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「話したいことがある。」
僕は意を決して言った。
荷物はすべてまとめた。
新しく住む家も、もう決まっている。
「何かな?」
彼がソファから振り向いた。
その穏やかな笑顔を、見つめるのが少し怖かった。
「別れよう。」
「……は?」
一瞬、空気が止まった。
それでも僕は、俯いたまま静かに言葉を重ねた。
「別れたいんだ。」
「何で……。あぁ、釣り合わないとか考えてるのかな?そんなの気にしなくていいよ。」
晶は立ち上がり、ゆっくりと僕の方へ歩み寄る。
その顔は笑っているのに、目だけが笑っていなかった。
「違う。」
「まさか、まだ“男同士だから”とか気にしてる?」
「それとも違う。」
「……じゃあ、何で?」
彼の声が少し震えた。
こんなに取り乱すなんて思わなかった。
正直、もっとあっさり“わかった”って言われると思っていた。
「好きな人が、できた。」
沈黙。
部屋の時計の針の音だけが響いた。
「……ごめんね。晶のことは好きだった。でも、きっと根本的に相性が合わなかったんだと思う。」
「ねぇ……」
晶が僕の肩を掴んだ。
手が震えていた。
「俺の、何がいけなかった?顔も、金も、名誉もある。
いつも優しくしてきたし、料理もしてきた。
……何が、足りなかったの?
好きな人って、俺より“上の人間”なの?」
彼の目が、初めて子どものように揺れた。
「……違うよ。」
静かに首を振る。
「全てのスペックが劣ってると思う。
顔も普通だし、お金も晶ほどない。
料理だって、晶の方がずっと上手い。」
そこで一度、息を吸い込んだ。
「でも――好きなんだ。
僕と似てて、趣味も合って、嫉妬深くて、不器用で。
晶は悪くない。ただ、重くて面倒くさい僕が悪いんだ。」
言葉にして初めて、自分でも納得した気がした。
「本当はね、嫉妬してほしかった。
女の人とご飯に行くのも、やめてほしかった。
でも“仕事だから”って言われるたびに、何も言えなくなった。……そういう全部に、疲れたんだ。」
彼は何も言わなかった。
ただ、掴んだ肩の力だけが、少しずつ弱まっていった。
「普通の人と付き合って、普通に笑って、普通に生きたい。それが、僕には合ってると思う。」
「………」
彼は何も言わない。
「君なら、僕なんかよりもっと良い人がいる。絶対にいる。その人と、幸せに——」
「……ふざけてんじゃねぇよ。」
耳を疑った。
低く、乾いた声。いつもの彼とはまるで別人だった。
「な、何……?」
「“浮気すんな”って言ってたのお前だろ。なのに、自分は心だけ別の男に預けるわけ?」
「浮気なんかじゃない。ただ——好きになっちゃったから、別れようって……」
「心が離れた時点で浮気だよ。……何だよ、その言い訳。このメンヘラが。」
——怖い。
こんな言葉、こんな表情、見たことない。
驚いて固まる僕を、彼は乱暴に抱き上げた。
足が床から離れる。抵抗しても、腕はびくともしない。
そのまま寝室へと連れていかれる。
「や、やめて! 落ち着いてよ!」
ベッドに押し倒され、息が詰まる。
見上げた先の彼の瞳は、涙と怒りの混じったような、得体の知れない光を宿していた。
「俺、言ったよね。“浮気は許さない”って。」
「……違う、違うよ。僕は——」
「心、奪われてるじゃん。あはは……笑えねぇな。」
「嫉妬してほしかった?我慢してたんだよ。女と二人きりで遊びに行くな?行ったら嫉妬してくれただろ」
……え?
