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第二部
第06話
しおりを挟む「お前はあの日記を読んだか?」
「拝見いたしました」
「父が子を成せない体だったというのは?」
「伺っておりました。複数の医師の診察を受け間違いないと。診断書もございます」
「なぜそれを公表しない?」
「エドゼル様なき状況でそのようなことをしても仕方がございません。まずはエドゼル様のご無事を確認しご帰還の意志を伺ってからと考えておりました」
真っ当な答えにエデルが目を伏せた。この家令は頭が切れる。受け答えも理路整然。正当な継承者、赤毛の長子に忠誠を誓う家令。この男は本当に自分の味方かどうかはわからないが、少なくともこうして情報を提供している。
この男、どこまで信用できるだろうか。
「もう一人の子供はどうなった?」
「エルーシア様はしばらく館でお暮らしでしたがヴィルマ様の指示で七歳の時に別邸に移り住まわれました」
表向きは父の娘。だが母を失い後ろ盾もない。立場は相当に弱いだろう。族外に出されなかっただけマシか。
「ですが四月ほど前に本邸に移り住まれました」
「なんだって?」
「ラルド様がお嬢様を本邸に呼び寄せられました」
「母親は?反対しなかったのか?」
「ヴィルマ様は昨年ご逝去なさいました」
二ヶ月違いの異母兄妹。まるで双子のようだ。互いの親も死に二人だけの家族ということか。
エドゼル、ラルド、エルーシア。表向きは三人の異母兄妹。だが皆血が繋がっていない。二人は父の血を継いでいない。
オスカーが静かにエデルを見つめていた。エデルの次の指示を待っているとわかる。エデルは顔を伏せ目を瞑る。
母の警告はこのことだろう。トレンメル家に関わるな、と。だが自分の命を狙ったであろう正妻は死んだ。異母弟も当主の座についた。貴族戸籍を消された異母兄の存在さえ知らないだろう。もう命の危険はないんじゃないだろうか?
それに話をここまで聞いてしまった。自分が継ぐべき爵位を奪われた。父の死の真相も気になる。オスカーがもたらした情報を鵜呑みにもできない。復讐するにしてもまずは自分の目で状況を確かめたいとエデルは理性的に考える。
長考した末にエデルは口を開いた。
「トレンメル家に住み込みで働く口はあるか?」
「ございます。馬丁でいかがでしょうか。馬の数はさほど多くありません」
「侯爵家なのにか?」
「当主専用の厩舎がございます。専用厩舎には専用の厩務員が詰めております故」
馬の世話になら慣れている。馬の頭数も少ないなら色々調べる時間もあるだろう。多少ウロウロしていても馬の世話と言い訳ができるかもしれない。
「長子が赤毛持ちだと知るものはいるか」
「ご高齢の親族方はご存知ですが本邸にはおられません。ラルド様とお嬢様は赤毛の存在はご存知ですが髪がどのような色はご存知ないかと。本邸の家人はラルド様爵位継承時に総入れ替えされており昔を知るものはおりません」
「歴代当主の赤毛の肖像画があるだろう?」
「先代様の火災で焼け落ちております」
「赤毛が染めれば褐色になるということは?」
「それは秘されております。存じ上げるのは私のみです」
「バレることはない‥と」
最後に齟齬がないかざっと状況を思い巡らした。そして腹の底から息を吐き出した。
後は腹を括れるかどうか。この男が自分の味方であるという言を信じるか否か。エデルは決断した。
「わかった。ではそれで手配してくれ。こちらを引き払い次第入る」
「かしこまりました」
村を出て三月、安寧な生活はあっさり終わりを告げた。だがこれもいい。これほどに気分が高揚している。復讐とはこれほどに甘美なものなのだろうか。
今に見てろよ‥奪われた全てを奪い返す
馬車から降り立ったエデルは澱む空を見上げそう心に誓った。
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