ない気持ちが湧くほどだよ」
笑う。
……いや、ちょっと怖いぞ。
「……俺は、全部初めてなのに……」
なんかすごい女々しい。恥ずかしくなって、顔を赤くして俯く。
「……はぁ。ちょっと、わざとだよな?」
顔を上げた瞬間、抱きしめられた。
「そんなこと言ってると、閉じ込めたくなるよ」
「……あ、え」
「嘘。しない」
すぐに離れる。
「さあ、要求を」
「……名前で呼んで。もっと、触れて……」
「……わかったよ、翔」
その瞬間、唇が触れた。
ぽたっ。
「……え?」
「……ごめん。翔が可愛くて……」
鼻血だった。
「……俺が神聖なものを穢したと思ったら、興奮して……」
「……もう、台無しだよ、郁也」
笑いながらティッシュを差し出す
「……まさか、元カノにも…?」
「そんなわけないだろ。翔とは比べものにならない。」
郁也は、必死に言う。
「みんなに優しい郁也くんは……?」
「翔が全ての優しい郁也くんならここにいるよ」
「…俺、とんでもない男に捕まった?」
「かも?」
「……あはは!」
――正直、普通じゃない。
独占欲も強いし、言ってることは怖いし。
でも。
俺は、自分で選んだ。
逃げることもできた。
距離を置くこともできた。
それでも、
この人の隣にいることを選んだ。
怖いけど、
優しくて、
不器用で、
俺だけを見ている男。
……まあ、何かあったらチャッキーに相談すればいいし。
そう思った瞬間、スマホを見て、
俺はそっと画面を伏せた。
――今は、いいや。
少なくとも今は、
この人の隣で笑っていたい。
俺は、ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。
「君の名前を呼んだら、君が穢れる気がするからだよ」
ぽつり、ぽつりと。
言い訳じゃない。事実だ。
「家に呼べなかったのは……ご覧の惨状だから」
この部屋を、指先でなぞる。
「手を出せなかったのも同じ。君を、穢したくなかった」
俺が話すたび、天野は怯えたような表情になる。
その表情すら――たまらなく愛おしい。
「隠し撮りの写真は……欲望に負けて、数枚だけ撮ってしまった」
少しだけ、視線を伏せる。
「本当に、ごめんね」
付き合う前から、どうしても可愛い天野を残しておきたかった。
時間が経っても変わらない形にして、永遠にしたかった。
「お、おまえ……! 元カノにも、こんなことしてたのか!?」
震えた声で言われて、思わず瞬きをする。
……びっくりだ。
この状況で、他人の心配をするなんて。
天野は俺のことを「誰にでも優しい」って言うけど、
俺に言わせれば――よっぽど天野の方がお人好しだ。
「別に? こんなこと、やってなかったよ」
天野は、本当に可愛い。
純粋で、綺麗で、一点の曇りもない。
本当は――監禁したい。
俺の隣に、ずっといてほしい。
でも、それは犯罪だし、天野も望んでいない。
だから仕方なく、天野のグッズを作った。
部屋中を天野でいっぱいにして、そこで眠る。
ここは、俺のオアシスだ。
「え、えっと……その……」
明らかに困惑している。
……可愛いな。食べたいな。
「で」
声を落とす。
「この部屋に、ずっと住むか」
「今すぐバイトを辞めて、先輩と縁を切るか」
最近、天野は肌身離さずスマホを眺め、ことあるごとに「先輩」の話題を出していた。
ムカつく。
ムカつくムカつくムカつく。
俺が、ようやく手に入れた天野なのに。
「どっちか、答えて」
「あ、あの……えっと……すみませんでしたーー!!」
深く、頭を下げられる。
「……は?」
———
「じゃあ、チャッキー消すね」
「ちょっと待って!!」
郁也が俺のスマホを操作しようとするのを、全力で止める。
「あ、あの!今後は相談しないから! チャッキーは俺の相棒なんだ!卒論の相談とかにも使ってるし……!」
必死すぎて、声が裏返る。
「はあ? 余計ムカつくんだが?
じゃあバイト辞めるか、先輩とも縁を切って。二人きりで手料理食べさせてたとか、ムカつきすぎて消したい。
チャッキーも今すぐ別のAIアプリに変えて」
「ま、待て! バイトは辞められないし、先輩とも縁は切れない!今後は二人で会わないから!」
「……嘘でも、“先輩”ってワード出さないでね」
目を細められる。
……やばい。この人、本気だ。
「と、とりあえず! この部屋! 恥ずかしい!」
もう限界だった。
今すぐここから出たい。
「……怒ってないの?」
「怒る? なんで? 引いてもないよ」
肩をすくめて笑う。
「まあ世の中、いろんな彼氏がいるって言うし。こういう彼氏がいても、いいだろ」
恋愛経験ゼロの俺には、何が普通なのか分からない。
郁也は、頭を抱えた。
「……天然すぎる……俺が……俺が保護しなきゃ……」
何かぶつぶつ言ってるが、聞こえないことにする。
「というか! なんで俺にだけ、こんな部屋作ってるんだ?