「わ、わざと?」
「うーん正確に言えば、断らなくなった。あの女と面倒だけど相談乗ってやったときも、もしかしたら嫉妬してくれるかなとは思った。結果、大成功。でも俺は間違えたんだね。」
笑いながら、彼の手が僕の首に伸びた。
軽く触れたと思った瞬間、指先に力がこもる。
「や、やめてっ、苦しい……!」
「どうしよう。このまま、殺しちゃおうか。君を殺して相手も消して、俺も死ぬ。誰かのものになるなんて、無理。絶対に。」
——息が、できない。視界が、滲む。
でも、彼の表情は優しかった。まるで恋人を撫でるように、狂おしく。
やがて、ふっと力が抜けた。
「でも、こんなんしてもダメだよね。」
彼は立ち上がり、部屋を出ていった。
安堵と恐怖が同時に押し寄せる中、戻ってきた彼の手には——銀色の手錠。
「よし。これで、どっか行けなくなるね。もう一回俺のこと好きになって。」
「や、やめて……僕なんかに、そんな価値ないよ!」
「価値あるよ。俺がそう思ってる。」
抵抗も虚しく、手首に冷たい金属の輪がはまる。
“カチン”という音が、やけに静かに響いた。
「わかってたんだよ。俺が本性表したら引かれるって。」
彼は優しく微笑んでいった。
「嫉妬しない? 束縛しない? そんなわけないだろ。俺さ、本当はずっと束縛したかった。嫉妬もしてた。君が誰かと話すたびに、相手を頭の中で何回も殺した。でも、言えなかった。嫌われたくなくて。」
彼は微笑む。その笑みは、穏やかで——壊れていた。
「有名になんか、ならなくていい。誰にも見せたくない。俺だけのものでいてほしかった。」
「……でも、お前は女と二人でいるのに、自分には適用しないのかよ…。」
「ああ、それは思った。けど、働かなきゃいけないし、それに嫉妬してくれるのが嬉しかった。だからやめられなかった。最後には、俺のところに帰ってきてくれるって、信じてた。——間違いだったけどね。」
一瞬、微笑んで。
次の瞬間、唇が触れた。
優しく、でも逃げられないように深く。
……ああ、僕はきっと間違えたんだ。全部。
「これからはずーっと一緒だよ。」
僕は意を決して言った。
荷物はすべてまとめた。
新しく住む家も、もう決まっている。
「何かな?」
彼がソファから振り向いた。
その穏やかな笑顔を、見つめるのが少し怖かった。
「別れよう。」
「……は?」
一瞬、空気が止まった。
それでも僕は、俯いたまま静かに言葉を重ねた。
「別れたいんだ。」
「何で……。あぁ、釣り合わないとか考えてるのかな?そんなの気にしなくていいよ。」
晶は立ち上がり、ゆっくりと僕の方へ歩み寄る。
その顔は笑っているのに、目だけが笑っていなかった。
「違う。」
「まさか、まだ“男同士だから”とか気にしてる?」
「それとも違う。」
「……じゃあ、何で?」
彼の声が少し震えた。
こんなに取り乱すなんて思わなかった。
正直、もっとあっさり“わかった”って言われると思っていた。
「好きな人が、できた。」
沈黙。
部屋の時計の針の音だけが響いた。
「……ごめんね。晶のことは好きだった。でも、きっと根本的に相性が合わなかったんだと思う。」
「ねぇ……」
晶が僕の肩を掴んだ。
手が震えていた。
「俺の、何がいけなかった?顔も、金も、名誉もある。
いつも優しくしてきたし、料理もしてきた。
……何が、足りなかったの?
