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人間は、見たくないものを目の当たりにした時、頭が一瞬停止するようにできているのかもしれない。今まさに、僕はその感覚を痛いほど体感していた。
「………え?」
目の前で、僕の恋人が女性と並んで歩いている。
女性は見たところ、女子高生くらいの年齢だろうか。
――犯罪じゃないのか、アラサーのくせに。
心臓が跳ね、全身の血が逆流するような感覚に襲われながら、僕は自然と2人の姿を追いかけていた。曲がり角を曲がると、2人はホテルの入り口に吸い込まれていく。
「…まだだ!」
頭では、まだ勘違いの可能性もあると、必死に言い聞かせる。だが心の奥底では、すでに最悪の光景を確信していた。
「………」
この世に夢も希望も、神も奇跡も存在しない。
2人は、ためらうことなくホテルの扉の向こうに消えていった。
「………っ!」
その瞬間、身体が思うように動かず、逃げるようにその場を離れてしまった。
———
僕の名前は、斉藤学人。あの浮気男は、宝城晶。
彼は、元々は大人気アイドルだったが、最近では役者としても活躍している。特撮ドラマを皮切りに、大ヒットドラマの主演もこなすマルチタレントだ。
一方で、僕は事務所から首を切られる寸前の売れない俳優。脇役すらままならず、これまでやったのは1話限りの端役ばかりだった。
――何で付き合ったかって?
簡単なことだ。彼がまだアイドルとして駆け出しの頃、深夜ドラマで共演したからだ。もっとも、彼は主演で、僕は文字通り1話限りのモブだったけれど。
今まで円満だと思っていた。あの時までは。
言っておくが、彼には姉も妹もいない。母親という年齢でもない。なのに、僕以外の若い女と……。
――やっぱり、若い女には敵わないのか…。
僕は29歳。もうすぐ30代に突入する。
同性でもいいとか、年を取っても一緒にいようと言ったくせに。そのくせ、若い体には勝てないのかよ。
「………こうなったら…」
やられっぱなしは性に合わない。問い詰めてやる。
「……どういうこと?」
その夜。
僕はスマホの画面を彼の前に突きつけた。隠し撮りした、晶と若い女がホテルに入っていく写真。
「……ああ、それか。」
彼は驚きもしない。
いつもの涼しい顔のまま、ソファに背を預けた。
「開き直るつもりかよ?」
「いや。浮気じゃないよ。」
……は?
「ホテルで同じ部屋に入って、“浮気じゃない”?」
「その子は俺の後輩アイドル。今後のキャリア相談に乗ってただけ。俺みたいになりたいって言われたんだ。」
「……ホテルの密室で?若い女と2人きりで?それで“何もない”?」
怒りと情けなさが混ざって、スマホを叩きつけそうになるのを必死で抑えた。
代わりに、それを懐に押し込み、深呼吸した。
晶は少し笑って、けれど優しい声で言った。
「……確かに、君から見たら心配になるよね。俺が悪かった。誤解を与えた。本当に何もなかったよ。今ここで服でも脱ごうか?」
彼は本当に、ためらいもなく服を脱ぎ始めた。
滑らかな肌。傷も痕も、何もない。
……確かに、何も“してない”証拠だ。
「……確か、どっちもいけるんだよな?」
気づけば、声が荒くなっていた。
「そうだね。でも、彼女とは何もなかった。」
そう言って、僕の頭を撫でようとしてくる。
その手を、反射的に振り払った。
「……あのさ。密室で2人きりで会う時点で、浮気なんだよ。」
「何もしてないのに?」
「うん。なんなら、絶対あの子、晶のこと好きだよ。」
「まあ、確かに。告白はされたけど。断ったから安心して。」
――やっぱり。
血の気が引いた。
「……ごめん。今後は、恋愛感情を持ってる人と密室で2人きりにならないで。」
自分でもわかる。めんどくさい言い方だ。
でも、どうしても許せなかった。
「いくつなんだ?相手。」
「……17歳、だったかな。」
「……正直、嬉しかっただろ?高校生に告白されて。」
嫌味が口からこぼれた。
「いや、別に?よくあるし。」
「……は?」
頭が真っ白になった。
モテるとは思ってたけど、ここまでとは。
「なんなら中学生に告白されたこともあるよ。密室に連れ込まれそうになったこともある。でも大丈夫、絶対に手は出さないから。」
腰から力が抜けた。膝が床に落ちる。動けない。
「大丈夫?」
心配そうに手を差し出してくるその顔が、優しすぎて怖い。
「……浮気の定義を確認しよう。」
「え?」
「僕の定義は、“自分に好意がある人と密室で2人きりになるのはアウト”。」
「俺の定義は、“キスとかそういう行為をしなければセーフ”。まあ、それも心が離れなければ別に気にしない。」
――流石、遊び慣れてる人間の言葉だ。
境界線の引き方が違う。
僕が重いのか、彼が軽すぎるのか、もうわからない。
「学人の定義だと、俺はまずいことしたね。ごめん。今後は気をつける。」
誠実そうに言われるほど、空虚だった。
なんか、違う。
僕ばっかり苦しくて、彼は何も痛くない。
「なんかさ……僕ばっかり、好きじゃない?」
「そうかな?」
「……ごめん。帰る。」
もう、顔を見ていたくなかった。
このままだと、本当に壊れてしまう。
「わかった、またね。」
引き止めることもなく、笑って見送るその顔が、いちばん堪えた。
……俺が女々しいのか。重いのか。
それとも、愛されてないだけなのか。
わからない。
「………え?」
目の前で、僕の恋人が女性と並んで歩いている。
女性は見たところ、女子高生くらいの年齢だろうか。
――犯罪じゃないのか、アラサーのくせに。
心臓が跳ね、全身の血が逆流するような感覚に襲われながら、僕は自然と2人の姿を追いかけていた。曲がり角を曲がると、2人はホテルの入り口に吸い込まれていく。
「…まだだ!」
頭では、まだ勘違いの可能性もあると、必死に言い聞かせる。だが心の奥底では、すでに最悪の光景を確信していた。
「………」
この世に夢も希望も、神も奇跡も存在しない。
2人は、ためらうことなくホテルの扉の向こうに消えていった。
「………っ!」
その瞬間、身体が思うように動かず、逃げるようにその場を離れてしまった。
———
僕の名前は、斉藤学人。あの浮気男は、宝城晶。
彼は、元々は大人気アイドルだったが、最近では役者としても活躍している。特撮ドラマを皮切りに、大ヒットドラマの主演もこなすマルチタレントだ。
一方で、僕は事務所から首を切られる寸前の売れない俳優。脇役すらままならず、これまでやったのは1話限りの端役ばかりだった。
――何で付き合ったかって?
