2 / 6
2
しおりを挟む
「……はぁ。」
ため息が漏れた。ここは撮影現場の控室。と言っても、メインが使うような専用ルームじゃない。
端の方に折りたたみ椅子が並んでるだけの、いわゆる“その他大勢”用の控室だ。俺は今日も、名前のないモブ。
「なーにため息ついてんの?」
隣で座っていたマネージャーが、コーヒー片手に軽く笑う。
「……実は」
僕は、ホテルの件から喧嘩の顛末までを、ひと通り話した。話し終えた瞬間、彼女は盛大にため息をついた。
「……え? あんた、宝城晶と付き合ってんの?」
「……まあ、一応。」
「大スキャンダルじゃないの。絶対バレないようにしなさいよ。」
「……はい。」
そりゃそうだ。No. 1アイドルにしてトップ俳優、モデルとしても第一線で活躍してる宝城晶。
その“恋人”が、男で、しかも売れない俳優だったなんてバレたら、芸能ニュースどころかネットが爆発する。
「一緒に住んでるって言ってたわよね? お金どうしてるの?宝城晶ともなると、セキュリティの甘い安アパートなんて住めないでしょ。」
「……9割、払ってもらってます…。」
「大の大人が養ってもらってる癖に、一丁前に束縛だけはするんじゃないよ。」
「……すみません…」
何も言い返せなかった。
確かにその通りだ。
家事も折半だし、僕はただの居候みたいなもんだ。
「それにしても、宝城晶って真面目なのね。ちょっと好感度上がったわ。この業界で“手を出さなかった”なんて、奇跡よ。」
「……奇跡、ですか。」
「ええ。普通なら絶対やってる。そういう堅物なところ、あなたの“売れない理由”かもね。」
痛いところを突かれた。反論もできない。
図星すぎて、笑うしかない。
「そもそも恋人のことで頭いっぱいになってる場合?
もう三十でしょ? 俳優としてどうするつもり?」
……考えていることが、ひとつだけあった。
「……裏方に回ろうかと思ってます。」
「……つまり引退ね。いいと思うわよ。あなた、Wikipediaもないし。」
あっけらかんと言われて、笑うしかなかった。
少しくらい引き止めてくれるかと思ってた自分が、馬鹿みたいだ。
「まあでも、芸能人と付き合うってそういうことでしょ。若い女に言い寄られるなんて日常茶飯事よ。嫌なら別れなさい。」
マネージャーは容赦がない。
でも、正しい。
僕も分かってる。
……けど、「別れる」という言葉が、まだ現実味を持たない。
「……正直、晶のことが好きすぎて。昔の恋人にすら、嫉妬してます。」
「宝城晶が遊んでないわけないでしょ!
あの国宝級の顔よ? 十代で卒業してるわよ!
男も女もいけるなら、そりゃよりどりみどりじゃない。
なんであなたみたいなめんどくさいのと付き合ってるのか不思議なくらい。」
頭が痛い。
でも、事実だから反論もできない。
……本当に、なんで僕なんだろう。
「ま、恋バナは置いといて。
裏方と仲良くしなさい。引退した後、助けてもらえるかもしれないし。」
「……はーい。」
曖昧に返事をして、壁の時計を見上げた。
あと十五分で次の撮影。
撮影が終わったら、裏方さんに話しかけてみよう。
何かが変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれないけど。
撮影が終わってすぐ、プロデューサーを捕まえた。
裏方に回ることを考えているから、そのことを相談したいと伝える。
「なるほどね~。残念だけど、冷静な判断でいいと思うよ。しがみつく姿って、一番見ててツラいからね。」
思ったよりも、ずっと柔らかい声だった。
僕はほっとして、小さく息を吐いた。
「ちょうどね、同年代の音響の子がいるんだ。
