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9.過去
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15年前、父親が再婚した。
俺は2歳だったから殆ど覚えてないけど、産みの母親は病気で亡くなったらしい。
妻を亡くして失意の父を励ましたのが、再婚相手の会社の後輩の女性だったらしい。
それが再婚のきっかけだった。
なんともロマンチックな話だ。
その女性が金目当てだったという点を抜けば。
初めてあの人――お兄ちゃんを見たのは、その再婚の時。
幼すぎるのに、鮮明に覚えている。
まだ2歳の俺が「美しい」という言葉を知っていたわけじゃないのに、心の奥でそう感じてしまった。
同年代の子供と比べても、あまりにも別格な佇まい。
まるで絵本から抜け出した王子様みたいで。
その瞬間、一目惚れした。
「君が息子さんかな?よろしくね」
その時は優しかった女性——母はそう言った。
「よろしくね。これからみんなで家族になるんだから。」
そう言って頭を撫でてくれた。あの時は優しかった。たしかに。
――最初は。
でも、その優しさが永遠に続くことはなかった。
父がリストラされて、転職先の給料が前よりも低いことが発覚した日。
その瞬間から、世界は地獄に変わった。
「何やってるの!?この愚図!」
「食べ方が汚い!今日はご飯抜きよ」
「このバカ!」
食事中に箸を落としただけで平手打ちされた。
宿題で計算を一つ間違えただけで、ノートを破り捨てられた。
学校のテストで100点取れなかったら、髪を掴まれて床に押し倒された。
一度、茶碗を割ったときなんて、破片を素手で拾わされて、指先から血が出ても放っておかれた。
熱を出して寝込んでいる時も「怠けるな」と布団を剥がされ、水をかけられた。
冷たさと屈辱で震える俺を、母は「気持ち悪い」と吐き捨てた。
最初は父も庇ってくれたけど、やがて黙るようになった。
父にとっても再婚相手を失うのは怖かったのだろう。
僕は、見て見ぬふりをされる子供になった。
母親の口から飛んでくるのは罵倒の言葉ばかり。
俺は次第に、自分には何の価値もないのだと思い込むようになった。
怒鳴られ、殴られるたびに、俺の中の「自信」というものは少しずつ削られ、最後には跡形もなくなった。
でも、そんな俺を庇ってくれる人が一人だけいた。
「母さん、やめなよ、彼方がかわいそうだよ」
お兄ちゃん—。
お兄ちゃん。
いつも俺を守ってくれた。
学校でもいじめられていた俺を、前に立って助けてくれた。
俺にとってのヒーローだった。
だから俺は、兄を「兄」として好きになる前に――一人の人間として好きになってしまった。
一目惚れから始まって、本気になるまで、そんなに時間はかからなかった。
「お兄ちゃん大好き!」
そう言葉にして誤魔化すことでしか、この気持ちを処理できなかった。
兄弟として、家族としての「大好き」だと装って。
でも内心では、全然違った。
隣に並ぶだけで胸が苦しかった。
声を聞くたびに体温が上がった。
あと、お金がなくて、狭い部屋でベッドは1つ。
僕らはいつも縮こまって寝ていた。
正直2人だけの蜜月な気がして、ちょっと嬉しかった。
兄の腕の中で眠るのは、息苦しいほど幸せで――僕だけの秘密だった。
「大丈夫だよ…俺がいるから。俺がずっとそばにいるから」
「うん…僕もお兄ちゃんとずっと一緒にいる」
依存だったのかもしれない。
でも、その依存なしでは俺は生きていけなかった。
――やがて大きくになって、流石に一緒に寝れなくなった時は寂しかったな。
でもよかった気がする。
あの頃には、兄に対して体が反応するようになってたから。
バレないようにバレないように震えてたけど。
そして――4年前のあの日。
中学3年生になったお兄ちゃんに彼女ができた。
「え……彼女?」
「ああ、告白されたんだ。嫌じゃなかったし、まあいいかなって」
「………」
世界が崩れる音がした。失恋した。そう思った。
「あはは…そうなんだ…」
うまく笑えなかった。
…ああ、そうか。
僕は、最初から必要ないんだ。
次の日、散歩しようと思って外に出てたら、お兄ちゃんの彼女とのデート現場を見た。
見てはいけないものを見てしまった気がしたが、どうしても止められなかった。
可愛い女性だった。きっとクラスでも人気者2人がくっついた感じだろう。
