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「……はぁ。」
ため息が漏れた。ここは撮影現場の控室。と言っても、メインが使うような専用ルームじゃない。
端の方に折りたたみ椅子が並んでるだけの、いわゆる“その他大勢”用の控室だ。俺は今日も、名前のないモブ。
「なーにため息ついてんの?」
隣で座っていたマネージャーが、コーヒー片手に軽く笑う。
「……実は」
僕は、ホテルの件から喧嘩の顛末までを、ひと通り話した。話し終えた瞬間、彼女は盛大にため息をついた。
「……え? あんた、宝城晶と付き合ってんの?」
「……まあ、一応。」
「大スキャンダルじゃないの。絶対バレないようにしなさいよ。」
「……はい。」
そりゃそうだ。No. 1アイドルにしてトップ俳優、モデルとしても第一線で活躍してる宝城晶。
その“恋人”が、男で、しかも売れない俳優だったなんてバレたら、芸能ニュースどころかネットが爆発する。
「一緒に住んでるって言ってたわよね? お金どうしてるの?宝城晶ともなると、セキュリティの甘い安アパートなんて住めないでしょ。」
「……9割、払ってもらってます…。」
「大の大人が養ってもらってる癖に、一丁前に束縛だけはするんじゃないよ。」
「……すみません…」
何も言い返せなかった。
確かにその通りだ。
家事も折半だし、僕はただの居候みたいなもんだ。
「それにしても、宝城晶って真面目なのね。ちょっと好感度上がったわ。この業界で“手を出さなかった”なんて、奇跡よ。」
「……奇跡、ですか。」
「ええ。普通なら絶対やってる。そういう堅物なところ、あなたの“売れない理由”かもね。」
痛いところを突かれた。反論もできない。
図星すぎて、笑うしかない。
「そもそも恋人のことで頭いっぱいになってる場合?
もう三十でしょ? 俳優としてどうするつもり?」
……考えていることが、ひとつだけあった。
「……裏方に回ろうかと思ってます。」
「……つまり引退ね。いいと思うわよ。あなた、Wikipediaもないし。」
あっけらかんと言われて、笑うしかなかった。
少しくらい引き止めてくれるかと思ってた自分が、馬鹿みたいだ。
「まあでも、芸能人と付き合うってそういうことでしょ。若い女に言い寄られるなんて日常茶飯事よ。嫌なら別れなさい。」
マネージャーは容赦がない。
でも、正しい。
僕も分かってる。
……けど、「別れる」という言葉が、まだ現実味を持たない。
「……正直、晶のことが好きすぎて。昔の恋人にすら、嫉妬してます。」
「宝城晶が遊んでないわけないでしょ!
あの国宝級の顔よ? 十代で卒業してるわよ!
男も女もいけるなら、そりゃよりどりみどりじゃない。
なんであなたみたいなめんどくさいのと付き合ってるのか不思議なくらい。」
頭が痛い。
でも、事実だから反論もできない。
……本当に、なんで僕なんだろう。
「ま、恋バナは置いといて。
裏方と仲良くしなさい。引退した後、助けてもらえるかもしれないし。」
「……はーい。」
曖昧に返事をして、壁の時計を見上げた。
あと十五分で次の撮影。
撮影が終わったら、裏方さんに話しかけてみよう。
何かが変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれないけど。
撮影が終わってすぐ、プロデューサーを捕まえた。
裏方に回ることを考えているから、そのことを相談したいと伝える。
「なるほどね~。残念だけど、冷静な判断でいいと思うよ。しがみつく姿って、一番見ててツラいからね。」
思ったよりも、ずっと柔らかい声だった。
僕はほっとして、小さく息を吐いた。
「ちょうどね、同年代の音響の子がいるんだ。
裏方のリアルとか教えてもらえると思うし、少し話してみるといいよ。」
そう言って、プロデューサーはスタッフルームへ案内してくれた。
照明の熱が抜けきらない廊下の奥、パソコンのファンとケーブルの匂いが混ざる小部屋。
撮影現場の喧騒とは別の、静かな世界がそこにあった。
「はい、この子ね。雪村日向くん。君と同い年だよ。」
紹介された青年は、地味な印象の子だった。
大きな黒縁メガネに、少し大きめのパーカー。
緊張したように手を胸の前で合わせている。
「あ、え、えっと……雪村日向です。よ、よろしくお願いします。」
声は小さいけど、丁寧で、真面目そうだ。
「この子、裏方志望だから。今後いろいろ教えてあげてね。」
「は、はいっ!」
「よろしくお願いします。」
僕は手を差し出した。
彼の指先は少し冷たかった。
オドオドしてるけど、悪い子じゃない。
どこか、人懐っこい空気がある。
「音響の世界、思ったより奥深いですよ。」
雪村くんが、少しだけ笑った。
仲良くなれそうだな、と思った。
——まさか、これが人生を変える出会いになるなんて、
このときの僕は、まだ知る由もなかった。