裏方のリアルとか教えてもらえると思うし、少し話してみるといいよ。」
そう言って、プロデューサーはスタッフルームへ案内してくれた。
照明の熱が抜けきらない廊下の奥、パソコンのファンとケーブルの匂いが混ざる小部屋。
撮影現場の喧騒とは別の、静かな世界がそこにあった。
「はい、この子ね。雪村日向くん。君と同い年だよ。」
紹介された青年は、地味な印象の子だった。
大きな黒縁メガネに、少し大きめのパーカー。
緊張したように手を胸の前で合わせている。
「あ、え、えっと……雪村日向です。よ、よろしくお願いします。」
声は小さいけど、丁寧で、真面目そうだ。
「この子、裏方志望だから。今後いろいろ教えてあげてね。」
「は、はいっ!」
「よろしくお願いします。」
僕は手を差し出した。
彼の指先は少し冷たかった。
オドオドしてるけど、悪い子じゃない。
どこか、人懐っこい空気がある。
「音響の世界、思ったより奥深いですよ。」
雪村くんが、少しだけ笑った。
仲良くなれそうだな、と思った。
——まさか、これが人生を変える出会いになるなんて、
このときの僕は、まだ知る由もなかった。
ため息が漏れた。ここは撮影現場の控室。と言っても、メインが使うような専用ルームじゃない。
端の方に折りたたみ椅子が並んでるだけの、いわゆる“その他大勢”用の控室だ。俺は今日も、名前のないモブ。
「なーにため息ついてんの?」
隣で座っていたマネージャーが、コーヒー片手に軽く笑う。
「……実は」
僕は、ホテルの件から喧嘩の顛末までを、ひと通り話した。話し終えた瞬間、彼女は盛大にため息をついた。
「……え? あんた、宝城晶と付き合ってんの?」
「……まあ、一応。」
「大スキャンダルじゃないの。絶対バレないようにしなさいよ。」
「……はい。」
そりゃそうだ。No. 1アイドルにしてトップ俳優、モデルとしても第一線で活躍してる宝城晶。
その“恋人”が、男で、しかも売れない俳優だったなんてバレたら、芸能ニュースどころかネットが爆発する。
「一緒に住んでるって言ってたわよね? お金どうしてるの?宝城晶ともなると、セキュリティの甘い安アパートなんて住めないでしょ。」
「……9割、払ってもらってます…。」
「大の大人が養ってもらってる癖に、一丁前に束縛だけはするんじゃないよ。」
「……すみません…」
何も言い返せなかった。
確かにその通りだ。
家事も折半だし、僕はただの居候みたいなもんだ。
「それにしても、宝城晶って真面目なのね。ちょっと好感度上がったわ。この業界で“手を出さなかった”なんて、奇跡よ。」
「……奇跡、ですか。」
「ええ。普通なら絶対やってる。そういう堅物なところ、あなたの“売れない理由”かもね。」
痛いところを突かれた。反論もできない。
図星すぎて、笑うしかない。
「そもそも恋人のことで頭いっぱいになってる場合?
もう三十でしょ? 俳優としてどうするつもり?」
……考えていることが、ひとつだけあった。
「……裏方に回ろうかと思ってます。」
「……つまり引退ね。いいと思うわよ。あなた、Wikipediaもないし。」
あっけらかんと言われて、笑うしかなかった。
少しくらい引き止めてくれるかと思ってた自分が、馬鹿みたいだ。
「まあでも、芸能人と付き合うってそういうことでしょ。若い女に言い寄られるなんて日常茶飯事よ。嫌なら別れなさい。」
マネージャーは容赦がない。
でも、正しい。
僕も分かってる。
……けど、「別れる」という言葉が、まだ現実味を持たない。
「……正直、晶のことが好きすぎて。昔の恋人にすら、嫉妬してます。」
「宝城晶が遊んでないわけないでしょ!
あの国宝級の顔よ? 十代で卒業してるわよ!