僕みたいな平凡…いや、きっと平凡以下の人間と歩いているよりよっぽどお似合いだった。
お兄ちゃんは笑ってた。辛かった。僕のお兄ちゃんなのに。
胸が裂けるように痛かった。
僕の方が先に好きになったのに。
どうせ取られるくらいなら、
その日の夜、僕は溜まっていた思いをぶつけた。
衝動のままに。
「お兄ちゃんが、好きです」
「恋愛感情として……」
「は……?」
お兄ちゃんの顔を見たくなかった。
でも、見てしまった。
返ってきたのは「は……?」という絶望の声。
お兄ちゃんの顔は固まり、とんでもないものを見るような顔をしていた。
その時。
リビングのドアが開いた。
「な、何言ってるの!?」
母だった。
「……今日は仕事が遅くなるって……」
「事情が変わったの。それにあんた……そんな目で真広を見てたの……?」
目が細く吊り上がり、醜く歪んだ笑みが浮かんでいた。
「第一、あんたたちは兄弟で、しかも男同士でしょ。気持ち悪い」
「……今後真広に近づかないで」
それが決定打になって、離婚することになった。
理由はもちろん僕。
お兄ちゃんの今後のためだって。
父は何も言わなかった。
俺を庇うこともなく、ただ黙って書類に判を押した。
兄も何も言わなかった。あの日以来会話もない。
母によって連絡先は消された。
その瞬間、僕たちはもう兄弟じゃなくなった。
血のつながりもない、ただの他人になった。
――全部、僕のせいだ。
お兄ちゃんを好きになったせいで。
思いを口にしたせいで。
僕は、家族を壊したんだ。
それから4年。
僕は画面の向こうで、お兄ちゃんを見続けた。
芸能界で瞬く間にスターダムを駆け上がり、今や誰もが憧れるトップ俳優。
まるで手の届かない星みたいに輝いていた。
――僕だけが知ってる。
あの人が、僕の全てだったことを。
そして、僕が全てを壊したことも。
今だって
「かなた…彼方…絶対誰にも渡さない」
ほら、僕が壊してしまった。"完璧な義兄を"
ああ……最低だ。
俺はお兄ちゃんの人生を台無しにして、壊して、いまさらまだ――愛してる。
俺は2歳だったから殆ど覚えてないけど、産みの母親は病気で亡くなったらしい。
妻を亡くして失意の父を励ましたのが、再婚相手の会社の後輩の女性だったらしい。
それが再婚のきっかけだった。
なんともロマンチックな話だ。
その女性が金目当てだったという点を抜けば。
初めてあの人――お兄ちゃんを見たのは、その再婚の時。
幼すぎるのに、鮮明に覚えている。
まだ2歳の俺が「美しい」という言葉を知っていたわけじゃないのに、心の奥でそう感じてしまった。
同年代の子供と比べても、あまりにも別格な佇まい。
まるで絵本から抜け出した王子様みたいで。
その瞬間、一目惚れした。
「君が息子さんかな?よろしくね」
その時は優しかった女性——母はそう言った。
「よろしくね。これからみんなで家族になるんだから。」
そう言って頭を撫でてくれた。あの時は優しかった。たしかに。
――最初は。
でも、その優しさが永遠に続くことはなかった。
父がリストラされて、転職先の給料が前よりも低いことが発覚した日。
その瞬間から、世界は地獄に変わった。
「何やってるの!?この愚図!」
「食べ方が汚い!今日はご飯抜きよ」
「このバカ!」
食事中に箸を落としただけで平手打ちされた。
宿題で計算を一つ間違えただけで、ノートを破り捨てられた。
学校のテストで100点取れなかったら、髪を掴まれて床に押し倒された。
一度、茶碗を割ったときなんて、破片を素手で拾わされて、指先から血が出ても放っておかれた。
熱を出して寝込んでいる時も「怠けるな」と布団を剥がされ、水をかけられた。
冷たさと屈辱で震える俺を、母は「気持ち悪い」と吐き捨てた。
最初は父も庇ってくれたけど、やがて黙るようになった。
父にとっても再婚相手を失うのは怖かったのだろう。
僕は、見て見ぬふりをされる子供になった。
母親の口から飛んでくるのは罵倒の言葉ばかり。
俺は次第に、自分には何の価値もないのだと思い込むようになった。
怒鳴られ、殴られるたびに、俺の中の「自信」というものは少しずつ削られ、最後には跡形もなくなった。
でも、そんな俺を庇ってくれる人が一人だけいた。
「母さん、やめなよ、彼方がかわいそうだよ」
お兄ちゃん—。
お兄ちゃん。
いつも俺を守ってくれた。
学校でもいじめられていた俺を、前に立って助けてくれた。
俺にとってのヒーローだった。
