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第二部
第二部 最終話
しおりを挟むその翌月、エルーシアは男の子を産んだ。眩い程に燃えるような赤毛の男の子。自分にそっくりな赤子にエデルの笑みが溢れる。
「‥懐中時計を準備しなくちゃな」
僕とエルシャの子供。僕とエルシャの愛の結晶。なんて愛らしいんだ。僕にそっくりだ。僕の子だから当然か。それとも‥‥‥
家系図を見て不思議に思った疑問。一族が短命だと、呪われていると思ったエデル。子供なら赤子の頃に、そして成人を迎える頃に特に女性の病死が多い。そして生き延びても短命で生を終える。これは一族の血の濃さ故だけだろうか。
“一族がずっとやっていた”と日記に書かれていたこと。それは戸籍上で死亡させ養子に出していたことだろう。意図せず自分も同じことになった。貴族戸籍上は血の繋がらない男女、あの家系図の中でどれだけの婚姻がそう成されたのか。それが一族の血で成されたのならそれこそ呪いだ。
なぜ母はエデルをトレンメル家に近づけまいとしたのか。出会ってしまえばきっとこうなるとわかっていたから。
理屈じゃない。理不尽なまでに異常なまでに。
エデルもエルーシアに惹きつけられた。恐らくはラルドも同様に。
近親で惹かれ合う。愛と血で錆びついた呪われた鎖。エドアルドもエルフリーナもまた、兄妹の鎖から逃れられなかった。
そこでエデルはふと思う。あの二冊の日記は正気の父が自分に示した導だったのかもしれない。エデルに狂気の父と同じ轍を踏ませないように。どんな困難なことがあっても愛するものを手放さず守り抜けと、その覚悟を持てという。だからあの部屋はずっと残されていた。エデルにそれを伝えるために。
エデルはベッドの中で微笑むエルーシアを見やる。美しい妻エルーシア。彼女と愛し合えたことを心から感謝した。
そこで語られたエルーシアの言葉に、形見のロケットにエデルは目を瞠る。ロケットの中には透明な液体。無色、そして恐らく無味無臭。暗殺によく用いられる毒だろう。相手に飲ませるか自ら飲むか。エルフリーナが愛しい娘の忌まわしい運命を憂い残した刃。そして最後の謎が解ける。
苦しまず眠るように———
エルフリーナとエドアルドの命を奪ったであろう毒薬。オスカーさえ知らなかったそれはきっと毒の痕跡も残さない。エルフリーナの服毒の跡は父が、そして父の服毒の跡は火事が消したのだろう。
呪縛から解き放たれるための刃。呪縛ではないと、それを要らないと手放すエルーシアに愛おしさが込み上げる。体が震えて言葉にならない。代わりにエルーシアの体を抱き寄せてその肩に顔を埋めた。
愛が深く短命な一族。愛する連れ添いを失い、残された者は皆これで安楽死していたのだろうか。そのためにひっそりと一族に伝えられた毒。それなら理解できる、痛いほどに。
エデルはそっと心の中でエルーシアと赤子の健康を祈った。それらを失っては自分はきっと正気ではいられない。父と同じように狂ってしまうだろう。エデルはエルーシアから預かった薬瓶を手の中で握りしめた。
真相はわからない。だが例え彼女が自分の妹だったとしても恋に落ちただろう。他人のそれは厭悪するくせに自身がそうだと思ってもそこに忌まわしさを覚えない自分に自嘲する。自分は確かにトレンメル家の血を継いでいると自覚する。
父によく似たエデル。ラルドは恐らく父エドアルドの顔を知っていた。エドゼルの存在を知り、エデルの正体を悟ってラルドはエルーシアに近づくエデルを嫌ったと今ならわかる。外見こそ父に全く似ていないがラルドのその支配欲と執着が父の血を継いでいた証ではなかろうか。そしてそれは自分にも当てはまる。
これほどにエルーシアに惹きつけられ執着し溺愛する。自分はどこまでも父と同じだ。見た目も性格も。まるで生まれ変わりのように。
だが僕たちは父たちと同じにはならない。僕は僕の意志でエルシャを愛している。エルシャも僕を愛してくれている。幸せになれる。悲劇は生まれない。だからあれは誰も知らなくていい。
だってそうだ。真実がどうだろうと僕が彼女を愛していることに変わりはないんだから。
そうと悟れば多幸感で心の底から笑みが溢れた。その甘美さに己を苛んでいた些末がどろりと溶ける。
そしてエデルは父の心をようやく理解した。
ああ、忌まわしいとは?厭わしいとは?
狂っていたのは一体誰だったんだ?
強張る笑顔を浮かべるエルーシアに父が愛したかつてのエルフリーナを重ねる。
「エルシャ‥‥愛しい僕の———」
エデルがエルーシアの顎を掬い上げた。
エデルはうっそりと目を細める。
そしてエルーシアに嫣然と微笑んだ。
「笑っておくれ、僕のエルシャ」
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