簡単なことだ。彼がまだアイドルとして駆け出しの頃、深夜ドラマで共演したからだ。もっとも、彼は主演で、僕は文字通り1話限りのモブだったけれど。
今まで円満だと思っていた。あの時までは。
言っておくが、彼には姉も妹もいない。母親という年齢でもない。なのに、僕以外の若い女と……。
――やっぱり、若い女には敵わないのか…。
僕は29歳。もうすぐ30代に突入する。
同性でもいいとか、年を取っても一緒にいようと言ったくせに。そのくせ、若い体には勝てないのかよ。
「………こうなったら…」
やられっぱなしは性に合わない。問い詰めてやる。
「……どういうこと?」
その夜。
僕はスマホの画面を彼の前に突きつけた。隠し撮りした、晶と若い女がホテルに入っていく写真。
「……ああ、それか。」
彼は驚きもしない。
いつもの涼しい顔のまま、ソファに背を預けた。
「開き直るつもりかよ?」
「いや。浮気じゃないよ。」
……は?
「ホテルで同じ部屋に入って、“浮気じゃない”?」
「その子は俺の後輩アイドル。今後のキャリア相談に乗ってただけ。俺みたいになりたいって言われたんだ。」
「……ホテルの密室で?若い女と2人きりで?それで“何もない”?」
怒りと情けなさが混ざって、スマホを叩きつけそうになるのを必死で抑えた。
代わりに、それを懐に押し込み、深呼吸した。
晶は少し笑って、けれど優しい声で言った。
「……確かに、君から見たら心配になるよね。俺が悪かった。誤解を与えた。本当に何もなかったよ。今ここで服でも脱ごうか?」
彼は本当に、ためらいもなく服を脱ぎ始めた。
滑らかな肌。傷も痕も、何もない。
……確かに、何も“してない”証拠だ。
「……確か、どっちもいけるんだよな?」
気づけば、声が荒くなっていた。
「そうだね。でも、彼女とは何もなかった。」
そう言って、僕の頭を撫でようとしてくる。
その手を、反射的に振り払った。
「……あのさ。密室で2人きりで会う時点で、浮気なんだよ。」
「何もしてないのに?」
「うん。なんなら、絶対あの子、晶のこと好きだよ。」
「まあ、確かに。告白はされたけど。断ったから安心して。」
――やっぱり。
血の気が引いた。
「……ごめん。今後は、恋愛感情を持ってる人と密室で2人きりにならないで。」
自分でもわかる。めんどくさい言い方だ。
でも、どうしても許せなかった。
「いくつなんだ?相手。」
「……17歳、だったかな。」
「……正直、嬉しかっただろ?高校生に告白されて。」
嫌味が口からこぼれた。
「いや、別に?よくあるし。」
「……は?」
頭が真っ白になった。
モテるとは思ってたけど、ここまでとは。
「なんなら中学生に告白されたこともあるよ。密室に連れ込まれそうになったこともある。でも大丈夫、絶対に手は出さないから。」
腰から力が抜けた。膝が床に落ちる。動けない。
「大丈夫?」
心配そうに手を差し出してくるその顔が、優しすぎて怖い。
「……浮気の定義を確認しよう。」
「え?」
「僕の定義は、“自分に好意がある人と密室で2人きりになるのはアウト”。」
「俺の定義は、“キスとかそういう行為をしなければセーフ”。まあ、それも心が離れなければ別に気にしない。」
――流石、遊び慣れてる人間の言葉だ。
境界線の引き方が違う。
僕が重いのか、彼が軽すぎるのか、もうわからない。
「学人の定義だと、俺はまずいことしたね。ごめん。今後は気をつける。」
誠実そうに言われるほど、空虚だった。
なんか、違う。
僕ばっかり苦しくて、彼は何も痛くない。
「なんかさ……僕ばっかり、好きじゃない?」
「そうかな?」
「……ごめん。帰る。」
もう、顔を見ていたくなかった。
このままだと、本当に壊れてしまう。
「わかった、またね。」
引き止めることもなく、笑って見送るその顔が、いちばん堪えた。
……俺が女々しいのか。重いのか。
それとも、愛されてないだけなのか。
わからない。
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