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第二部
第24話
しおりを挟む当主になったエルーシアに護衛がついた。エルーシアの歓喜の声に初見であの侍女だとエデルは察した。
「ルイーサと申します」
衛士服の女性がエデルにも恭しく頭を下げる。元騎士隊長と聞いていたが佇まいは騎士そのものだ。どこからこんな人材を持ってきたのか。エルーシアに出会ってから他の女性に気を惹かれなかったが、珍しく目の前の美しい女性騎士に興味が湧いた。エデルの事情は伝えるなとオスカーに指示していたがルイーサは何やら感じとった様だ。
「婚前のお嬢様の専任侍女の任に就いておりました」
「聞いてました。エルーシアを守ってくれてありがとう」
「いえ、頑張られたのはお嬢様です。必死に身を守っておいででしたよ、貴方のために。あれはお一人では辛かったでしょう。良いご判断でした」
最後の言葉に目を細めればルイーサににこりと微笑まれた。
「あの時逃げると‥」
「勝手なことを申しました。お手伝いできればと思いました」
「知っていたのか」
「侍女たちが‥ドロシーが浮き足立っておりましたのでなんとなく。私は密偵と警戒された様で直接は関われませんでしたが」
エルーシアとは毎日格子窓越しに会っていた。専属の護衛なのにその時だけわざと席を外したのだと悟った。
誰にも言わないと言っていたのに。ドロシーの態度で侍女たちに筒抜けだったのかとエデルは背筋がヒヤリとした。下手をしたらラルドに忠誠を誓った侍女が告発してたかもしれない。そうならなかったのはただ運が良かっただけだろう。
「オスカーは私の剣の師です。師が語らずとも事情は察することはできます。我が家も元を辿るとトレンメル家の分家筋で代々本家にお仕えしておりました。今後も赤毛の当主にお仕えする所存です。エルーシア様は身命を賭してお守り申し上げます。ご安心ください」
「オスカーもだが‥‥お前も恐ろしいな」
「いえ、私など師には到底及びません」
苦笑するルイーサにエデルも違う意味で苦く笑う。赤毛の当主に忠誠を誓う。そういう一族が存在する。赤毛にこだわるのはそれが血筋の証だから。こうしてトレンメル一族は代々支えられ生かされ残されたのだろう。
爵位を継いだ二人は領地管理を学ぶ。財務に明るかった為かエデルは問題なくのみこめたがエルーシアは理解に難儀していた。こればかりは向き不向きもある。財務管理を叩き込んでくれた亡き母にエデルは心から感謝した。
運営方針は二人で決めるが領地管理の紙仕事をエデルが自然と担うようになった。
すでに侯爵家の財政状況は理解している。問題は資金不足。親族に金を出すよう要求すればあっさり出てきた。ラルドが実行していた施策を引き継ぎつつ予算を補充し財務改善を行う。以前思いついた農業改革も実施した。農夫や村長たちとも打ち解けることができた。オスカーも補佐に入り全ては問題なく進んでいく。
だがダンスはどうにもならなかった。社交界ではダンスは必須、仕方なくエルーシアとダンスの練習に挑む。
ダンスは乗馬に似ていた。馬の気性や呼吸を読み手綱で導く。エルーシアは穏やかに身を任せてくるからリードしやすい。呼吸もぴったりあっていた。
だが相手を変えると途端にダメになる。相手の上手下手ではない。呼吸が合わない。リードがうまくいかない。ステップやターンはすぐにマスターできたのにこればかりはどうにもならなかった。
何事もそれなりにこなすことができたのに。馬丁の頃も馬を選ぶことはなかった。エデルは頭を抱えてしまった。
教師からは潜在的にダンスを嫌がってるのではないかと指摘された。確かにそうだ。以前はあれ程女性関係で乱れていたのに、最近ではエルーシア以外の女性の体に触れることに嫌悪を覚えていた。
「不思議ね。私とはあんなに上手に踊れるのに」
「もう自信を無くしました。踊る相手は僕だけにしてください」
「え?でもそういうわけには‥」
「お願いします。僕の無様なダンスを世間に晒したくないでしょう?」
「そうだけど‥わざとやってるわけじゃないのよね?」
「それはありません。エルシャ以外では本当にダメなんです」
エルーシアに誰かが触れるのも許せない。ちょうどいい口実だとエデルがほくそ笑む。エルーシア以外とは踊らない。ならばこのままでもいいだろう。
そうして二人の日々は穏やかに過ぎていった。
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