ため息が漏れた。ここは撮影現場の控室。と言っても、メインが使うような専用ルームじゃない。
端の方に折りたたみ椅子が並んでるだけの、いわゆる“その他大勢”用の控室だ。俺は今日も、名前のないモブ。
「なーにため息ついてんの?」
隣で座っていたマネージャーが、コーヒー片手に軽く笑う。
「……実は」
僕は、ホテルの件から喧嘩の顛末までを、ひと通り話した。話し終えた瞬間、彼女は盛大にため息をついた。
「……え? あんた、宝城晶と付き合ってんの?」
「……まあ、一応。」
「大スキャンダルじゃないの。絶対バレないようにしなさいよ。」
「……はい。」
そりゃそうだ。No. 1アイドルにしてトップ俳優、モデルとしても第一線で活躍してる宝城晶。
その“恋人”が、男で、しかも売れない俳優だったなんてバレたら、芸能ニュースどころかネットが爆発する。
「一緒に住んでるって言ってたわよね? お金どうしてるの?宝城晶ともなると、セキュリティの甘い安アパートなんて住めないでしょ。」
「……9割、払ってもらってます…。」
「大の大人が養ってもらってる癖に、一丁前に束縛だけはするんじゃないよ。」
「……すみません…」
何も言い返せなかった。
確かにその通りだ。
家事も折半だし、僕はただの居候みたいなもんだ。
「それにしても、宝城晶って真面目なのね。ちょっと好感度上がったわ。この業界で“手を出さなかった”なんて、奇跡よ。」
「……奇跡、ですか。」
「ええ。普通なら絶対やってる。そういう堅物なところ、あなたの“売れない理由”かもね。」
痛いところを突かれた。反論もできない。
図星すぎて、笑うしかない。
「そもそも恋人のことで頭いっぱいになってる場合?
もう三十でしょ? 俳優としてどうするつもり?」
……考えていることが、ひとつだけあった。
「……裏方に回ろうかと思ってます。」
「……つまり引退ね。いいと思うわよ。あなた、Wikipediaもないし。」
あっけらかんと言われて、笑うしかなかった。
少しくらい引き止めてくれるかと思ってた自分が、馬鹿みたいだ。
「まあでも、芸能人と付き合うってそういうことでしょ。若い女に言い寄られるなんて日常茶飯事よ。嫌なら別れなさい。」
マネージャーは容赦がない。
でも、正しい。
僕も分かってる。
……けど、「別れる」という言葉が、まだ現実味を持たない。
「……正直、晶のことが好きすぎて。昔の恋人にすら、嫉妬してます。」
「宝城晶が遊んでないわけないでしょ!
あの国宝級の顔よ? 十代で卒業してるわよ!
男も女もいけるなら、そりゃよりどりみどりじゃない。
なんであなたみたいなめんどくさいのと付き合ってるのか不思議なくらい。」
頭が痛い。
でも、事実だから反論もできない。
……本当に、なんで僕なんだろう。
「ま、恋バナは置いといて。
裏方と仲良くしなさい。引退した後、助けてもらえるかもしれないし。」
「……はーい。」
曖昧に返事をして、壁の時計を見上げた。
あと十五分で次の撮影。
撮影が終わったら、裏方さんに話しかけてみよう。
何かが変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれないけど。
撮影が終わってすぐ、プロデューサーを捕まえた。
裏方に回ることを考えているから、そのことを相談したいと伝える。
「なるほどね~。残念だけど、冷静な判断でいいと思うよ。しがみつく姿って、一番見ててツラいからね。」
思ったよりも、ずっと柔らかい声だった。
僕はほっとして、小さく息を吐いた。
「ちょうどね、同年代の音響の子がいるんだ。
裏方のリアルとか教えてもらえると思うし、少し話してみるといいよ。」
そう言って、プロデューサーはスタッフルームへ案内してくれた。
照明の熱が抜けきらない廊下の奥、パソコンのファンとケーブルの匂いが混ざる小部屋。
撮影現場の喧騒とは別の、静かな世界がそこにあった。
「はい、この子ね。雪村日向くん。君と同い年だよ。」
紹介された青年は、地味な印象の子だった。
大きな黒縁メガネに、少し大きめのパーカー。
緊張したように手を胸の前で合わせている。
「あ、え、えっと……雪村日向です。よ、よろしくお願いします。」
声は小さいけど、丁寧で、真面目そうだ。
「この子、裏方志望だから。今後いろいろ教えてあげてね。」
「は、はいっ!」
「よろしくお願いします。」
僕は手を差し出した。
彼の指先は少し冷たかった。
オドオドしてるけど、悪い子じゃない。
どこか、人懐っこい空気がある。
「音響の世界、思ったより奥深いですよ。」
雪村くんが、少しだけ笑った。
仲良くなれそうだな、と思った。
——まさか、これが人生を変える出会いになるなんて、
このときの僕は、まだ知る由もなかった。
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