だから俺は、兄を「兄」として好きになる前に――一人の人間として好きになってしまった。
一目惚れから始まって、本気になるまで、そんなに時間はかからなかった。
「お兄ちゃん大好き!」
そう言葉にして誤魔化すことでしか、この気持ちを処理できなかった。
兄弟として、家族としての「大好き」だと装って。
でも内心では、全然違った。
隣に並ぶだけで胸が苦しかった。
声を聞くたびに体温が上がった。
あと、お金がなくて、狭い部屋でベッドは1つ。
僕らはいつも縮こまって寝ていた。
正直2人だけの蜜月な気がして、ちょっと嬉しかった。
兄の腕の中で眠るのは、息苦しいほど幸せで――僕だけの秘密だった。
「大丈夫だよ…俺がいるから。俺がずっとそばにいるから」
「うん…僕もお兄ちゃんとずっと一緒にいる」
依存だったのかもしれない。
でも、その依存なしでは俺は生きていけなかった。
――やがて大きくになって、流石に一緒に寝れなくなった時は寂しかったな。
でもよかった気がする。
あの頃には、兄に対して体が反応するようになってたから。
バレないようにバレないように震えてたけど。
そして――4年前のあの日。
中学3年生になったお兄ちゃんに彼女ができた。
「え……彼女?」
「ああ、告白されたんだ。嫌じゃなかったし、まあいいかなって」
「………」
世界が崩れる音がした。失恋した。そう思った。
「あはは…そうなんだ…」
うまく笑えなかった。
…ああ、そうか。
僕は、最初から必要ないんだ。
次の日、散歩しようと思って外に出てたら、お兄ちゃんの彼女とのデート現場を見た。
見てはいけないものを見てしまった気がしたが、どうしても止められなかった。
可愛い女性だった。きっとクラスでも人気者2人がくっついた感じだろう。
僕みたいな平凡…いや、きっと平凡以下の人間と歩いているよりよっぽどお似合いだった。
お兄ちゃんは笑ってた。辛かった。僕のお兄ちゃんなのに。
胸が裂けるように痛かった。
僕の方が先に好きになったのに。
どうせ取られるくらいなら、
その日の夜、僕は溜まっていた思いをぶつけた。
衝動のままに。
「お兄ちゃんが、好きです」
「恋愛感情として……」
「は……?」
お兄ちゃんの顔を見たくなかった。
でも、見てしまった。
返ってきたのは「は……?」という絶望の声。
お兄ちゃんの顔は固まり、とんでもないものを見るような顔をしていた。
その時。
リビングのドアが開いた。
「な、何言ってるの!?」
母だった。
「……今日は仕事が遅くなるって……」
「事情が変わったの。それにあんた……そんな目で真広を見てたの……?」
目が細く吊り上がり、醜く歪んだ笑みが浮かんでいた。
「第一、あんたたちは兄弟で、しかも男同士でしょ。気持ち悪い」
「……今後真広に近づかないで」
それが決定打になって、離婚することになった。
理由はもちろん僕。
お兄ちゃんの今後のためだって。
父は何も言わなかった。
俺を庇うこともなく、ただ黙って書類に判を押した。
兄も何も言わなかった。あの日以来会話もない。
母によって連絡先は消された。
その瞬間、僕たちはもう兄弟じゃなくなった。
血のつながりもない、ただの他人になった。
――全部、僕のせいだ。
お兄ちゃんを好きになったせいで。
思いを口にしたせいで。
僕は、家族を壊したんだ。
それから4年。
僕は画面の向こうで、お兄ちゃんを見続けた。
芸能界で瞬く間にスターダムを駆け上がり、今や誰もが憧れるトップ俳優。
まるで手の届かない星みたいに輝いていた。
――僕だけが知ってる。
あの人が、僕の全てだったことを。
そして、僕が全てを壊したことも。
今だって
「かなた…彼方…絶対誰にも渡さない」
ほら、僕が壊してしまった。"完璧な義兄を"
ああ……最低だ。
俺はお兄ちゃんの人生を台無しにして、壊して、いまさらまだ――愛してる。
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コメントありがとうございます!実は密かにFANBOXを経営してまして、もしかしたら今後後日談を書く可能性がありますので、ご興味がおありなら、ゆるく待ってほしいです!
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激重お兄ちゃんめろすぎる…!!
すごい読みやすいし展開が最高すぎます
コメントありがとうございます!楽しんでくれたなら幸いです!