元カノにも作ってたのか?」
一番まっとうな疑問をぶつける。
「だから。天野は可愛すぎるから」
即答だった。
「元カノは別に、四六時中見なくても平気だったけど。
天野は常に摂取しないと死ぬ。自然消滅なんて、できない」
淡々と、でも熱を込めて。
「最近会ってなくて、胸が苦しくなったから、突然連絡したくらいだし」
……何それ。
「要するに、天野が好きすぎるの。俺は。ちょっと、おかしくなるくらい」
そういうものなのか?
「本来だったら、離れた方がいいとは思う。でも、離れたら……」
「離れなくていいよ!」
反射的に言っていた。
「俺の意思で、離れたくなったら離れるから!」
その言葉に、郁也は安心したように息を吐いた。
「……よかった」
「まあ今後は、俺がそばにいるから。
グッズとか作るのはやめてな。写真は撮っていいよ。ただし!隠し撮りはなしな笑」
「……君は、本当に優しいよ」
そう言って、郁也は床に座り込む。
「唯一無二として愛してほしい、だっけ?
そんなの、最初から唯一無二だよ」
少し、安心した。
「というか、チャッキーなんか使わずに、最初から俺に相談して」
「いや……実は郁也にも、怒ってて……」
「そうやって、喜怒哀楽全部俺にぶつけ、頭の中、俺だけになってほしい。俺にだけ、ムカついてほしい」
……ブレーキが壊れてきた。
「ちょ、ちょっと!と、とりあえず!
中高の青春捧げてるし! 頭では覚えてるとか、未練ありそうなこと言うし!」
「今後一生を、天野に捧げるじゃダメ?」
距離が、近い。
「許してくれない?」
「……付き合った時期とか好物とか覚えてて、飲み物奢ってた癖に。
俺の時は『それ、そんなに美味しいの?』って他人事みたいに聞くのに」
「ああ、それ。
俺との時間を割くほど、その飲み物が美味しいのか気になっただけ」
「……え?」
まさか。
「天野のことなら何でも知ってる。
好物以外も。全部。
これからも、知っていきたい」
……まあ、未練がないならいいか。
「な、名前呼び……」
「単純に名前で呼んでって言われたから呼んでただけ。
記号みたいなもんだよ。
天野の名前は神聖なものだから、軽々しく呼べないけど。
呼んだ瞬間、自分を制御できなくなる気がして」
「……差別は良くないぞ。あと、本気だったんだろ?」
「うーん。今思えばよくわからないや。なんか、天野と出会ってから、それしか考えられなくなって、過去のこととかどうでもよくなっちゃった」
「お前の四年半、なんだったんだよ……」
「さあね、申し訳ない気持ちが湧くほどだよ」
笑う。
……いや、ちょっと怖いぞ。
「……俺は、全部初めてなのに……」
なんかすごい女々しい。恥ずかしくなって、顔を赤くして俯く。
「……はぁ。ちょっと、わざとだよな?」
顔を上げた瞬間、抱きしめられた。
「そんなこと言ってると、閉じ込めたくなるよ」
「……あ、え」
「嘘。しない」
すぐに離れる。
「さあ、要求を」
「……名前で呼んで。もっと、触れて……」
「……わかったよ、翔」
その瞬間、唇が触れた。
ぽたっ。
「……え?」
「……ごめん。翔が可愛くて……」
鼻血だった。
「……俺が神聖なものを穢したと思ったら、興奮して……」
「……もう、台無しだよ、郁也」
笑いながらティッシュを差し出す
「……まさか、元カノにも…?」
「そんなわけないだろ。翔とは比べものにならない。」
郁也は、必死に言う。
「みんなに優しい郁也くんは……?」
「翔が全ての優しい郁也くんならここにいるよ」
「…俺、とんでもない男に捕まった?」
「かも?」
「……あはは!」
――正直、普通じゃない。
独占欲も強いし、言ってることは怖いし。
でも。
俺は、自分で選んだ。
逃げることもできた。
距離を置くこともできた。
それでも、
この人の隣にいることを選んだ。
怖いけど、
優しくて、
不器用で、
俺だけを見ている男。
……まあ、何かあったらチャッキーに相談すればいいし。
そう思った瞬間、スマホを見て、
俺はそっと画面を伏せた。
――今は、いいや。
少なくとも今は、
この人の隣で笑っていたい。
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