好きな人って、俺より“上の人間”なの?」
彼の目が、初めて子どものように揺れた。
「……違うよ。」
静かに首を振る。
「全てのスペックが劣ってると思う。
顔も普通だし、お金も晶ほどない。
料理だって、晶の方がずっと上手い。」
そこで一度、息を吸い込んだ。
「でも――好きなんだ。
僕と似てて、趣味も合って、嫉妬深くて、不器用で。
晶は悪くない。ただ、重くて面倒くさい僕が悪いんだ。」
言葉にして初めて、自分でも納得した気がした。
「本当はね、嫉妬してほしかった。
女の人とご飯に行くのも、やめてほしかった。
でも“仕事だから”って言われるたびに、何も言えなくなった。……そういう全部に、疲れたんだ。」
彼は何も言わなかった。
ただ、掴んだ肩の力だけが、少しずつ弱まっていった。
「普通の人と付き合って、普通に笑って、普通に生きたい。それが、僕には合ってると思う。」
「………」
彼は何も言わない。
「君なら、僕なんかよりもっと良い人がいる。絶対にいる。その人と、幸せに——」
「……ふざけてんじゃねぇよ。」
耳を疑った。
低く、乾いた声。いつもの彼とはまるで別人だった。
「な、何……?」
「“浮気すんな”って言ってたのお前だろ。なのに、自分は心だけ別の男に預けるわけ?」
「浮気なんかじゃない。ただ——好きになっちゃったから、別れようって……」
「心が離れた時点で浮気だよ。……何だよ、その言い訳。このメンヘラが。」
——怖い。
こんな言葉、こんな表情、見たことない。
驚いて固まる僕を、彼は乱暴に抱き上げた。
足が床から離れる。抵抗しても、腕はびくともしない。
そのまま寝室へと連れていかれる。
「や、やめて! 落ち着いてよ!」
ベッドに押し倒され、息が詰まる。
見上げた先の彼の瞳は、涙と怒りの混じったような、得体の知れない光を宿していた。
「俺、言ったよね。“浮気は許さない”って。」
「……違う、違うよ。僕は——」
「心、奪われてるじゃん。あはは……笑えねぇな。」
「嫉妬してほしかった?我慢してたんだよ。女と二人きりで遊びに行くな?行ったら嫉妬してくれただろ」
……え?
「わ、わざと?」
「うーん正確に言えば、断らなくなった。あの女と面倒だけど相談乗ってやったときも、もしかしたら嫉妬してくれるかなとは思った。結果、大成功。でも俺は間違えたんだね。」
笑いながら、彼の手が僕の首に伸びた。
軽く触れたと思った瞬間、指先に力がこもる。
「や、やめてっ、苦しい……!」
「どうしよう。このまま、殺しちゃおうか。君を殺して相手も消して、俺も死ぬ。誰かのものになるなんて、無理。絶対に。」
——息が、できない。視界が、滲む。
でも、彼の表情は優しかった。まるで恋人を撫でるように、狂おしく。
やがて、ふっと力が抜けた。
「でも、こんなんしてもダメだよね。」
彼は立ち上がり、部屋を出ていった。
安堵と恐怖が同時に押し寄せる中、戻ってきた彼の手には——銀色の手錠。
「よし。これで、どっか行けなくなるね。もう一回俺のこと好きになって。」
「や、やめて……僕なんかに、そんな価値ないよ!」
「価値あるよ。俺がそう思ってる。」
抵抗も虚しく、手首に冷たい金属の輪がはまる。
“カチン”という音が、やけに静かに響いた。
「わかってたんだよ。俺が本性表したら引かれるって。」
彼は優しく微笑んでいった。
「嫉妬しない? 束縛しない? そんなわけないだろ。俺さ、本当はずっと束縛したかった。嫉妬もしてた。君が誰かと話すたびに、相手を頭の中で何回も殺した。でも、言えなかった。嫌われたくなくて。」
彼は微笑む。その笑みは、穏やかで——壊れていた。
「有名になんか、ならなくていい。誰にも見せたくない。俺だけのものでいてほしかった。」
「……でも、お前は女と二人でいるのに、自分には適用しないのかよ…。」
「ああ、それは思った。けど、働かなきゃいけないし、それに嫉妬してくれるのが嬉しかった。だからやめられなかった。最後には、俺のところに帰ってきてくれるって、信じてた。——間違いだったけどね。」
一瞬、微笑んで。
次の瞬間、唇が触れた。
優しく、でも逃げられないように深く。
……ああ、僕はきっと間違えたんだ。全部。
「これからはずーっと一緒だよ。」
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