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第二部
第33話
しおりを挟むエデルは母家だった家に再び火を放った。そこはエドアルドの放火で一度焼け落ちていたが、オスカーに燃料を撒かせ今度こそ完膚なきまでに燃やし尽くす。あの隠し部屋には自身で燃料を撒いた。壁にも本棚にも隠された地下牢にも。
エデルは手に持っていた日記を炎に投げ込んだ。隠し部屋にあった最後の日記。それが炎にまみれ燃え上がる様を遠い目で見つめた。
真相はわからなかった。全てを知る父は死んでいる。過去の公的書類を検めたが、やはりエドアルドが書いた筆跡は最初に手に入れた日記と同じものだった。隠し部屋の日記と同じ筆跡の文書はない。あの部屋に残された文書は秘された文書だった。
だが筆跡を複数使いこなすことは闇ごとを成す必要がある当主ではあり得ることだ。自分だってそれをしている。あの状況で別の誰かがあの日記を認めたとも考えにくい。だがあれが真実と信じるにも矛盾や謎も多い。
エデルは振り返ることなく背後の家令に問いかけた。
「父のあの日記はどこで見つけた?」
「旦那様の書斎でございます。書き物をなさるデスクにございました」
「他の日記は?」
「火事で焼け落ちてあの一冊のみ残りました」
「‥‥‥‥そうか」
都合よく焼け落ちたか最初からなかったか。どちらの日記が偽造られたものだったのだろうか。それとも両方とも?それもわからない。
オスカーに託された父の無精の診断書は本物。だが作成した医師は全員死亡している。当時どういう状況で書かれたのか、作成された意図もわからない。
僕なら?もし僕が父の立場ならばどうした?
診断書は倫理観と警戒心を失くさせるため。兄妹じゃない。エルシャと血が繋がっていないと思えば躊躇いなくエルシャに恋に落ちる。三通作ったのはそれらしく見せるため。実際自分もすんなり本物と信じた。日記とあわせ読んでいれば疑う余地もない。
使用した検体は父のものとも限らない。金で医師に偽造させた可能性だってある。そこを疑い出せばキリがないが。
「———だがこれは仮説、確証はない」
エデルは嘆息と共に掠れた声で呟く。本当に無精と信じられず三回調べた可能性だってある。だが無精など男としての不名誉を証明する書類をわざわざなぜ息子に残した?エルシャと血が繋がっていないという証明のため?そのおかげで親族に二人の結婚が認められたのだが、二人が愛し合うとそこまで見越して?
二冊目の日記のせいで真実がわからなくなってしまった。
誰が父の子だったのか。エデルは赤毛で父と瓜二つだから父の血は受けている。では他の二人の義弟妹は?日記では否定されていたがラルドも父の血を継いでいたかもしれない。
もしラルドがトレンメル家の血を継いでいるのならエルーシアへの執着も理解できる。愛するものを閉じ込める、父とラルドは同じ行動をした。義妹を溺愛するラルド、義兄を慕うも血の繋がりを疎んじ拒絶するエルーシア。兄妹の関係でなければ二人は愛しあったのだろうか?エルーシアにあれほどの倫理観がなかったら?エルーシアはそれを本能では受け入れかけていた。その仮説にエデルは焼けるような苛立ちを覚え顔を顰める。
診断書の作為偽造を疑えば全てが疑わしくなる。診断書、遺言状、日記。残された証拠が意図して全て偽造られたものだったとしたら?
「オスカー、お前が父から受けた命は?」
「エドアルド様の死後、エドゼル様をお守りせよ、と」
「それだけか?」
「それだけでございます」
オスカーに任せれば全てうまくいく。日記のあのくだりはこれへの信任の厚さなのか。亡くなった主人の事情を知り最初の日記を読んだ上で主人の意図を慮る。何も言わない主人の望みを察し全て先回りする怜悧な家令。赤毛の当主に絶対の忠誠を誓う。
祖父の兄弟の水死に行方不明。都合よく車軸が折れて祖父母の馬車が崖から落ちた。都合よくラルドの馬具が切れて落馬した。
あのタイミングでラルドが死んだのは僕が殺したいと思ったから?いや、僕を侯爵家に戻すためだ。ラルドの馬具が壊れたと知れば僕は帰らざるを得ない。それにもし僕が拒絶してもエルシャが家に戻るなら僕もついていく。
エルシャなら戻ると確信して?だからわざと婚姻後に、初夜の後にこいつは現れた?そうまでして赤毛の僕を家に戻したかった?エドゼルを当主に、そう残した父の遺言を全うしたかったのか?
祖父の世代から病死が減って事故死が増えた。それを家令に問い詰めてもいいがその闇に触れるのは躊躇われた。もっと深い闇がそこにあるとわかるから。
それが主の望みを叶えるためだったから‥?
エデルは嘆息する。
何もわからない。全ては闇の中だ。
だから誰も知らなくていい。
この炎が全て浄化してくれる。
あの部屋の絵も忌まわしい日記も地下牢も。
あの狂った父の殉愛も思惑も全部。
エデルは背後のオスカーに初めて振り返った。
この男はどこまで知っているのだろうか?
「オスカー、僕の母は誰だ?」
「‥‥‥‥」
「答えろ」
「‥‥‥‥ご容赦を」
頭を下げて沈黙を守るオスカーにエデルは悟る。静かに目を瞑った。
そういえばこの男は一度も母さんのことを語らなかったな‥‥もう一人のことも‥‥
「僕は母さんの子ではないんだな、少なくとも。そうならお前はそう言うからな」
「‥‥エデル様」
「安心しろ。お前に暇は出さない。これからも僕の‥‥私のために働いてもらう。いいな?」
「御心のままに」
偽りを語らず黙秘することでこの家令の忠誠がわかる。例え父の命で動いていたとしても自分にエルーシアとの出会いをもたらしてくれたこの男には感謝しかない。結果全てうまくいったのだから。
「火が落ち着いたらここを潰せ。炭のかけらも残すな」
「かしこまりました」
何も考えるな。真相などどうでもいい。僕は、僕がエルシャを愛している。その事実だけでいい。
己が拳を握りしめる。そしてエデルは燃え上がる炎に背を向けた。
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