男も女もいけるなら、そりゃよりどりみどりじゃない。
なんであなたみたいなめんどくさいのと付き合ってるのか不思議なくらい。」
頭が痛い。
でも、事実だから反論もできない。
……本当に、なんで僕なんだろう。
「ま、恋バナは置いといて。
裏方と仲良くしなさい。引退した後、助けてもらえるかもしれないし。」
「……はーい。」
曖昧に返事をして、壁の時計を見上げた。
あと十五分で次の撮影。
撮影が終わったら、裏方さんに話しかけてみよう。
何かが変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれないけど。
撮影が終わってすぐ、プロデューサーを捕まえた。
裏方に回ることを考えているから、そのことを相談したいと伝える。
「なるほどね~。残念だけど、冷静な判断でいいと思うよ。しがみつく姿って、一番見ててツラいからね。」
思ったよりも、ずっと柔らかい声だった。
僕はほっとして、小さく息を吐いた。
「ちょうどね、同年代の音響の子がいるんだ。
裏方のリアルとか教えてもらえると思うし、少し話してみるといいよ。」
そう言って、プロデューサーはスタッフルームへ案内してくれた。
照明の熱が抜けきらない廊下の奥、パソコンのファンとケーブルの匂いが混ざる小部屋。
撮影現場の喧騒とは別の、静かな世界がそこにあった。
「はい、この子ね。雪村日向くん。君と同い年だよ。」
紹介された青年は、地味な印象の子だった。
大きな黒縁メガネに、少し大きめのパーカー。
緊張したように手を胸の前で合わせている。
「あ、え、えっと……雪村日向です。よ、よろしくお願いします。」
声は小さいけど、丁寧で、真面目そうだ。
「この子、裏方志望だから。今後いろいろ教えてあげてね。」
「は、はいっ!」
「よろしくお願いします。」
僕は手を差し出した。
彼の指先は少し冷たかった。
オドオドしてるけど、悪い子じゃない。
どこか、人懐っこい空気がある。
「音響の世界、思ったより奥深いですよ。」
雪村くんが、少しだけ笑った。
仲良くなれそうだな、と思った。
——まさか、これが人生を変える出会いになるなんて、
このときの僕は、まだ知る由もなかった。
63
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜
キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。
モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。
このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。
「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」
恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。
甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。
全8話。
罰ゲームって楽しいね♪
あああ
BL
「好きだ…付き合ってくれ。」
おれ七海 直也(ななみ なおや)は
告白された。
クールでかっこいいと言われている
鈴木 海(すずき かい)に、告白、
さ、れ、た。さ、れ、た!のだ。
なのにブスッと不機嫌な顔をしておれの
告白の答えを待つ…。
おれは、わかっていた────これは
罰ゲームだ。
きっと罰ゲームで『男に告白しろ』
とでも言われたのだろう…。
いいよ、なら──楽しんでやろう!!
てめぇの嫌そうなゴミを見ている顔が
こっちは好みなんだよ!どーだ、キモイだろ!
ひょんなことで海とつき合ったおれ…。
だが、それが…とんでもないことになる。
────あぁ、罰ゲームって楽しいね♪
この作品はpixivにも記載されています。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
好きとは言ってないけど、伝わってると思ってた
ぱ
BL
幼なじみの三毛谷凪緒に片想いしている高校二年生の柴崎陽太。凪緒の隣にいるために常に完璧であろうと思う陽太。しかしある日、幼馴染みの凪緒が女子たちに囲まれて「好きな人がいる」と話しているのを聞き、自分じゃないかもしれないという不安に飲まれていく。ずっと一緒にいたつもりだったのに、思い込みだったのかもしれない──そんな気持ちを抱えたまま、ふたりきりの帰り道が始まる。わんこ攻め✕ツンデレ受け
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
【完結】大学で再会した幼馴染(初恋相手)に恋人のふりをしてほしいと頼まれた件について
kouta
BL
大学で再会した幼馴染から『ストーカーに悩まされている。半年間だけ恋人のふりをしてほしい』と頼まれた夏樹。『焼き肉奢ってくれるなら』と承諾したものの次第に意識してしまうようになって……
※ムーンライトノベルズでも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる