42 / 78
第一部
第41話
しおりを挟むそうして侯爵家に戻って一週間が経った日、エルーシアは親族一同と面会する事になった。本家最後の後継者としての面会だが実際はエデルが値踏みされるとわかっていた。
当主だった義兄が認めなかった相手と駆け落ちして勝手に結婚した。エデルは貴族でもない。親族の長老方にはよく映らないだろう。
エデルは私が守るんだ。喪服を纏い心中気合を入れて面会に臨んだが、二人はあっさり認められた。ラルドの喪が明けてから、と爵位継承の日取りも決められる。そのあっけなさにエルーシアは拍子抜けだ。だがエデルの話を聞いてさらに驚愕する。
「親族の皆さんでしたらもう会いましたよ?」
「ええ?!いつ?!」
「帰ってきた二日後だったかな。エルシャが眠っている間に」
「うそ?大丈夫だった?虐められなかった?」
「ないですよ?エルシャのことは本気だときちんと話せばわかってもらえました」
「え?!わかってもらえたんだ?!」
「はい、それはもう。皆さん良い方ばかりでした」
エデルの笑顔にエルーシアが愕然とした。女性に強いと思っていたが実は年寄りキラーだったのだろうか。剛腕すぎるだろう。だが面会では皆エデルのことをそんな和やかな目で見てる感じではなかった。一体何が起こったのだろうか。何事にもそつがない夫をまじまじと見た。そこで以前ドロシーが言っていた言葉を思い出した。庶民のはずなのに確かにエデルはどことなく気高い感じがする。
「エデルはお母様と一緒に暮らしていたのよね?」
「はい、昨年母は亡くなりました」
「お父様は?」
「父‥ですか?どこかにいるとは思いますがいきなりなんですか?」
「えっと、怒らないでね?エデルのお父様は貴族ではなくて?」
和やかに微笑んでいたエデルが目を瞠る。驚くエデルは珍しい。エルーシアはしげしげとエデルを見上げた。流石に突拍子がなかったか。
「え?は?僕が貴族の落とし子だと?誰がそんなことを?!」
「誰とかじゃなくてそうかなって。エデルってどことなく気品があるというか。あ、エデルが貴族だったらいいな、なんて思ってないから!本当よ!」
酷いことを言ってしまったと慌てて否定するがエデルは動じていない。
「うーん、母が一人で育ててくれたので何とも。生物学上の父はいたでしょうね。恐らく親族のどなたかが調査していそうですし僕の報告書を取り寄せま」
「いいの!やっぱりいらないわ!」
「でも気になりませんか?実は僕は高貴な出かもしれませんよ?」
にこやかにエルーシアに微笑むエデル。高貴な出。エデルが王族?!その妄想にエルーシアの目からぴえと涙が飛び出した。
「エデルが王子様?!イヤッ結婚取り消されちゃう!」
「でもエルシャもお姫様になれますよ。王子と結婚ってよくないですか?」
「全然よくないわ!もうやめて!」
涙目で睨みつければエデルが嬉しそうに破顔する。笑顔で抱き寄せてくるエデルが愛おしい。塞ぎがちになるエルーシアをエデルは甘やかしてくる。抱き寄せてキスをして甘やかす。その甘さは義兄に似ていると思った。エデルの優しさが傷ついたエルーシアを少しずつ癒していた。
ラルドの喪が明けた後にエルーシアはトレンメル侯爵当主となった。爵位継承と同時にエルーシアは配偶者にエデルを指名した。婚姻は結んでいたが改めて侯爵家当主として式を挙げた。
当主になったエルーシアに護衛がついた。ルイーサだった。その力量は十分知っている。屋敷に戻ってからルイーサの姿が見えずエルーシアは心配していた。あの夜の騒ぎ以降、ルイーサは姿を消したとドロシーから聞いていた。
「改めまして、ルイーサでございます。エルーシア様の護衛の任につきます」
茶色の髪を高いところで一つに括り衛士服を身につけたルイーサは恭しく頭を下げた。これが彼女の本当の姿なのだろう、エルーシアはなるほどと納得した。帯刀し衛士服を纏うルイーサは確かに凛々しい。侍女のお仕着せよりしっくりきている。背後で目を爛々とさせているドロシーから黄色い声が聞こえてきそうだ。
「侍女に扮していた頃は色々壊してしまいそうヒヤヒヤしておりました。あんな動きにくいスカートで侍女の皆さんは凄いですね。この服装の方がやはり楽です」
「あの時酷いことにならなかった?」
「はい、容易くございました。散々引っ掻き回した後に上司の手引きで逃れました」
「上司?」
ルイーサはチラリと背後を見やる。そこには寡黙な家令が立っていた。エルーシアの視線を受けてオスカーが黙礼をする。エルーシアは衝撃で目を瞠った。冷酷と思っていた家令が自分を守っていた。予想だにしていなかった。
「え?あなたに私の護衛を命じたのはオスカー?」
「はい、そうでございます」
なぜオスカーがそのような命を?混乱するエルーシアにオスカーが静かに答えた。
「先代様のご意志です」
「先代?父が?」
「はい、ご遺言を全うしております」
父はエルーシアが赤子の頃に亡くなっている。父の形見も何もない。そう思っていた。
「父が‥守ってくれてたのですね」
母から譲り受けたロケットを握りしめる。自分で思っていたよりも自分はひょっとしたら二人に愛されていたのだろうか。そう思えば目頭が熱くなった。
当主になったエルーシアの最初の試練は帳簿だった。財務は領地管理業務では避けて通れない。エデルから教えを受けるがやはりよくわからない。
「エデルは財務にも明るいのね」
「以前そういった仕事をしてたので」
「すごいのね。なんでうちに来たの?」
エルーシアの疑問にエデルはにこやかだ。
「住み込みの条件がいい仕事を探していました。紹介状をつけてもらえるツテがあって。侯爵家に奉公に上がるなんてなかなか出来ないですし馬も嫌いじゃなかったのでいいかと思いました。お陰でエルシャに出会えました」
帳簿を見ることができる人間が馬の世話をする。その違和感はエルーシアでも感じられた。だがエデルは馬の扱いもうまかった。エルーシアを抱えて駆けた馬の綱さばきでわかる。だからそういうこともあるんだろう。エデルの笑顔を見上げ僅かな違和感を押し流した。
エデルは領民の、特に村長や農夫に溶け込むのは早かった。試験農場を開き新しい農具の導入や収穫物の加工、手が空く冬の間の産業開発にも着手する。領地管理に着任早々でいくらなんでも話が進みすぎだ。エデルが笑顔で種明かしをする。
「男は拳と酒で語り合うものです」
「拳?ケンカ?」
「腕相撲ですよ。力比べは惜敗しました。農夫相手では分が悪いですね。でも酒では圧勝しました。まあそういうところで馴染んでいくものです」
「たまに夜出かけてたのはそれだったのね」
「こっそりしてたのにバレてましたか。遊んでた訳じゃないですよ?新参者が高いところから命令するだけでは反発されますので。少しだけですが農作業にも参加してます。子供の頃は自給自足で畑も耕してました。同じ目線に立つことも大切ですから。僕が貴族出身じゃなくてよかったです」
気が荒い農夫を手玉に取る。頑固な村長たちと意志を通じ合わせる。扱いが恐ろしく手慣れている。庶民出身故だろうか。それともエデルだから?まるで生まれついた領主のように次々と発揮されるエデルのカリスマと管理能力にエルーシアは驚いていた。
「泥臭いところは全て僕がうまくやります。エルシャは社交界をお願いします。あれは僕では無理です。今度の拝謁と王宮夜会が気鬱です‥」
「エデルなら大丈夫よ?ダンスも上手だったわ」
「ダンスの相手はエルシャ限定ですがね?」
「あんなに上手なのにほんと不思議ね?わかったわ。料理は腕のいいシェフにお願いするわね」
領地管理はエデル、社交界や邸の管理はエルーシア、自然と仕事の分担がなされた。昼間は共に助け合い夜は睦み合う。常にエルーシアの傍に立つエデル。エルーシアが失ったものを補うようにエデルはエルーシアの毎日に溶け込んでいった。
そうして一年と三月の年月が流れた。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる